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聞きなれない言葉、知らない単語。二人の会話に耳を傾ける私たち村娘。


「それで、何が聞きたいの?」


テーブル越しに向き合うリーサさんとフォールさん。二人のやり取りは私の思考では考えが及ばない着地点に終着していった。リーサさんらしい口調と態度、それが裏目に出ないかと思う事自体杞憂だった。この一言しか言いようがない。


「知りたいのはただ一つ。派生の源」


笑顔が消え、真剣な眼差しをリーサさんに向けた。その言葉を聞き手にしていたカップを受け皿に戻したリーサさんは、ニコリと微笑んだ。返答を待つフォールさんとは裏腹に、この刹那の静寂が私を緊張させる。心臓に耳を当てているのではと錯覚するほど、自分の鼓動がハッキリと聞こえた。そしてすぐ、リーサさんが口を開いた。


「バカにしてるの? それともバカなの? なに口元で両手を組んで<派生の源>・・・とか言っちゃってるの?」


バカ・・・大賢者様に向かって馬鹿。助けられたこの命、終わった。

開いた口が塞がらないとはよく言ったものだと感心してしまうほどに、村娘の私たちは一斉に顔を見合わせた。引き攣るどころかみんなの血の気が引いていき、誰一人としてフォールさんの方を見ることができなかった。


「えっ? おかしかったのかな? でもカザミがそう言っていたとおもうんだけど・・・」


戸惑いながら気恥ずかしそうにするフォールさんに、溜め息を漏らすリーサさん。封建制(ほうけんせい)の身分社会はどこにいったの? と尋ねてみたいほど、この空間に身分の違いなど意味を持たないのだと感じた。二人の一言一句に緊張させられている私たちは、無駄に寿命を縮められてしまった気分だ。


「派生の他に何か聞いてないの? 何から派生したのか、そこを教えてくれないかしら」


「そ、そうだよね。醤油が造れないかと思って。君なら何か知っているんじゃないかな?」


「醤油の事ね、知ってるわよ。幼い頃は田舎暮らしでお祖母ちゃん子だったから、自家製醤油や味噌、それに漬物とかも一緒に造っていたから」


嬉しそうにテーブルを叩いて勢いよく立ち上がったフォールさんは、子供の様に目を輝かせながら「是非造ってくれないかい!」と、リーサさんに願い出た。そこからはトントン拍子で話が進んでいった。必要な物はフォールさんが全て用意すると言い、仕込みをするかわりに少し分けてくれるならとリーサさんもやぶさかではないといった様子で快諾した。

醤油という物を造るのに必要な物をリーサさんが紙に書き記すと、その(メモ)を受け取ったフォールさんは「すぐ戻ってくるからね!」と言い残して、忽然と姿を消した。


「大丈夫なんですか? その・・・あの様な態度で大賢者様と接せられても」


リーサさんにそう問いかけてみると「私にもわからないわよ」と苦笑いを浮かべ、続けて口を開いた。


「でもま、この店の人間には身分の隔たりなんて存在しないわ。それに大賢者って爵位じゃないから大丈夫と思うわよ」


そう言ったリーサさんは、突然嬉しそうに微笑み「大豆は高くて買えなかったし、麹菌なんてどこにあるかもわからなかったのよ!」と言って私の肩を軽くたたいた。


大賢者様はこんな人だったんだ、と一人呆けてしまった。大賢者とは偉いお方。魔族の侵略から国を守った英雄、昔語りからそう想像するぐらいだった。村育ちの私には教養なんてものはない、だから貴族様は偉い方で逆らってはいけないと幼い頃から父に教え込まれていたが、ここの人に対してはその教えを守る事の方が嫌厭されるのかもしれない。


「醤油があれば、から揚げはさらなる高みへ届く」


ふと声が聞こえて振り向くと、階段から下りてきた双子ちゃんと小犬君がこちらに姿を見せ近寄ってきた。


「かじゃみたちは?」


「フォールもいないの?」


目の回りを赤く腫らせている双子ちゃんを見て、リーサさんが慌てた様子で立ち上がった。


「二人とも目元が真っ赤じゃない! なにかあったの?」


「泣き疲れて寝ていただけ」


小犬君がその目について説明するように言うと、リーサさんは「すぐに帰ってくるから、まずはここに座って」と、双子ちゃんを椅子に座らせたあと、穴の空いた銀色の何かを使い、そこから透き通るほど綺麗な水を出した。


