32―激闘
すぐにでも距離を詰めて斬り伏せたかったが、ここは一度半球状になっている空間中央付近まで駆ける事にした。
近接戦が好ましい俺の戦闘スタイルだが、あのまま壁際での魔法使いとの戦闘は避けたかったからだ。
……氷柱プレスの二の舞はごめんだからな。
崩落した瓦礫の傍から魔法使いの居ただろう場所に視線を飛ばすが、すでに魔法使いは転移して俺の前に姿を現していた。
こいつに距離は関係ないか。
目前に居た魔法使いに躊躇する事なく刀を振るい近距離から炎雷拷撃を放った。炎の大波が魔法使いを呑み込もうとする中、その炎の陰に隠れて間合いを詰め一足で距離を詰めた。
魔法使いの影が炎の先で揺れたと思うと、炎は左右に裂け雷が魔法使いの眼前で消滅したのがわかった。一瞬何をしたのかわからなかったが、裂けた炎の切れ目から飛び出した俺は、そのまま魔法使いに斬りかかった。
だが刀を振り上げたまま飛び込んだ先には、自身の前に半透明の四角い障壁を創り出して炎雷拷撃を防ぎきった魔法使いの姿があった。
このまま斬りかかっても障壁に遮られるのは必然、それならばと、目標を障壁に変えて叩き斬ろうと黒刀を振り下ろした。
ピシッと刀が振り下ろされた箇所に亀裂が入る。
魔法使いは少し驚いた様子を見せたが、<よくできました>とでも言いたげな涼しい表情のまま、杖を軽く振り障壁をクルリと左に回転させた。
回転する障壁が俺の側面を叩きつけにくるのがわかり、柄尻で壁面を叩き止めた。
「魔法使いは詠唱が必要なんじゃないのか」
返答の無い魔法使いは、杖先で地面をコツンと叩くと、岩肌の地面は盛り上がり俺に向かって口を開いた。咄嗟に後方へ退きながら魔法使いの様子を見ていると、開いた岩口は閉ざされた直後、連携した魔法が
展開されていた。
あのまま退いていなければ岩に拘束され、地竜を重力で押し潰した重力魔法の餌食になっていただろう。
赤黒い光の円柱の中で、盛り上がった岩が押し潰されていた。気を抜けば一撃で仕留めにくる魔法を前に、冷やりとさせられる。
瞬時にまた距離を詰める為、魔法使いに向かって駆け出していく。距離を詰めようと迫ってくる俺の姿を目に、魔法使いは正面に乱立して浮遊する無数の火球を現出させ、そのまま杖頭を俺に向けて放ってきた。
ボスッと火球が纏った炎を揺らして飛んでくるのを、右へ左へと躱して魔法使いとの距離を詰めた。
障壁も無い。重力の円柱も展開されていない。このまま一気に終わらせる。そう思い、刀を掬い様に下から斬りかかろうとしたが、またも無詠唱で展開された魔法陣が頭上に現れたと思うと、先ほどと同じ矢の雨が降り注いだ。
「またそれかッ」
俺は魔法陣の有効範囲から逃れつつ、右に廻り込むように駆けていく。すると魔法使いは自身を矢で射抜かないよう注意を払っているらしく、好き放題していた先ほどと違い、魔法陣の向けられる動きが鈍くなっていた。
矢は俺の残影を射抜き続け、魔法使いの死角、背後に廻りこむことができた。チャンスだ、刀を振り上げながら一気に跳躍して、頭上から魔法使いに襲い掛かった。
宙を舞う俺に<それを待っていた>と言わんばかりの魔法が連続して襲いかかってきた。
跳躍し回避が難しい状況に陥ってしまっている俺を、地面に展開された魔法陣から鋭く尖った大地が伸びてくる。
見下ろす大地の先端に気を取られていると、宙では跳躍した俺を取り囲みに入る魔法陣が四方に展開された。
「チッ……」
無詠唱の魔法がここまで厄介なものとは。
発動寸前の魔法陣に囲まれた状況だったが、すでに俺の身体を貫きにきた大地が目前に迫っていた。業雷でその大地を砕こうと刀を振るったと同時に、四方の魔法陣からは業雷同様の雷が襲い掛かってきた。
業雷と魔法使いの雷でビシャンッと激しい音が耳鳴りをキンッと鳴らせると、業雷が直撃した大地の先端は爆散して消し飛んだが、周囲からの雷に襲われた。
一瞬の攻防の中、球状に形成した魔法結界で雷を凌ぐ事ができた。結界に直撃した雷は周囲に放電して消え去ったが、俺が結界を使える事も想定していたように、俺を見上げている魔法使いは新たな魔法陣をさらに俺の頭上へ展開させた。
杖を掲げた魔法使いの姿に気づいた俺の視線は自然と頭上に向いた。するとチラリと見えた黄金の魔法陣、刹那の時間、その優美な陣の姿に目が奪われたが、唐突に光の光線が俺の全身を呑み込んだ。
