34―熊鍋が食べたい
壮大な戦いが繰り広げられていた地竜の棲処で、双子の二人は再会を果たした。
「ぶじで……ほんとうにぶじで、よかった」
「ロロアこそ……元気そうでよかった」
互いに抱き合いながら相手の無事を確かめると、二人の頬には涙が流れていた。
二人の頬を伝うその涙が、喜びと共に今日まで抱えていた不安その全てを洗い流すようだった。
その光景を前に、俺は魔法使いに手を差し出した。
「お前が、使い魔の主だったのか」
「君の方こそ、そういう事だったんだね」
俺も魔法使いも互いに戦った理由に得心し、起こし上げた魔法使いと和解の握手を交わす。今の俺達に言葉は不要だ。
俺が進む理由も、魔法使いが立ち塞がった理由も、再会を果たした二人を前に全てが繋がった。そして俺は危うく迷子になるところだったわけか。
文字通り、ロロアの現れた側は俺が背を向けた側の空洞だ。姫騎士団の連中、ややこしい事をしてくれたもんだ。上層に向かうつもりだったから、わざわざ魔法使いとやり合わなくて済んだというのに。
勝手に勘違いした俺も悪いかと自分に言い聞かせると、ロロアとトトも少し落ち着きを取り戻した様子だった。
「さて、二人の再会も済んだ事だし、互いの自己紹介なんてどうだろう」
俺たちの傍に寄ってきたライドが、その場を取り仕切り始めた。まあ仕切り役が居てくれた方が何かと話も進んで都合もいいだろう。
「そうだな、なら俺からでいいか。俺はカザミだ。トトを探す為にここにきた。もう俺の役目は済んだようだがな」
そう言って手を繋いでいる二人の姿を見ると、ロロアはどこか寂しそうに見えた。ロロアと視線が合うと、コクリと頷いて口を開いた。
「ロロアです。トトをまもってくれてて、ありがとう」
魔法使いと小犬の方へ向き直り、ペコリと頭を下げた。魔法使いがニコリと笑顔を向けたのを見て、俺も心のどこかでトトを護ってくれていた事に感謝している自分が居た事に気づいた。
よかった……そう思って視線を落とすと、小犬も牙を見せて笑っている。
犬って笑うんだな。
「俺はライド、冒険者をしている。ここにはロロアちゃんの力になりたいと思ったからでもあるが、俺自身の用もあって二人に同行させてもらった」
ライドが兜を脱いで挨拶をすると小犬の方が、あっ。と言う感じで何か思い出した表情を浮かべている。
まじ犬ってこんなんだっけか?
「あの時の冒険者か」
……しゃべるのか。もうこの犬とどう接すればいいのか俺にはわからない。
すると小犬は首に捲かれていた首輪を外すと、風を巻き上げ巨大な狼へと姿を変えた。
犬が使い魔。なんと言うか常時召喚系の使い魔ってやつか。
「我の名はラック。勇敢な冒険者よ、我に用があるのではないか?」
姿が変わると口調も変わるのか。とっつき難いから犬のままで居て欲しい。
近くでは変身したラックを見ながら「うわー」と声を漏らしたロロアに、トトが「大丈夫だよ」と声をかけていた。
「あの時の使い魔か。やはり、ここに居たんだな。大鬼の一件、俺や仲間の命を救って頂き感謝している」
徐に頭を下げると、ラックはその巨体から見下ろしながら言葉をかけた。
「気にするなライドとやら。主の命でそうしただけだ」
「で、僕がこの狼の主にして、偉大なる大賢者。気軽にフォールと呼んでもらいたいね」
さわやかに自己紹介を告げた大賢者だが、自分で偉大だというのはどうなのかと突っ込みたくなる。
「本当に賢者だったんだな」
やはりただの魔法使いではなかったらしい。俺の予想は当っていたと言えるだろう。
見たまま賢者です雰囲気あったからな。ついでに俺の中でフォールが大賢者に職業変更を果たした。
まじでもう闘いたくないわ。
「そうだよ。それでこっちの子が――」
フォールが話し終える前にトトが一歩前に出て、頭を下げながら言葉を口にした。
「ぼくはトトロ、ロロアと双子の弟です。ロロアを連れてきてくれて、ありがとう」
