35
明けましておめでとうございます。遅くなりましたが今年初更新です。
「肩に血が滲んでるじゃない。とりあえずこっちにきて」
開かれた蓋が閉まるだけで全身穴だらけになる棺桶は仕舞ってもらい、何があったのか状況を説明してもらうことに。キッチンに置いてある四角いテーブルは村娘と子供たちが使用して埋まっていたので、マドレーさんには丸いテーブルに移動してもらった。フォールさんから清潔な布の切れ端を渡され、私が椅子に腰を下ろしているマドレーさんに手渡すと、肩に滲んでいた血を軽く叩く様に拭き取った。
「それで何があったの?」
私がそう尋ねてみると、血の滲んだ布を折り畳んでテーブルの上に置いて「何って、冒険者が大規模パーティーでダンジョンに潜ったのはリーサも知ってるでしょ? 私は引退した身だけど気になる事ができてガルドに無理言って副官という形で今回の探索に参加させてもらったのよ」と口にした。
「いや、そこじゃないから。なんでフォールさんがマドレーさんを取り押さえていたのか聞いてるのよ」
「あー。そこね・・・なんて言えばいいのかしら? 元冒険者の勘? 殺らなきゃ殺られると思ってね」
白いエプロン姿の痴女が紡ぐ話の筋はこういう事だった。地竜と戦っていた冒険者は地竜討伐は現時点では不可能と判断したらしく、隠密としての能力が高いマドレーさんはガルドさんに下層の最低限の情報を掴んで来いと指示され地竜の隙を窺い下層へと降りてきたらしい。
「だって仕方ないでしょ? 下層に降りたら最深層のようで終着点だったのよ。そこにポツンと佇む店がひとつ、誰だって警戒するでしょ?」
こんな所に店が在る方がおかしいのよ。と言いたげな様子で自分を肯定してみせた。私はここがダンジョンの中だと聞いて知ってはいたけど、最深層だったなんてそっちの方が驚きよ。色々助言したつもりだったけど客が来る気しないわ・・・
「それでも突然襲うのは善くないわよ」
溜め息混じりに私がそう言うと、マドレーさんは「まだ何もしてないわよ!」と否定してみせた。どういう事かフォールさんに聞いてみると「カウンターに座ってたんだけど、僕に向かって跳躍したこの人が自らカウンターに展開してあった障壁魔法に突撃しちゃって自爆、みたいな感じかな」と苦笑してみせた。
「未遂ってわけね」
「そうよ! だから何もしていないわよ」
マドレーさんは開き直ったように「私にもその美味しそうな紅茶を頂けないかしら」と言葉を口にして豊満な胸元に腕を組んでみせた。すると立ち上がったフォールさんは「まぁロロアやカザミとも面識があるみたいだし、悪い人ではないんだろうね」と口にしながらキッチンでポットを火にかけ温めた。
「でもどうしてあんな格好でいたの?」
「障壁に遮られたと思ったら宙に体が浮いたままこちらのキッチンに運ばれたのよ」
「それでそのまま棺桶にインされたと?」
「まぁ有体に言えばそういう事よ」
転移魔法で王都や港街まで一瞬で転移しちゃうフォールさんなら人を浮かせるぐらいできるだろうと考えていると、突撃に失敗し捕えられたマドレーさんに同情してしまった。仕方ないわよ・・・普段は黙々とお茶を淹れてるけど大賢者なんだから。
「ロロアたちはお昼食べたの?」
「たべたよ」
「それじゃあ僕たちの分だけ作っちゃうかな」
私とマドレーさんにお茶を出してくれたフォールさんは昼食の準備にとりかかった。
「あら美味しい。いい香りがするとは思ってたんだけど美味しいわね」
美味しそうに紅茶を飲むマドレーさん、昼食を作り始めたフォールさん。襲われた本人が気にもしていない様子だし、もうこの話はいいわよね。なんだか馬鹿らしくなった私も、出されたお茶を口に運んだ。
「それよりリーサ、あなた達の髪艶々してない? それになんだか甘い香りが漂ってくるわ」
