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今年は最後の更新になります。
閑散としたギルド内には冒険者たちの姿はなく、窓口でひとり出迎えてくれたギルド受付嬢ミーシャが「やっと顔を出してくれましたね。カザミさん、ロロアさん。今日は依頼受注ですか?」と窓口の向こう側から声をかけてきた。俺を待っていたのだろうか?
「なにか用でもあったのか?」
「いえ、冒険者になりたての方なら依頼達成に精を出すものですから。比べるとカザミさんは依頼には興味なさそうだったので」
冒険者の出発点が採取依頼からだからな・・・冒険者に憧れて成った者とは気持ちの入りように雲泥の差があるだろうよ。そんな事を思っていると、子供たちはこんにちは、と軽くぺこりと会釈し、ミーシャもニコリと笑顔を浮かべて「みなさんこんにちは」と挨拶をかわしていた。
「依頼はいずれ。今日は二階で食事をしようと立ち寄っただけだ」
「そうですか。ほとんどの冒険者の方々が西の森ダンジョンに行ってしまい、大規模パーティーに参加されなかった冒険者の方は商売敵がいない間にと、朝から護衛や魔物の討伐といった報酬の良い依頼を受注していったので暇なんですよ」
あからさまに話し相手になって、と言いたげな笑顔の後の鋭い眼差し。常駐の相方、もう一人の獣人の受付嬢もいない事で窓口に座っているだけの退屈な時間なのはわかるが・・・昼間から子連れで酒場に向かう俺は恰好の的とでも思われたようだ。視線が合ってしまい、その鋭い眼差しは不可避だったのでどうせならと、文具店のような商店があるのか伺ってみる事に。
「そうだ・・・羽ペンやインクを置いている商店を知らないか?」
「それならこちらでも販売していますよ。他では商業ギルドの受付、それに北側の貴族区にある大きめの商店類ならどこにでも置いていますね」
北側に貴族区なんてあったのか。少しファンタジー感があって気にはなるが、貴族と聞くだけで面倒ごとに巻き込まれそうな気がして乗り気にはならなかった。ここで購入しておくか。
「それじゃあ羽ペン二つとインクを一つ。あと何も書かれていない本のような紙束はあるか?」
どうせノートと言ったところで通じないのはわかっている。少しは異世界に順応してきたのではないか? など少し慢心していると「紙を束でですか?」と少し驚いてみせたミーシャ。俺は「あぁ、三十枚もあれば十分だ」と口にした。ミーシャは席を外して背後に見える事務室のような室内の戸棚から注文した物を手に窓口へと戻ってきた。
「紙の方は羊皮紙と植物紙の二種類ありますがどちらになさいます?」
窓口に一枚ずつ置いて見せてくれる。羊皮紙とは動物の皮から作られた紙だが、植物紙が主流だった日本人の俺には、紙と呼ぶよりも乾燥した薄い皮のような物、と思ってしまった。ミーシャが植物紙と呼ぶほうも、ノートのようなサラサラした質感ではなく、指先で触れるとザラザラして文字は書きづらそうだ。どちらも質感は同じ様なもので、滑らかな筆通りは実感できそうにないだろう。フロアにはレシピ用に買い置きしていたノートが店に余っているだろうし一冊譲ってやるか。
「悪いが紙の方はやめておくよ。羽ペンとインクだけにしておく」
俺は指先から伝わる質感に抱いた不満を顔には出さないように努めたのだが、ミーシャは受付で色んな人を見てきたのだろう「なにか気になることでも?」と俺の顔を見ながら言葉を漏らした。俺は首を横に振り「いや、なんでもない。わざわざすまなかった」と口にして、鞄から硬貨の入った布袋を取り出した。
「羽ペンが二本にインク瓶が一つ。合わせて銀貨三枚と銅貨六枚になります」
思った以上に高価なんだな・・・安いボールペン感覚でいると、すごくボラれた感がある。もしかして紙を束でと言ったときに一瞬驚いたような表情を浮かべていたが、これもかなり高価なものなのか?
