27
リーサから熱いアプローチ、もとい強烈なビンタを頂いた俺は、バスタオル姿から服を着替えて出てきたリーサに半ば強制的に開拓村に行かされる事になった。もちろん理由は昨晩のゴブリンの巣に囚われていた娘の事だ。極力リーサの負担は少ない方がいいだろうと、気をまわして村に帰したのは失敗だったようだ。
「あんたいったい何を考えてるの! 同郷と言っても自分たちの村を襲ったゴブリンを産んだ娘が村に戻ってきたとなれば、襲われた村の人がどうその子に接するかなんて言わなくてもわかるでしょ!」
と言った具合に、凄い剣幕で怒鳴られ馬車馬が尻を叩かれる如く俺はゲートの中に蹴り込まれた。
「だんなぁ」
井戸の前に姿を現した俺に声をかけてきたのは、昨晩娘の事を頼んだ荷馬車を引いていた男だった。
「夜通し続いたのか」
「まだこれからでさぁ。今朝方までは手傷負った者の手当てをしたり、ゴブの亡骸集めて火つけしてたんですがね、あとは死んじまった者のために墓掘って埋葬してやらねぇといけねんです」
昨晩娘を連れてきたときに村の外れまで村人の死体を運んでいたが、俺がいなくなってからもゴブリンの死体処理にケガ人の手当てと、休む暇なく働いていたようだ。
「旦那。村を救ってくれてありがとうごぜぇやす」
被っていたよれよれの帽子を脱ぐと、男は改まった様子で頭を下げた。
「手遅れだった者もいた。俺はたいして何もしてやれていない」
「いいえ、旦那がきてくれていなきゃあワシも含めた村人全員無事じゃなかった。村長も旦那がいらしたら礼を言いたいといっとりまさぁ」
「そうか。村が落ち着いたら村長に会いにいくとするよ。それで昨晩あんたに頼んだ娘の事なんだが」
男は少し思い詰めた表情を浮かべてから口を開いた。
「ニーナはもう村にはいません」
やはり追放という事だったのだろうか、俺の判断ミスでこの森林地帯に放り出されてしまったのか。
「追放か」
俺がそう口にすると、男は首を横に振り話を続けた。
「頼むと恩人に言われた事を無下にはできやせん。かと言って村に戻っている事が知れりゃあ他のもんに何をされるかわかったもんじゃない。陽が昇るのを待って村から出て行くようにワシが言いやした」
苦い顔をしている男は、自分も納得はしていないと言いたげな表情をしている。それほどまで許されない事なのか。
「娘が囚われたのと、村が襲われたのは順が違うだけでどちらにしろ襲われる事にはかわりないんじゃないか」
納得できはしない。そんな男の様子を見て呆れたように口を開くと、男は淡々と話出した。
「旦那の言う事もわかっておりまさぁ。相手は魔物だ、何を言ったところでいずれ襲ってきたでしょう。それでも今までこの村が無事だったのは、過去に囚われた娘たちが自分の命を棄てて村を守ってくれたのだと思っとります。あやつは自分の命かわいさに村を見捨て」
「ふざけるな!」
俺は男の胸ぐらを掴み拳を握り振り上げた。齢はハッキリしないが中年よりは初老寄りかと言える男を前に、俺は上げた拳を静かに下ろした。
「最初に囚われた娘は、舌を噛み切って死のうとした。だが舌を焼かれ延命させられ縛り上げられたまま慰み者にされていた。他の娘は捕らえられすぐに舌を切り焼かれた。死ぬ事もできず、助けもこないと知っていた年端もいかない娘たちはどれほどの苦痛に耐えてきたと思っている!」
掴んだ胸ぐらを放り出すように、俺は男を押し飛ばした。地面に転がった男は、顔を伏せたまま「捕らえられた娘がどんな目に合っているかはワシにはわかりませんでさ・・・それでも想像はできるんでさ。どんなに辛い思いをしていても、ワシは、ワシには只・・・死んで楽になっとる事を祈る事しかできないどうしようもない父親でさあ!」そう言った男は、行き場のない思いを抱え、悶えるように何度も拳を振り下ろした。