美しいと思わせた魔法陣とは裏腹の脅威。結界内にまで伝わってくる熱量が俺を蒸していき、光線の勢いで地面に落下させられた。着地はしたものの、魔法結界は許容限界を迎え亀裂が入りだした。
「まずいッ」
パリンッと結界が砕ける寸前に、多重結界を内側に発動させて結界を張り直すと、魔法結界は限界値を迎え砕け消えた。
未だ光線はその猛威を振るい続け、多重結界の外は真っ白い視界に覆われた。多重結界は物理、魔法を防ぐ万能型の結界だが、魔法結界や物理結界の様に、一つの理に特化した物ではないため、許容限界値が低い。
ものの数秒で光線を浴びる多重結界は砕け散ってしまった。成す術もなく光線に呑まれかけたが、頭上で光線を受け止めるように寝かせた刀が光線の直撃は防いだ。
刀身の刃が光を裂いて周囲の地面に乱降させる。降り注がれる光線は滝を受け止めさせられているようで、立っていた足は無理に地面へと下ろされ始めた。片ひざを地面に付けさせられながも、刀を振り抜いて業雷を光線を放つ魔法陣に放ち砕いた。
「はぁ、はぁ……」
体力を削られ呼吸が荒れた。さすがに連続して魔法を防ぐのはキツイ。
すぐ近くには魔法使いが居るが、追撃してくる様子は無さそうだ。
「上位魔法だけでは防がれてしまうようだね」
あれだけの魔法を放ちながら、まだ余力を残しているのか。
さすがに無詠唱の同時発動は反則だと口にしたくなるが、殺しにきた奴に何を言っても無駄だよな。
額から流れた汗が頬を伝い顎から垂れ堕ちた。
「皆は魔法の才能がないからと諦めてしまうけど、上位魔法は努力すれば誰にだって扱える魔法なんだよ」
地に片膝をつける俺を見下ろしながら言葉を口にする魔法使い。俺が魔法使い志望なら希望を持てる言葉なのだろうが、
「でもね、上位魔法のさらに上。努力と才能、その領域に到達する覚悟と強い意思がなければ行使できない危険な魔法もあるんだよ」
僕にはその魔法が扱えるんだと暗に明示されているのだと悟らされた。こいつは俺の心を折りたいのか……
肩で息をする俺に、そろそろトドメを刺そうかと、
「その一つがこの神域魔法だよ。裁きの拷問姫」
魔法陣は現れず、光の粒子がそれを形作っていった。
そうして魔法使いの頭上には開かれた棺桶を抱く女性の像のが現れた。棺桶の内側は鋭い針が所狭しと突き出していて、それを抱く女はまさに針の筵で拷問を行なう拷問姫だった。
満身創痍な状態でこんな物を出されれば、さすがの俺にも太刀打ちできるのか一抹の不安が過ぎった。
膝を地に付けた俺にできるのは悪態を吐くぐらいだろうか。舌打ちをチッと鳴らし、見下ろしている魔法使いを見上げながら立ち上がった。
「拷問癖があるとは、いい趣味とは言えないな」
「少しばかり心が痛まないでもないけれど、こうでもしないと倒せそうにないんだよ」
上位魔法で倒せ切れれば、と残念な表情の裏に見せた歓喜の顔。戦いの終止符を討つ喜びか、それとも戦い抜いた自分に酔い痴れているのだろうか。
次の見せた顔は、自分は満足していると物語っていた。
「終わりにしよう」
その言葉を皮切りに、棺桶の中から四つの鎖が伸びてきた。避けようと地面を踏みしめる脚に力を込めたが、それは瞬時に俺の四肢を絡めとってしまった。
抵抗しようと刀で斬りつけるが想像以上の強度に刃が通らない。そのまま強引に棺桶の中に引きずり込もうとし始めた。
簡単に引きずり込まれてなるものかと、全身に力を込めて踏み止まった。この状態で追撃でもされれば、四肢を拘束された俺に打つ手は無い。けれど、かなりの集中力を要するのか、無防備な俺を前にしても、魔法使いが追撃を加えてくる事はなかった。
魔法使いが集中すればするほど、徐々に引く力が増していき、ズルズルと引きずられ始める。あれはどうやらかなりの魔力と集中力が必要なようだな。
必死に耐える俺を一点に見据える魔法使いからは、これまでの様な小賢しい小細工は用意されていないのだとわかる。
「おいおい、黙って殺られるはずないだろ?」
連発魔法には苦労させられたが、ここで実力勝負に出るとは思わなかったよ。両手首に捲かれた鎖を握り締めて、今度はこちらから拷問姫を引き寄せに入った。
