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俺は崩落した箇所に向けて一撃を放ったあと、姿を隠す様に下層に向かう洞穴を抜けた。先ほどの黒い雷を放ったのが俺だと冒険者たちに知られるのはどうでもよかったのだが、姿を見せてなぜダンジョンに居るのか事情を聞かれるのも、俺の力を目にした冒険者に地竜討伐の手伝いを頼まれるのも煩わしいと思い、姿を隠す事にしただけの事だ。

踵を返して洞穴を抜けると、雑貨屋がある最深層を一望できる大きな半円の足場がある。そこで足を止めて最深層を見渡しながら、上にいる大勢の冒険者がここで一堂に会する姿を想像した。


「ここを荒らされたくはないな」


美しい自然が広がるこの階層は森が豊かで、綺麗な川が流れている。この最深層で店のある位置は空洞を抜け岩壁沿いのスロープを下り、そのまま直進すれば開けた土地にポツリと佇んでいる。ここから見て店の右側は岩壁が聳え立ち、店よりも奥の右側岩壁から、洞穴が空いているのか確認はしていないが、そこから今俺が立つ足場のある側に向かって湾曲した川が流れている。この川が唯一この階層に流れている川であり、この川の内側には深い森が広がっている。

この森の中、川の手前にはダンジョンコアが浮遊している祭壇のような建造物もある。以前光の柱が気になって覗きに行ったときに、その光の柱が魔石の原石から放たれていたのを確認したのでダンジョンコアだというのは間違いないだろう。これが壊れたところでダンジョンが崩壊したりといった事が起きるとは思えないのだが、こういう物には触れない方がいいだろう。


下り坂(スロープ)の上の足場から見渡した景色を順を追って説明するなら、右側から左下にかけて流れる湾曲した川の内側は深い森、その森の外に開けた土地があり、店の建っている場所だ。

川の内側ほどではないが外側は平野が広がりわずかながら浅い森がチラホラと覗えるぐらいだ。この階層の土地が広大すぎて川の外側はまだ行った事はないが、いずれ足を運んでみる事にするか。この平野が牧草地であれば面白いのだが、たぶん野草地だろうな。その時は平野の一部を利用して畑を耕すのも悪くないか。


階層全域を見渡しながら、自然と子供達の姿を目で追う様に探していた。木々が生い茂り草木の合間からチラリと姿を現す程度だが、動き回る何かを確認する事ができた。たぶんロロア達だ。この階層には木の実や果物が豊富に採れる豊かな森があるというのに、魔物や鳥などの動物すら生息していない。この最深層はダンジョン内にある安全地帯なのだろうか。

子供達の遊んでいる位置も確認できたところで、足場から岩壁に沿うように続く緩いスロープを降りて行き、一度店へ戻る事にした。


店の入り口を開くと「あれ? そのまま街に行ったと思ってたよ」


カウンターで本を片手に椅子に腰を下ろしているフォールは、ペラリとページを捲りながら言葉にした。俺は店の扉を開けたまま言葉を返す。


「どうせなら子供達も連れて行こうと思ってな」


以前に立ち寄った魔導具店にロロアと出向く約束をしていた事と、ちょうどその店にエプロンが置いてあるので都合がいいとフォールに伝えると、少しそこで待つよう促された。焦茶色の本にしおり代わりの木の葉を挟むと、フォールはキッチンの方へ姿を消した。階段の軋む音が聞こえて、自分の寝室に向かった事が想像できる。少しして銀の輪の部分に紫水晶(アメジスト)のような四角い粒の石が一つ嵌められた小さな銀の指輪を二つと、俺の鞄を手にして戻ってきたフォールはカウンターの上にそれを置いた。


「上が騒がしかったしちょうどいいかな。買い物なら鞄があったほうがいいだろうし、あとこれを二人に渡してあげてくれないかな。指に嵌めれば幻術で角は見えなくなるから」


俺はカウンターに近寄り指輪を摘むようにして眺めながら「へー。便利な指輪だな」と、そう言うと「避けられる揉め事(トラブル)は事前にね」と言って、ニコリと微笑を浮かべた。俺は受け取った指輪を和服の袖にある袂の中に仕舞って鞄を手に踵を返し右手を頭の横まで上げ「上の奴らはそろそろ帰る頃だと思うぞ。それじゃあ子供達を連れて街に行ってくる」と言い残し扉を潜った。


「それなら静かになるね。いってらっしゃい」


後姿を見送るフォールは、また静かに本を手にして読み始めているのだろう。いつも同じ本を読んでいるし、土産代わりに新しい本でも買って帰るか。と思いながら、子供達の居た森へ向かった。


「おーい。街に行くけど一緒に行かないかー?」


森の中に入り少し歩くと子供たちの声はするのだが、走り回っているのか姿を捉える事はできなかったので大声で呼びかけてみる。するとガサガサと茂みが揺れながらバサッと音をさせて子供達が顔を覗かせた。


子供たち「いくー!」


たまに言葉が重なる双子だが、今日はそこにフロアの声も重なった。少し遅れてラックが茂みからガサッと音を発てて「たまには陽に浴びるのもいい」と口にしながら顔をだした。