「お前の娘も捕らわれていたのか」
足元で嘆く男に聞くと「最初に居なくなったのはワシの娘でさ。せめて帰ってこられたニーナだけでもと。運がよければどこか人の居る村落に流れ着くと思い、ニーナを逃がしたんでさ」
「お前の娘は生きている。村には戻れないと言って、他の三人と共に俺の知人に世話になる事になった」
鼻を啜り顔を地面に伏せていた男は、涙ぐみながら顔を上げた。
「だんな・・・だんなあ!」
俺の腰を掴むように近寄ってきた男は「娘は・・・レレイは生きて」男が言葉を口にする前に、他の村人がこちらに近寄ってくる事に気づき、男はそれ以上口にする事は止めた。
「どうかしたのか?」
泣きじゃくるレレイの父だという男の姿に、鍬を持った村人が声をかけた。
「いや、昨日助けてくれただんなでさ。礼を言っていたところだ」
鍬を手にしている男は俺に礼を言ったあと「墓掘るから話が済んだら手伝いにきてくれ」と言って、その場をあとにした。
「村から居なくなった娘たちは全員で五人でさ、皆生きていると信じていいんですか」
「あぁ。あとはニーナを四人の居るところへ連れて行くつもりだったんだがな」
「そうだったんですかい。ニーナは北に向かわせました。これ以上南に進んでも人はいねえでしょうから、草原まで辿り着ければ魔物も襲ってきやしやせんですし」
「そうか、俺はニーナを探しに行く。それじゃあな」
俺は村を抜けて草原の方角を目指そうと歩みだそうとすると「だんな、迷惑でなければレレイに一言・・・」男が小さく何かを呟いたのがわかり振り返った。
「何か言ったか」
「いや。何でもありやせん。ニーナ、それに娘達の事、お願いしやす」
そういってレレイの父親は深々と頭を下げた。
◇◇◇
村を抜け探知察知を頼りに森林を草原に向かって捜索していると、ひとつの青い反応を捉えた。俺はその光点を目指して歩みを進めると現れたのはニーナではなく、煙に巻かれ、カゴ網を背中に担いだフロアの姿だった。
「何をしているんだ?」
高い木のふもとには小さな木箱に少し白く濁った液体が入っている。その木の上ではフロアが俺に気づき颯爽と降りてきた。なんとも手馴れた感じで見ていて清々しい。木に巻かれた縄の両端を固く結び、その縄を両手で持って器用に使いこなしている。腕の長さだけではこの大きな太い木を抱く事ができないため、不足分は縄を利用して木を抱きながら自重を支えているみたいだ。
「カザミ逃げる」
俺を横切るとフロアは森の中に駆けて行った。チラリと見えたカゴの中には、大きな茶色い泥の塊のような物が入っていたが、俺はそれが何かをすぐに察して、フロアの後を追うように踵を返した。
しばらく走ると、草陰に身を隠すフロアを見つけて近寄った。
「それは蜂の巣か?」
「ん」
カゴの中をじっくり見ると、六角形の穴が均一に空いたハニカム構造の見事な蜂の巣が見えた。その蜂の巣の白い卵が詰まった箇所を手で引き千切り、俺に受け取れと言わんばかりに「ん」と言って差し出してくる。さすがに俺には虫を食べるという食習慣はないので少し抵抗がある。
「遠慮しておく。俺は蜂の子より蜜の方が好きなんだ」
「そっか。今は蜜だけはむずかしい」
フロアは俺が受け取らなかった蜂の巣をそのまま口の中にぱくりと頬張った。
「美味しい」
蜂の巣を頬張る姿に、そういえば日本でもハムコニーだっけか? 丸ごと蜂の巣を食べるスイーツが流行っていたなぁ。と思いだしていた。
「木の根元に置いてあった木箱は放っておいていいのか」
「あれは蜂の巣のお礼。巣を半分貰うかわりに砂糖水渡す」
「砂糖か。結構な値がすると聞いた事があるが」
