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25―地下四階層 情けは己を危険に晒す①


二人の熊鍋への期待値が異様に高かったのはさておき、盾を手に戻ってきたライドには一言すまないと謝罪しておいた。


「あの状況じゃ仕方なかったしな。それに盾で横穴に蓋をするのは危険だと、良い経験ができた」


 冒険者なりに良くも悪くも経験を積んでいるようだ。

 今回の戦闘で肩に傷を負ってしまったがアンダーベアを収納しながら自然治癒を発動したからか、おかげで傷口はものの数分で塞がった。


 二人が裂けた服をチラチラと何度か見ていたのには気づいていたが、肝心の怪我がどこにも無いので傷を負ったとは思っていないようだ。

 服は破かれただけで、血溜まりの中に沈んでいたアンダーベアの返り血を浴びたのだと解釈したみたいだ。

 その証拠に、


「くっまなべ、くっまなべ、ランララーン」


 鼻歌交じりにスキップをしているロロアは熊鍋で頭がいっぱいのようだった。

 その姿にさっきまでの闘いが噓のようにピクニックムードが漂い始めている。

 出発前にしばし雑談をライドが投げかけてきた。


「なんでそんな美味い料理を作れるんだ? それに俺の知らない料理ばかりだし」

「異国の料理だ。独り身で生活していたら自然と身につくもんだ」

「俺は料理なんかしたことないけどさ」


 独身自慢大会でも開くつもりか?

 まあ冒険者なんてしていたら宿屋が家みたいなもんだろうし、一所に身を落ち着ける事もできないのか。


「料理はどちらかと言えば好きな方だしな。するか、しないかはそいつの勝手だ」


 そんなものかとライドが一言洩らしたところで、ロロアも静かになったようだ。

 今は冷静に出料理の手順でも想像しているようで、


「ゆうきゅうそう、つんでてよかった」


 どうやら悠久草は香草としても使えるらしく、ライドに悠久草もあるからねと伝えていた。

 それだけで何が伝わるのかとライドを見てみると、


「熊肉独特の臭みも消してくれるんだ」


 豚や牛の肉の臭みなら生姜と酒で煮込めば十分だろうが、やはり熊は独特なようで悠久草が臭み消しの香草としてはピカイチ(一番)のようだ。


「かんぺきだよ」


 そう言って胸を叩いてみせた。

 熊肉は食べたことがないんだが、なんだか俺も熊鍋はきっと美味しいんだろうなと待ち遠しくなってきた。


「早いとこ三階層を抜けるか」


 俺の言葉に二人は頷いてみせた。

 すると隊列の組み方が定着したようで、俺、ロロア、ライドの順で二人とも俺の背後へと移動を始め、


「じゅんびできたよ」

「こっちもオッケーだ。曲がり角に差し掛かったら声をかける」


 ロロアはわかる。まだ幼いし戦えないしな。

 だがな……お前(ライド)はそれでいいのか? 確かに俺が後ろは頼む。みたいな雰囲気でダンジョンに潜った。潜ったけども、内心では、お前が地図持ってるんだから先頭行けと言いたい気分だ。


「ロロアはできるだけ俺の背後に、ライドは……」


 振り返り声をかけるとロロアは黙って頷いたものの、地図を確かめていたライドは俺の方へ視線を向け直すと、ハッと地図を持つ手に気づいたようで瞬時に目を逸らしやがった。

 そのとき呆れて声も出なかったが、とりあえず一言だけ言い残した。


「……後ろの警戒頼むわ」


 コクコクと頷いたライドは、


「地図、渡しておこうか?」

「いや、さっき言っていた通り声をかけてくれ」


 そうして俺たちは改めて先に進み始めた。

 この階層に下りてすぐ小休憩に入ったので、次の螺旋空洞までは距離があった。


 道は長く、ひたすらに光球が照らす空洞を進んだ。闇の向こうにはまだ先が伸びていて、いつまで同じような道を進めばいいのかと気が遠くなる。

 ライドが声を掛けてこないところをみると正しい道を進んでいるようだが、初見で地図が無ければどこか曲がりたくなるのが心情だろう。


 いくつも開いた横穴に警戒しながらも、最初に出くわしたアンダーベア亜種以外は近くに居ないようだ。熊型の魔物同士でも個々に縄張りがあるようで、この空洞は亜種の縄張りだったのだろう。


