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シャワーに大きな浴場。なんであんな男がここまで豪勢なお風呂を店の中に建造できてしまうのと思ったけど、今は満喫する。この一手に限るわ。
私の心境とは裏腹に、脱衣所ではすでに白く清楚な空間を目の当たりにして、私たちには過ぎた場所だと謙遜しだした四人をどうにか硝子扉を潜らせ浴場まで誘導する事ができた。脱衣所に置かれていたタオルを手渡したときは、こんな綺麗な布は使えません。と言われ大変だった。私がタオルで前を隠し、これがお風呂の作法だと言ってこじつけると、それでは仕方ありませんね。と自分たちに言い聞かす様にしてタオルを手にしてくれた。
私のタオルではないけれど、置いてあるなら使わせてもらってもいいわよね。
「まずはシャワーで汗を流して、それから浸からせてもらいましょ」
壁から五つの短めのパイプが伸び、先端のシャワーヘッドが斜め上の頭上付近に固定されている。壁の胸元辺りの位置に、シャワーからお湯を出すためのハンドルが備え付けられ、お湯を運んでいるパイプは外観を良くするための工夫が施されているようで、パイプその物は壁の中に埋め込まれているみたい。みんなはシャワーを見ても、それが何か理解できていない様子。
私が率先してハンドルを回して、シャワーヘッドから浴びせられるお湯を全身で受け止めていると、あれだけ自分達には場違いだと、あたふたとしていた四人も、見様見真似でシャワーを浴び始めた。
「こんな温かいお湯を全身に浴びて、罰が当たりそうです」
肩ほどの金色の髪を濡らしながらクーリエがそう言葉を口にすると、お腹の大きな二人の内の一人、レレイが天然のパーマがかったブラウン色の前髪を手櫛で上げ、整った綺麗な顔に浴びたあと「一度で一生分の贅沢をした気分です」と言って、満足そうな笑みを浮かべた。
「まだよ、これは只のシャワー。メインはお風呂なんだから」
シャワーを浴びただけで満足してもらっちゃダメ、これからがお風呂の真髄なんだから。汗を流して浴槽を前に、お湯の中に指先を浸した。
「ちょうどいい湯加減だわ」
火傷しないか確かめてから私が湯の中に浸かると、みんなも後を追うように湯の中へと入ってきた。
「これがお風呂なんですね」
肩まで浸かり、長い髪が水面を漂うミング。ミング、フィマリ、クーリエは綺麗な金色の髪をしていて、レレイは茶色がかった天然パーマだけど、ほどよいパーマでショートカットヘアーと、前世の世界ならお洒落な髪型。レレイ自身はそんな天然パーマはあまり好きではないみたいで、髪は伸ばさないようにしているらしい。
「はぁー。こんな贅沢できるなんてしあわせ」
体も温まり、心もリラックスできる。まさに心身の洗濯だわ。
お風呂はいつか入りたいと思っていたけど、これから毎日お風呂に入れるなんて思ったら口元が緩んでしまう。そうだ、時間を決めておかなくちゃいけないんだった。
「ねぇみんな、夜は使えないって言ってたから何時入りにくる?」
「本当に毎日使わせてもらってもいいのでしょうか」
クーリエは気を使う性格のようで、迷惑にならないか心配しているんだと思う。
「時間を決めてと言われてたでしょ。時間さえ守れば迷惑もかからないわよ」
ばしゃんと水しぶきを上げて立ち上がったフィマリは、もうとっくにお風呂の虜になってしまったみたい。
「それなら私は何時だっていいですよ。次もお風呂に入れるだけで幸せですから、リーサさんにお任せします」
他のみんなも私に任せてくれるみたい。おじいちゃんの手伝いと言っても店はおじいちゃんに任せきりで、私は靴をたまに作るだけ。それも最近は材料も手に入らなくて作っていないわね。
