19 [店は臨時休業中だが順調なカザミ11]
カザミと別れたあと、私は先に進んだ。暗闇の中はカザミの残してくれた、この光っている球体が役にたった。進むにつれて入り口近くの空洞のように、松明が灯され光る球体は必要なくなっていった。
松明で明るく照らされた空洞内は今までのようなゴブリンと出くわす事なく、奥へと辿り着けたみたいだったけど・・・。
「卑怯だ」
大きな広間に出た私の目の飛び込んできたのは、梯子を使わなくては食材を投入する事はできないほどの火にかけられた大釜。それにその大釜より後ろには私と変わらないぐらいの背丈の小さな男がいる。初めて目の当たりにしたけれど、一目でドワーフだとわかった。
その空間をこのドワーフが取り仕切っている。見た感じ、ここは給仕場のようで捕らえられた村の娘たちがゴブリンの食事を作らされている様子だったが、ドワーフは娘の一人を自分の前に跪かせて頭を踏みつけてみせた。
これでは戦えない。村でみんなを助けようとしたときと同じ状況になってしまった。
身動きが取れなくなった私を見て、ドワーフは近くで娘たちを監視していたホブゴブリンに命令を下した。
「ホブどもよ、少々痛めつけてやれ」
低い声が空間に響き渡り、ドワーフの言葉を聞き入れたホブゴブリンたちが剣を手に襲いかかってきた。
「もうホブなんかに苦戦しない」
さっきまで村で戦っていた私とは違う。ホブを倒しシャドーステップであのドワーフに近づけば問題無いと思い、私はカザミから譲り受けたダガーで襲い掛かってきた三ホブを迎え撃つ事にした。
村で戦った時とは大違いに、ホブが弱く感じる。それもこのダガーのおかげだ。いくら身体がゴブリンより大きくても、一撃を入れられるなら私は急所を外したりはしない。
シャドーステップという技は、まるで私のために編み出された技のように感じるほど身体に馴染んでいる。どうすればこんな動きができるのかわからないけど、こうすればこう動けると、頭では理解できている。突貫してくるホブを迎え撃つと同時に、瞬時に背後に回る事ができた。ホブは私の残像を斬りつけているが、すでに私はホブの首筋にダガーの刃を当てている。
「村を襲った報い。みんな殺す」
ホブの耳元で囁きダガーを引き戻すと、皮膚に刃が入り込み、柔らかい何かに触れた感触が伝わってくる。それを斬るという意識は残したまま刃を滑らすと、ホブは血潮を撒いて倒れ込んだ。
「あと二体」
私はドワーフを睨みつけながら言葉を口にすると、ドワーフは「ふはっ。ふぁっはっはっ」と声を上げて高笑いした。口元は緩み、手をバタバタと膨らんだお腹に当てて笑っているが、視線を介したその瞳からは何の感情も読み取れなかった。
残りの二体を仕留めるためシャドーステップを使おうとすると、突然全身から力が抜けた。
「あれ・・・」
気づくと私は前に倒れ込み、地面に伏していた。
顔を上げるだけで苦しい・・・それでも私はドワーフの方に視線を向けると、ドワーフは片足を上下に上げ下げして娘の頭を何度も踏みつけながら高笑いをあげていた。
「それ・・・以上、だめ」
言葉を口にするのも容易ではなく、娘の顔が埋もれた地面には血が滲み出していた。このままじゃ、あの娘も私も殺される。そう思いながらも、身体は私の意志に反して動かなくなり、私は重い瞼に抗う事ができずに瞳を閉じた。
◇◇◇
カザミが開拓村に向かい出て行ったあと、店の扉が開くと同時にトトたちの声が店内に響いてきた。
「ただいまー」
どうやら店の近くの森から帰ってきたみたいだ。
「ずいぶん遅かったね」
「暗くならないからよくわからないんだ」
「ラックがそろそろごはんのじかんだって」
「二人もりんごを見てグーグーとお腹を鳴らしていた」
「ははっ。みんなお腹を空かして帰ってきたんだね」
トトとロロアは背負っていた籠を僕に見せたあと、キッチンの端に下ろした。
「いっぱい摘んできたんだ」
「そんなに食べきれるかな」
「ロロアと一緒にシュワシュワ作るから大丈夫」
「シュワシュワつくってふかふかにするの」
「ふふっ。それじゃあカザミにパンの作り方も教わらないとね」
「うん! はやくシュワシュワできないかなー。
かじゃみはまだかえってないの?」
「一度戻ったけど今日は遅くなるんだって」
「そっかー」
「ご飯の用意をしといてあげるから、みんな先にお風呂に入ってきなよ」
ロロアはラックを抱き上げて、トトと一緒に浴場に入っていった。
◇◇◇
「今から向かう場所は俺の知り合いの女性宅だ。
じいさんと二人暮らしで他の人目にはつかないだろう」
俺はゴブリンの巣に待たせていた娘たちの元に戻ってきていた。
「ここを通ればその女性の家に出る。女性と言ってもお前たちと歳はかわらないぐらいだ」
「その方は事情は知っているのでしょうか?」
「粗方の説明はしてきた」
「迷惑だとはおっしゃらなかったのですか」
「すんなりと引き受けてくれた。後はお前達次第だ」
腹の大きな二人は率先してゲートを潜る意を固めた。
「いきます。みんなも今はその方にお世話になるしかないでしょ。
ここに居ても村に戻っても、私達に居場所はないわ」
舌を自ら噛み切ったと言っていた娘が腹の大きな娘に呼応するように立ち上がると、あとの一人も「ご厄介にならせて頂きます」と言い立ち上がった。
「この娘は村に帰しておこう」
眠りについていた娘を見ながら言うと、舌を噛み切った娘が「その子もご一緒させる事はできないでしょうか」と聞いてきたので、「リーサにあまり無理をさせるのも悪いからな。帰れるなら村に戻ってもらう」と応えると、渋々といった様子で娘は引き下がった。
俺の後に続くように四人の娘はゲートを潜りリーサの家に姿を現した。
「この娘たちがさっき言っていた娘たちだ。あとは頼んでいいか」
娘達は横に一列に並んだ。その娘たちを見てリーサは口を開いた。
「わかったわ。あとの事は任せてちょうだい。
それじゃあまずは自己紹介をしておきましょうか」
俺はそのままゲートを潜り、次は開拓村の井戸の前に眠っている娘を連れて行った。
井戸の辺りに居た村長や村人の姿も消え、村は静まり帰っていた。
「誰もいないのか」
小さく呟くと、ゴロゴロと荷馬車を引く音が聞こえ、俺は音のする方に視線を向けた。
「村長はどこに行ったんだ」
俺が荷馬車を引く男の方に近寄っていくと「村長も村の者のみな、村の隅に集まっとります」と応えた。
荷馬車の中を覗くと、ゴブリンに殺された村人の遺体が載せられ運ばれていくところだったようだ。
「そうか。あの娘の事を頼んでいいか」
井戸にもたれかかるように眠る娘に視線を送りながら言うと、荷馬車を引く男は「もちろんでさあ」と応えたので、俺はそのままゲートを潜りゴブリンの巣に戻った。




