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36―熊鍋から会談の場へ。藪を突いたレイミア


 立たせたまま話しをするのもなんだと思い、三人に丸太椅子を用意してやった。扇型に鍋を囲んでいる俺たちの向かい側に座るように促す。


「よければ座ってくれ」


 レイミアは三つ並べられた真ん中の丸太に腰を下ろしたが、あとの二人はレイミアの後ろ控えたままだ。


 野菜も煮立って食べ頃になった具をロロアが皆の空になった器に注いでくれていたので、三人分追加で器をロロアに手渡した。

 かわりにロロアからは具がこんまり盛られた器を差し出されたので受け取ってから話を切り出した。


「その様子じゃ食料を持ってないんだろ? まずは食事にしよう」


 三人は腰に携えた剣だけで他は何も持っていない様子だった。

 ロロアはニコリと笑みを浮かべながら、具をよそった器をレイミアに手渡した。


「頂くとしよう」


 レイミアが匙で掬い上げた具を口へ運ぼうとしたところで、後ろの取り巻きの一人が声を荒げた。


「お待ちください! この様な者たちから施しを受ける事は御座いません。上層に引き返した者達が野営をしているはず、水も食料も彼らが確保していますので我々も直ちに引き返しましょう」


 この若い男、名前はなんだったか……

 地上で野営をしていた時もこんな様子だったな。


「たべないの? くまなべおいしいよ」


 ロロアが若い男の隣に寄って声をかけると、その男の表情は豹変していった。まるで汚いモノを見せられ嫌悪するかの様にロロアに冷めた眼差しを向ける。


「魔族の施しなど受けはしない!」


 はい。と言って差し出された器を払い落とした。器の中身はその男の足元に撒かれ、器はカラコロと乾いた音を鳴らし荒い地面を転がっていく。


 驚いて目を閉じていたロロア。

 取り巻きの若い男の方は「こんなものッ」と言葉を零し地面に散った具を踏みつけていた。

 レイミアはその様子に何も言わず、止められた匙を口へと運び熊肉を堪能する。


「これほど美味しい料理をばら撒くとは。愚かな」


 熊肉をゴクリと飲み込みレイミアがそう口にした。


「バレッドも食してみるがよい」


 気まずい雰囲気が漂う場でバレッドは申し訳なさそうに匙をとった。口に入れた具をモグモグと噛み締めた後、器を口に運び出汁を飲みポツリと呟いた。


「……うっ、うまい」


 器を拾うロロアの後ろ姿を見るバレッド。バレッドの声に振り返ったロロアはニコリと笑顔を向け「でしょう」と言って踏み潰された具を両手でかき集め器の中に戻し始めた。


 器の中を覗きこみながら何も言わず少し悲し気な表情を浮けべて戻ってきたロロアから器を受け取った。潰れた具材と微かな泥で手を汚してしまったロロア。俺は水袋を持ってあげバシャバシャと手を洗わせた。


「アルフォンス。この器の中にはお前の知らない知識が詰まっている。先ほどの行為はこの料理を築き上げた先駆者達を侮蔑するのと変わりない」


 一呼吸置いてレイミアが突如、声を荒げ自身の部下を叱咤した。


「恥を知れッ! 我らを棄て置こうとも関係の無い者が、こうして温かい料理を振る舞ってくれているのだ。そこに身分や種族は関係ない」


 丸太椅子から腰を上げたレイミアはロロアに向かって深々と頭を下げた。その光景を前にライドが慌てて立ち上がると、


「頭をお上げ下さい。王女様」


 あたふたした様子でレイミアに声をかけた。俺も少しばかり癪に触ったがレイミアがした事ではないとわかっている。


「気にするなとは言えないが、お前がした事ではないだろう。頭を上げてくれ」


 水袋に水石を入れて水を補充しながらそう言うと、


「カザミ! この方は王女様なんだ。お前(・・)はよくない」


 ライドは首を横に振りながら俺に注意を促す。どっちの肩を持つんだと思うが、相手は王女。たしかにライドの言葉は一理ある。


「すまないなレイミア、許せ」


 ライドは呆れた様子でため息をついて腰を下す。レイミアが下げていた頭を上げると、バレッドが口を開いた。


「レイミア様、王族が軽々しく頭をお下げになってはなりませぬ」


 その横で爪をかじりながら俺を睨みつけてくる若い方。視線が合いその姿を俺も黙って見ていると、ふと名前を思い出す事に成功した。こいつはアルフォンスと呼ばれていた方だ。