家の事を済ませるのも午前中で事足りるし、午後ならいつでもいいんだけど。でもどうせなら午前中に入って綺麗な体で食事をしたいわね。今までは朝に水浴びをする生活だったし、この際贅沢をさせてもらってもバチは当たらないわ。
「それじゃあお昼前でどう? ゆっくりお風呂に浸かってから昼食。素敵な一日を過ごせそうでしょ」
私の提案に一同笑顔で了承してくれた。洋服作りもみんながいれば時間に余裕ができるし、昨晩みたいに夜遅くまで作業しなくて済むから油代も節約できるわ。洋服作りの準備の為に金貨を頂いたけど、ローソクは高いからあまり多様はできないのよね。
「私なんだかクラクラしてきました」
たぶんこの中で一番年上はレレイだと思うんだけど、威厳も何もなく虚ろな目で顔赤くしちゃってクラクラと目を回している様子。初めてのお風呂でのぼせるという感覚をわかってなかったみたい。
「レレイ。あんたのぼせちゃってるわよ」
一度レレイをお湯から上げてシャワーの方でバスチェアに座らせて休憩させると、少しずつ正気に戻ってきた。
「からだも洗っちゃいましょうか」
私は壁に掘られた四角いスペースの中に置かれた白、黒、クリーム色の三本のボトルから、少しずつ中の液体を手の平にプッシュして出した。
懐かしい石鹸の香り、この白はボディーソープだわ。黒はシャンプーかしら、柑橘系の爽やかな香りがするわね。それじゃあこっちのクリームのボトルがリンスのようね。まさかこんな技術の発展していない魔法任せの異世界でリンスを使える日がくるなんて感動だわ。
「この白いボトルは体を洗う石鹸よ」
「石鹸ってすごく高価な物だと聞いた事があります」
村にいてもそういった物価の情報も行商人から入ってくるのよね。また自分たちには不相応だと言い出しそうだわ。みんなにも早くお風呂に慣れてもらわなくちゃ。
「平気よ。そんな小さな事を言い出すんなら、端からお風呂なんて貸してくれないわよ」
私は前世の記憶で石鹸は日用品の一つだった。カザミが日本人だとわかっているから私も気にせず使えるけど、確かに何も知らない皆にはこんな高価な物、気後れしちゃっても仕方ないわよね。
「そういうものなんでしょうか」
「それに、今使わないと損しちゃうわよ。こっちの黒のボトルの液体で髪を洗った後にクリーム色のボトルの液体を髪に馴染ませるのよ。」
みんな遠慮がちに少しだけシャンプーを手にして、髪を洗い始めた。
「そんなんじゃ、ちゃんと洗えないわよ」
手の平に2プッシュしたシャンプーで隣にいたクーリエの髪を洗ってあげると「そんなに使ってよいモノなんでしょうか」と口にしたので「みんなもこれぐらい使わないとダメよ。どうせなら綺麗にしましょうよ!」と言葉にすると、微笑を浮かべながらしっかり髪を洗い始めた。
「いい香りですね」
「そうね」
シャンプーの後にリンスを髪に馴染ませ、シャワーで洗い流す。
「あのリーサさん」
クーリエは少し申し訳なさそうに口を開いた。
「お願いがあるのです。私たちの他に、同郷の村でもう一人捕らえられていた友人がいるんです。リーサさんにこんな話をするのは迷惑かもしれませんが、あの子が心配で。昨晩カザミさんにお願いしてリーサさんのところでご厄介になれないかとお話したんですが、リーサさんにあまり迷惑にならないようにと、その・・・産み落とした後だったので村に帰る事になっ」
「なんですって!」
私はクーリエが話し終える前に、声を荒げてしまった。カザミは私に配慮してくれたのかもしれないけど、昨晩相談をしにきたときには「魔物を生んだとあっては村から追放されてしまうとかか?」って言ってたから理解してると思っていたのに!
