30
翌朝、激しい物音が聞こえ目が覚めた。どうやら風呂のあとに寝室でラガーを寝酒にぐっすりと眠ってしまったらしい。晩飯も食わずに寝てしまい目覚めと共に空腹が俺を襲う。ベッドから起き上がり、扉を開いて階段へ。
「おはよう」
声をかけながらキッチンに下りると、流し台の前で木箱を踏み台がわりにしているロロアが、フライパンを片手に出来上がった料理を木製の皿によそっているところだった。メインに使っている丸テーブルに朝食を並べながら、フォールとロロアが挨拶を返してくれる。
双子には包丁を使わせないようにしていたのだが、どうやらフロアに美味しい手料理を振る舞いたくて朝早くから朝食を作っていたらしい。普段から朝食を用意してくれるフォールは、今回は手伝う側にまわったようだ。
階段を下りて立ち呆けていた俺に「トトとフーちゃん、おこしてくるね」と一言告げて、俺を横切り後ろの階段を上っていった。ロロアが普段着にしている白いカッターシャツはケチャップが跳ねたのか、赤い染みが目立っていた。
「あぁ」と返事をしながら浴場の洗面所に足を運び、顔を洗いながら「エプロン・・・用意したほうがよさそうだな」と呟くと「そうだね」と、扉の向こうから顔を覗かせたフォールが相槌を打った。
席につくと、いつもの紅茶の爽やかな香りとは違い、芳ばしい芳醇な香りが漂ってきた。フォールが俺の前にカップを用意してくれテーブルに置かれていた銀の小さなポットに手を伸ばした。銀のポットからカップに注がれる黒い液体。
「・・・珈琲」
ラガーの次は珈琲。あっても不思議ではないが、やはりどこかで無い物と思ってしまっていた。懐かしく感じるこの香りに小さな声が漏れでていた。
「今日も港街に行ってきたんだよ。朝から活気があって気に入ってるんだ。あ、砂糖と山羊乳はどうかな?」
朝の散歩みたいなものか。何時から起きているんだろうか。あ・・・そういえば長生きなんだよな。見た目は俺と同じ二十歳か、少し年下ぐらいだが、中身は相応って事なのだろう。確かな年齢を聞いた事もないが、以前聞いた戦争の話で最低でも三百歳は確定している。年寄りは朝が早いというが、これは黙っておいた方がいいな。
「このままでいいさ」
カップを手に、まずは香りを堪能してから一口。うん、珈琲だ。濃いめの味わいが苦味を感じさせ目が冴えていく。フォールも自分の分の珈琲をカップを注ぎ、椅子に腰を落ち着かせて一段落つけた。
テーブルの上に置かれたバスケットの中には、食べ慣れ始めたいくつもの固いバケットの黒パン、木製の丸い皿の上には塩コショウで味付けされた厚切りの焼きたてのハム、その横に添えるように置かれたスクランブルエッグ。
たぶん早起きした理由はこれだろう。皮がついたまま十字に刃が入れられたじゃがいもに、バターのかわりにマヨネーズがかかっている。まるでじゃがバターのようで、馬鈴薯の熱で、うっすら溶け出したマヨネーズが切れ目に流れ黄金の湖を創り上げたようだ。蒸し器は使っていなさそうだから、じゃがいもを茹でたんだろうな。確か蒸篭がどこかにあったはずだが、いずれ使い方を教えてやるか。
シャツがケチャップまみれになってしまったのはこれか。底の深い木製ボールに盛られたレタス、その上に薄くスライスした紫たまねぎとキュウリ、それにくし切りされた一口サイズのトマトを上にのせて、仕上げにオーロラソースがかけられている。サラダのドレッシングがわりに教えてあげたオーロラソースだが、これをマヨネーズと混ぜ合わすときにでもケチャップが跳ねてしまったのだろう。
肌着の替えはあるが、やはり双子の替えの洋服も考えないといけない。珈琲を口にしながらそんな事を考えていると、ラックが散歩から帰ってきたようだ。
「ただいま」
店側と繋がる扉が開く音がして、すぐにラックが姿を現した。毎朝散歩がてらに周囲に変わったことがないか確認をしてくれ、肉が無くなりそうになると散歩のついでに狩りもしてきてくれるらしい。俺がここに帰ってきてからはまだ狩ってきた事はないが、食材がある内は無意味な狩猟はしないのだろう。
