16 [店は臨時休業中だが順調なカザミ8]
「そういえば、名前を聞いてない」
俺の前を歩くフロアは、振り返らずに俺の名を聞いてきた。洞窟の中は松明で照らされ、進む一本道には時折り部族がシンボルにもちいるようなトーテムが岩壁に飾られている。
「俺はカザミだ。頭上に注意しろ」
探知察知でゴブリンの居場所はわかっていたが、探知察知がなければトーテムに目がいってしまい奇襲を受けていたかもしれない。
ゴツゴツとデコボコになっている洞窟の天井には人為的に掘られた穴が開いていた。
その中に隠れ潜んでいたゴブリンを、フロアがダガーを投げいれて仕留めた。頭上から降ってきたゴブリンからダガーを引き抜き、俺の方に振り向いた。
「なんでわかった」
「俺の能力みたいなものだ」
「でも助かった。ありがとう」
このゴブリン、俺たちが通り過ぎるのを待ち背後から襲ってくる気だったのだろう。隠れていても俺の探知察知から身を隠す事はできないと言うのに。
「行き止まり」
入り口より少し奥へ入ると、行き止まりに突き当たってしまった。途中までの通路と違って松明は用意されていない。
かろうじて空洞の途中にあった松明の明かりが届き、周囲は薄明かりになっている。
「この先にゴブリンと人が居るのは確かだ」
突き当たった岩壁の前に立つフロアは、俺の言葉にそのクマ耳をピクリと動かした。探知察知にはこの壁の向こう側に確かに無数の赤と青の光点が表示されている。
それに併用していたスキル、危険察知がこの壁は危険だと×印をレーダーに表示している。それはつまり、この岩壁には罠が仕掛けられているという事だ。
「どうすればいい」
俺の顔を見やりながら聞いてきた。
「俺は罠を解除するような特殊技能は持ち合わせていない。お前の目で見て不自然と思う所はないか」
フロアのホブゴブリンとの戦いで見せた相手の動きを見切る洞察力と観察力はずば抜けていた。そしてそれを実行する瞬発力もその身体能力あっての事なのだろう。フロアなら罠に気づけるはずだ。
周囲の岩壁をまじまじと見つめた後、掌で岩壁に触れながら移動し、何かを確かめているようだ。
突き当たって右側にある岩壁の前で足を止め、ちょうど俺の腰ほどの高さの壁の位置に掌をつけた。
「ここ。この壁動く」
「待て。他に同じような物はないのか」
思わず壁を押そうとしたフロアを制止した。こういった罠の場合は、正しく押す場所が決まっているはずだ。複数ある場合は、正解以外は全て罠だ。
「こっちにもある」
フロアの背丈ではギリギリ届かない高さの位置に押す事のできる壁があった。
「二箇所だけか」
「うん。間違いない」
どちらかが正解で片方はハズレという事か。誤った方を押せば罠が作動するという事なのだろうが、これは明らかに正解が決まっている。
罠を張るぐらいの知恵はあると言うのに、ハズレを押させようと俺のような成人の視線の高さに合わせてこれみよがしに気づくような場所に設置してくるとは・・・。
「やはりバカだな」
「バカじゃない。字は読めないけど数は数えられる」
ポツリと呟いた小さな声に耳がいいらしいフロアには丸聞こえだったようで、突然のカミングアウトが俺を襲った。
「お前の事ではない。ゴブリンの事だ」
「そっか。十まで数えられる」
「いらない情報だ」
「足し算はできないがな!」
どうした?なぜそんなにムキになった。
振り返るフロアの顔を見れない。今見たら笑ってしまいそうだ。
「そうか・・・。とりあえず後ろに下がってくれ。
もしもの時の為に結界を張っておく」
壁から少し離れた場所にフロアを待たせ、物理、魔法結界を重ねがけしておく。
「これは魔法?」
「どうだろうな。俺にもハッキリとわかっていない」
「魔法使いに聞けばいい」
さっきと違って的確だな。確かにそうだ、帰ったらフォールに聞いてみるか。
「そうだな」
俺は腰の位置にある壁を押すと、行き止まりだった岩壁は横に開いていく。
中は暗闇で何も見えないが入り口よりもかなり大きな空洞が開いているのがわかった。その暗闇の向こうからゴブリンがこちらに駆けてくる足音が聞こえてくる。
「なるほど、暗闇に慣れさせない為にわざと松明が備えられていたのか」
「くる」
「そこで待っていろ。すぐに終わらせる」
松明の明かりは開かれた空洞の先には届かず、暗闇にいるゴブリンを目視する事はできないが、探知察知で距離と数は把握できている。
黒刀を鞘から抜いて構えると同時に、背後からフロアが駆け抜けていく。
「おい!」
俺の言葉に耳をかさずに、暗闇の中へと消えていった。
垣間見えずに中からゴブリンの声が聞こえると、それはすぐに聞こえなくなった。俺は暗闇の中に潜りフロアの跡を追った。
足元がハッキリせず、何かを蹴飛ばしてしまったようだ。
「フロア」
俺はフロアの名を呼びながら光玉を現出させると、眼の前には血溜りに浸かる無数のゴブリンの亡骸があった。
どうやらフロアは先に進んだらしく、ここにはもう居なかった。俺は探知察知でフロアらしき青い光点を確認すると、空洞の先から現れたゴブリンの群れがフロアに突撃していくのがわかった。
赤い光点はフロアに接触すると同時に消えていく様子に、俺はとんでもない奴に武器を持たせてしまったんではと思ってならない。
「ほっといたら百ゴブ斬り達成しそうだな」
消えていく赤い光点を見ながら、軽い冗談を口に先に進んでいく。
「これ以上先には行かせられないな」
フロアの光点が散らばって表示されている青い光点の方に向かっている。俺の想像でしかないが、たぶん子供には見せられない光景が広がっているはずだ。
俺は足を速めフロアとの距離を縮めた。
「止まれ」
光玉に照らされたフロアの肩に手を置くと、容赦なくダガーの刃が俺を襲った。振り向き様に振られたダガーを胸元すれすれの位置で一歩後ずさり回避すると、俺の姿を見て斬り込むのをやめた。
「ごめん」
「気にするな。戦闘中に背後から近寄った俺も悪い」
「うん。危うく斬るとこだった」
そこは否定しろと思いながらも周囲を見渡すとゴブリンの死体が転がっており、ここまでのゴブリンを含めると本当に百ゴブ斬りを達成しそうな数を斬っていた。
「お前はここにいろ」
「いやだ。皆を助けにいく」
たぶんこの空洞を抜けた先には、開けた空間が広がっているはずだ。
「この先にゴブリンが群がっている。もちろん村人も居る。俺の言いたい事はわかるだろう」
「村娘がゴブリンに攫われたらどんな目に合うかわかってる。わかってて行く。止めないで」
「悲惨な状況で、見るに耐えない光景が待ち構えているはずだ」
「ちゃんとわかってるつもり」
「・・・そうか。
ならお前はゴブリンを斬っていろ。俺は村娘を助けるとしよう」
「わかった。行こう」
空洞の先にあるだろうゴブリンの居住区へと、俺たちは足を踏み入れた。