俺の方へ向き直ったトトが礼儀正しく挨拶をしたあとに感謝の言葉を口にした。この子も見かけの幼さによらずしっかりしている。
片膝をつき視線を合わせ、
「それが俺とロロアの約束だったんだ」
こうして見ると、トトの容姿は確かにロロアに似ている。
角の位置が同じならどちらがどっちなのか、俺にはわからないかもしれない。それほど二人はそっくりなのだが、話をすればすぐにわかる。
トトはロロアと違いハキハキと言葉を口にしていたからだ。
ロロアはどちらかと言うと難しい言葉などは、まだ理解していないような感じだからな。
全員の自己紹介も終え落ち着いたところにライドが話しを切り出した。
「それでなんだが、フォールにはこれを受け取ってもらいたい。もし困っている事があれば俺にあの時の恩を返させてくれ。出来る限り力になりたい」
ライドは荷袋から掌ほどの大きさの麻袋を取り出しフォールに手渡した。中からチャリンとコインが重なる音がした。
「これは?」
「オーガ討伐の報酬なんだが、オーガを倒したのはフォールの使い魔だ。つまりこれはラックの主であるフォールが受け取るべき物だ」
ふんふん。と頷き納得したフォールは、
「そうかい、それなら心置きなく頂いておくよ」
フォールはそう言うと、杖を翳して小さなゲートらしき時空の穴を創り出し、その中に金貨の入った袋を収納した。
まるで俺の持っている鞄の変形前みたいな穴だった。収納が済むと、その穴はさらに小さくなって消えてしまった。
「このダンジョンに閉じ込められているのか?」
俺はフォールになぜダンジョンに居るのか伺ってみた。外に出ようと思えば魔物程度軽くあしらってしまえる強さだ。そんなフォールがここに居続ける理由は何か別の、自分ではどうにもできない問題を抱えているのではと思ったからだ。
「閉じ込められる? 違うよ。ダンジョンが現れたのは突然だったけど、僕は好きでここに住んでいるんだよ」
ふむふむ。
うん。こいつあれだ。
深く関わっちゃダメな人だな。
「そ、そうなのか。こいつは恩人たちが閉じ込められているのなら助けたいと言ってここまできたんだがな」
話をライドに振り、少しばかり心の距離を取っておく。
なんというか……異世界のホームレスな人なのだろう。俺も一歩間違えれば「草原が好きでここに住んでいる」と口にする日がきていたのかも知れない。
異世界に転移して初めてゾッとしたわ。
「大丈夫、恩なんて感じなくていいよ。それにさっきの金貨で十分だしね」
「それならいいんだが……仲間に代わって礼を。本当にありがとう」
閉じ込められている様子でもなかったので、ライドは再度感謝の言葉を伝えて満足した様子だった。
「好きでここに居るとはどういう事なんだ?」
深く関わり合いたくはない。が……やっぱり気にはなる。
「……それはね」
グーっと空腹を知らせる腹の鳴る音がした。
「主、それよりも夕食の時間だ」
巨体のラックは元の小犬だった姿に戻り首輪を嵌めていた。
どうしよう。どうしたらいいんだろうか。大きくなったり小さくなったりするラックよりも普段何を食べているのかの方がすごく気になる。
あーッ、くそっ! 静まれ俺の好奇心。
「それならみんなでくまなべにしようよ」
「熊鍋食べたーい」
「いいと思う。私も熊鍋が食べたくなってきた」
ロロアの提案に、トト、それにラックまでもが熊鍋に賛同してしまった。たぶんこれで良かったのだ。
「俺が皮を剥いでやるよ」
ライドも食べる気満々の様子だ。
トトたちがみつかってからなと言っていたし、仕方が無いので鞄から真っ二つになったアンダーベア亜種を取り出しライドに皮を剥いでもらうことにした。
「「てつだうよ」」
半身の皮を剥ぐライドの隣で、もう半身のベア亜種の臓物を引っこ抜いている双子がいる。
なんだこの光景……野性味溢れる双子の二人と鎧を赤く染めながらベアの解体作業をしている三人。そしてその背景には立体壁画となった地竜の姿。