「あの空洞を抜ければ次の階層だ」


 唐突に声をかけられ開いた空洞を確かめた。

 たしかに右側の岩壁には今進んでいる空洞よりも狭そうな入り口が開いている。同時に俺たちが進んでいた前方からこちらに進んできている青い光点が無数に探知察知に反応を示していたため、中には入らずに一度入り口前で立ち止まった。


「少し待ってくれ。空洞の先から何か向かってくる」

「魔物か?」

「いや、かなりの数だが魔物ではないようだ」


 ロロアはひょこりと岩壁に開いている空洞の中に身を潜め、岩壁に身を寄せながら俺の向ける視線の先に顔だけ出して覗いていた。

 ライドもロロアの隣に立って念のためにと盾を構え身構えた。


「ライドはその空洞の中を警戒していてくれ」


 前方に向かって、俺たちの周辺を照らす光球とは別の新たに現出させた光球を先行させた。

 そのまま奥へと移動させながら暗闇の中を確認すると、


「なんだこの明かりは!」


 奥からはガヤガヤと声が聞こえてきたが、空洞の中から最初に響いてきた声に聞き覚えがあった。


「あれは先に潜った騎士団だな」


 たしか、バレッドと名乗っていた姫騎士の副官をしている片割れだ。

 静まれとバレッドが口にしながら、俺たちの居る入り口に近づいてきたので、指をパチンと鳴らして光の球を消した。

 するとやはりと言ったところか、松明を手にしたバレッドの姿を現れた。

 その背後にはぞろぞろと騎士団の面子が連なっている。


「貴様らもここまでやってきたのか。そこを退()け! 我らが先を行かせてもらう」


 横に開いた空洞よりも一歩前に出て、騎士団に対しても警戒はしておく。人間同士と言えど不意を付いてくる可能も否めない。

 それに先を急いているのか、バレッドが奮起している様子が見てとれた。


 その様子に、どうせ俺たちに追いつかれ躍起になったのかとも思ったが、どうやらそうでは無いようだ。昨晩居た姫騎士ともう片方の副官の姿、それに後続に続く騎士団の数も半数近く数を減らしている。