「村に来る商人が砂糖と蜜を交換してくれる。余った蜜は村で保管」
蜂が困らないように配慮してあるんだな。鉄砲娘みたいなフロアにしては意外と理にかなったサイクルを生計しているみたいだ。
「なるほど。それじゃあ俺が蜜を欲しいと言えば売ってくれるか?」
「カザミならいい。三月に一度ならこのぐらいの壺なら大丈夫」
両手を動かし、このぐらいの大きさの壺だと身振り手振りで教えてくれた。ジェスチャーしてくれた感じから、子供の顔ぐらいの大きさの壺だと知る事ができた。三月に一度なら十分な量だ。
「そうか、それは助かる。ところでニーナを見なかったか」
「見ていない。ニーナどうかした?」
俺はニーナが村を出た事をフロアに伝え、一言「すまない」と呟いた。
「追放される事を言わなかったフロアも悪い。カザミは気にしない」
励まそうとしてくれているのか、俺の背中を軽く叩いてフロアが立ち上がった。
「この辺りは危ない。フロアもニーナ探す」
立ち上がったフロアは真剣な表情を浮かべている。それほど危険な森なのか。
「危ない? どういう事だ」
フロアに続くように草陰から立ち上がり、フロアの言葉を待った。
「蜂が怒って徘徊中」
そりゃそうだと思いながらも、突然走り出したフロアの後を追う。フロアにはニーナの居場所がわかっているのか、迷う事なく走り続ける。
「ニーナの居場所がわかるのか?」
「わからない。でも人の臭いする」
こんな広い森林で人の臭いを嗅ぎ分けるとは、さすが獣人といったところか。それか熊は犬の数倍嗅覚が敏感だというのが真実なのだろう。探知察知には反応がない、今はフロアに頼るしかないか。
◇◇◇
カザミさんがリーサさんに蹴飛ばされてゲートの中に蹴り込まれた姿を見て、私を含めた村娘たちはその状況に絶句した。なによりもリーサさんをその様な行為に及ばせてしまったクーリエは我を失ったほどに混乱していた。
「えっ・・・えと、えとえと、あの。リーサさん!」
ゴブリンの巣で使い助け出してもらう際に、カザミさんにニーナも一緒にと頼んだのは私だ。でも私の願いは聞き届けてはもらえなかった。断られたあと、私はニーナが無事でいる事を願うしかできず、クーリエはずっとニーナの事を考えていたようで、リーサさんに事のあらましを説明して再度ニーナの事をどうにかできないかと願い出てくれた。本来その役目は私のはずだと思っていた。何度でも懇願し聞き届けてもらえるよう努力する気だった。私が死に損なったせいで、後の皆は死ぬ事も許されないまま生かされ続けたのだから。
私はそっとクーリエの肩に手を置いた。
「ありがとうクーリエ」
「ど、どうしたんですかレレイさん!」
あれ? どうしちゃったんだろわたし。なんだかホッとしたら・・・。
「これを使って」
水色の長い髪が印象的だった。キッチンに居たその人は手拭いを渡してくれた。
「ありがとうございます」
渡された手拭いで涙を拭うと、キッチンに居た私たちに自ら自己紹介をしてくれた。反射的に私たちも簡単な挨拶と自己紹介済ますと、白いローブに鏤められた金の装飾が施された高貴な身分だと一目で理解る身形をしている方を前に失礼を掻いてしまった事に今さら気づき、リーサさんも含めた私たち五名は、貴族様だろうフォールと名乗るお方に向かって体が勝手に平伏してしまった。
「申し訳ございません。お姿に気がつかずお見苦しい姿をお見せしてしまい」
固唾を呑んで動けなかった私たち村娘のかわりに、リーサさんが手を床につけたまま顔を上げずにそう応えた。この店に居る方、カザミさんも含め貴族様だったんだと考えると豪勢なお風呂という物があった事も頷ける。今さらながらこのような場所に赴いた事が軽率だったと悔やんでいると、以外な反応が返ってきた。鞭で打たれても仕方がないとは思っていたけど。