「ここは公式の場ではない。王族だろうと、こちらに非があるのならば謝罪をするのは当然の事だ」


 レイミアの言葉に爪を齧る勢いが増していく。周囲を気にする様子もなく、爪先からカリカリと音を発て始めたアルフォンス。

 何かの糸が切れてしまったのか、両手で頭を掻き毟り発狂した。


「あああ゛ーッ! こんな奴らにレイミア様が頭を下げるなどあってはならない」


 豹変したアルフォンスは剣を抜いてレイミアを横切った。吊るし鍋に剣先が当たった事もおかまいなしに俺に向かって剣を振り上げた。

 鍋の具が散乱し、出し汁でシューっと焚火が鎮火する中、丸太に腰を下ろしている俺は視線を上げてアルフォンスを見た。


 眼前にはアルフォンスが今にも剣を振り下ろそうとしているが、アルフォンスの背後にレイミアが瞬時に近寄っていたのが視界に映っていた。

 その剣が振り下ろされる寸前、レイミアが振り上げられていた腕をガシッと掴み、


「貴様は何をしているのかわかっているのかッ!」


 声を荒げたレイミアがアルフォンスを取り押さえた。掴んでいた腕をそのまま背後に捻り地面に押さえつける。


「れ、レイミアさま……わたしは、私はッ」


 まるで電池の抜かれた玩具の様に、アルフォンスは地面に顔を埋めて止まってしまった。


「バレッド、こやつを連れて離れていろ」


 レイミアの言葉に倒れ込んだまま動かなくなったアルフォンスを担ぎ上げると、バレッドはロロアに一言告げて上層に繋がる空洞に向かい歩き出した。


「嬢ちゃん、美味い鍋をありがとよ」


 離れていくバレッドの後ろ姿を見ながら、騎士や貴族である前に、人としての素の姿を垣間見た気がした。


「部下の非礼、度々すまない」


 一人その場に残ったレイミアは、アルフォンスの事を口にし始めた。


「先の男はあれでも男爵家の長男であるのだ。相手の身分で物事を判断する気質があるのは知っていたが、普段は冷静で頭の切れる男だ」


 黙って話を聞いている中、レイミアは一度話を区切ると、トトを見てからまた口を開いた。


「私もそうだが、アルフォンスも始めて魔族と対面して困惑しているのかもしれない」


 話を聞いていたライドもレイミアの話に共感した様子で、


「魔族と出会うなんて人生で一度あるかないかの珍しい話ですからね」


 魔族の話はどことなく理解しているつもりでいるが、子供たちを前に口に出して奇人や珍品に近い言い方をされるのは好ましくないだろ。


「その話はしなくていい。食事どころでもないし、確認をしておきたい事とは何なんだ?」


 ライドの言葉を流すと、察した様子で口を閉じた。黙り込んだライドの姿を横目にレイミアと話しの本題に入る。


「地上でも言ったが、私がダンジョンに訪れたのは調査が目的だった。先ほど下の階層も見てきた。空洞を抜けた先から下層を見下ろすと、広大な空間に草木が生い茂り川まである事が確認できた」