「リーサさんそれは?」


「これ? 蛇口よ。ハンドルを回せば水が出てくるの」


お風呂のシャワーという温かいお湯が出る物にも驚いたけど、こんなにも自由に水が使えるなんて、ほんとうにここはどういう所なのだろう。水は井戸か川で汲むものだと思っていたけど、こんな便利な物があるのなら村の人にも教えてあげたい。もうあの村に帰る事はないんだろうけど。


「二人とも、これで少し冷やしておきなさい」


蛇口という物を眺めながら、もう関係のない村の事を考えてしまった。

リーサさんは双子ちゃんの少し腫れた瞼を冷やそうと、水気を絞った手拭いをそっと双子ちゃんの瞼の上にのせた。


双子「ありがとう」


気持ち良さそうに「ひんやりー」と口にしながら顔を天井に向けて、顔にのせた手拭いが落ちないよう目元を冷やし始めた。小犬君は自分の席が用意されているようで、高椅子で少し幅広の座の上に飛び乗った。


「醤油は(マスター)が造り得なかったもの。それがあればから揚げは至高の極みに達する」


「小犬なのにから揚げが好きなのね。でも醤油だけじゃダメだと思うわ」


「なんと・・・それは残念」


「料理はよくわからないけど、カザミなら醤油があれば美味しいから揚げを料理してくれるんじゃないの」


小犬君のから揚げ談話が始まろうしたところで、小犬君が耳をピクリと動かし「帰ってきた」と口にすると、少しして店側と繋がる扉が開いた。

その扉の先からカザミさんが姿を現し、続くようにニーナとフロアの姿も見えた。


「遅くなってすまない」


そう口にしたカザミさんは、ニーナを自分の前に連れ出すように背中を押した。


「・・・みんな」


「ニーナ」


捕らわれていた村娘が全員揃った。喜びを分かち合っていると、カザミさんがわたし達に向かって深々と頭を下げてくる。


「お前たちには本当に申し訳ない事をした」


ニーナが無事でいてくれた、それだけでわたし達は十分。カザミさんには感謝の気持ちしかない。


「謝らないで下さい。わたし達は感謝しているんですから」


「レレイの父親に会った。ニーナを村から逃がしたのはレレイの父親だ。他の村人にニーナが村に戻った事が知れればどうなっていたか教えてもらった。配慮が足らず、すまなかった」


また深々と頭を下げたカザミさんに近寄ったリーサさんが「あんたのおかげでみんな無事だったのよ。ありがとね」と、いつもの憎まれ口とは違い、労いの言葉をかけたのに驚いたが、誰もそこには触れなかった。

父さんがニーナを庇ってくれた、無事だったんだ。


「みんなが無事だという事はレレイの父親だけには知らせておいたがよかったか」


私たちは一様に頷いた。


「みんな無事でよかった」


わたし達が落ち着くのを待っていてくれたフロア。私たちは改めてフロアに感謝の言葉を述べた。


「フロアがあの場に来ていると聞いたとき、嬉しい反面心配だったのよ。フロアも無事で居てくれてよかった。ありがとね」


双子ちゃんも、私たちの話が落ち着くのを待っていてくれたようで騒々しさが落ち着くと、お帰り、初めまして。とカザミさんとフロアに声をかけた。フロアと双子ちゃんは齢が近く、すぐに仲良くなれそうだった。フロアは「フロア、よろしく」と、いつものフロアらしい素っ気ない口調で挨拶をすると「じゃあふーちゃんだね」と、双子ちゃんが手を伸ばした。フロアは背負っていた編みカゴを下ろして双子ちゃんの手に触れる。


「かじゃみ、ふーちゃんと遊びに行ってくる」


「森でかくれんぼしようよ」


「ん」


「フォールが居ないが、昼飯はもう食べたのか?」


「まだだよ」


「それじゃあ昼飯作っておくから少ししたら帰ってくるんだぞ」


双子ちゃんは「ふーちゃんも一緒に食べるから!」と声をかけながらフロアの両手を引っ張って外に連れ出すと、後を追うように小犬君が駆けて行く。入れ違うようにしてフォールさんがまたも忽然と姿を現した。見慣れてしまうと驚く事もなく、むしろ便利な移動手段だと感心してしまう。


