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24―地下三階層②


 遠くから届いた獣の怒号。


「今のは咆哮か?」


 二手に分けたバレッド隊が魔物と邂逅したのやもしれぬ。

 独り言のつもりで呟いたつもりなのだが、


「上の階層からです。おそらくアンダーベアでしょう」


 傍に控えていた副官の一人、アルフォンスが自分に聞かれたのだと思ったようで、そう言葉を返してきた。


「先ほど遭遇したベアとは別物の咆哮。バレッドの隊が戦闘にでも入ったか」


 大人数で無暗に入り組んだ階層を進むよりも、隊を二手に分ける事で進軍速度を速め、狭い空洞でも魔物に対処し易いと考えたのである。

 あながちその判断は間違ってはいなかったようだの。

 上の階でアンダーベアとも遭遇したが立ち位置にゆとりがあったが分、盾兵が横穴に追い込んだ獲物を魔法使い共が火矢(ファイア・ショット)で容易く屠ってみせたのは実に心強い限りだ。


 そうして私の率いる隊が一足先に地下四階層まで下りて来たというのに……これ以上待ってはられぬか。


「バレッド殿の剣の腕前はレイミア様もご存知の通り、アンダーベアなどに遅れを取る事はありません」


 私がバレッドの隊を按じているとでも思ったようであるが、思案していたのは隊の合流を図ってから進軍するかと言ったところなのだ。

 まあよい。どちらにしろバレッドが後を追ってくるのはわかりきっていること。ならば進むまでよ。


「休憩は終わりだ。我らの務めを果たす為、進軍を続行する」


 バレッドの隊は攻守のバランスがとれた優れた隊だが、比べるとこちらは騎士が七名、盾兵三名、魔法使い三名、従士三名の防御の薄い攻撃特化部隊であるのだ。

 できる事ならここで合流するのが望ましい。だが来ないものは仕方がないの。

 兵たちに伝えよと、傍らに立つアルフォンスに指示を飛ばす。


「ハッ」


 片膝を付いて返事をして見せたアルフォンスは、糧食を食べ終え身体を休めている兵の方へ振り返り、号令をかけた。


 この階層は足を踏み外しそうになるか細い道に、その両脇には底の見えぬ深淵が覗き見えておる。

 人が二人並んで進めるかという程の道幅、まるで(クレーター)の尾根を歩かされている不愉快な気分である。

 踏み外さないよう慎重に隊列を組んで先に見える空洞へと進んでく。


◇◇◇


 さすがに食べてすぐは走れそうにない。

 それに奥へ誘導するのは危険度(リスク)が高い、ここで押し止めるよう伝えた結果。


「くッ!」


 ライドは盾を前方に構え、アンダーベア亜種の鋭い爪を防ぎながら、それ以上は進ませまいと必死に踏ん張っていた。

 俺も応戦してやりたいが、この細くなった空洞入り口付近では二人同時には身動きがとれない。すでにライドの盾で空洞に蓋をしているようなもので、その背中を見守る事しかできないのだ。


「ここじゃ狭い、入り口まで押し出せないか」

「防ぐので精一杯だ、それも長く持ちそうにない」


 だよな。なんとなくわかっていた。

 だが、狭い横穴ではライドの構えた盾が邪魔でベアに斬撃は届かない。それどころか強引にライドの背後から割って入ろうしたところで、俺が邪魔になり一歩間違えば蓋を抉じ開けこちらに押し寄せてこないとも限らない。

 どう転ぼうが盾が邪魔で身動きがとれない。ならばいっその事、


「盾を置いて下がれ」

「今下がったら、こいつは突っ込んでくるぞ」


 猛進上等!

 