「それで居なくなっていたのか」


 丸太椅子に腰を落ち着かせたレイミアの話を聞き、突然いなくなっていた理由がわかった。相槌を打ちながら、「それで?」と話を進めていく。


「あの場所には一つの都市を築ける程に豊かな環境が整っている。できれば詳しく調べたいところだが、あまりにも広大だった為、私たちは一度地上に戻る事にしたのだ」


 そんなに広い土地があるのか。話を聞いていて悪いが俺はまだ見ていないので知らない。当然話の腰を折るのもどうかと思い、賢しらな態度で、


「そうか。それで何が聞きたい?」


 皆が静かに俺たちの会話に耳を傾けながら、時折ライドがエールを口にしていた。


「あの先に何があるのか教えてもらいたい」


 なるほど。下層に存在する広大な土地があると言う事は、その先がまだ続いている可能性もある。そうなれば一日やそこらで調べ上げられるほど単純な話ではなくなる。

 それなら知っている者から話を聞くのが手っ取り早く、後日調査では確認を取るだけの単純作業で済むしな。

 まぁ……思わせ振りな態度で居た俺も悪いか。


「俺も知らん」


 キョトンとした表情を浮かべるレイミア、この刹那の間が居た堪れない。申し訳程度にフォールに視線を泳がすと、


「僕はフォール。君の質問に答えてあげるよ」


 俺の顔を見てクスリと笑ったフォール、つられてクスクスとロロアも顔を隠しながら笑っていた。


「あの先には僕の住む家が建っている以外は何もないよ」

「魔物もおらず、さらに深層に進む道も存在していないと言う意味でいいのだろうか?」

「そうだね、そのとおりだよ。この下の階層がダンジョンの最深層で、あそこの地竜がこのダンジョンの主ってところかな」


 皆の視線が一斉に地竜へと向けられたが、<壁画です>と訴えかけてくる様に微動だにしない地竜。


「つまり……このダンジョン最強の魔物は地竜という事になると」


 ロロアとライドは俺へと視線を向け、トトとラックはフォールを見ていた。それぞれがそれぞれに思うところが在るのは明白だったようだ。ダンジョン最強……レイミアの口にしたこの言葉に、各々が自然と思うままに視線が向いたのだろう。


「うん。そうなるのかな」


 あくまでも魔物の話だ。フォールも少しばかり言葉を濁した様子だったが、レイミアは全てを観ていた。だからレイミアも<魔物>と強調して口にしたようだった。


「最後に一つ、二人はディメール国の敵なのか」


 話の入りに地竜を()しにワンクッションを置くとはな。上手い入り方だ。核心はこっちだが、開口早々に<敵か?>と訊ねると相手の心を逆撫でしてしまう恐れがある。

 わざわざ会話に流れを演出して周囲の興味心を味方にするか。だがまあ、興味が湧いたのはライドだけのようだがな。


 それなら、と質問に質問で返すのは汚いやり方だが、俺は二人の会話に割って入り、その問いに対し質問で応えた。


「ディメール国は俺たちと戦争をしたいのか?」


 日本の政治家が軽々しく、寧ろ口にしてはいけないワードの一つだろう。言葉には重みがあり、口にすればそれが軸となり事態が進んでいく事もある。レイミア側(受け取り手)からすれば、俺が口に出した事で今後そういった事態も有り得る話だと受け取っただろう。


 レイミアは少し強張った表情を浮かべながらも言葉を紡いだ。


「そういう話ではない。ただ確かめておかねばと思い、訊ねたに過ぎない」


 レイミアから緊張感が漂う。<最後に一つ>とレイミアは有害か無害かを訊ねたのだろうが、これは俺からすれば有害であろうと無かろうと、この会話を終わらせる口実にはならない。レイミアの報告次第では国が動く事も十分有り得る話になっているからだ。


 熊鍋を囲う席が地下迷宮(ダンジョン)とディメール国との一種の二国間会談となってしまっているのだからな。


「敵……とは物騒な物言いだね」


 少し思案気に口にしたフォール。レイミアは次の言葉を待っている。

 仮にもこの姫騎士レイミアは王女殿下。国のトップに席を置く一人。自身の発言には十分注意しなければならない人物だ。

 フォールもまた、この地下迷宮の代表と言っても過言はないだろう。ただの未踏破ダンジョンなら冒険者が財や名声を求めて攻略に勤しむだけの単なるダンジョンだが、ここに住んでいる以上、いや、表に出た(王女と対面した)以上は今後の関係も含め立ち位置を明確にしておくのがいいだろう。


「……でもそうだね。敵かどうかと聞かれれば、僕自身は敵ではないかな」


 レイミア本人から緊張の糸が緩んだ様子が見て取れた。双子の二人は話に全く興味がないようで、ラックを撫でて時間を潰している様子だった。

 チラリと俺を見たレイミア。そちらはどうなのだ? と視線を向けてきている。なぜかライドも俺に視線を注いでいる。ライド自身も冒険者といえどディメール国の民なのだから気になって当然なのだろう。


