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テク、テク、テク、と小さな生き物の様な足音が聞こえ目を覚ました。


「うわっ! 寝ちゃってた・・・小犬?」


私は目を擦り、もう一度テーブルの上に鎮座する生き物を見た。


「小犬よね?」


「ふむ。間違ってはいない」


「わっ! しゃべった!」


私の声が大きかったようで、テーブルの上で腕を組みながら眠りについていた娘四人も目を覚ました。

昨晩、連れられた四人は、私がカザミに頼まれた服を制作するのに手を貸してくれていた。さすが村娘とあって、裁縫は手馴れたものだった。村は街と違い基本的に貧しい環境に立たされており、洋服類は手に入れた生地を使って自分で仕立てるのが一般的だ。


「どうかしましたか?」


歳も私と変わらない年齢の娘たちは、むにゃむにゃと緩んだ口元を動かしながらひとり、またひとりと目を覚ましていく。


「いや・・・これが」


私は指を差したまま皆の顔を見やった。


「犬ですか」


「犬ですね」


「犬でしょう」


「犬」


娘たちは小犬を見ても薄い反応だった。


「いやいやいやいや。犬なんてウチにはいないから!」


手を振りながらそう応えると「そうだったのですか。てっきりリーサさんが飼っているのかと」と口にしたので、この薄い反応に納得がいった。


「犬いぬとウルサイ。お風呂の約束。ゲートを使えば店にこられる」


「あー。そういうこと」


私は勝手口の傍に存在していた黒い円を見て何となくだけど、この状況を理解した。それと同時に思わず立ち上がって叫んでしまった。


「みんなお風呂よ! 早く仕度してちょうだい!」


娘たちは「はっ、はい!」と言って立ち上がったものの、そこで停止してしまった。私が小犬からみんな方に視線を向けると「仕度と言っても、身ひとつなんですが」と言葉を漏らした。


「そ、そうね。とりあえず手拭いと着替えが必要よね。犬君、少し待っていてちょうだい」


私は小犬にそう言って、皆と二階に上がり身支度を整えに向かった。


「ここがリーサさんのお部屋なのですか。うわー、ベッドなんて初めて見ました」


「ほんとだ。これがベッドっていうのなんだ」


「ベッドなんて言っても、板台の上に布団を敷いてるだけだけどね」


「私たちなんて大きな布袋を作って藁を入れただけの寝床なんですよ」


「この布団も使い古して藁とかわりないわよ」


みんながベッドに興味を持っている間に、私はクローゼットから人数分の衣装を用意する。衣装と言っても店で買える余裕なんてなかったから、自分で見繕った洋服なんだけど。


「洋服までお借りしてしまって、なんだか申し訳ないです」


「気にしなくていいわよ。あの男にたっぷりと請求しとくから」


「助けて頂いた方に迷惑をかけるのも気が引けてしまって・・・」


「あんたたちは何も気にしなくていいのよ。今はしっかり療養する事。それに私が頼まれた服作りも手伝ってくれてるんだから、感謝されてもいいぐらいだわ」


みんなはカザミに気を使う風な態度でいるけれど、感謝はしても気を使うまでの事はない思うんだけどな。


「あの、昨日リーサさんに頼まれた縫い物は終わらせておきました」


「もう? やっぱり皆ですれば早いわね。

はい、これとこれ。皆手拭いと着替えは持ったわね」


みんなの分と自分の着替えなどを持ち一階に戻ると、テーブルの上に座っていた小犬は居なくなっていた。


「おかしいわね。待っててと言ったはずなのに」


「帰ってしまったようですね」


「これも持っていきますか?」


テーブルの上に無造作に置かれていた和服を手にしながら尋ねてきた。


「そうね、ついでに渡しといてあげましょ。

それよりこれ、入っても大丈夫なのかしら」


「私たちは昨日潜りましが大丈夫でしたよ」


「なんだかちょっと不安だわ」


「それじゃあ私が先に入ってみましょうか?」


「ううん。大丈夫よ。私から行くわ。みんなもついてきてね」


◇◇◇


「やっときた。遅い」


さっきの小犬が前世の記憶で見慣れた長細いカウンターの上に座っていた。周りを見ると、商品棚といくつか商品が展示してある事から小さな店内だとわかった。見た限りだとキッチン用品店かな。私は小犬に聞いてみる事にした。


「待っててって言ったのに。それでここは?」


「ここは雑貨屋。奥にみんないる」


私の知っている雑貨屋はドラッグストアのような店からアンティークデザインのアクセサリーや小物類の販売をしている日本式の雑貨屋ぐらいしか知らないけれど、キッチン用品ばかりの店も雑貨屋と呼ぶのかしら。


小犬は言葉を続けてカウンターから飛び降りた。


「ついてくる」


トコトコと歩き出した小犬は、カウンターの横にある扉のノブを機用に両手で掴んで垂れ下がりながら、左右に体を揺らしてノブを回した。私も含めたみんなは、たぶん今の光景に感心してしまったと思う。


「あんた機用ね」


「もう慣れた。こっち」


開いた扉の中に案内されると、奥には広いキッチンで勉強をしている子供たちの姿が見えた。この世界は暖炉式キッチンが主流だと言うのに、コンロや換気扇に冷蔵庫まで備えてあるじゃない。この魔法世界に冷蔵庫があるなんて驚きだわ。