「気にするな。後ろには俺がいる」

「どうなってもしらねぇからな!」


 ライドが声を荒げて盾から手を離し、後方へ退いたところに【身体強化】を発動させライドと入れ替わった。

 手放した盾はベアが両脇から抱きかかえていたが、ちょうどいいと盾ごとベアを蹴り飛ばしてやった。

 すると撃鉄に弾かれ銃身を通る弾丸のように、盾とベアは一緒くたに横穴の入り口から大きな空洞となっている岩壁に向かって弾き出された。


 盾はベアが壁に衝突した弾みで地面へ転がり、それを見ていたライドは背後から叫んだ。


「俺の盾が!」


 そろそろ慣れろ。お前の盾はそういう扱いなんだと、ライドの叫びを気にもとめずに空洞の壁に叩きつけられたベアに駆け寄っていく。

 抜刀した黒刀(クロユリ)に付与されている【迅雷】を発動させ、刀に青白い雷を纏わせる。


 未だ闘争心を剥き出しにしているベアは足元に転がった盾をドスンッと踏み、両手を上げて二足に起き上がった。


「お前もか!」

「あきらめもかんじんだよ」


 背後で何かロロアとやりとりしているようだが、俺の動きを眼で追うベアに注視する。入り口から飛び出し刀の間合いに入る寸前、アンダーベアは鋭く尖らせた爪で刃を受け止めると、空いたもう片方の手で俺の横っ腹を目掛け薙いできた。


 互いに初手というのもあり相手の様子を窺う程度の攻撃だったようで、易々と背後に退き躱すことができたが、向こうも同じ様に簡単には斬らしてはくれない。


 アンダーベアの爪は確実に空を斬ったのだが、突如として見えない斬撃が俺を襲った。刀身がなにか触れた感触が一瞬握る柄から伝わると、服の上から肩を斬られたようで、流れ出た血が肌を伝い肘からポタリと滴った。

 柄から触れた感触が伝わったと同時に、俺は右肩を背後へと回した。

 ライドから事前に見えない風の斬撃(カマイタチ)の話を聞いていなければ、俺も避ける事なく他の冒険者のように真っ二つに殺られていたかもしれない。


 大柄な見た目どおりの大胆な風の斬撃が再度放たれた。

 横幅のある大きめな空洞ではあるが、アンダーベアが身体を揺らすたびに獣臭さが鼻につく。

 背後にはロロアたちの居る横穴があるため、これを回避することはできない。二度目の風の斬撃を斬り伏せてみると、黒刀が纏っていた迅雷が僅かながら消し飛ばされたのがわかった。


 何度もこの斬撃を受けるわけにもいかないようだ。腕を振り下ろした直後の隙を窺って至近距離まで詰めてみるが、、大きな体躯には似つかない俊敏な動きで振り下ろした刀身の狙いを外された。

 本来なら上段から斜めに振り下ろした黒刀は、アンダーベアの首筋から脇の下にかけて斬り落としているはずだった。

 それがどうだ。距離を詰めてくると理解した直後、頭を下ろし四足歩行へと姿を変えたアンダーベアは恐ろしいまでの瞬発力で空洞の先に飛び退いてみせた。


 刀を振り下ろしたまま、横目で退いたアンダーベアの様子を確認する。予想では距離をとり態勢を立て直すと思ったのだが、刀を振り切っている俺の姿に今度は向こうが突進さながらの勢いで鋭い爪を変形させながら襲い掛かってきた。


「その爪、伸縮するのか」


 無防備な左側面が露になってしまっている。さすがに今アンダーベアの正面に向き直っても間に合いそうに無い。

 風の斬撃に警戒しながらも、足を一歩前に出してアンダーベアが立っていた岩壁に向かって身を転ばした。

 振り下ろされた腕からは伸びた爪の直接な斬撃だったようで、身を躱して正解だったとも言えた。仮に風の斬撃だと決め付けて無理に構えなおしていれば、俺はアンダーベアが懐まで入ってくるとは想像できず、一歩出遅れて今の斬撃で斬られていたかもしれない。