「敵でも味方でもない。今は中立と言ったところだ」


 ロロアの家族が人族に襲われたのは偶然である可能性が高い。不運な事故と呼ぶには人為的だが、聞いた限りでは盗賊だと推測できる連中という事もあって、不運だったとしか言えないだろう。

 だがその後は不運で片付けられる話ではない。エールを口に一拍置いてから、


「ディメール国の敷く王政がどういうものか知らないが、また俺を不快にさせるなら容赦なく敵になるだろう」


 俺の言葉に真剣な表情を浮かべたレイミアが訳を聞いてきた。


「不快とは、どういう事か伺ってもよいか」


 理由(ワケ)も知らない者と対立する理由もない。少しばかり考えた俺は、


「ラック、トトとロロアを連れて離れていてくれ」

「ここにいちゃだめなの?」

「大事な話をするから少しだけ向こうに行っててくれ」

「わかった」


 ラックの背中を撫でる手を止めると、ロロアはラックを抱き上げた。


「ラック、二人を背に乗せてあげてはどうだい?」


 フォールの言葉にラックは頷きながら首輪を外すと、狼の姿を露にして二人を背に乗せて駆け出した。

 まるで絶叫マシーンに乗るかのような二人の楽しそうな叫び声がこの階層に響いている。


 それを目にしたレイミアは口を開いたまま唖然としていた。喋るし、でっかくなるし、俺も驚いたがレイミアは驚きすぎだろ。


「さて……まず聞く事があるんだ、一つ問う。この国で奴隷に堕ちる理由は何があるんだ?」


 俺の言葉に我に返ったレイミアがこちらに視線を向け直した。


「か、各領地で定められた税を納める事ができなくなった場合に、奴隷となり最低限の衣食住が確保される仕組みだ。この制度は各領地の困窮した領民たちを保護すると共に、給金も支払われる事で自立の手助けとなっている」


 ガバガバ。穴だらけ。笊のような掬えない制度だ。

 税が納められない者から奴隷堕ち。

 自立の手助けと言っても、給金が支払われているのかも怪しい。

 なにより奴隷の管理体勢が買主任せ。


 荒野の町で見た情景そのままが国の方針という訳か。


「そうか。どうやら俺は敵のようだ」

「どういう事なのだッ!」

「さっきの少女は盗賊に親を殺され奴隷商に捕えられ一年の間、地下牢に閉じ込められ暴力を振るわれていた。衣類はボロボロ、餓死寸前、牢での暮らし。お前の口にした<衣・食・住>がそういう事なら、すぐにでもこの国を消してやろう」


 鋭い眼光をレイミアに向け言葉を放つと、レイミアが口を開く前にフォールが口を開いた。


「ちょっと鐘を鳴らしてくるよ」


 涼しい笑顔で立ち上がったが、滲み出る怒りで肌がピリピリと危険を感じさせた。


「落ち着け。まだ話をしている段階だ」

「鐘って何か聞いてもいいか?」


 黙って話を聞いていたライドが鐘について説明を求めてきた。ロロアの境遇を本人から聞いたんだ。ライドも少しばかり奴隷制度に思うところがあるのだろう。

 その鐘で何が起きるのか、結果として正しい方へと国の舵がとられるのか。ライド自身も正道が何なのかを今更ながら考え始めているのかもしれない。


「世界の終わりに鳴り響く鐘の音だよ。鎮魂の鐘にもなるし、便利だよね」

「……はあ」


 溜め息の様に零れた一言。理解できる範疇をまた超えたか?

 ただ呆然としながらも、その言葉は事実なんだろうと納得し、徐々に青ざめていった。理解すればするほど、血の気が引いていったのだろうか。


「二人とも少し待ってくれ! 私の知る奴隷制度ではその様な事は決してないのだ」


 慌てて俺たちに声を投げかけるレイミア。敵ではないと言質を貰ったはずなのに、すぐにもその掌は返されたんだ。慌てても仕方がない。


「カザミ、僕が話をさせてもらっていいかい?」

「すきにしろ」


 俺がそう言うと、フォールは俺の知らない復興歴史を語り始めた。


「まずね、ディメール王国は奴隷制度を認めていない。それにこの国に居る獣人たちは三百年ほど前の大戦後、この国の復興の為に尽力してくれた者たちの末裔なんだよ。僕の知らない内に随分と王政の改革が進んだみたいだね」