「どこにも見当たらなかったよ」


リーサさんが手渡した紙を片手に、どんよりと暗い雰囲気で現れ「王都と港街にも置いていないとなると、これは少し考えないと」と独り言を呟いてた。


「お前たちも昼飯食べていくだろ?」


暗いフォールさんを気にもとめずに、わたしたちの方へ声をかけると「ゴチ!」と両手を合わせたリーサさんが一声上げると「フォールはどこか行ってたのか?」と暗い様子には触れずに声をかけながらキッチンに立った。


「うん・・・リーサさんが醤油を造れるみたいなんだけど、肝心の材料がひとつ、どこにも置いていないんだよ」


「そうなのか。それで・・・諦めるのか?」


片開きの白い棚の様な物から料理の材料を選び出し、軽快なリズムを奏でながら具材が細かく切り刻まれていく。刻んだ具材をボールに移し、小麦粉と水、それに卵を一つのボールに入れるとシャシャシャーッと素早くかき混ぜた。カザミさんの料理姿が気になるのか、私だけじゃなく他のみんなまでカザミさん視線を向けている。


「見つけ出してみせるよ。でも麹菌なんて聞いた事もなくてね」


テーブルに額をつけてうな垂れるフォールさんに向かって「麹菌か。それ麹菌って呼び名だから見つからなかっただけかも知れないな」と言うと、リーサさんが「あー。確かに」と納得した様子で頷いた。


「俺が肉の話したときも鳥は鳥でそのままだったが、牛は知らないって言っていただろ」


話をしながら小麦粉と卵の液体の中に具材を投入し軽くそれも掻き混ぜると、熱した平たい鉄鍋の上に丸く型作りながら焼き上げていった。


「牛はオーロで豚はピグ。あと鹿はエルクで猪はボアって呼ばれてるわよ」


「へー。やっぱり名前が多少違う生き物もいるんだな」


料理をするカザミさんに声をかけるリーサさんに向かって「それじゃあ麹菌はなんだい?」とフォールさんが尋ねている。


「カビの一種なんだけど、何カビかなんてのはわからないわ」


「そりゃあコウジカビになるんじゃないのか」


「そもそも麹っての自体がないんだよ。一応商人たちにも似たような物がないのか尋ねてはみたんだけどね」


焼き時間の合間に瑞々(みずみず)しい野菜をサッと水洗いして、真っ赤なトマトを切っていく。何を料理しているのかわからないけど、その手際の良さに見ほれながらも、三人の話は進んでいった。


「それならあれだ、今朝話してた米。ざっくりとだが稲穂にくっついてるのが麹菌のはずだ」


それなら私知ってるわ。稲穂にたまにくっついてる深緑色をした玉みたいなやつだ。


「そう言えば麹菌って日本にしかないって聞いた事あるわよ」


「麹菌は確かに日本の国菌として認定されているが、似たようなカビなんか元を辿れば中国とか古くは紀元前からあるものだ。それに米が家畜の餌扱いとは・・・」


「それよね! 私も驚いたわよ。食べたいけど家畜の餌として認識されてるから、それを食べたいってここで言うのは犬の餌食べたいって言ってるようなものだから気をつけなさいよ」


「まじか・・・俺はそれでも米食う気だけどな。それより誰か手伝ってくれ」


フォールさんを措いて二人で話し込んでしまいそうになったところで、料理が出来上がったらしくテーブルに運ぶよう頼まれた。私たちが立ち上がろうとすると「お客さんは座ってないとダメだよ」と言ってフォールさんが手伝いに向かった。テーブルには丸く焼かれた生地の上に黄白色の蜜のようなトロリとした液体が線を描くように彩った焼き菓子みたいものが運ばれ、木製の大きな器には新鮮なサラダが盛られていた。


双子「ただいまー」


フロア「すごい美味しそうな匂い」


ラック「食事の時間」


食事の準備が出来たところで、遊びに出かけていた子達も帰ってきた。四角いテーブルと丸いテーブルが、この広いキッチンには置かれており、丸いテーブルだけでは皆が座れないので四角いテーブルを丸いテーブルに近づけて各々が席についた。見たことのない料理だけど、香ばしい匂いに食欲がそそられる。