◇◇◇
俺は自分の掌を見ながら自身に鑑定スキルを使った。
「カザミが鑑定を使えたとはね」
いつもの見慣れた光景、キッチンでフォールがお茶を淹れてくれる。
俺は椅子に腰を下ろして鑑定で表示された自身の鑑定結果を見ていた。
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オープンステータス カザミ
・種族<ヒューマン>
・職業<冒険者:雑貨屋店長>
・称号<被害者>
・魔法一覧
・能力一覧
・詳細情報
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どうやら俺の鑑定結果はVRとほぼ同じだ、扱うスキル自体がVRのものだからそうなるのかもしれないが、称号はVRでは実装されていなかったはずだ。それに<被害者>となっているこれは異世界に転移した事と関係があるのかもしれない。やっぱり俺の異世界転移はなんらかの事故だったのだろうか。気にしても仕方のない事だとはわかっているが、やはり少し気にはなる。草原で自分のステータスを思い出していた時と比べると、俺は初めて自身の事を少しは知ったのかもしれない。それだけでも進歩と言ったところだろう。
「進歩か・・・」
自分の考えている事が今一わからない。俺は還る術を知りたいのだろうか。それよりも、俺の本来の体は今、どうなっているんだろう。
考えた事もなかった。昏睡状態で病院のベッドの上なのか、最悪死んでいるのかもしれない。
「なにか言ったかい?」
カップを両手に向かい側に座ったフォールは、俺の前に片方のカップを置いてくれた。
「いや、何も・・・」
今はまだ、その事はいいだろう。自分の感情を押し殺すために、自分に噓をついた。<今はまだ>まるでいつでも還れると自分に言い聞かしたみたいだった。
「鑑定は上手くいったかい?」
「あぁ。今、目の前に鑑定結果が表示されているんだが、俺にしか見えていないみたいだな」
「鑑定した本人しか結果を閲覧する事はできないからね」
「人も鑑定できるとはな、なら道行く人を鑑定しても気づかれないって事か」
「そういうのはあまり良くないよ?」
苦笑したフォールが遠まわしに相手の許可なく鑑定を使用するのは遠慮するように促している事はわかった。確かに戦いの時にもフォールは鑑定を使わなかったようだ。使っていたら俺の使用する技も全て看破されていただろう。
「冗談だ。俺に覗きの趣味はないからな」
ふふっ、と笑ったフォールはお茶を啜った。
俺は視界に表示された画面に視線を戻した。VR同様ならタッチパネル機能もついているはずだ、上の種族から順に指先でタッチしてみると、種族、職業、称号の方は応答がなかったが、魔法一覧、能力一覧、詳細情報は新たなウィンドウが現れ内容を確認できた。
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魔法一覧
・なし
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どういう事だ、少なくともロロアの黒衣に付与した【魔力拡散】は魔法だったと記憶しているが。
能力一覧も見てみるか。
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能力一覧
・固有スキル <・追懐現侵>
・剣術スキル <・居合い抜き>
・幻刀スキル <・炎雷拷撃・業雷・天雷・雷薙ぎ・雷竜の鉤爪・一閃>
・幻法スキル <・火柱・炎放射>
・治癒スキル <・超回復・回復・範囲持続回復>
・防御スキル <・魔法結界・魔力拡散・物理結界・多重結界・物理無効・衝撃緩和>
・補助スキル <・創繋門・限定施錠・沈黙領域・呪術解除・魔力装填・魔法付与・魔力操作・探知察知・危険察知・身体強化・鑑定>
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スキルの種類が増えているというよりは、魔法がスキルに割り振られているな。治癒魔法は治癒スキルに、補助魔法は補助スキルにと言った具合か。明らかにVRとは違うスキル内容になっていて一目で分かったが、どうにも釈然としないな。攻撃スキル、防御スキル、治癒スキル以外は全て補助スキルで対応しているって感じだ。【身体強化】ってのは強化スキルに分類されてもいいぐらいだよな。