 皮肉を混ぜているのだろう。

 笑顔は絶やさないが目が笑ってはいない。


「えっと……俺からもいいか?」

「どうぞ」


 口を開いたライド。フォールが発言を認めるように掌を向けた。


「奴隷とは主の所有物とし、者ではなく物扱いされている。給金を受け取っている奴隷が居るなんて聞いた事もないし、一度奴隷堕ちすれば二度と奴隷身分から開放される事はないさ。死ぬまで奴隷……それが今の現実だ」


 前半の話は俺が剣士から聞いた奴隷の話と一致していた。後半は俺も知らない話だが、子々孫々と奴隷身分が定着する可能性が示唆される発言だ。

 これはすでに奴隷制度など在って無いようなものだろうな。


「それは本当なのかい?」

「他の領地はどうか知らないが、それが俺の知る荒野の街の奴隷制度だ」


「僕もあの街は少々行き過ぎていると思っていたんだよ。トトもあの街で僕が引き取ったからね」


 それに、と続けたフォールは何かを思い返しながら口にしている様だった。


「トトが魔族だからと領主の近衛兵まで僕のもとに差し向けてきたぐらいだからね」


 トトは運が良かったと言っても、なんだかんだと気苦労を重ねていたのだろう。養ってもらう身としては、恩人に迷惑をかけてしまうほど胸を痛める事はないからな。


「結局、ロロアとトトを苦しめた事に変わりない。まともな戦いになるかわからないが、王都を滅ぼすだけなら一日とかからないだろう」


 俺の言葉を耳に血の気が引き、顔色が青ざめていくレイミア。青ざめたライドと並んでいると、二人はそういう種族なのだと勘違いしてしまいそうだ。


 たたみ掛ける様にフォールはレイミアに迫った。


「それでは結論が出たね。僕達と戦争をするか、魔族との不可侵条約を破ったこの国は、世界を敵にまわすのか……どちらかだね」


 また俺の知らない話が話題に上がった。ロロアから人族と魔族の戦争は耳にしていたが、その後の歴史的背景は何も聞かなかったからな。


「不可侵条約は私も知っている……だが、王都はこの事実を知らないはずだ」

「知らなかったで許されるほど、王とは軽いモノではないんだよ」


 俺でさえも笑顔が消え、真剣な眼差しを向けるフォールに微かに気圧(けお)されそうになった。ごもっともな正論ほどジワジワと効いてくる。


「ぐッ……」


 言葉が出てこないレイミア。唇を噛み締めるレイミアに、フォールは諭すように口を開いた。


「荒野の街の状況を把握したほうがいいだろうね。僕達が王都に出向く前に獣人族や魔族、それらの状況を知った竜族や精霊族も何か判断を下すかも知れない」


 種族の話なら聞いて知っているが、どこに居るかも知らないとロロアが言っていた竜族までも絡んでくるのか。話はすでに奴隷制度がどうこうだけの話ではなくなってきたな。


「あっ、あとね、精霊族で思い出したんだけど、エルフとドワーフも奴隷になっていたよ」


 その言葉にレイミアは驚愕の表情を浮かべながら立ち上がった。青ざめた顔は血色の悪い肌で済ませられるほどではない。顔色だけでなく、目から光が消えていくようだ。


「そ、そんな事が許されるはずがない」


 獣人にもその言葉を掛けてあげてほしいものだ。こいつも獣人は奴隷で当然と思っているのだろうな。もう言葉を口にすればするほど俺の感情を逆撫で深みに嵌っていく。


「そう。他種族を奴隷にするなんて決して許されない事を、すでにディメール国はしてしまっているんだよ」


 落胆するかのようにレイミアは丸太椅子に崩れ座った。


「あれだね。竜族以外の種族は奴隷としてしまった事実がはっきりしているけど、いい報せもあるんだよ」


 こんな状況で良い報せと口にされても、レイミア自身も知らなかった場所でこの国は世界(他種族)を敵にまわしてしまっているのかもしれないんだ。これが王女殿下という立場でなかったのなら、ここまで悲壮感を漂わせる事もなかっただろう。