毛先を軽く摘まんで見せながら「ここでお風呂を使わせてもらってるのよ。この艶髪は傷んだ髪を修復してくれるリンスってのを使ってるからだと思うわ」と説明すると「是非私もリンスという物が欲しいわ」と、せがむ様に視線を送ってきた。雑貨屋だし商品として取り扱っているはずと思い「フォールさんに聞いてみれば? 店に置いてあるかもしれないわよ」と応えると「おまたせ。今日はソーセージのかわりに角切り肉を入れた野菜たっぷりのトマトポトフだよ」と口にしながら出来立てのポトフを運んできてくれた。テーブルに運ばれた木皿には鮮やかな赤いスープに具だくさんの野菜や肉がよそわれていて、トマトの濃厚な香りが漂ってくる。
「今日もおいしそうだわ。連日お昼をご馳走になって悪いわね。今度お礼させてもらうわ」
みんなの座る四角いテーブルの方にも出来立てのトマトポトフを運びながら「それならひとつお願いしていいかな?」と言葉にしながら私の方を振り返った。
「あ、でも私にできる範囲でお願いよ」
「リーサさんにしか頼めない事だよ」
そう言ったフォールさんにキッチンの戸棚から取り出された一冊のノートを手渡された。中身を確認しようとノートを開くと、懐かしい文字や料理の絵が描かれていて不思議な気分になった。
「これ料理のレシピ? あ、タルタルソースや色々な調味料の作り方まで載ってるじゃない。もしかしてカザミの手書きなの?」
ポトフを一匙、口へと運んでからペラリとページを捲り、他のページにも目を通した。
「そうなんだけど僕の知らない文字だから翻訳してもらわないといけないんだよ。カザミはこのとおり店に居る時間が少なくて」
「なるほどね。この文字が読める私に翻訳してほしいと言う事ね」
手書きのノートをテーブルの上に置いて少し考え事をしていると「やっぱり書き写すとなると大変だよね・・・よし、これからも昼食は毎日ご馳走する。これで手を打たないかい?」と打診してきた。
「別に悩んでたんじゃなくて考え事してたのよ。でも昼食をつけてくれるなら拒む理由なんかないわね。お礼したいと言ったのは私だし、是非協力させてもらうわ」
考え事と言っても大した事ではなく、この料理レシピがあれば焼肉のたれとか色んな調味料も作れるじゃないの、と思っていただけのこと。もちろんこの世界にはろくな調味料なんかなくて食事は生きる為に食べているだけで、日本に居た時のように楽しみだと思わなくなっていた。だけどこれを翻訳すれば毎日美味しい料理が食べられてフォールさんの作れる料理のレパートリーも増える。そうすれば日替わりで食べたい物を選ぶ事だってできるじゃない! だけど肝心な醤油がないのよね。派生の源・・・ほんと醤油って万能だったのね。
私が快く快諾すると、フォールさんは何も書かれていない一冊のノートと羽ペン、それにインク瓶を用意し「これに書き写してもらえないかな」と言いながらテーブルに置いた。残りのポトフを口に運びながらコクリと頷いてみせると、店側と繋がる扉が開いた。
「なんか俺、村長になってた」
そう言って姿を現したのは頭を掻きながらだらしなく佇むカザミだった。
「そんちょう?」
「村にも村長いる」
「村長って勝手になるものなの?」
子供たちがカザミに向けてそう言うと「あぁ。村長だ。勝手にって言うよりかは村人の同意でなってたな。知らない間に」と呟き、私達が座る丸いテーブルの方に近寄ってきて、鞄から布で覆われたバケツを取り出しテーブルの上に置いた。
「ちょっと、食事中なんだからテーブルにそんなの置かないでよ」
カザミは「悪い」と謝罪の言葉を口にしたあと、テーブルに置かれたバケツを床に置きなおした。その後もパンパンに詰められた麻袋を鞄から出してバケツの隣りに置くと「稲麹と米だ!」と言ってバケツを覆っていた布を捲った。
「なになに?」
