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「色々と勝手に進めてしまった話があるんだが、聞いておいてくれるか」
俺はまだ、返り血まみれの格好をしたまま店内で話を続けていた。
「椅子取ってくるよ」
「悪いな」
トトがキッチンから椅子を持ってきてくれたので、俺はその椅子に腰を下ろした。
「まず風呂を貸す約束をしたんだが、一日一回は・・・きそうな気がするな」
「誰と約束したのか聞いていいかい?」
フォールはいったい何の話をしているのか検討もつかないようで、小首を傾げていた。
「まずはそこからだな。街に住んでいるリーサという靴屋の娘なんだが、そいつに風呂を貸す約束をしたんだ」
俺は開拓村の攫われていた娘の事と、リーサにそれが理由で風呂を貸す約束をした事を説明する。双子が居る手前、ゴブリンの慰み者にされて孕んでいる事を伝えるのは避けておいたが、あいつらも風呂を入りにくれば自然とわかってしまう事かもしれない。風呂はリーサとの約束だったが、あいつの事だ、村娘を連れてくるのは必然だろうな。
「いいのか? 勝手に決めてしまったが」
「約束は守らないとダメだよ」
「そうだよ。やくそくはやぶっちゃダメなの」
双子は勝手に決めた事には何も思わず、約束は守らないといけないと言ってきた。俺はその言葉に「あぁ。そうだな。約束を破らないためにも連れてきてもいいだろうか」とみんなに伺った。
「二人もこう言ってる事だし、連れてきてあげなよ。
お風呂なんて一日の間に一回しか僕たちは使っていないからね。時間を決めて入ってもらえばいいんじゃないかな」
フォールも俺の独断を許してくれたようで、時間帯を決めて入ってもらおうとまで案を考えてくれた。
「そうだな、それがいいな。俺たちは基本夜だから昼間にでも使ってもらうか」
「そうだね。そうしてもらえるといいね」
話が纏まり、さっそくリーサを呼びに行こうとしたがフォールが俺を呼び止めた。
「待ちなよカザミ。その格好でいくのかい?
まずはカザミがさっぱりしてもらわないと店の中が血生臭くて堪らないよ」
「うん。かじゃみくさいよ」
「臭いくさい」
「ふむ」
全会一致で俺は臭いと烙印を押されたようだ。俺はそれほど臭っていないが、鼻がバカになっているんだろう。風呂の前に、収穫があった事も話しておくか。
「あとゴブリン村で思わぬ収穫があった」
「なになに?」
「美味しいもの?」
双子はカウンターから身を乗り出し、期待の眼差しを向けてきたが「いや。食べ物じゃないな」と言うと、肩を落として露骨にガックリしてしまった。
「ゴブの村では家畜の餌の中に蚕を養殖していたようでな、村が安定すれば店に卸してくれる事になった」
俺の言葉にみな一同に小首を傾げてしまった。
「かいこ?」
ロロアはそれなに? と言った様子で聞いてきたので「絹という肌触りの良い生地が作れるんだ」と口にすると「きぬ?」と聞き返してきた。
「あぁ。絹だ。蛹の繭をほどいて作るんだが、俺も専門ではないから上手く説明できない。試してみて絹が作れたら目玉商品になるんじゃないかと思ってな」
俺はそう説明し終え、風呂に入る事にした。
「ふー。気持ちいいな」
湯に体を浸けると、疲れがドッと押し寄せてくるようだった。
「やっぱりとれないね」
「これはもう着れないよ」
浴場で盥に湯を張り、双子が俺の服を足で踏みながらバチャバチャと洗濯をしてくれているが、どうやら染み付いた血は落ちそうになかった。
「かじゃみ、ダメみたい」
天井を見上げている俺の背後から、ロロアが諦めの言葉を口にした。
「そうか。仕方ないな」
服は処分する事にし、俺は脱衣所に置いてあるバスローブを纏いキッチンに行くと、フォールが朝食を用意してくれていた。
「これは?」
「魚の塩焼きだよ」
俺は焼き魚定食のような物を期待していたのだが、本当にただ焼かれただけの魚が皿の上に置かれている。
「あっ・・・。ありがとう」
「どういたしまして」
笑顔を向けるフォールは焼き加減に満足でもしているのだろうか。俺は微笑を浮かべながら焼き魚単品をたいらげた。
「米・・・食いたいな」
白米と味噌汁が愛おしい。
「なぁフォール。米はないのか?」
「米? どのような物かな?」
「麦と似ていて白く一回りほど小さな粒なんだが」
「んー。もしかして家畜の餌の事かな。
麦を食べさすのは勿体無いから小粒の種みたいなのを食べさせていたと思うけど」
「家畜の餌扱いされてるのか。勿体無い。実に勿体無い」
「ねぇかじゃみ。たべおわった?」
「ん? あぁ。どうかしたのか」
俺の隣りで木の皮で編まれた小さな子供用サイズの籠を手に、双子がぽつりと立っていた。
「シュワシュワつくりたいの。テーブルつかっていい?」
「今からシュワシュワいっぱい作るんだ」
籠の中には赤くて美味しそうな林檎が顔を覗かせていた。