あと斬撃スキルで統一されていた攻撃系スキルも、剣術スキル、幻刀スキル、幻法スキルと言ったように、新たなスキルとして割り振られているし異世界に対応した事で少なからず異世界の影響も受けているのかもな。
それに【迅雷】が表示されていないな。いや、迅雷は黒刀の付与スキルで俺自身のスキルではないからそれでいいのか。鞘に収めたまま迅雷を発動させると【居合い抜き】が発動するのはわかっているが、居合い抜きと同時に放たれる魔力の刃はどういう扱いなんだ・・・あぁ、なるほどこれか。幻刀スキルに【一閃】が増えている。たぶんこれだろう。
他にも転移魔法の【転移門】だったのが補助スキル【創繋門】となっている。いつの間にか俺の知らないところで俺のスキルは成長でもしたのか? ゲームみたいな[テレレテッテレー]みたいな効果音や天の声的な[あなたのスキルは規定値に達しましたので新たに創繋門として開放されました]って感じの説明はないのか。まぁ突然そんな声したら幻聴かと疑ってしまうが。あっ・・・覚えあるわ。これもフォールとの戦いの最中の事だ、転移門の中に亜空間が創造されたんだった。たぶんあの時だな、転移限定だったのに創繋って、創り繋ぐ門か。納得したわ。
「はぁ・・・」
自分でもわからない。でも一つだけハッキリしている事がある。表示されているスキルは全て俺が実際にこの世界に来て使用したスキルだけだ。超回復と回復はフォールとの戦いで出血を止めた時に発動していたんだろう。範囲持続回復はロロアが草原の丘で倒れたときだな。他にも色々と考えが至る点がいくつもある。
これあれだ、認めたくないが固有スキルのせいだな。<追懐現身>ならなんとなく意味はわかるんだが、<追懐現侵>とはどういう意味だ? 追懐はざっくりとしてしまえば記憶や追憶と言った過去の出来事だ。それに現身なら知っているが確か、生まれた、現世、うつしみ、みたいな意味だったはずだが、後に続く文字は<現侵>。まるで俺の記憶が現実を侵す。みたいな・・・この思考はあれだ、厨二拗らした末期患者だな。だが俺が使用したスキルだけが表示されているのは俺が現に記憶にあったスキルや魔法を侵したからだと思うんだよな。
創繋門は存在していなかったスキルだが、これも俺の記憶、つまり亜空間の存在を現侵させたってことか。ユニークスキル、これも異世界転移の影響か。称号<被害者>と同じで勝手に与えられたものだろうな。
「溜め息なんかついて、どうかしたのかい?」
「いや、ユニークスキルと称号が増えていてな」
「固有能力、この世界に生まれ落ちた際、持ちながらに誕生する個人が持つ特別な魔法やスキルの事だね。カザミの転移は新たな誕生として迎え入れられたのかもしれないね」
その口ぶりでは、まるで俺が生まれたての赤ん坊みたいだな。でもそうだな、もしそういう事なのだとしたら、俺は帰還できないと言う事になるのかもしれないな。
「称号ってあれだろ? 竜殺しみたいなもんだよな」
「そうだと思うよ。僕は称号<大賢者>ってあるからね」
へー。まぁ大賢者って名乗るぐらいだし、称号として持っていても不思議はないか。俺は詳細情報を見る前に、カップを手に一息ついた。
「俺の称号<被害者>」
そう言葉を口にすると俺から顔を逸らしたフォールは明らかに笑いを堪えるのに必死だった。称号の重たさが胸に響くな。
「カザミー!」
突然現れたと思えば大きな声を上げて椅子に座るフォールを横切り、バスタオル一枚を胸元から捲いた姿でリーサは俺の眼前に立った。するとバチンッ! っと平手で俺の頬を引っ叩いた。状況がわからずリーサの顔を見ると、激怒しているのだけはわかった。
「あの・・・カザミのお知り合いの方かな?」
少し照れくさそうな様子でリーサに声をかけたフォール。
「よければバスローブがあるからそれを羽織ってきては?」
振り返ったリーサはフォールに気づいていなかったらしく、フォールの姿を認識すると羞恥心が怒りを上回ったようだ。
「ちょっ、すぐ着替えてくるからそこで待ってなさいよ!」