テクテクとこちらに歩み寄り、ラック専用の幅広の椅子の上に飛び乗って今日の朝食は何かと確認するようにテーブルの上を覗きこんでいる。ラックの椅子はフォールの手作りらしく、椅子の上で食事を摂れるようにテーブルの役目も果たしている。高さはテーブルより少し低い程度でラックがお尻をつけて座り込むと、ちょうど腰から上を覗かせるようになっている。この椅子のおかげで俺たちはみんなでテーブルを囲む事ができるのだ。
「みんなおはよう」
「よく寝た。おはよう」
フロアとトトがロロアに起こされて下りてきた。フロアはトトに連れられるように浴場の洗面台に顔を洗いに行った。一緒に下りてきたロロアが、二人が顔を洗っている間に、山羊乳を温め始めた。鍋に水を入れミルクを入れた銀ポットを湯煎で温めている。
「湯煎なんかよく知ってたな」
「ゆせん? ミルクをあたためるときはこうするの」
湯煎という言葉は知らなかったようだが、ミルクの温め方はどこも同じなようだ。
二人が顔を洗い席につくと「もうちょっとであったかいミルクできるからまっててねー」と声をかけ、温まったミルクをカップに注いでいる。まるで小さなお母さんのようで朝から和んでしまう。
「今日はロロアが朝食を用意してくれたんだよ」
「ロロちゃんすごい。豪華」
いつのまにか愛称で呼び合う仲になっているようだ。リーサや村娘たちも、双子の角を見ても軽蔑する様子はなかったし、魔族に反感や不快感などを抱いていない者は大勢いるという事だろう。
テーブルに並べられた料理を前に、ロロアを賞賛するフロアを見ているとそう思えた。トトが「いただきまーす」と言って早々に食事をはじめ、それに続くように俺たちも朝食を頂いた。
俺たちの美味しそうに食べる姿を見て、ロロアも満足そうな表情を浮かべ食事を始めた。
「これなに?」
「それはたまごをかきまぜたのだよ」
「おー、これが卵。始めて」
フロアは匙に掬ったスクランブルエッグをまじまじと見つめたあと、パクリと匙を咥え込んだ。
「おいしい」
「このサラダもたべてみて。かじゃみにおしえてもらったソースをかけてるの」
フロアの皿にトングでつかんだサラダをよそってあげると、それをフロアはパクリと口にして、シャキシャキ、もしゃもしゃ、ゴクリと呑みこみ「ロロちゃん神」と口にしながらフロアは夢中でサラダを頬張っていく。
トトはじゃがバター風の馬鈴薯が気に入ったらしく、匙で一口食べたあと、手で掴んでそのままパクリと口にしていく。俺はじゃがバターの皮を残す派なので、匙で綺麗に食べ進んだ。
「この馬鈴薯も美味しいよ」
「でしょ。ぜったいマヨネーズにあうとおもったの」
ロロアの手料理に舌鼓を打ちながら食事が進む。
「そう言えば、ドーンッと大きな音が鳴っていなかったか?」
ふと目覚めたときに聞いた気がする物音について聞いてみると、それはまた響いてきた。鉄球を壁にぶつけたような重低音。微かだが地揺れも起きているように感じる。
「この音の事だね。昨晩から響いているよ」
皆は一晩中聞こえていたらしく、今さら気がついたのは俺だけだったようだ。
「上の地竜が何かしてるんじゃないかな?」
まるでマンションに住む上の階の人扱い。フォールは気にもしていない様子でそう言うが、意味も無く地竜がドタバタするだろうか。
「さっき覗いたら冒険者が押し寄せていた」
フォールに伝えるように口にして、じゃがバター風の馬鈴薯にかぶりつくラック。双子もフロアも、対して気にする様子はないみたいだ。子供達が不安がっていないのはよかったが、朝から少し耳障りに感じる。
「音をさせながら近づく相手は気にしなくても大丈夫じゃないかな。静寂を保ったままこられる方がよほど厄介な相手だよ」
「それもそうか」
ついフォールの言葉に納得してしまった。冒険者ならダンジョンに足を運ぶのは当然か・・・。
「あー、これレイドパーティーか」
