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地竜に挑んだ冒険者達を洞穴の中から覗き見ながら、しばし攻撃に転じた冒険者たちを観戦する事にした。
武闘家が繰り出した打撃は当然のように地竜の硬い鱗に阻まれ、追撃を仕掛けた剣士、大剣使いもまた、その強固で頑丈な地竜自身に成す術は無かった。唯一、長い時間詠唱を唱えた魔法使い達からは、俺が扱う炎と雷を融合させた炎雷拷撃に似た、複数の属性を併せ持たせた魔法が放たれた。
複数人の魔法使いが創り上げた魔法は風の渦と炎の塊を生成した。風の渦は竜巻のような形をしており、先端が地竜の方に向けられている。その風は俺の知る竜巻のように、大きく開いた渦側に風を巻き上げるのではなく、小さく尖った先端へと風が向かっていた。
それと同時に現出させた炎の塊は言うなれば燃える溶岩の塊。岩を燃やし溶かしたかのような炎を大胆にも風の渦の中に放り込むと、風の渦の先端から圧縮された溶岩が細く鋭い物理的な燃える炎槍へと姿を変え、それは勢いよく地竜へと放たれた。
その魔法はただ地竜の硬い鱗を貫く事だけに特化したかのような魔法だ。風の渦は炎槍の生成と射出するために現出させたらしく、炎槍が放たれたあともそれは上空に現出したままだ。炎槍が放たれ地竜の元に辿り着くまでは一秒ほどの一瞬の時間。
俺はその光景を前に、思考する暇もなく迫り来る炎槍を目の当たりにし、地竜は今、何を思うのだろうかと、そんな事を考えていた。肉を振舞うと言った約束も、まだ一度も守っていないな・・・。
そんな俺の心境とは関係なく、地竜から激しい轟音と、耳を劈く様な強烈な咆哮が響き渡る。地竜はまだ、戦いを放棄してはいなかった。それは俺とフォールが地竜の棲処で戦っていた時に不意を衝こうとしてきたあの光線だった。射出された炎槍も、その線上にあった風の渦も光の中で掻き消され、咆哮は冒険者たちの背後にあった岩壁を抉り取り、巨岩を崩落させた。魔法使いの攻撃で優勢に立ったかのように思われた冒険者たちは、地竜の一啼きの咆哮で窮地に追い込まれる事になった。背後では崩落が起き洞穴は塞がれてしまい、眼前では地竜が立ちはだかり逃げ場すらない。冒険者たちは自分たちの措かれている状況を瞬時に把握したが、それを打破する算段までは浮かんでいないようだ。まだ膝を折りはしていないが、心が折れるのは時間の問題だろう。
「うろたえるな! 背後の洞穴は崩落で塞がれたが、先へと続く洞穴は目の前だ! 地竜を討伐し進むだけの事、それが俺たち冒険者だろ!」
ガルドは一声上げると冒険者たちの頭上を跳躍し、先頭に躍り出た。大きな両刃の斧を背中に担ぎ、それを手にすると足元にズシリと斧の重量を感じさせながら地面に衝き立てた。後方から現れたガルドはジーンズ生地にTシャツのようなギルドで見たラフな格好ではなく、冒険者スタイルだろう黒のタンクトップを中に着て、上から赤く染め上げられた左肩掛けの革鎧を身に纏っていた。左肘まで伸びた革鎧とは対照的に、右腕が動きやすいよう右胸元から腕にかけて革鎧は製作されておらず、中の黒いタンクトップが見えていた。
「各パーティーは地竜を包囲! 魔法と弓で息つく暇もなく攻撃を仕掛け地竜の体力を削ってやれ!」
開けた空間の中央で構えている地竜に対し、冒険者たちは一斉に駆け出して包囲網を組んだ。駆け出した各パーティーを各個撃破もできただろう地竜は、冒険者たちが陣形を組み終えるのを待っているように見えた。
「尾の広範囲攻撃に注意しつつ攻撃開始!」
ガルドの図太く低い声が響くと、各パーティーは前衛に盾を置いて中距離から弓を一斉に放った。魔法使いは後方での詠唱に専念している。近距離戦を得意とする武闘家や剣士、大剣使いもまた、一体の地竜に対し一斉に喰らい衝くかのように攻撃を始めた。まるで蝉の亡骸に群がる蟻のように。
「かじゃみー」
背後からロロアの声がして振り向くと、子供達とラックが洞穴の中に姿を現していた。
「今日は上にきたらダメだとフォールが言っていただろう」
「でもかじゃみがのぼっていったから・・・」
「カザミ一人、心配して様子見に来た」
「そうだよ。凄い音がしたから大丈夫かなって見に来ただけだよ」
先ほどの地竜が放った咆哮の事だろう。俺の言葉にシュンと俯いてしまったロロアを庇う様に、フロアとトトがそう口にしたところで、俺は片膝を地面につけて子供達と視線を合わせた。
「ロロアだけに言ってるんじゃないんだぞ。今日は上にきてはダメだと言ったらダメなんだ。わかったか?」