 向こうから引き返して来ているという事は、行き止まりにでも差し掛かったのだろう。


 騎士団たちの様子を見ていたライドが背後から、


「向こうから戻ってきたって事は迷子だ」


 ふふっと小さく笑ったライドは、騎士団がダンジョン内の構造を把握していないのだと気づき地図をすぐさま盾の内側に隠したようだ。

 が、それも口に出してしまえば意味がない。

 バレッドに聞こえていたようで、


「どうやらお前は進むべき道がわかっているようだな」


 そう口にしてライドをジロリと見ると、次に視線を落として横穴の空洞から顔を覗かせていたロロアを見つめた。


「なんだその子供は。魔族ではないのか!?」


 バレッドに言われてロロアは徐にフードを被った。

 小休憩していたときにフードを脱いでいたロロア。俺やライドも片角を別段意識する事もなかったのでフードを被るよう指示はしていない。

 ライドからしてみれば少しは打ち解けたと喜んでいる節があったほどだ。


 だがバレッドや騎士団からしてみれば、その角は魔族の確たる証拠。

 ロロアの存在を認識したバレッドたちは、魔族を連れている俺たちに怪奇な視線と、ロロアに対しては侮蔑な眼差しを向けていた。


 これにはライドも苛立ったようで、


「この階層を散々彷徨い、やっとの思いで描き上げた地図なのでしょう」


 バレッドたち貴族に対して礼を欠かないよう胸に片手を当てながら、地図を確認していた騎士を見つめたあと、バレッドに視線を戻した。

 ここまで引き返してきたところに俺たちが開いた空洞の前に居るとなれば、ロロアが身を寄せている横穴が正解なのだ誰でも察しがつくだろう。

 それを見越してか、


「冒険者の(ケツ)を追って地下三階層を網羅したとなれば騎士の名折れでしょうし、そちらに先をお譲りしますよ」


 一礼して見せるも、言葉は皮肉交じりの嫌味を口にしていた。

 この空洞が正解の道ですと暗にライドが示してみると、そのぐらい察していると言いたげに、ふんっと鼻で嘲笑った。


「バレッドと言ったか。他の仲間はどうしたんだ?」


 ロロアに向けられている眼差しは看過し難いものがあるが、俺たちの目標は弟のトトロを探し出すこと。向こうもライドの皮肉は受け流したんだ。こちらも相応の器量で接すればいいだけのことだ。


 なので俺は女騎士のレイミアがいないことに率直な質問をぶつけてみたのだが、


「貴様には関係のないことだ!」


 フンスと鼻息を荒くし、バレッドは後方の騎士団を引き連れ空洞の中に入っていった。ロロアはズカズカと歩み寄ってくるバレッドから逃げるよう元居た空洞の側に小走りで移動を済ませていた。

 空洞の中へ入って行きながらも、後に続く騎士や魔法使いたちは俺たちを見ては渋い表情を浮かべていた。


 人と魔族が一緒に行動している事がそれほど不愉快なのか、歓迎されていない事は明白だった。

 まぁそれよりも今回はライドがバレッドに引かなかったのが一番の驚きだ。騎士たちが全員空洞の奥へと姿を消したのを確認したあとにライドに声をかけてみた。


「あまり騎士団と関わらない方が良かったんじゃないか?」

「昨晩の食事の恨みだ」


 クスッと笑ったロロアは、


「たべすぎてうごけないっって、おなかいっぱいそうだったのに?」

騎士団(あいつら)のせいで美味い食事が冷めてしまったのも事実」


 ロロアもそれには同意だったようでウンウンと頷きながら、次は熊鍋が待ってるよと伝えていた。

 それに他人に何を言われようが物怖じしなくなったところを見ると、ロロアの心境も変わったのだと理解することができた。

 これはたぶん片角を見ても態度を変えなかったライドの存在が大きかったかもしれない。そこだけはこいつに感謝しなければな。


「行くとするか」


 俺の言葉に二人は頷いてみせ、俺たちは騎士団の後を着ける形で先に進んでいく。狭い空洞での団体行動でもスムーズに先行している騎士団の後ろ姿が見えた。

 時折横穴が開いていたので振り返りチラリとライドに視線を向けるが、問題無いと無言で頷いていた。


 騎士団は横穴や三叉路にさしかかっても一考することなく進んでいく。その姿にライドが、


「一つひとつ潰し歩いたみたいだな。残るはこの(ルート)だって感じだ」


 俺もロロアと二人できていれば、この階層を彷徨う事になったのではと想像するとゾッとするな。

 少しして騎士団の数が減り始めたのに気づき、


「どうやら次の階層に降りる螺旋空洞についたみたいだな」


 後ろの二人にそう声をかけ、俺たちも騎士団に続いて四階層に降りた。


「本当にダンジョンの中なのか?」


 思わず疑ってしまう光景。地下二階層も壮大だったが、目に映る光景はそれとは別の自然の猛威。


「俺も初めてきたときは驚いたさ」

「ここ、とおっていくの?」


 さすがのロロアも少し弱腰な姿勢を見せた。

 螺旋空洞を抜けた先には半円状の大きな足場があり、そこは比較的安全だとも言える。だがその先には崖向こうにかけられた吊り橋を連想してしまうほどの細い一本道。もちろん両側に壁なんて無く、あるのは深淵を彷彿させる闇だけ。