「ついでに聞くが紙の相場はどの程度なんだ?」
「羊皮紙一枚で銀貨一枚と銅貨七枚、植物紙ですと銀貨一枚になりますね」
はい。紙高い・・・植物紙でも購入していたら硬貨袋がほとんど空になるところだった。
「紙なんかでけっこうな値がするんだな」
「まぁ文字を書けるのはお貴族様や商人、あとは一部の冒険者ぐらいですからね。普段の生活には必要ないので困る人はいないと思いますよ」
俺の価値観がかなりずれているのはよくわかった。異世界にノートは置いていないだろうとか慢心した俺が悪かった。ミーシャはいつもの笑顔なんだろうが、俺の慢心を嘲笑っているようにしか見えない・・・。少し卑屈になりそうだ。そんな俺の様子は気にもしない子供たちは「おなかすいた」と俺の顔を見上げていた。
「あぁ、そうだな。昼食しようか」
会計も済まし、そのまま渡された羽ペンとインク瓶。やはりルーが言っていたように、袋に入れてくれたり、包装紙で包んでもらえたりする事はないようだ。
階段を上がり、客のいない酒場に足を踏み入れた。丸い机を四人で囲むと「私の椅子がない」と不満を漏らしたラック。
「ここでは仕方ないだろう。床で我慢してくれ」
俺がそう言うと「こっちおいで」と言ったトトの膝の上にちょこんと座り「外での食事は不便」と一言。ラックの事は放っておいても問題ないだろうと、机に置かれているお品書きに目を通すが書かれている品の量は少なく、何が書かれているのかもわからなかったので、隣に座ったロロアにメニューを回した。
受け取ったロロアは「んー。トマトのパスタあるかなー」と言いながら、隣に座るフロアにも見えるように短い腕を前に伸ばして見せようとしていた。
「ロロちゃんと同じでいい」
「ぼくはハンバーグがいい」
「わたしはトマトのパスタ」
「からあげ」
からあげ、あるのか? と思いながらも「すいません」と手を上げながら酒場の店員を呼ぶと以前ライドにご馳走になったときに居た獣人の女性だった。
「ミートパスタとハンバーグはありますか?」
「ミートパスタが何かわかりませんがパスタとハンバーグはあります」
またこいつか。という様な目線を感じた気がした。俺もパスタにしておこう。どうせ中世辺りに存在していた洋食ぐらいのだからな。
「ならパスタ三つとハンバーグ。あとからあげってのはありますか?」
「なんですか、それは・・・?」
やはり無かったか。と思っている俺に、怪奇な者を見るような視線が向けられ、デ・ジャ・ブ。などと心の中で口にしながら「すまない。犬が食べれそうな物をおまかせで」と言うと「獣用は置いていないのですが、ステーキでどうです?」と口にしたあと「もちろん皿は買い取ってもらいますが」と付け足された。
「はい。それでお願いします」
なんだか居心地の悪さを感じながらも「外で食べるの初めて」と口にするフロアとトト。二人に「わたしはまえもきたんだよ」と自慢しているロロア。そんな子供たちの姿を見ていると癒されるな、などと思っていたのは料理が運ばれる前の話だ。運ばれてきた料理からほのかに漂う酸っぱいにおいに、嗅ぎ覚えがあった。宿屋で食べたスープだ。あのスープの中にパスタが入っているだけのスープパスタに、まるでミンチした筋肉を丸めて焼いただけのハンバーグを食べるトトは飲み込めないのか、いつまでも口をもぐもぐと動かしている。やっと飲み込んだトトは「ゴリゴリして食べづらいよ」と残念そうな顔色を浮かべながらも食べ続けている。
フロアは、それちゃんと噛んでるのか? と聞きたくなるように、出された匙も二又のフォークみたいな物も使わずに深めの木皿を直接口元に運び、臭いを我慢しながらパスタごとゴクゴクと飲み干していってるのがわかった。
ロロアは「たべれるときにたべとかないと・・・」と自分に暗示をかけるように食べ出した。ひと時の団欒のはずが、まるで地獄絵図だ。そんな中、ラックだけは「懐かしい味」と言いながら床に置かれた肉汁の溢れる分厚いステーキをぺろりと平らげていた。
「ステーキ以外ハズレだな」
そう言葉にした俺は、ほんのりと酢の味がする温かいスープパスタを黙って食した。食べ終えた俺たちはギルドを出ようと一階へ赴くと、どんよりとした空気が漂う俺たちにミーシャは黙って見送ってくれ、外食をするときはステーキ一択だなと心に誓った。