双子「ごめんなさい」
フロアもコクリと頷き「わかった」と言葉を残し、子供達が踵を返そうとしたとき、背後で凄まじい轟音が響き、大地が揺れた。振り返って洞穴の向こう側を見てみると、地竜の尾が洞穴を塞いでいた。
「魔法使いの放った黒い雷がこちらに飛んできた。それを地竜が防いだ」
地竜の方を見ていたラックが簡単に説明してくれて状況は把握できたが、ラックは言葉を続けた。
「今の不可解な地竜の行動を見て、冒険者はここを狙うかもしれない」
地竜は俺たちが洞穴に居る事を知っていたようだな。まさか地竜が俺たちを庇うとは。
「それも有りえるな。俺としては客が下層まできてくれるのは喜ばしいところだが、下層を荒らされるのもいい気分ではないしな・・・崩落した岩をどけてやれば帰るだろう」
俺は子供達の頭に軽くポンポンと手をのせて「さぁ、ここは危ないから下に戻っておくんだ」と声をかけ、子供達とラックが下層に戻るのを見届けたあと、洞穴を塞ぐ地竜に声をかけた。
「守ってもらってわるいな地竜、明日は礼に肉を振舞ってやるよ」
俺は地竜にそう声をかけながら、黒刀を鞘から抜いた。崩落した岩を退けるとなれば爆破系か・・・あるいは物理的に抉じ開けるか。
「相手も黒い雷を飛ばしてきたんだ。こっちも雷を飛ばしても文句は言えないだろう。地竜、尾を退けろ」
地竜はやはり俺の言葉を理解しているようで、そう口にすると、地竜は静かに尾をずらしながら洞穴を開いた。
わざわざ黒い雷を防ぐ為に後方へ移動しただろう地竜は、中央からこちらの洞穴側まで近寄っていた。地竜を後退させたことで士気が上がった冒険者たちは絶え間ない攻撃を繰り出し続けている。洞穴を塞ぐ事で行動に制限がかかった地竜は、冒険者たちの追撃をその身で受け止めていた。硬い鱗で守られているとはいえ、無防備に攻撃をしかけられる地竜を目にし、少々冒険者たちが腹立たしく思えた。
俺は抜いた刀に迅雷を纏わせ、さらに刀に魔力を注ぎ込んだ。刀に纏う白青とした雷は魔力を蓄え真っ白い雷になり、やがて白は濁り黒く変色していく。直後、地竜は俺の居る洞穴から逃げる様にして壁際に急いで移動し、射線上から十分な距離をとった。勘というやつだろうか、迅速な行動に天晴れとしか言いようはない。対する冒険者は何も気づいていないようで、距離を取った地竜を追おうと一斉に駆け出し俺の視界に入ってきた。それと同時に、離れていた魔法使いの一人が聞き覚えのある声で大声を上げた。
「退避! 退避! 中央から離れなさい!」
弓使い、魔法使い、聖職者は近接戦を好まず、元々距離を取っていたため少し後ずさる程度だった。前衛に居た盾職や剣士たちは魔法使いの言葉を聞き、何も疑う事なく俺の居る側の洞穴と、向こう側の洞穴への射線上から退いた。よほどこの魔法使いは信頼されているのだろうな。
魔法使いの機転に好機とみた俺は、洞穴の中から黒く禍々しく変貌した迅雷を崩落した巨岩の山に向かって振り下ろした。
「【黒雷地走り】」
◇◇◇
ガルド支部長が前に出た事によって冒険者達の士気も戻った。【大規模魔法】が地竜には無力だった事で半ば瓦解しかけたけど、これならまだ戦えそうだわ。背後は地竜の放った光線で崩落して逃げ場はなく、残る選択は前方の洞穴を進むしかない。ここは当初の目標通り地竜を倒すしかないわ。
各パーティーで地竜を包囲し、前衛を保ちつつ中距離から弓使いが弓を放つ。ここまでは魔物に対してセオリー通りの戦い方。このまま地竜の体力を削り落とせればいいのだけれど、昨晩から各パーティーが入れ替わりで何度も仕掛けているのに平然と戦ってみせる地竜は、やっぱり化け物じみているわ。あの時は地竜を前に逃げ帰る事しかできなかったけど、今回は数で攻め落とせるはず。
ライドがこの遠征に参加しなかったのは残念だけど、共に戦ってきた剣士のライアン、弓使いのファフラに聖職者のマリンも居るし、ライドの忠告通り盾職は二人にして武闘家も今回新たに加わった。この大規模パーティーなら負けるが気がしないわ。
「【黒き竜の黒雷】」
上位魔法は長時間の詠唱を必要にするけど、その一撃は下位魔法とは比べ物にならない威力を誇る。満を持して放とうとした魔法陣の前に、他パーティーの大剣使いが地竜との射線上に入ってしまった。大剣使いに続くように武闘家も後に続き、このまま放てば巻き込んでしまうわ。【魔法解除】では間に合わない! 私は魔法陣に注いだ魔力を抑え込み、刹那の時間、魔法が放たれるのをずらした。その間に魔法陣の形を強制的に歪ませた。これは一つの賭けだった。そのまま魔力が暴発してもおかしくなかったけど、放たれる寸前だった魔法は歪んだ魔法陣から溢れ出るようにして地竜の頭上に向かって飛んでいった。