 螺旋空洞を下りて行く最中、薄っすらとまたも数多くの青い光点が探知察知に映っていた。

 どうやら上下、地下と空に関しては色の濃度で光点の映り方が変わるようだ。地下四階層に下りると青い光点がハッキリと映し出されたが、その姿は未だ視認できていない。


 両際が断崖となっている細い一本道に釘付けとなっていたが、一応青い光点の存在も確認しようと周囲を見渡してみる。

 左右に首を振り視線だけで探してみるが、騎士団と俺たち以外は何も居ない。青い光点なら問題無いだろうと、俺はどこかに潜んでいる何かを気にすることをやめた。


 頬をかるく撫でていく程度の風しか吹いていないことが唯一の救いだと思いながら、細い一本道を二人一列で進み始めた騎士団の後ろ姿を眺めていた。


「この階層にも魔物が出るから早いところ渡っておいた方がよくないか?」


 ライドのそう声をかけられはしたが、


「だが騎士団が邪魔だ。奴らが進み終わるまで待つしかないだろう」


 こればかりはどうしようもない。休憩ついでにロロアに武器を渡しておく事にするか。

 もちろん戦わせる気はないが、視認できていない何かが居るのは確かなので、念のためにと用意する。


 その場で腰を下ろして胡坐をかき、鞄を膝の上にのせて開き、ロロアでも使えそうな武器を確かめる。

 さすがに念のためと言っても近接戦を前提に考える事はない。あくまでも身を守る一つとして取り入れるだけなので、中遠距離戦が可能な杖を見繕った。


「【火球(ファイアボール)】を放てる魔法の杖だ。もしもの事があったらファイアボールと唱えるだけで近くの魔物から順に攻撃してくれる」


 呼び寄せたロロアに手渡したのは、ロロアの身長を少し超えた程度の杖だ。これが一番短い杖なのだが、さすがに子供には不釣合いな格好となってしまった。


「さすがに長いだろ」


 たしかに……ライドの言葉に思わず共感してしまい苦笑を浮かべてしまった。

 一度手渡した杖を受け取り、鞄から取り出したダガーで杖を削る事にした。三分の一ほど杖の先を削り、ロロアに持たせてみる。


「まほうつかいになったきぶんだね」


 小さな魔法使いの誕生だ。

 ロロアの胸元ぐらいまで短くした杖は軽くてちょうど良い按配のようで、杖の細くなった先を握り杖頭を軽く揺らしていた。


 あとは一応確認だ。付与されている火球(ファイア・ボール)が機能してくれれば問題ないだろう。

 立ち上がってロロアはそこに居ろと声をかけて少しだけ距離をとった。


「俺に向かってファイアボールを放ってみろ」

「あぶなくない?」


 小首を傾げて見せるロロアに、


「大丈夫だ。気にせず放って来い」


 わかったと頷き、


「いくよ! ふぁいあぼーるー」


 杖を前に突き出し魔法使いさながらのポーズを決めると黒衣を靡いた。するとロロアの眼前に火球が現出し「んっ!」と言うロロアの声に反応してそれは射出された。


 ロロア自身も魔法が出せた事に驚きと歓喜の表情を浮かべて完全に魔法使い気分に浸っているようだが、放たれた火球は正面に立っていた俺ではなく頭上に向かって飛んでいった。


 思わず三人とも火球を眼で追いながら高い天井を見上げた。

 すると天井に直撃したのか、光球の光量が届かない闇の中で小さな爆発を起こすと、天井から何か黒い物体が俺とロロアの間に落ちてきた。


 何が起きたのか俺とロロアは理解できずに一瞬の間を必要としたが、傍から見ていたライドが声を上げたことで、落ちてきたのは魔物なのだと理解した。


「そいつはパージーだッ!」


 ライドの荒げた声に反応して俺は駆け出しながら黒刀を抜いた。

 敵意を持たない何かがいるのはわかっていたが、まさかこんな自体を招いてしまう事になるとは――


 落ちてきたパージーの出現と同時に、探知察知は赤い光点で埋め尽くされた。

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