 今は良い報せと口にされても、その冷えきった表情が明るくなりはしない。


「エルフの方は奴隷として売られる直前に救い出して、ドワーフの方は自力で逃げ出したよ。唯一、奴隷として売られる前だったからよかったかもしれないね」


 良い報せの内容は売買されてはいない。ただ奴隷として捕えられた事実だけは揺るがないようだ。フォールも「よかったかもしれないね」と優柔さが残っている。

 レイミアはすっかり精気が抜け出た様子で落胆してしまった。何もしていないはずなのに、燃え尽きた残りカスの様に吹けば散ってしまいそうだ。


 他種族はどう動くか、それとも暫し静観するのかはわからないが、フォールとしては猶予は与えてやりたい様子で言葉を続けた。


「他種族を捕らえる程の情報源は、たぶん王都の誰かだろうね。荒野の街の状況を把握し、王都を調査した方がいいと思うよ」


 助け舟を出したつもりなのか。俺にはなぜ他種族の居所(情報)が流れたのが王都なのか検討もつかない。けれどフォールは苦言し、より良い解決策を見出そうとしている。


「後は君の仕事だ。女王陛下に三月(みつき)待つとだけ伝えてくれればいい」

「どういう事なのだ」


 地獄の窯に片足を突っ込んだ様子のレイミアだったが、自分が何をすれば良いのかをハッキリと口にして伝えられると、冷静さを取り戻していった。

 良い報せよりも的確な助言に光明を見出そうとしているのだろう。


「言葉通りさ。荒野の街と臣下の調査、その結果に対してどの様な案を出すのか。三月待つとこの僕、フォールが言っていたと女王に伝えてくれればいい」

「国王ではなく……母上。女王陛下でよろしいのか」

「女王なら、きちんとこの問題を解決してもらえるだろうからね。できない時は手っ取り早くカザミの言うとおり、国そのものを地図から消した方がいいのかもしれない」


 その言葉にレイミアは慌てふためきながらも了承の意を伝えた。


「わ、わかった。必ず女王陛下に伝え改善してみせよう」

「うん。頼むよ。ならこの話はこれで終わりだね」


 奴隷制度の問題が解決するかどうかは、三月先の話になってしまったようだ。結果次第では世界戦争も起きかねない事態となってしまったようだ。ドワーフとエルフは精霊族だったか、それに獣人族と魔族。他種族の中では竜族以外が人の手によって奴隷堕ちしたと言ってもいいのだろう。


 俺自身はどこか釈然としない会談(内容)だったが、パンッと両手を鳴らしたフォールの言葉で話しは手仕舞いとなり、レイミアは頭を抱えながらバレッドの居る元に向かった。


 敵か味方か。俺とフォールに対しレイミアは一個人として問うたのではなく、国としてどう対処するのか持ち帰り検討するために踏み込んだ事を聞いてきたのだろう。

 藪を突いて大蛇を出してしまったようだがな。


「少し強引に進め過ぎたんじゃないか?」

「本来なら領地の民を守る役目の領主が自領の民や他種族を苦しめているんだよ。王都に税を納めてさえいれば臣下達の領地で何が起きていようと我関せずの王なんか正直いらないよね」


 言われてしまえば確かにそうだ。だから王都が怪しいと決め付けて話を進めていたのか。村民などの末端情報が上がってこなくとも、領地を与えた臣下たちがどのような裁量で領民を裁くのか。また王政に寄せた政治かそうでないかぐらいは把握して然るべきだ。

 今回のレイミアが口にした奴隷制度は王都内ではそうである、と言う事だったのだろう。まぁ引いてしまった臣下を放置し続けた結果、王都に火の粉が降りかかっただけの事か。


「そうだな。臣下を纏める事ができないのなら、できる人材に任せるという手段も執れたはずだ。はー、なんか疲れた」

「今日は僕のところに泊まっていきなよ」


 肩をほぐしていると、フォールの勧めで泊めてもらう事になった。キャッキャとラックの背中で騒ぐ双子を呼び寄せ、後片付けを始めた。

 アルフォンスが散らかしていった鍋の具は土に還るだろうと少しだけ穴を掘って埋めておいた。

 最後まで地竜は岩壁に減り込んだまま息を殺したままだったので、そのまま放置してフォールたちの住む下層へと向かった。


 長い一日だった。



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