この異様な光景を見ていると頭が痛くなってきた。
それに気がつくといつの間にか姫騎士とその取り巻きの姿が消えている。まぁ知り合いという仲でもないし声を掛けてこなくて当たり前か。
「いい毛皮になるだろうさ」
周囲を見ていると剥ぎ終わったベア亜種の毛皮を渡された。
「剥いだだけで鞣していないから、塩があれば内側に揉み込んでおいたほうがいいぜ」
「そうなのか」
ライドの言葉の意味をまったくもって俺は理解できていないのだが、どうやら剥いだ皮をすぐに鞣ず保管しておく場合は塩を内側に揉み込んでおくのが常識らしい。
ここは言われた通りに渡されたベアの毛皮に塩をふりかけて鞄に収納しておいた。
手馴れた様子でベアを解体していく三人。
まさかロロアとトトもここまで手馴れているとはな。
「こっちもおねがい」
「おう」
ライドはロロアに言われるまま、もう片方の皮を剥ぎ始めた。
双子が内臓の処理をしてライドが皮を剥ぐ。
あっという間に内臓を取り除かれ皮を剥がされたベア亜種が地面に横たわっていた。内臓も一つひとつ小分けされたみたいに各部位に分けて置かれている。俺の分かる限りでは心臓に肝臓、それに腸類などといった感じだ。
ここまで進むと逆にレジャーシートか何か最初の方で出しときゃよかった、と地面に直で置かれている内臓を見て思う。
「「よしッ」」
双子のかけ声で二つ同時にベア亜種の本格解体が始まった。片方を双子が、もう片方をライドが。
ロロアが腕と足の間接部分にナイフを入れて、トトが揺すりながら引っこ抜く。ライドはそれを一人でこなしている。
次に胴体部分が骨に沿って綺麗に肉が削ぎ落とされていく。俺は呆気にとられ黙ってその光景を見ているだけだった。
「終わった、終わった」
「こっちも、もうすぐおわるよ」
先にベアをばらし終わったのはライドの方だった。ライドは自分の担当した分のベアの解体が終わり、ロロアたちの方を手伝い始めた。
手伝うと言っても、腕と足に残されていた熊手を切り落としているだけだったが。
「「ふー」」
双子が大きく息を吐き出した。ものすごく一仕事終えました感が漂っている。
結局最後まで見入ってしまっていた。今度は俺の番かと、とりあえず野営に使っている椅子とテーブル、それに鍋を鞄から取り出し火を熾して料理の仕度をする。
「僕にも手伝える事はないかな」
野菜を切っていると、フォールも自分に何か手伝える事はないかと聞いてきたので、野菜を切るのをかわってもらった。
普段から自炊しているのだろうか、フォールも手馴れた様子で野菜をカットしていく。俺はフォールの野菜を切る手元を見て、これなら大丈夫だろうと思い、後は任せる事にした。
その間に少し離れた場所まで移動してラックを呼び寄せる。
「ラック、ここ掘ってくれ」
テクテクと短い足をリズム良く動かして寄ってきてくれたが、俺の言葉に少し不機嫌そうな顔色を浮かべた。
「私は犬ではない」
「犬だろ……。まぁいいか」
小犬の姿で居るラックに大きな穴を掘ってもらうのは大変だろうしな。
「フォール、ここにさっきの魔法で地面を陥没させてくれ」
「野菜切ってるから、ラックに頼んでくれないかい」
まな板と包丁で、カッカッカッと小気味よい音を奏でながら野菜を切るフォール。
チラリとラックを見てみると「ふんっ」と顔を背けた。
「あまり深くなくていいぞ。そうだな……俺の膝上ぐらいの深さまで頼む」
ロロアに渡していた杖が近くに転がっていたので、それを手にして半径二メートル程度の円を地面に描き込んだ。
ふてくされた様子ではあったが、
「主が言うのなら仕方ない。掘ってあげよう」
「そこに描いた丸ぐらいの大きさで。あと膝上ぐらいの深さな」
俺は自身の膝を手で叩きながら、このぐらいだぞ。と念を押した。
「わかってる。ええい!」
小犬が自棄になった様子で魔法を使った。地面が描いた円に合わせて光ると、そこからパリリと音をさせながら見事な氷柱が形を成していった。