それよりまずは挨拶よね。お絵描きでもしてるのかしら? 集中してこっちに気づいてないみたいで、私もついキッチンを見入ってしまったわ。


「こんにちわ」


挨拶をしながら「おじゃまします」と声をかけると、ビクッと肩を強張らせビックリした様子で子供たちがタイミングも同じく振り向いてきた。


「どちらさまですか?」


「だれ?」


小首を傾げた二人は双子のようで、その愛くるしい姿についホッコリと和んでしまう。


「私はリーサ。こっちは」と、皆を紹介しようとしたところで、村娘のみんなも自分から挨拶を交わしていった。


レレイ「私はレレイ。こんにちは」


クーリエ 「クーリエです」


ミング「ミングと言います。よろしくね」


フィマリ「私はフィマリだよ」


皆自分の紹介が済むと「ロロアです。こんにちは」「トトです。初めまして」と、双子の二人も椅子から降りてペコリと自己紹介をしてくれた。


「カザミは留守なのかしら?」


「かじゃみならおそとにいるよ」


「外? 出かけたのかしら」


「ううん。店の前で木を伐るって言ってたよ」


つい二人の可愛さに頭を撫でてしまいながら「ありがとね」と言うと「えへへ」と小恥ずかしそうにしていて、ギュッと抱きしめたい衝動に駆られてしまったところで「きてたのか」と聞こえ我に返った。


「い、今二人と自己紹介してたところ。で、なんでバスローブ姿なの」


「あぁこれか。気にするな」


「もうおわったの?」


「ん? 道具を取りきただけだ」


「そっか。トトとちゃんとおべんきょうしてたよ」


「そうか。勉強は大事だからな」


「うん。がんばるの」


双子がテーブルに戻って勉強を始めてしまった。もう少し撫でていたかったな。


「みんなも体は大丈夫なのか」


カザミが娘たちを労わるように声をかけると、皆も再度助けてもらった礼を言って、改めて自己紹介をしていた。


「俺はカザミだ。よろしくな」


自己紹介も早々に終えたようで、カザミがキッチンにあった扉を開いて見せた。


「ここが浴場だ。シャワーの使い方はリーサならわかるだろ。あとは任せていいか」


「えぇ大丈夫よ。それじゃあお風呂お借りするわね。

そうだ。あとこれ、バスローブ姿で歩き回るなんて子供たちに悪影響よ」


そう言いながら仕上がったばかりの黒の和服を手渡してあげた。和服の中に着る白い無地の半襦袢(はんじゅばん)と、白の帯、それと和服の上に羽織る白い羽織り。


「着替えがなくてこの姿だったんだ。

和服か、いいなこういうのも。助かったよ」


「七分袖もすぐに出来上がると思うわよ。その和服も、もう少し時間がかかると思ったけど皆が手伝ってくれて一晩で縫い上げてくれたのよ」


「そうだったのか。みんな悪いな、手伝ってもらって」


「いえ。リーサさんのお役に立てればと思ってした事ですので、気になさらないで下さい」


「そうか、ありがとう。

そうだリーサ、昼間ならいつでも使いに来てくれていいからな」


「て言われても、ここがどこなのかもわかっていないのよ」


「ここはダンジョンの中だからな。女だけでくるのは難しいだろう。時間を決めてくれれば、その時間にゲートを繋げてやるが」


「ダンジョン? えっ? ここダンジョンの中なの?」


思わず驚いてしまった。そういえば、街で一時期冒険者たちが新ダンジョンが出現したとかで騒いでいたのを覚えている。

カザミならダンジョンに住んでいても納得してしまうわ。この世界に魔法があると知って驚いたのもいい思い出ね。私も魔法が使えるようになるかもと胸躍らせた時もあったけど、自分に魔力がないのを知ったときは残念だったわ。でも一番ガッカリしたのは魔法が存在していても空も飛べないし、忍者みたいな分身技もない。なにより魔法らしい魔法が存在していないのよ。

でもこの男は違ったのよね。転移門(ゲート)なんていう、これが魔法よ! みたいな魔法でいつも現れるし、ザ・魔法みたいな鞄持ってるし、その力でこの子たちを救い出したりして本当にもう子守唄がわりに聞かされていた賢者の話みたいだったわ。もしこれで紳士的な振る舞いなら、どの女も棄て措かないところだったでしょうけど。


「あぁ」


そう、これなのよ。ダンジョンだと聞いて驚いた様子の私を前にしてのこの淡白な返答。これだけでダメ男の典型だわ。


小さな溜め息混じりに「はー。まずはお風呂借りるわね。その間に時間の事考えておくから」と、扉を開くカザミの隣を横切って中に入ると、王族か! とでも言いたくなるような豪華な浴場が見えて言葉を失ってしまった。


「これがお風呂というものなんですね」


傍らに立ったクーリエの言葉に、どう説明すればいいのか迷ってしまう。どうみても私の想像していたような浴槽とシャワーという様な、ありふれたお風呂ではなかったから。


「これはお風呂というよりは大浴場ね。これを一人用の広さに縮めたものがお風呂よ。

さあ、とにかく温かい湯でも堪能させてもらいましょ!」


硝子の向こうで立ち昇る湯気を見て、異世界初のお風呂に昂揚してしまった。


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