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30―地竜の棲処


「 予想を裏切る結果だな」


 空洞の最奥まで到着したが、結果は行き止まりだった。向かいたい方向に続く一歩道なんて、旨過ぎる話だとは思ったが。


 とにかく、魔物が一体この先に居たはずだと探知察知を確認する。やはり距離的には目と鼻の先なのだが、赤い光点が一つだけではなくなっていた。

 一本道を進んできただけなのでそれほど時間は経っていないはずだが、どうやら今しがた俺の目印としていた魔物と邂逅した者たちが居るようだ。


「誰か魔物と戦っているのか、数が多いな」


 密集する青い光点が赤の光点と対峙している。多人数でダンジョンに居るのはおそらく騎士団だろう。

 行き止まりを前に引き返すか迷ったが、この先に騎士団が居るということは俺の閃いた、魔物を目印にもあながち間違ってはいなかったようだ。


 となれば(はぐ)れてしまった二人も、いずれは騎士団の通ってきた道を進んでくるに違いない。もう一つ開いていた空洞から進めば、この先に辿り着ける可能性もある。

 だが壁一枚向こうに正しい道があるんだ。ダンジョンを彷徨うのは鎧だけで十分だろう。


「仕方ない。吹き飛ばしてみるか」


 考えは岩壁を破壊し、強行手段を取るという単純な思考だ。壁の向こうに人が居る。それだけでちょっとテンションが上がっているからな。


 でもま、冷静に考えれば、刀で斬っても岩壁は崩れないだろう。

 岩壁を破壊できなそうなスキルを思い浮かべたが、雷炎特化だからこの狭い通路内では自爆しかねない。それに単純に魔力の刃を飛ばす居合い抜きでどうにかなりそうな気もしていた。


「一度試してみるか」


 鞘に収まっている黒刀(クロユリ)に迅雷を発動させ、魔力を纏わせる。

 岩壁が斬れる程度の加減がわからず魔力を十二分に蓄え終わると、黒刀に添えた左手親指で鍔を押し出す。キラリと光る黒い刀身が鞘から現れる。そのまま柄を掴み、居合い抜きを放った。


 今までで最も魔力を蓄えて放たれた魔力の刃は、これまで以上に斬れ味を研ぎ澄ませていた。岩壁には縦向きの薄い線が刻まれる。

 斬ったのかも怪しまれる斬痕に指を滑らした。


「斬れてはいるようだが、岩壁は崩れないか」


 思っていたのと少し違った。亀裂でも入ればと突破口として申し分ないだろうと考えていたのだが、紙切れ一枚も通せないほど薄く斬れてしまったのでは、亀裂どころか岩壁に歪みを与える事すらかなわない。

 仕方なく斬り崩すという考えは一度置いておくとしよいう。


 少し考え代案を模索する。

 単純に数撃、魔力の刃を放ち、人が通れる程の穴を斬り抜くのはどうだろうか。


「ブロックを切り抜く要領ならいけるんじゃないか」


 魔力の刃を三度追撃し、四角く斬り終えた岩壁を前蹴りで押し飛ばしてみる。


「いけたな」


 ゴロリと穴の向こうに落ちたブロックは、俺を魔物が居た空間に招待してくれた。

 開いた四角い窓から中を覗き込んでみると、全身を硬そうな黒鱗で包まれている蛇か蜥蜴ともわからん巨大な魔物が視界に飛び込んできた。

 身体は蛇の様に長い体躯だが、頭部は蛇と呼ぶよりは蜥蜴と言った方が近い気がする。その姿を見て、まず思ったのは地を這う龍。


 もしも宙にでも浮いている姿が見れたなら、(ドラゴン)と呼ぶよりも、まさに天を舞う昇り龍だろうな。


「こいつがライドの言っていた地竜(アンダードラゴン)か」


 その地竜と今まさに騎士団が交戦している最中だった。

 穴を潜り抜けて中に入ってみると、広大な空間を取り囲む岩壁は、半球状になったドームを形成していた。


 時折、微弱な地揺れを感じていたが、おそらく地竜が暴れていたのだろう。中央付近の天井は崩落を起こし、瓦礫が周囲に散乱していた。


 騎士団は奮闘しているのか、地竜は尾を斬り飛ばされて激昂した姿を晒していた。あんな巨体をよく斬ったと感心してしまうほどだ。


 <地竜>対<騎士団>の戦闘中だという状況は理解できたので、それ以上は戦いを続ける両者には目もくれず、騎士団が通ってきただろう空洞を目で探した。


 すると地竜と騎士団の双方の背後に空洞がひとつずつ開いている事に気がついた。

 俺の通ってきた空洞は半球状の空間を左右に割ったちょうど中心に抜けたようだ。


 どちらに進むか。


「普通に考えれば騎士団側にある空洞が上に繋がる空洞だよな」


 騎士団がこの階層に降りてきて地竜と対峙したと考えると、それが一番しっくりする。どこも似たようなただのドームの中、わざわざ背後に廻って陣取るような事もしないだろうしな。