氷柱そのモノを地面の内部から発動させたのだろうか、それとも単純に地面を凍らた過程で氷柱が発生したのか。俺から見てなぜ氷柱なのか窺い知るのは難しかった。
黙って氷柱の中に見える目的の地面を見ていると、氷柱がピキッとイヤな音を上げた。するとピキリピキリと無数に罅が入り始める。
そろそろ砕けるな。そう思った矢先、バリンッと氷柱が砕けた。地面に降り注ぐはずの氷柱の欠片たちは地面には直撃せずに消えていく。
なにが起きたのかわからない。単純に氷柱の重みで沈めたのか、それか凍らした地面を砕き割ったのだろうか。だが頼んだとおりの深さの穴ができあがっている事だけは確かだった。
さすが使い魔というべきか、ここ掘れワンワン的な感じではなかった。
「ありがとな」
ラックはまた「ふんっ」っと鼻を鳴らしてフォールの傍に戻っていった。
俺は空いた穴に水石を放り込んで水で満たした。その水の中に今度は魔力を込めた火石を投入する。
ポチャンっと水が撥ね、火石は穴の底に沈んだ。少し待ったが火石が水の中で火を熾す事はなかった。
ロケット花火なんかは水の中でもつくんだがな、やはり水の中で火は使えなくて当たり前か。
仕方なく穴の底に威力を加減した火柱を現出させてみた。水の中では火柱から細かな気泡がプクプクと現れはじめ、小さな火柱を維持する為に常時加減した魔力を火柱に注いでいると今度はゴボゴボと大きな気泡が出始めた。
一度火柱に注いでいた魔力の供給を止めると、徐々に水の中で小さくなりプクンと気泡を一つ残して消えてしまった。
水の中に手を入れて温度を確かめる。
「いい感じだ」
簡易風呂が出来上がった。
「おにくできたよー」
ロロアの声に俺は皆の居る場所に戻った。
テーブルの上にはブロック肉と化した美味しそうな肉塊がたんまりと積まれ置かれている。
「がんばった」
「ぼくも頑張った」
「二人とも凄いな」
そう言って二人の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。褒められればやはり嬉しいのだろう。二人とも少し照れた様子で「「えへへーっ」」と言っていたが、血と脂で服は真っ赤に染まり、かなり血生臭くなっている。
「俺も頑張ったんだがな」
寂しそうに言われても……えっ、撫でて欲しかったのか?
「さすがに撫でるのは……」
「そういう意味で言ってないからな」
「冗談だ。三人とも疲れたろ? 風呂を用意したから血を流すついでに少し浸かってくるといい」
「「おふろだー」」
ザブンッと服を着たまま双子が飛び込んでいった。
「ダンジョンで風呂に入れるとはな」
「頑張ってくれた礼だ」
「それじゃあ遠慮せずに」
兜を桶がわりにして鎧に付いた血を流し落としている。あれで鎧を着ていなかったらかけ湯だな。
血を綺麗に洗い流すと鎧のままザブンと湯の中へ。
「ラックも入ってくるか?」
「私は遠慮する」
「そうか、お前のおかげで三人とも喜んでくれたよ」
テーブルの前で詰まれた肉を見ながらそう言うと、
「ラックも入ってくればいいのに」
野菜を切り終わったフォールがラックを見ながらそう言っていた。
俺はあまりにも多い肉の量に、同じ様な肉は鞄へと収納しておいた。
「その鞄、便利そうだね」
「フォールも似た様な物があるだろ」
「そうだけどね」
今度は俺がフォールの向かい側に立ってベア肉を薄くスライスしていく。
「私は分厚い方がいい」
横から肉の厚みについてラックから注文が入った。
「スライスよりも分厚い方がいいのか?」
「トトも厚い肉の方が好み」
「こんなもんでいいのか」
厚めに切った肉をナイフと親指で挟み上げてラックに見せると、
「いい感じ」
小犬から肉の厚さにお墨付きを頂いたところで肉の準備もできた。鍋に昆布と水を入れて自在鉤に吊るして出汁をとる。
簡易風呂の方から「「「ふぁー」」」っと三人の人心地ついた声が漏れていた。