みんなが顔だけを茂みから出した光景を前に苦笑を浮かべながらも、みんなに茂みから出てきてもらうと「じゃーん! きょうはキノコなべできるよ」と言いながら、子供たちは両手一杯に抱えた茸を見せてきた。


「おー。茸も自生しているのか」


「茸いっぱい生えてたよ。みんなで競争してたんだ。でもふーちゃん集めるの早いんだよ」


子供たちは茸狩り競争でもしていたようで、楽しみながら今晩の食材を集めてくれていた。パッと見は椎茸のような茸で、何種類かが混ざっていた。


「フロアは鼻が利くからな、匂いで探し出したんだろう。それで全部採り尽くしちゃったのか?」


「全部採るのはよくない。食べる分だけ」


俺は「うん。そうだな」と頷きながら、獣の様に全てを採集しなかったことに感心した。


「このキノコはぜんぶたべられるんだって」


「フロアに教えてもらったのか」


「うん。ふーちゃんすごいんだよ。どくキノコはにおいでわかるの」


フロア曰く、毒キノコは独特な匂いがするらしく嗅いだだけで判別できるみたいだ。人では決して匂いだけで判別はできないだろうが、フロアはこの特技を活かして双子が採取した毒キノコを選別して食べられる茸だけを採集してきたようだ。


「ラックも凄かったんだよ! ふーちゃんと同じぐらい茸見つけるの早かったんだ」


クスッと笑いながら「ラックも鼻が利きそうだからな」と言って、みんなが両手に抱えている茸を鞄にしまっていると「ふんっ。私は犬ではない」と小さく呟いていた。まぁ犬の祖先は狼って言われているし、もしかしたら犬よりも狼の嗅覚の方が優れているのかもしれない。

みんなの話しを聞き終え、鞄から水袋を取り出しみんなの土で汚れた手を洗ってから創繋門ゲートを現出させ潜る事にした。


「ここは?」


まず先に俺がゲートを潜ると、見慣れない室内に後から姿を現したフロアが質問してきたのでそれに応えた。


「荒野の街だ」


「私の家よ!」


ゲートを潜るとすぐ隣に居たリーサからキレのあるミドルキックが俺のケツを襲い、バンッと爽快な音を響かせた。突然の蹴りに体勢を崩した俺は、目の前にあったダイニングテーブルに勢いよく上半身を倒れ込ませてしまった。

フロアに続くようにロロアとトト、最後にラックとゲートを潜り抜け姿を現す。子供たちはリーサの姿を確認すると、ここがどこなのか察したようで、リーサにペコリと頭を下げた。


子供たち「おじゃまします」


テーブルに上半身を倒れ込ませる俺の後ろ姿を前にしながらも、何事もなかったかのように振舞う子供たち。リーサはそんな子供たちの頭を撫でながら歓迎している。


「みんないらっしゃい。わざわざ皆で迎えに来てくれたの?」


俺はリーサの言葉に補足するようにゲートを繋げた理由を話した。


「街で買い物をするのにゲートを繋げさせてもらったんだが、もうそんな時間だったか」


倒れ込んだ上半身を起こしながら振り返る。すると階段をドタドタと下りる足音が聞こえてきた。

時間を確認しようと懐中時計を取り出すために鞄を開くと、ふと新たに鞄の形状を変えられるのでは? と思い、着ている和服と同じ色合いにしようと白い生地に黒の水玉模様の手の平ほどの大きさの巾着袋を想像しながら鞄に魔力を流し込んだ。魔力操作も手馴れたもので、意識するだけで自由に体内を魔力が移動できるようになっていた。流し込んだ魔力呼応するように、ブラウンの肩掛け鞄(ショルダーバッグ)は想像したとおりの水玉模様の小さな巾着袋に変化していく。これなら袖に仕舞っておけてちょうどいいなと納得の笑みを浮かべ、懐中時計を取り出し巾着袋に形状を変化させたアイテムバッグを袖に仕舞う。


懐中時計で時間を確認している俺に、鞄の形状を変化させた事に忠告するよう「それ、他の人の前でしない方がいいわよ」とリーサは口を開いた。魔法があると言っても、形状を変えたり、なんでも収納してしまう魔法の鞄は珍しいようだ。俺は「そうだな」と言って、両手を前に翳した。右手で通ってきたゲートを閉じ、左手で新たに店と繋いだゲートを開く。


「お風呂の時間ですね!」


ゲートを開くと同時に、村娘たち五人が奥の階段からダイニングに姿を現した。手には着替えやタオルを持っている。風呂が待ち遠しかったようだ。とりあえず興奮気味の村娘たちを落ち着かせたリーサは、依頼していた制服のデザインを確認するか聞いてきた。