子供たちがバケツの中を覗き込みながら興味を寄せている。それに釣られるようにレレイたち村娘もバケツの中を覗き込んだ。
「米って、これは家畜の餌じゃないの?」
自然とその輪の中に入っていたマドレーさんが麻袋を開きながら口にした。バケツの周囲に集まる皆の注目を集めるようにカザミが掌をパンッパンッと鳴らして口を開いた。
「ここでひとつ問題が発生した。俺は稲麹を米麹にする方法を知らない」そう口にしながらチラリと私の方へ視線を向けてきた。醤油のために麹作りからやらされるのね・・・面倒だけど醤油は私も是が非でも欲しいわ。口の中に入っていた角切り肉をゴクリと飲み込んでから「はいはい。麹の作り方は私が知ってるから作ってあげれるわよ」とカザミの方を見て、そう応えた。
「さすが醤油が造れるだけはあるな」
私の返答に満足気な表情を浮かべたカザミに「田舎娘舐めんじゃないわよ! ふー。ご馳走様」と、一睨みしてから手を合わせた。
私が睨みつけた事で、申し訳なさそうに苦笑しているカザミを見ながら食後の軽い休憩をと思っていたところで「これで醤油が造れるんだね!」と笑顔を向けてきたフォールさんに「仕込みをして熟成させるのに早くても一年近くはかかるわよ」と釘を打っておく。少し残念なそうな表情を浮かべていたフォールさんは無視して「私が指示するから必要な物を準備してちょうだい」と稲麹を種麹にするためカザミに声をかけると「ロロアもおてつだいするー」と手を上げたロロアちゃん、トトくんも「ぼくもー」と同じく手を上げながらそう言うと、隣りに居た獣人の少女フロアちゃんも黙ってコクリと頷いていた。
「ならみんなにも手伝ってもらおうかな」
村娘たちも子供たちに続くように「私たちもお手伝いしますね」と元気よく言ってはくれたのだけど、どれだけ作らせる気だ! と叫びそうになった。こちらの季節は初夏と言っても、ここは地上よりも涼しい。だとすると洗米してから五、六時間は水に浸しておきたいので、蒸して麹菌をふりかける頃には陽が暮れるわ。レレイにでもおじいちゃんに一言、遅くなると伝言を頼んでおこうかしら。
「麻袋のお米は全部使っていいの? このバケツの量だとちょうどこの麻袋一袋分の米麹が作れるわよ」
立ち上がった私は深緑色の稲麹がバケツに三割ほど入っているのを確認しながらそう言うと「麻袋一袋分しか作れないのか?」と驚いたような顔をして聞き返してきた。
「この稲麹から種になる菌だけを取り除くから実質、使う種麹菌は見た目よりも少ないわよ」
「ゴブ村に残っていたものを全部貰ってきたんだが・・・思った以上に種麹の作れる量って少ないんだな」
醤油や味噌、醗酵食品を大量に生産しようとしていたのかはわからないけど、カザミは予想外の麹の見込み量にガクリと肩を落としていた。
「ヨーグルトを牛乳に放り込んで増やす要領で種麹も培養すればいいだけでしょ」
「あー。なるほどな」
ほんと、何を考えているのか知らないけど増量できると教えてあげると明るい表情に戻った。カザミのヤル気が無くならない内に、お米を研いで水に浸している間に必要な物を準備してもらおうと「それじゃあお米を研いで水に浸すから、その間にカザミは清潔な布と蒸し米を入れておく箱を用意してちょうだい」と、そう言って腰を落として麻袋の中を覗いた私は、目の前に立つカザミの腹部に拳をぶつけた。
「ぶぁっ・・・突然なにをするんだ」
「脱穀ぐらいしてきなさいよ!」
「稲から籾を落とす事を脱穀、籾殻を外すのは脱稃と言うらしいぞ」
馬鹿ばかしい豆知識をひけらかすカザミにもう一発腹部にお見舞いしてあげたところで「全ての工程を含めて脱穀と呼ぶのよ!」と言い切ると「・・・すまん」と腹部をさすりながら小さく呟いたので、立ち上がって「わかったなら早く脱穀しなさい!」と凄んでみせた。
「さっきゴブ村で始めて千歯扱き使って籾を落としたんだが、もしかして籾殻を取るのも手作業なのか?」