「それ全部作るのか?」
双子「うん!」
「それはちょっと多すぎるな。毎日一瓶ずつ作るので十分だと思うが」
「そうなの?」
「あぁ。一度にたくさん作っても食べきれないほどのパンを焼く事になるからな」
俺の言葉に双子は一瓶だけ作ることにしたらしく、テーブルの上で作業を開始した。
「二人の日課ができたね」
双子の様子を見ながら、フォールは双子のために空き瓶を用意してくれたみたいだ。
「そうだな」
俺は日課という言葉で、日捲りカレンダーの事を思い出した。
「俺も作りたい物があったんだ、少し木を伐ってくる。フォールは紙とハサミを用意しておいてくれないか」
「かまわないけど、何に使うんだい?」
「日捲りカレンダーだ」
俺はそう言い残してダンジョンの中にある森に赴いた。森の向こうには川の流れる音がしている。
「豊かな森だが、この光はなんなんだ」
前から気になっていた光の柱を目指して、森の中を進んでいった。木々を掻き分け進んだ先には、丸い石造りの地面に柱が六本、円を描くように配置されている。人為的に作られた祭壇のようだ。
「これは見事な祭壇だな」
その造りの良さに、俺はひとり祭壇を眺めてしまった。
祭壇の中央には重力を無視して浮かんでいる大きな岩が光の柱を創りあげていた。俺は一目でそれが何かを理解した。これは魔石の原石だ、それもたぶん・・・ダンジョンコアと呼ばれているものだ。
規格外の大きな原石を前に、俺の脳裏にはVRの光景が浮かび上がっていた。
「この場所は・・・俺のVRの店があったダンジョンだ!」
思わず体が身震いしてしまった。異世界のはずなのにVRの建造物、それにVRで実装されていたダンジョンコア。いや、ダンジョンそのモノだ。
聞いていた話では、雑貨屋は三百年前に突如として森に現れたはずだ。それに最近になってダンジョンが現れたと聞いている。これは雑貨屋が関係しているのかは判断できないが、何か理由があってダンジョンも出現したんだろう。考えても答えは出ない。
「ダンジョンが現れた日の事を、フォールに聞いてみるか」
ずっと雑貨屋に居たはずのフォールなら、ダンジョンが現れた日の事を知っているだろう。俺は森に生えた木を一本伐り、店に戻った。
「なぁフォール。前に突然ダンジョンが現れたって聞いたけど、詳しく聞かせてもらっていいか」
「もちろんかまわないよ。と言っても、応えられる事は少ないと思うよ」
「朝起きたらここに居たんだよ」
りんごを詰めて砂糖と水を加えたビンを振るロロアの隣で、トトがそう教えてくれた。
「そうなのか」
「うん。フォールもラックもビックリして店を飛び出したのを覚えてるよ」
「ははっ。この二人がか」
俺はついフォールとラックが血相を変えて店から飛び出す姿を想像して笑ってしまった。
「そんな笑わないでよ。本当にビックリしたんだから」
フォールは少し恥ずかしそうに言葉にしたあと、続けて「あれはたぶんだけど僕の施した復元魔法【リプレクション】が原因じゃないかな」と言葉を紡いだ。
「前の日に僕が店を壊しちゃって、フォールが直してくれたんだ」
「それで復元魔法か」
「そういう事だね。店を直したその日は何もなかったんだけど、朝起きたら地中深くにいたと言う事さ」
爽やかに言葉を口にしたフォールだが、どうやらそれ以外は何もわかっていないようだ。
「何となくだがわかった気がするな。この店は元々ダンジョンの最奥にある安全地帯と呼ばれる場所で開いたんだ。それでフォールの魔法で土地までも復元されたって事だな」
「へぇー。元々はダンジョンにあったんだね」
「あぁ。さっき森で祭壇を見つけてな。見覚えのある光景に気になって聞いてみたんだが、合点がいった。それじゃあ店先で木でも伐ってくるか」
俺は納得し、椅子から腰を上げて扉に向かった。
「シュワシュワ完成したから手伝うよ」
「ロロアもてつだう」
「二人は勉強しないとダメだよ」
二人が俺の後をついてこようとしたが、フォールがそれを引き止めた。
双子「はーい」
少し気落ちした様子で、渋々双子はフォールに言われるままにキッチンで勉強を始めた。
ふと視線を感じて振り向いてみると、ラックが棚から俺の方を見ていた。
「びっくりしたな」
「ふんっ。何か作るのもいいけど、約束は守るようにと双子も言っていた」
「そうだった。忘れていた」
俺はラックの言葉で風呂の件を思い出した。
「双子は無垢な子たちだ。あまり心配をかけるな」
ラックからそんな言葉が出てくるとは・・・いや、ラックは俺以外には優しいか。
「そうだな。肝に銘じておこう。
とりあえずゲートを開いておくからその件は頼んだ。俺が約束を破らないようしっかりとサポート頼むな」
店内にゲート現出させて店から出ると、店内から「なぜ私が!」という声が漏れ出ていた。
「さぁ。カレンダー用の判子でも作るか」