 騎士団の背後の空洞を目指そうと決断した俺は、戦闘の邪魔にならないため岩壁に沿って歩いていく。


「今日は岩壁に寄り添う日なのか?」


 【雷竜の鉤爪】で岩壁削ったり、【居合い抜き】で岩壁を抜いたり、岩壁に手を添えて歩いてみたりと、壁、壁、壁の壁三昧だ。

 俺の真の敵は壁かもしれない。

 ……なわけないか。



◇◇◇


 空洞を抜けて下層へと下りると、そこにはドーム型の空間と、中央でとぐろを巻き鎮座する魔物の姿があった。果たしてあれを魔物の一言で片付けてしまってよいものか。

 こちらに気づいた様子で視線を向けてきたが、私たちを相手にする様子もない。


 黙っているのならばと、今の内に隊の陣を敷こうと盾兵を地竜の警戒に当たらせた。


「駄目ですレイミア様。盾兵三人では地竜(あれ)を止める事はできません」


 私の命により盾兵を三人、前線に配置したアルフォンスであったが、こちらが陣を敷く時間も稼げないあり様だ。

 盾兵を前にした地竜は先ほどまでとは様子が違い、これ以上近寄れば開戦の合図と見做(みな)す。と警告するが如く、尾で地面をバシリと叩いた。石礫(せきれき)が否応なく周囲に飛び散り、飛散したいくつかの(つぶて)が盾兵の盾をカカンッと鳴らした。

 まだ地竜と私たちとの間に盾兵を配置しただけだが、地竜が豹変したと思った魔法使いは後方から盾兵に向かい防御力を上昇させる魔法を飛ばした。


 盾兵の身体が青い光に包まれ消えていく。魔法の効果があったことが窺えたが、その魔法が開戦の合図となってしまったらしく、とぐろを捲いていた地竜が首を上げて尾を地面に滑らしながら前衛に居た盾兵を薙ぎ倒してしまったのだ。


 アルフォンスが飛ばれされた盾兵を目にしながら、地竜はそう易々とはいかぬようだと私に報告したのがつい今しがたの事だ。

 ならば、


「隊を二分しこの場で地竜を叩く。アルフォンスは盾兵と魔法使いを連れて右側面から魔法を放て」


 アルフォンスの部隊には飛ばされた盾兵と合流させ、魔法使いの一撃を浴びさせる。


「残りは私と共にこい!」


 地竜の注意を引きつけると騎士たちに伝え、アルフォンスが率いた魔法使いたちが右側面に廻り込む時間を作る。

 正面から堂々と地竜に突貫にし、地竜の注意はこちらに向いた。蹴散らした盾兵たちに追い討ちをする様子はない。


 肉体は既に魔法使いによって強化済みだ。跳躍すれば地竜の鼻先に剣が届く。


「散開しろ。私は正面から地竜を叩くッ」


 前に出ていた尾に接近したところで、騎士たちを周囲に散らしつつ、私は尾に向かって駆けた。

 胴体は蛇の様に太く長く、表面は竜の様な黒い鱗に覆われた地竜に向かい、私を中心に左右から挟撃を仕掛けに向かう騎士たち。

 

 私たちの行動を見てから、尾を下げ胴体を後方に伸ばし直す地竜。高く上げられた頭部はそのままに、正面から駆け寄る私を睥睨したあと、左右に散開した騎士たちを横目に追っていた。


 我に挑むか……相手にもならん。

 そう言いたげな目をした地竜。弱者を甚振るは本意ではないと、その振る舞いが物語っていた。

 地竜を前に、そう思った自分が腹立たしい。


「これが地竜か――相手にとって不足なしッ!」


 魔法使いに施された肉体強化魔法を駆使し、高く跳躍して地竜の頭部に剣を突き刺したが、硬い鱗に阻まれ、振られた頭部に弾き飛ばされた。

 宙で体勢を整えながら着地した場所は盾兵らが飛ばされた位置だった。首を傾け、未だ私を睥睨し続ける地竜を見上げた。


 他の騎士は地についている地竜の胴体に斬りかかっているが、硬い鱗に阻まれ傷すらつける事もできないでいる。


 後方に待機させていた従士が弓で支援射撃を放ったが、頭部の鱗に弾かれた矢はバタバタと地面に零れ落ちていく。

 斬り付けた感触も、岩を叩いた気分だ。


「さすがに硬い鱗をしている」


 頭部の直撃を防いだ剣は、数多の魔物を屠ってきた強靭な剣だ。けれどもその刃は微かに欠けてしまっていた。


 欠けてしまった幅広の剣を見ていると、


「レイミア様、準備が整いました。いつでも放撃(ほうげき)できます」


 背後から声をかけてきたのは右側面に廻り込ませていたアルフォンス。


「よし。一斉に放ち、頭部を吹き飛ばしてやれ」


 魔法――放てッ!