椅子に腰を落ち着かせたカザミは、そう言って暗い表情を浮かべていた。私も先ほどまで座っていた椅子に座り「大体の事は手作業よ。籾殻も臼で叩いて取り除くのが当たり前ね」と言うと、カザミは顔の前で手を組み「臼なら水車小屋でも借りて搗き終わるのを待つか」と言葉を溢した。その姿と言葉を聞いた私は、カザミは全くこの世界に馴染んでいないのだと理解し、その上でこう言葉にした。
「まだ足踏み脱穀機すらないのよ。千歯扱きのように全てが人力なのよ!」
静かに俯いたカザミはフフッと笑ったあと、両手をテーブルについて立ち上がり「搗いてやる・・・今回だけは搗いてやるさ!」と口にしてゲートを現出させた。そしてゲートに歩み寄ると足を止めて「古き良き時代って、なんなんだろうな」と黄昏るように口にした。私はその背中を見つめながら「<古き良き時代>と書いて<不便極まりない>と読むのよ」と返事をしてあげると「臼借りてくる」と小さく口にしてゲートの中に入り、すぐに石臼と杵を担いで戻ってきた。
「杵って餅つきの時に使うような持ち手が横に伸びた物じゃなくて縦に短く付いているんだな。まずはさっそく搗いてみるか」
そう言ったカザミは鞄に臼と杵、それと籾の入った麻袋を鞄に仕舞い店先に向かうと、子供たちも気になるのか、カザミの後を追うようにキッチンから出ていった。私たちも釣られるように外の様子を見に店先へ。
「ここがダンジョンの中なのですか・・・」
外に出たレレイたちは呆然と立ち尽くしながら、辺りを見渡している。私も周囲を見渡したあと、二段の階段になっている扉の前に腰を下ろした。子供たちは店先に置かれた臼の周りに集まり、中を覗き込んでいる。カザミはさっそく搗く準備を始めているようで、店先に置いた臼に傾けた麻袋から籾を流し入れている。シャーっと小気味良い音が止むと、カザミは杵を持ち上げ臼に向かって勢いよく叩いた。
「わっ!」
力一杯で叩かれた籾は臼から飛び出し子供たちに向かって飛び散った。
「あんた籾殻取るのは初めてなのね。軽く叩き続けるだけでいいのよ」
「それでなかをぐりぐりするんだよ」
顔にかかった籾殻をはたき、ロロアちゃんも使い方を口にしながら臼から離れ私達の居る方へ寄ってきた。
「すまんすまん。そういう物なのか、次は大丈夫だ」
トントントンっと、軽快に籾を搗きながら、たまに擂り鉢を擦るように杵を回している。
「ちょっと籾を入れ過ぎじゃないかしら?」
マドレーさんが立ったまま臼を覗き込み、そう口にすると「それよりもなぜマドレーが居るんだ?」とカザミは杵を搗きながら今さらな事を聞いている。
「偵察にきたんだけど、ここが行き止まりだっただけよ」
「ガルドの隣りに居た片割れはマドレーだったのか」
「あら? 知っていたの。ならさっきの魔法はあなたが?」
またも腕を組んで豊満な胸を抱き上げると、マドレーさんは睥睨するかのようにカザミを睨みをつけていた。その視線に気づいているのか、チラリとマドレーさんに視線を向けたあと「わざわざ退路を開いてやったのに・・・」と言って溜め息を洩らした。二人の話を聞いていたフォールさんが「もしかして斥候に出された理由ってカザミが原因なんじゃない?」と、クスリと笑って口にした。
「そういう事だわ。今回の大規模パーティーのリーダーでギルドマスターでもあるガルドが、突然地を走り抜けた黒い雷を目の当たりにして地竜以上の脅威がこのダンジョンには潜んでいると確信したのよ。それで最低限の情報でもいいからと私を送り出したの」
地竜と言えばドラゴンの部類に入るわよね。地竜以上の脅威・・・そう思いながらカザミの方を見てみると「くそっ! しつこい籾殻だ! 今度ドワーフにでも言って水車小屋を作らせるか」と一人ブツブツと独り言を口にしながら杵でトントンと臼の中を叩き続けていた。