「ま、マヨネーズ」


あまりに真剣な表情でそう呟いたリーサさんに見入ってしまうと「おいしいよね、まよねーず」とロロアちゃんが口のまわりにつけている液体はマヨネーズという物らしく、匙を使いパクパクと口に頬張っていく。

自然に女性人が丸いテーブルを使い、カザミさんたち男性人と小犬君は四角いテーブルで食事を始めた。


食事を始めてようやくわかった、いただきます。とは食事を頂く際の祈りの言葉らしかった。ロロアちゃんがいただきますと言うと、リーサさんが微笑ましそうにロロアちゃんに続いてそう言った。

食べた事のない料理だけど、一口食べると二口目、三口目と匙が止まらなくなり、つい無言で食べ進んでしまった。気がつくと皿の上は空になっていたけど、私だけではないらしく、クーリエたちも食べ終わり名残惜しそうにしているのがわかった。


「お好み焼きのおかわりいるなら言ってくれ。まだまだあるから焼いてやる」


「おかわり」


「ぼくも」


「ん!」


カザミさんがそう言うと双子ちゃんとフロアが空になったお皿をカザミさんに見えるように持ち上げた。お好み焼き、手軽に作れてここまで美味しい料理があったなんて。さらにこのマヨネーズなる物が素晴らしい、まろやかで少し酸味があってクセになりそう。


「遠慮しちゃもったいないわよ」


わたし達にそう言ったリーサさんは「わたし達にもおかわりちょうだい」とカザミさんに声をかけた。


「少し待っててくれ」


キッチンに立ったカザミさんが生地を焼き始めると「それじゃあ僕はとっておきを出しちゃおっかな」と、食材を保管していた白い棚のような物の傍にフォールさんが歩み寄った。


「あの白い棚は何か知っていますか?」


そうリーサさんに尋ねると「あれは冷蔵庫よ。食材を新鮮な状態で保存できるのよ」と教えてくれた。その冷蔵庫から茶色い瓶を数本取り出し、私たちが飲み物を飲むときに愛用している木製コップを透明にしたようなコップを出してきた。


「みんなこの後用事はあるのかい?」


瓶と透明のコップを運んできたフォールさんが聞いてきたので「カザミの服を作るだけだから明日でもいいわ」と、リーサさんが口にすると「それじゃあ今朝手に入れたばかりのラガーを振舞ってあげるよ」と、透明のコップに並々と瓶の中身を注ぎだした。


「この子たちは残念だけど体調崩すかもしれないから今日は私だけ御相伴に預からせていただくわ」


リーサさんがわたし達を気遣ってそう言ってくれると「残念だけど仕方ないね」とリーサさんにラガーという飲み物を振舞ってくれた。


カザミさんは焼き上がったお好み焼きをみんなの皿の上にのせていきマヨネーズを手早くかけていく。


「さぁリーサさん、グイッとどうぞ」


「グラスは高価なのにある所にはあるのよね」


ラガーの注がれたコップを見ながらそう言ったあと、ゴクッゴクッ、っとグラスの中身を飲み干した。


「くっー!」


渋い顔で「もう一杯!」と一声上げると、ふふっと笑ったカザミさんが「飲み屋のおっさんだな」と横から一言。


「あんたに街娘の苦労はわからないわよ」


「まぁまぁどうぞ」


リーサさんの空いたグラスにフォールさんがラガーを並々と注ぐと、フォールさんもどうぞと言ってフォールさんの前に置かれている空のグラスにラガーを注いでいる。カザミさんは手酌でゴクリとラガーを口にして「うまい!」と言いながらお好み焼きをつついている。


「甘いのある。食べる?」


フロアは背負っていた編みカゴから取り出された蜂の巣を手で千切り、双子ちゃんと小犬君に手渡している。幼い組は蜜を含んだ甘い蜂の巣をパクリと一口して「あま~い」と声にしている。わたし達はおかわりを頂いたのでそれを食べながら村娘同士でしばしの談笑を始めた。なんだか村長宅で開かれていた宴会のようで、こういう雰囲気の方が馴染みやすくおちついた。

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