 欠けた剣の切っ先を地竜に向け掛け声を飛ばすと、背後に居た魔法使いたちが呼応して私の前に出た。

 騎士たちも私の掛け声に地竜から素早く距離を取る。横並びに展開された魔法陣から詠唱を終えた魔法が、地竜の頭部に向かって放たれた。


 それぞれに放たれた、火球、雷、風刃が地竜を襲う。


 メテオほどの大きな火球が頭部に直撃し爆散する。黒煙が漂う中、放たれた雷が地竜の首に直撃し、頭部や胴体を駆けずり回った。

 まだ雷が胴体を這っている中、風の刃が頭部を切刻みにかかった。


 三つの属性が一度に襲ったのだ。何か弱点が在ればよかったのだが、地竜は平然としながら私を含むアルフォンスの率いる部隊に向かって尾を振った。

 胴体をこちらに向けなおし、左側から迫ってくる尾。避けようにも迫ってくる尾は、さながら意志を持つ巨木のようだ。

 跳躍し飛び躱そうにも、その尾は軌道を変えて迫ってくるに違いない。


「受けきれ盾兵!」


 迫る尾に向かって飛び出した盾兵は、盾を構え尾を受け止めにかかった。魔法使いが再度、防御力上昇の魔法を施す。肉体強化と違い、防御力上昇は衝撃に耐える事に特化された、言わば受身の強化魔法。


 されど薙ぐようにして振られた尾は、全身鎧(フルプレート)の重装備をした盾兵を、またも軽々と三人の盾兵を宙に飛ばしたみせた。


 宙を舞った盾兵。薙がれた尾は盾兵の盾ですら勢いを弱める事はできず、あたかもそうなる事が当たり前の様に振り抜かれた。

 どれほど自由に動かせると言っても、尾の長さには限界がある。後方へと跳躍したところ、尾の先端が眼前を掠める中、壁際に回避する事で辛うじて躱す事ができた。


 慌てて回避行動を取った事で、ふらついた足は膝を地面に付けてしまう。

 地竜が薙ぎ終わった直後の尾を高く掲げなおす姿に、着地と同時にポツリと小言が洩れた。


「化け物め」


 背には岩壁。

 一塊となってしまった部隊は、体勢を立て直す猶予すらなく、頭上から尾を叩きつけられた。


「「「現れよ障壁」」」


 魔法使いたちの咄嗟の機転により、現出した障壁に護られた。魔法使いの現出させた障壁は位置の固定と障壁の具現化の両方を同時に扱いながら継続しなければならず、魔力の消費が甚大だと聞いている。

 すぐにも魔力が枯渇し、障壁自体が崩れると思ったが、障壁は岩壁に寄りかかる様にして位置が固定されていた。


 地面に立った板が壁に寄りかかる様にして倒れた格好となっている障壁。私たちはその間に出来た小さな空間に身を寄せる事になっていた。

 けれど寄りかかって位置が固定されたおかげもあり、魔法使いたちは障壁の維持だけに集中する事ができていた。


 魔力を障壁の維持にだけ充てた魔法使いたちは、尾の直撃を防ぎきる事に成功した。地竜は何度かバシバシと尾の先で障壁を叩き丈夫さを確かめていたが、想いの外頑丈だった障壁に尾を一度後方へと下げた。


「助かったぞ」


 魔法使いたちに労いと礼を口にし、障壁を解除させる。

 私たちに追撃をさせぬため、騎士たちは声を荒げながら地竜に挑み掛かり、地竜の意識を自分たちに向けさせた。

 その間に体勢を立て直すため、飛ばされた盾兵の元へ急いだ。


「立てるか?」


 倒れた盾兵たちを魔法使いが回復魔法で癒し始める。


 すでに陣形と呼べるものは無くなっており、下りてきた空洞付近で援護射撃を行っていた従士たちを、アルフォンスに指示を出し、一度こちらに集めなおした。


 入ってきた空洞とは反対側付近まで移動する事になってしまった。


 半球の空間の中央で騒ぐ騎士たちを、地竜は鬱陶しがるように尾を振って散らし始めた。もう戦いとは呼べない光景だったが、突如、地竜が振り回していた尾が斬り飛ばされ宙を舞った。