「みなさん平伏なんてよしてくれませんか」
そういったフォールさんはリーサさんに手を伸ばして、立ち上がるよう促した。その手を取ったリーサさんもゆっくりと立ち上がり、私たちも立ち上がるよう促されるまま床から手を放した。
「その反応、どうやらカザミからフォールではなく大賢者の肩書きを紹介されていたのでしょうが僕の事は気軽にフォールとお呼びください」
丁寧な言葉使いに立ち振る舞い。それに見とれる暇もなく大賢者と知らされたわたし達は身震いをさせながら固まってしまった。仮にもその存在はこの国の英雄であり、私たちがお目通りできるほどの方ではない。それに昔話に出てくる人、もう生きてはいないほど月日が経っているはず。
「あれ? その反応は知らされてなかった方だね。突然大賢者なんて言われても困っちゃうよね。これでも飲んで落ち着いてくれないかな」
どう応えていいのか言葉が出ず立ち尽くす私たちに気を使ってくれているようで、一人淡々と他愛もない言葉を口にしながらテーブルに人数分のカップを用意してくれる。爽やかで少し甘酸っぱい香りが漂ってくる。席に着いたフォールさんはニコニコと笑顔で私たちを席に座るよう手の平をみせて優しく誘導してくれた。何を話せばいいのか戸惑い困惑していると、やはりリーサさんは度胸があると言えばいいのか、大賢者相手に「いただきます」と聞きなれない言葉を口にしてカップを手に取った。
「おや? 君もなんだね」
カップを手に笑顔でフォールさんが言葉を口にすると、リーサさんの顔色が変わったような気がした。どういう事なんだろう。咳払いをしたリーサさんの言葉を待つように、私たちは二人の会話を見守った。
「賢者様とお話をしてよい身分ではない私たちが、この様にもてなして頂いてよろしいのでしょうか」
「なんだかこういうのは懐かしいね」
少しの間を置いて、フォールさんが続けて口を開いた。
「先日冒険者のライドって人と話をする機会があってね、ライドはカザミのように賢者と聞いても態度を反さず接してくれたから嬉しかったんだよ」
「失礼だとは承知しておりますが、私たちの様なただの領民には賢者様の存在は大きすぎてどう接すればよいのか困惑しております」
クスッと笑ったフォールさんは「今は賢者ではないよ。<雑貨屋 ~はい。これ~>の店長代理だよ」と言って、またクスクスと笑っている。また聞きなれない言葉だけど、なんとなく店主代理だという事はわかる。それを聞いたリーサさんは「左様ですか・・・」と言って苦笑している。
「だから賢者って事は忘れてもらいたいな。今の僕は店長代理としてここに居ます。そして店長の大事な客人を僕がもてなしている。それでどうだい?」
呆れた様にリーサさんが口にした。
「一応お尋ねしますが、店長とはどちら様でしょうか?」
フォールさんは楽しい時間を過ごしている様に、絶えず嬉しそうな表情で言葉を口にしている。
「店長はカザミだよ」
「もし私たちは無礼な言動をしてしまった場合、処罰される事はありますか?」
笑顔のフォールさんと比べて、重苦しい表情をするリーサさん。確かに今の言葉ですら不敬と思われかねない言葉だとおもい、こちらが冷やっとしてしまった。
「大丈夫。なにも気にせず気兼ねなく話してくれていいよ。それにリーサさんなら知っているかもしれない事があるんだよね。是非僕の話を聞いてくれないかな」
「では気兼ねなく話させて頂きます。それは<いただきます>と関係のあるのかしら?」
畏まっていたリーサさんは普段の口調に戻った。その言葉遣いに緊張させられながら、いったい二人はなんの話をしているのか、私たちは全くわからない。<いただきます>それは何かの合い言葉なのかな。