制服の絵(デザイン)は描いたんだけど、今確認しておく?」


「そうだな。ついでだし確認しておくか」


「昨日描いていたのですよね?」


そうよ。とリーサがレレイの言葉に応えると、二階にデザインを描いた紙を取りに行ってくれた。


「あんたその格好で街をうろつくの?」


和服姿の事を言っているようだ。和服は部屋着にという話だったが、これしかないのだから仕方ない。


「まずいか?」


「まずくはないでしょうが・・・目立つと思うわよ」


「俺が目立つ分にはどうでもいい事だ。ロロア、トト、これを指にはめてみてくれ」


リーサのすぐ傍に立っていた双子に指輪を手渡した。それを指にはめると一瞬、紫色の円筒状の光が二人を包んだ。


「なにいまの?」


「フォールから二人にだ。幻術の指輪とでも言えばいいか、これで二人の角は隠せるから人目を気にする事もないだろう」


双子はお互いに指輪をはめたり外したりして「角消えたー!」「つのみえたー!」と確認しているようだ。その間にレレイが筒状の紙を手に二階から戻ってきた。


「持ってきましたよ」


リーサはレレイからそれを受け取り「ありがとう」と言って俺に渡してきた。俺は筒状に丸められた紙を広げて描かれた絵を確認した。縦に線入れて左右分けられ二つの絵が描かれている。双子をイメージして描かれているのか、子供サイズの五分袖のカッターシャツに、黒く塗りつぶされた短いネクタイ、襟には何か刺繍を入れる予定なのかバツ印の横に<刺繍>と書かれている。もう一方は前掛けだろうか、わかりやすく斜め後ろから見た角度の絵には腰から下、脚が描かれており、膝下ぐらいの前掛けの絵が描かれている。それに前から見た絵も描かれていて、前掛けに<店名>と書かれていて、見れば雑貨屋の店員だと一目でわかるよう工夫が施されていた。


「うん。いいんじゃないか」


俺は頷きながらデザインの描かれた紙をリーサに返した。


「この前掛けに店の名前を書いて襟には私の立ち上げるブランドのロゴ刺繍を入れる予定よ」


リーサの説明に「もう一度いいか?」と聞き返した。指先で前掛けの絵を指差しながら「ここにあんたの店の名前」と応えたあと、指先を移動させてシャツの襟のバツ印を指差しながら「こっちに立ち上げ予定のロゴ」と言葉にしてみせた。とりわけロゴが入っているのは日本人の俺からすれば珍しくもないので気にはしないが「洋服店でも開くのか?」と聞いてみることに。

すると村娘たちの方を見ながら「昨日これを描きながらみんなで話しあったのよ。私たちで衣服専門の商店を立ち上げようって」と口にすると、村娘たちも「そうなんです。リーサさんがデザインして私たちが縫い合わせたりと針仕事を任せてもらえることになったんです」と嬉しそうに言葉にした。確かに服の代金を支払うと言ったときに、私からみんなに給金を出すと言っていたが一晩でブランドの立ち上げまで考え至り、さらにそれを実行に移そうとしているとはな。


「それであんたにお願いがあるのよ」


「リーサには世話になっているからな、俺ができる事なら力になってやるが」


「ほんと!? それなら生地を買い取らせてもらえないかしら? 店を立ち上げて軌道に乗れば新しく生地の仕入先も検討するから、それまでの仕入れをお願いしたのよ。元手が少ないから仕入れ値を抑えたいのだけれど・・・」


いつもズカズカと横暴なリーサと違い、金銭の絡む話となると、少し畏まった態度でそう口にした。


「俺の持っている生地類は全て無料提供してやってもいいが、一つ頼みがある」


まさか無料で提供してもらえるとは思っていなかったリーサは「頼みごとを聞けばロハでいいの!? もしかして・・・!?」と、明るい顔を浮かべたり、ジトリと蔑むような表情を浮かべて自分を抱きしめた。表情豊かなのはいいが、ロハって古くないか。


「ロハなんて今どき使うやつがいるのに驚いた。それにそんな視線を向けられても困る」


そう言いながらゴブ村で少しばかり譲ってもらった蚕の繭を巾着袋から取り出してリーサに見せてみた。


「これって(シルク)じゃないの?」


まだ繭のままなんだが、どうやらリーサにはこれから何が作られるのか知っていたようだ。


「そうだ、繭の状態でどうすればいいのかわからなくてな。できれば生地にして店の目玉商品の一つや二つ作りたいんだが、解き方がわからないんだ」


「一つしかないの? 五つぐらいまとめてほどかないと巻き取るときに糸が切れちゃうのよ」


とりあえず今ある分、蚕の繭を六つ手渡し「頼みはこれを生地にしてもらいたいと言うことだ。できそうか?」と言うと「無料提供の中にこれは入るの?」と、ちゃっかり聞いてきた。「それはできないが繭の販売はしてやれる」と口にすると、リーサは「任せない!」と意気込み頷いた。


「商談成立だ」


堅い握手を交わしたあと、俺はダイニングのテーブルの上にあるだけの麻生地、綿生地、反物、それに羊毛フェルトボールと毛糸の玉をのせた。俺は一度、草原でロロアの着る物を作ろうとして自分が縫製では無力であると知っている。使えない生地類を蓄えているよりもリーサに使ってもらった方が色々いいだろう。大量の生地類を前に「逆に気を遣うから制服は無料にしとくわ」とリーサがポツリと口にした。



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