夜通し響く物音に地揺れ、長期戦をこなせる戦力。ふとギルドでライドが口にしていた言葉を思い出した。ダンジョン攻略のために大規模パーティーを結成すると言っていた事を。ラックが言うに、たぶんその冒険者達が到着したのだろう。
「レイドパーティー?」
聞きなれない言葉に、フォールが繰り返すように聞いてくる。
「冒険者のパーティーを複数集めて大規模にしたパーティーの事をレイドパーティーと呼んでるんだ」
「大規模パーティー。なんだかカッコいい響きだね」
上では地竜との大規模戦闘が繰り広げられているようだが、こちらはいたって平和な朝だ。朝食を終え食器をシンクに運んだ子供たちがそのまま遊びに行ってくると言って店から出て行こうとしたので、上の階には行っちゃダメだよー。とフォールが注意を促していた。
「今日はフロアちゃんが居る事だし、魔法の訓練もお休みかな」
子供たちを見送ったフォールは少し寂しそうにそう言うと、朝食の後片付けを始めた。ラックも子供たちについて行きあとを追っていった。
今日はゴブ村と街に買い物に行く予定だが朝早くからゴブ村に行っても迷惑だろうし、店用の棚代わりに使う丸テーブルを先に買いに行くかと思案していると「カザミは今日ゴブリンの村に行ってくれるんでしょ?」と、洗い物をしながらフォールが声をかけてきた。「その予定だが朝早くに行くのも迷惑だろうしな」と口にすると「それじゃあ念のため上を覗いてきてくれないかい」と頼まれた。地竜が敗れ、ここに冒険者が押し寄せてこないかと念押しついでの様子見と言ったところだろう。俺はフォールの言葉に「了解した」と応え、地竜の様子を見に行く事にした。
◇◇◇
子供達が上に向かってないかと歩いてきたが、壁際のスロープ状の傾斜を上がっていると、遠くから声が聞こえ子供達が手を振っているのがわかった。川で水遊びをしている様子だったので、少し安心した。さっそく洞穴を潜り確認すると、思ったとおり地竜と冒険者が戦闘を繰り広げている最中だった。
開けた半球状の空間の中央でドッシリと構えている地竜は、その冒険者の数に物怖じすることなく迎え撃っていた。
冒険者は総数七十数人と言ったところだろう。七人一組のパーティーは、前衛職を三人、中衛職に二人、後衛職に二人の七名で結成されている。パーティーの中には前衛職の盾が二人と大剣使いの一撃必殺のパーティーや、盾一人と剣士が一人に素手にグローブを嵌めた武闘家が混ざっている手数を得意とするパーティーも覗えたが、中衛と後衛はどのパーティーも弓使いが一人に魔法使い一人、あと聖職者が二人と回復には万全を期しているようだ。
五組のパーティーが扇型に陣形を組み、どのパーティーも最前列に盾職を配置し、その少し後方から弓使いが遠距離射撃を繰り出している。さらに後方では聖職者が傷を負った者たちを癒しているのがわかった。見る限りだと、前衛に盾職を残し後退させた剣士や武闘家たちを癒すため、弓使いが時間稼ぎの中衛射撃をしていると言ったところだろう。
「第二、第三パーティーは後退! 第六、第十パーティーは前へ!」
最後方から大きな声でそう声を上げたのは、上級ポーションの買取の件で話をしたガルドだった。ガルドが声を上げると、地竜の正面にいた二組のパーティーと後方に控えていた二組のパーティーが入れ替わった。被害が一番が大きかったのか、後方での回復では間に合わないと判断したのかは把握できないが、下がる二組のパーティーを見るに、他の残る三パーティーよりも被害を被っているように見えた。ポーションと回復魔法を併用しているところを見ると、前衛攻撃職は深手を負っているのだろう。
「魔法詠唱始め! 弓使いは射撃止め! 盾職は剣士たちと入れ替わり地竜の反撃に備えよ!」
パーティーが入れ替わり、ガルドが即座に指示を出すと攻撃前衛職は地竜に突貫を始めた。一糸乱れぬその動きは熟練された兵隊のようだ。先陣を切ったのは武闘家たちだった。地竜を殴り蹴るその勇敢な姿を前に、コソコソと覗き見ている自分が恥ずかしくなる。