声をかけて強引に引き寄せてみれば、やはりと言ったところか、魔法使いはかなりの魔力を消費し続けているらしく、まるで緊張の糸が切れたように引きずり込もうとする鎖の力が弱まった。
俺はそれを好機と捉えて、力一杯に鎖を引き寄せた。ジャラリと余った鎖が足元で積み重なっていくと、魔法使いの顔色が曇り始める。
今度は魔法使いが引き寄せられないよう必死に耐えている状態らしく、俺は棺桶を抱く姫を地面に叩きつけてやろうと、渾身の力で引っ張り寄せた。
「拷問姫? 笑わせるな。それはただの棺桶姫だ」
魔法使いの前で地に堕ちた姫は黙って棺桶を抱き、伸びていた鎖は光の粒子に戻っていく。魔法使いは次の魔法を繰り出す事もなく「ふっ」と小さく笑うと、静かに俺を見つめた。
「拷問時間は終わりのようだな」
◇◇◇
「目が覚めたか、アルフォンス」
「私はいったい……」
「地竜の薙ぎ払いで我らは壊滅状態になり、あの魔法使いが地竜を沈めた」
まだ意識がハッキリとはしていないアルフォンスだったが、私の言葉を耳に徐々に意識がハッキリとしだしたようだ。そうしてアルフォンスは地面に半身を沈ませる地竜を見つめたあと、黙って私を見返してきた。
私は言葉よりも観た方が早いだろうと、中央で戦う二人に視線を向けた。アルフォンスは私の視線の先を追うように、黙って視線を重ね二人を視界に捉えた。
すでに他の団員はアルフォンスよりも先に目を覚まし、この場を離れるよう指示を出している。
「他の者はバレッドの隊と合流するよう上層に引き返させた。あとはお前だけだ」
目を覚ましたアルフォンスに状況を説明するが、何も理解できていないようだ。本来ならば安全を確立できていない所で、私を置いて傍を離れる事は無い騎士たちだが、今回この状況はあまりにも特質すぎたのだ。
ある騎士は私を無理やり連れ出そうとし、気絶しているアルフォンスを抱きかかえて撤退しようとする者も居たが、私はそれらを制止して目覚めた者たちだけを上層に向かうよう指示を出した。
それが尚更に、なぜ私たちしか居ないのであろうかと、アルフォンスが理解できていないようだった。
とりあえず水を飲ませてから状況を把握させると、
「地竜を倒した魔法使いは、味方と考えてもよいのでしょうか?」
「わからん。だが、我々の身を案じ、この場から離れるよう進言したのは確かだ」
頸を横に振りながらそう応えたが、アルフォンスの視線は戦闘を続ける二人の姿に釘付けになっていた。
「レイミア様……上位魔法を一度に複数も展開できるものなのでしょうか?」
魔法使いらしき白の衣を纏った男の魔法を駆使する姿を見て、信じられないと言った様子で私に尋ねてくる。
私はその答えを持ち合わせておらず、盛り上がる大地と複数の雷が飛び交う光景に呆然とするアルフォンスに激励を飛ばした。
「我々の任務はなんだ!」
常識が崩れていく様に呆気にとられていたルフォンスは、我に返ったように立ち上がった。
「はっ。新たなダンジョンの出現に伴い、国の脅威となる魔物が現れていないかの確認。そして存在の確認が取れ次第、それを殲滅。もしくは殲滅が不可能であれば、できる限りの情報を収集し、報告しろとの命であります」
胸に片手を押し当てハキハキと口にしたその姿に、やっと正気に戻ったかと安堵しながら、互いに感じた事を擦り合わせいった。
「よろしいアルフォンス。お前はこの状況をどうみる?」
まさに今現在、視線の先では国の脅威と成り得る力を持った二人が戦っている状況だった。地竜が一番の脅威だと邂逅一番にそう認識させられたが、地竜から向けられた圧力などあの二人と比べれば、もはや犬の遠吠え程度。
「……私は、バレッドの隊と合流し、一度地上に戻り作戦を練り直す事を愚心致します」
聞きたいことはそうではなかったが、どう応えたところであの二人を拘束する事は不可能だろうの。
「そうだな。我々二人ではあの二人のどちらが生き残ろうとも、どうにもできようがない。だがどちらが生き残るのかは見届ける必要がある」
私の言葉に黙って頷いたアルフォンスはその場に残る事を了承した。
どちらがここで敗れようとも、戦いの行方を見届ける事がこの国には重要となるであろう。
しかと見届けさせてもらうとしよう。