「よかった」
仲間を誤射する寸前でどうにかできたが、地竜は周囲に居た前衛部隊には目もくれずに、突然移動を始めた。地を這い移動した地竜は、向こう側にある洞穴を塞ぐように尾を地面に叩きつけると、放物線を描いた私の魔法が地竜の尾に直撃した。
「どういうこと、おかしいわ」
今の不自然な行動に対し、違和感を覚えたのはどうやら私たち後方の中でも数人のだけのようで、気づいた者同士、目で確認を取った。やっぱり私だけではなく、同じパーティーの聖職者マリン、他のパーティーの魔法使いが二人、違和感を感じたらしい。
「マリン、今のは何だったと思う?」
すぐ後ろで控えていたマリンに声をかけると「前衛から距離を取ろうとしたのか、それか洞穴を守ったようにも見えましたね」と口にしながら隣に歩み寄ってきた。
「やっぱりそう見えた? 私もだわ」
「えぇ。あの洞穴の先にある何かを守護しているのかもしれませんね」
ギルマスの方に視線を向けると、ギルマスも何かを感じ取ったようで、洞穴の方を凝視していた。
「考えても仕方な・・・」
洞穴の方に視線を戻すと、私は言葉を失った。突如として地竜の尾で塞がれた洞穴から目視出来る程の魔力が溢れ出てきた。
「エミーラさん、どうしたのですか?」
相手の魔力量を感じ取れる人間は少なくないけれど、霧が立ち込めたように相手の魔力を目視できる人間は少ない。魔法に対し才覚ある者や、熟練されたごく一部の魔法使いだけ。
岩壁と尾の隙間から漏れ出ている霧のような魔力は、より濃くなっていくのがわかった。
「まずい・・・あれはまずいわ」
この感覚、どこかで感じた事があるわ。
「エミーラさん!」
手が震え出したかと思えば、全身が凍りつく感覚がし、パンッと音がすると同時に頬が熱を帯びていく。
「ありがとうマリン。もう大丈夫だわ」
マリンの平手で我に返り地竜の方へ視線を向けると、尾をゆっくりとずらしながら洞穴を開いていった。漏れ出ていた魔力は、開かれた洞穴からは濃厚な魔力が溢れ出てきて、私は声を張り上げた。
「退避! 退避! 中央から離れなさい!」
私の声を耳に、地竜に駆け出して行った前衛部隊も、洞穴同士を繋ぐ射線上にいたギルマスとその補佐役の二名も、皆一斉に洞穴のない壁際へと跳躍して距離をとった。
洞穴から溢れ出ていた魔力は収束するように洞穴内戻っていったかと思った直後、ズシャーンッと甲高いを響かせ、地面が蠢いた。
黒く禍々しい大きな雷が中央を闊歩するかのように、地面を抉りながら洞穴へと向かい地を走る。黒い雷から放電されている小さなか細い黒い雷でさえも地を抉り取る。それを止める事も、触れる事すらも許されない。その光景を前に、我先にと壁際に移動した地竜と、総勢七三名はただ、黒い雷が過ぎ去るのを待つ事しかできなかった。
黒い雷が地を抉りながら進んでいく光景を見ながら、私は遠征前の晩、私を含んだいつもの仲間達五人と晩酌をしていた時の事を思い出していた。
いつにもなくお酒を呑んで酔っ払っていたライドは「地竜が壁にめり込んで死んだふりをしていてさ、あの棲処で熊鍋したんだよ。熊鍋うまかったなー」と言っていて、私達は酒に酔った冗談だと聞き流していた。
そのあとも「俺たちが受け取った謝礼金はフォールにきちんと渡しておいたし、礼もみんなを代表して言っておいた。だから気兼ねなく遠征に参加してくれ。俺は今回参加しないが、二人はカザミに会ったら一言謝っておいた方がいいかもな。話せばわかる奴だから・・・」と、そう言って眠ってしまった。
今ならライドが言っていた事がわかる気がする。岩壁を見てみると、確かに異様に陥没している箇所がある。それにあの洞穴には誰かが居た・・・この黒い雷を放った誰かが。
「カザミ、ライアンと私に関係する男・・・きっとあの時の黒髪の男の事だわ」
私の中でライドの言葉が線として繋がったとき、黒い雷は崩落した巨岩に衝突して轟音と土煙を上げた。巨岩を砕き、縦に裂かれた洞穴の入り口が姿を現した。
黒い雷が放たれた洞穴を見ると、その暗闇の中にはすでに誰もおらず、先ほど感じた魔力も感じられなくなっていた。
このまま地竜討伐を続行するのか、撤退するのか、黒い雷が去った今、私達は地竜を警戒しながらも、視線はギルマスに注がれた。