 ドスンと地面に落下した尾を目に、何が起きたのか理解できなかった。騎士たちの誰かが斬り飛ばしたとも思えぬ。

 地竜に襲い掛かっていた騎士たちも目を丸くしながら、周囲の仲間に視線を向けている様子だった。


 斬られた地竜すら、誰も状況を把握できていない。


 ただ痛みが後から押し寄せてきたようで、地竜は唸り声を荒げ悶え始めた。

 先の飛ばされた尾で地面を何度も叩き、悶える様に地面を這い進んだ。


 なぜ尾が斬り飛ばされたのか理由はわからないが、地竜が這い進んだ先は下りてきた空洞がある側の岩壁だった。そのまま頭部が岩壁に衝突すると、痛みで我を失ったかのように見上げた中央の天井に向かって耳を(つんざ)く咆哮と、眩い光線が大きく開かれた口から放射された。


 天井に直撃した光線は天井の一部を抉り取りながら瓦礫の崩落が始まった。

 急ぎアルフォンスは騎士たちに向かって手信号を送り、こちら側に下がらせ地竜と距離を取らせた。


 落ち着きを取り戻した地竜が、一塊になった私たちに激昂した眼差しが向けられる。剣を構えたアルフォンスを含む騎士たち七人と、盾兵が私の前に躍り出た。


 視線が交差しているだけで、地竜も迂闊に動こうとはしない。剣撃は意味を成さず、魔法も効果は薄い。

 戦闘が膠着状態となっている隙に、杖を手に後方へ退く三人の魔法使い。それに準じて従士の三人も後退して後衛位置に着きなおした。


 さて、どうしたものか……ん?

 視界に移ったのは地竜とは関係のない岩壁が、ひとりでゴロリと崩れて転がってみせた。


「アルフォンス、あれは何だ?」


 思いもよらぬ位置から現れた人物を目に、 


「冒険者でしょうか。横穴の類は空いていなかったはずですが」


 私に背中を向けたまま応えた。

 どこか見覚えのあった風体に、


「あの男は昨晩の冒険者だ。先ほどの尾を斬り飛ばしてみせたのは、あの男の仕業だ」


 なるほどと得心がいった。昨晩の抜刀の速さ。斬撃を放つスキルを持っていても過言ではないだろう。

 騎士たちの列から剣を下ろし、地竜を見つめ後ずさりながら私の傍にやってきたアルフォンスは、


「何を言っているのですか。これだけの距離で地竜の硬い鱗を切裂く魔法やスキルの類は聞いた事もありません」


 有り得ないと言い切るアルフォンスの言葉だが、剣先を地面に衝き立て、


「我々でない事は確だ」


 動き出す様子のない地竜を他所に、男の動向に視線が向かった。


「それにしては様子がおかしくありませんか? あの男は地竜を避け、こちら側の空洞を目指しています」


 アルフォンスは「おそらく地竜の足止めを我らにさせ、自身は下層に向かうのでしょう」と手振りと言葉付け足し男の姿に終始視線がいっていた。


 確かにこの階層に姿を現したかと思えば、地竜を刺激しないよう壁に這う様にしてこちら側に向かってくる。

 アルフォンスの言葉に納得はいっていないが、今のあの男の姿を目に、あれが地竜の尾を斬り裂いたとも思えなかった。今はあの男の事は深く考えず、地竜討伐に専念するとしよう。



◇◇◇


 壁際を歩きながら騎士団側の空洞を目指していると、姫騎士たちから冷たい眼差しが向けられている気がした。

 手伝えと言う事なのか? 地竜と戦っている暇はないと思いつつ、どこか居心地の悪さを感じながら歩み寄っていく。すると念のためにと常時発動にしておいた探知察知に突如、赤い光点が現れた


 その赤い光点の何かが騎士団側の空洞、俺の向かっていた暗闇の中から抜け出てきて姿を現した。


 真っ白い生地に金の装飾が施されたローブで全身を包み、水色(アクアブルー)の真っ直ぐと伸びた長い髪。丸い水晶が杖頭を飾り、その杖を握るその者は、さながら賢者を彷彿させる容姿をしていた。


 これが白髪のじいさんなら賢者間違いなしと思える演出だが、現れたそいつは周囲を一平して状況を把握すると、俺に用があると言いたげな視線を向けてきた。


 騎士団や地竜が居る中で、明らかに俺に対してのみ敵意を抱いている様子だ。

 氷の様に冷たい眼差しを向けられると、全身を悪寒が駆け巡り俺の足を止めさせた。


「……何者なんだ」


 おもわず声が洩れた。空洞から現れたそいつの次の行動を窺っていると、俺に向けて容赦なく長距離からの遠距離魔法を放ってきやがった。


 無詠唱からの不意をつく魔法。これが近距離だったならば即死コースだ。現れた魔法使いは俺を殺そうとしている事は明白だった。

 

 俺は身体強化を施し、放たれた氷柱を高く跳躍して回避行動に出た。


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