ギルドの表に出た俺は、あとは店内の空いたスペースに置く丸机とフォールに本でもと思っていたが、本はおそらく高価なはずだと確信していた。紙の値に比例しているだろうと考え、本はまたにする事に。かわりにフォールが喜びそうなもの・・・手書きの料理レシピでも翻訳してやるか。
「あと丸机が欲しいんだが・・・判子に使おうと切り倒した木があるし自作するか」
今日の買い物はここまでとして、人目につかないよう路地裏に入った俺たち。店内に繋げた創繋門を開き、ラックが先に中に入り、後追うように子供たちも中へと入っていった。そして俺もゲートを潜ったのだが、この時の俺は荒野の街にいた姫だと言っていた姫騎士レイミアに気がつかなかったのだが、路地裏に入るところを見たレイミアは俺を追って駆け出していたようだ。行き止まりとなっていた路地裏を前に忽然と姿を消した俺たち、そしてレイミアの手には手配書が持たれていた。その手配書には俺の顔が確かに描かれていたのだった。
「やはりこの顔は間違いない。あの男と同一人物なのか」
◇◇◇
「ふー。さっぱりしたわ」
浴室の扉を開き、キッチンに現れたリーサたち。
「お昼も作ったんだけど、食べていかないかい?」
テーブルに並べられたフォールの手料理とキッチンの隅に置かれた裁きの拷問姫。
「ありがとう。ぜひご馳走にな・・・えっ?」
棺桶を抱く美しい女性の像と、その開かれた棺桶の内部には無数の針と一人の女性が居た。棺桶の中にいる女性は「あら・・・リーサ。こんにちは」と腕を組んだまま動かずにいた。
「ちょっとマドレーさんじゃない! なにその格好は」
「エプロンよ」
「そっちじゃないわよ!」
ブロンズ色の髪をポニーテールのように紐で一括りし、両腕には革製の黒いアームカバーに豊満な胸には黒のチューブトップ、下は黒のインナーパンツのようなものを穿いており、白のエプロンを着用していた。
「リーサさんのお知り合いかい?」
テーブルに並べたカップに紅茶を注ぎながらそう口にしたフォールは「あなたもどう?」と棺桶の中に入るマドレーにも声をかけた。村娘たちはその拷問姫に動じることなくフォールが振舞った紅茶を口に運びながら「もうここで何が起きても驚きませんね」と談話していた。
「知り合いというか、向かいの店の人でご近所さんなのよ。それでどうしてマドレーさんはこんな姿でいるの?」
今にも拷問に掛けられそうなマドレーに指を差しながらリーサがそう尋ねると「その人は隠密に長けた斥候だと思うんだよね。このダンジョン内を調べる分には一向に構わないんだけど、店に入るなりこれだったから」と言ったフォールは、カザミの扱うゲートの様な小さな時空の穴から杖を取り出すと、豊満な胸を持ち上げるように組んでいた腕を軽くたたいた。すると革製のアームカバーからシャンッと鋭い両刃のナイフが飛び出したのだ。
「まさか近所の痴女が暗殺者だったなんて」
小芝居を打つように深い溜め息を漏らしながらそう口にするリーサに「痴女でも暗殺者でもないわよ! 私が元冒険者だってあなたも知ってるでしょう」と同意を求めた。
「フォールさん、別に危ない人とかじゃないからその拷問器具みたいなの仕舞ってあげてくれない?」とリーサがフォールに向かってそう口にすると、キッチンと店側を仕切る扉が開き「ただいまー!」と子供たちとラックが姿を現した。中は針の筵、その棺桶内で針に刺さらないよう動かないマドレーを見たロロアは「さっきおようふくかってもらったよ」とその姿には触れずにマドレーの店で洋服を購入したことを伝えると「大事に着てちょうだいね」とマドレーも応えた。
フロアとトトはエプロン姿で棺桶に収まるマドレーの姿に顔を引き攣らせながら、何も見ていないと言わんばかりに無言でテーブルにいる村娘たちの元に寄っていった。そして後から姿を現したカザミは「ついでにエプロンも買わせてもらった」と言って、その光景には触れずにテーブルに置かれていたカップを一飲みし「それじゃあゴブ村に行ってくる。リーサたちが食事を終えた頃には戻るようにするから」と言い残しゲートの中に入っていった。
「ちょ、ちょっと消えたわよ! あっ痛っ」
動かないよう耐えていたマドレーも、さすがにゲートの中に入るカザミの姿には反射的に驚いてしまい、チクリと肩に一本の針の先端が触れてしまったようだ。