 冷や汗が頬を伝い、一度立て直すため刀が届かない間合いまで後退を余儀なくされた。


「大技の使えない空洞は本当に面倒だ」


 距離をとらされた俺は、雷を纏った刀を一度鞘に収めた。

 俺とアンダーベアの間には横穴が開いているが、向こうも中に居る者に注意を削げる余裕は無いようだ。

 今相手から眼を離せば、自身の命が散る。獣でもやはりダンジョンで生き抜いてきただけの事はある。互いに勝負所は今だと察したみたいだ。


「少しは楽しめた礼だ。少々荒っぽいが存分に味わってくれ」


 足の裏で地を滑る様にジリジリと摺り足で距離を縮めていくと、向こうは呼応するように伸ばしていた爪を仕舞い、元の鋭い爪へと変体させた。


 距離にしておよそ三メートル程、互いにいつでも殺せる距離にいる。

 だがまだだ。もう少し、あとほんの少し。

 自ら摺り足で進む先は、まるで死地に足を踏み入れに行く気分だ。


「グォアアア゛!」


 もう十分殺せると言わんばかり、アンダーベアは耳を劈くほどの大きな咆哮を上げ、両腕を頭上からザッザツと交互に振り下ろしてきた。

 先ほどよりも強烈な二つの風の斬撃が放たれた。同時か、それとも少しばかり遅れてか、鞘から滑らせた刀身から居合い抜きを披露した。


 鞘の中で発動させた迅雷は刀身に纏う青白い雷ではなく、黒い影のように具現化された純粋な魔力そのものを纏い、鞘から抜かれた黒刀は瞬速の一太刀を放った。


 鋭く研ぎ澄まされ放たれた魔力の刃は、眼前に迫った風の斬撃を煙を払うかのように掻き消し、斜めに伸びる黒い魔力の刃は地面を抉りながらベアに襲い掛かった。

 まさに獣の直感なのか、地面を抉りながら襲い掛かってきた魔力の刃にベアは避けきれないと判断したのか、先ほどのような俊敏な動きは見せずに、瞬時に伸ばした鋭い爪を使い防御一択だと身構えた。


 伸ばした爪を正面で交差させたが、無常にもアンダーベア亜種を紙を裂くように真っ二つにした。

 その姿は今まで対峙する相手に行ってきたことが、自分に返って来たに過ぎない。

 迎え撃った俺が悪いのか? とこの亜種に問われれば、俺はこう応えるだろう。


「俺の方が強かった。それだけの事だ」


 別に問われてもいない。ただ自分がもうすぐ死ぬ事に気づいている様で、その眼が俺を哀れんでいる様に見え、何か言ってやりたくなっただけのこと。

 俺は間違っていない。なぜかそう自分に言いかせた。


「終わったのか?」


 先ほどの地面を抉るほどの轟音が消え、ライドは横穴から顔を覗かせて状況を伺いにきた。


「グォ……ァ」


 顔を覗かせたライドに、最後の咆哮を放とうとしたが、それが放たれることはなかった。

 俺の言葉には返答せず、徐々に光を失くしていく眼光だけで訴えかけてきたように思えたが、ライドの姿に邪魔するなと口にして見せたように見えた。

 そのままアンダーベアは左半身を置いたまま、右足を一歩踏み出すと、肩から腰にかけて切断された切り口からずれ始めた身体は、そのまま地面へ崩れ落ちた。


「亜種を容易く両断してしまうとはな」

「おわったの?」


 ロロアもライドの陰から顔を覗かせた。

 さすがにお腹が一杯では動けなかったようだ。今回はあまり近くにいなくて良かったとも言える相手だったのは間違いない。


 まだまだ俺は相手の動作に身体が勝手に反応するぐらいには戦い慣れなければいけないのだと実感した。

 そうでなくては子供一人守ってやれない世界なんだ……


「先に進もう」

「いいのか? ベアの毛皮は高く買い取ってもらえるぞ」


 俺の心境とかみ合わないライドの言葉だが、これもこの先覚えていかなくてはいけないのかと思うとゲンナリするな。


「真っ二つでも問題ないのか?」

「これだけでかいんだ。真っ二つになったところで通常のベアから採れる毛皮とかわりない」


 二体分だと笑ってみせたが、


「この巨体だ、剥ぐのに時間もかかるだろう」


 今は正直こいつをバラす気にはなれないだけだ。


「もったいないが、カザミならいつでも回収しにこれるしな」

「かばんにいれたらだめなの?」


 ロロアの一言でハッと気づいた。

 そして草原での <この鞄、俺からならロロアも収納(3―歩き出す二人参照)しちゃうんじゃないか> 考えを思い出してしまった。

 またしても俺は、生きたモノまでも収納できるんではないかという邪推を振り払った。

 試してみないとわからない事だが、出来てしまった場合を考えると、どうしても躊躇してしまう。


「あまり気乗りはしないな」

「くまなべ、おいしいんだよ?」

「おっ、ロロアちゃんも熊鍋好きなのか」


 冷えたエールが進むんだよなあ、と喉を鳴らしたライドの隣で、


「くまなべはぜっぴん」


 遠い空を仰ぐように、二人は熊鍋をつつく自分の姿でも想像しているようだった。

 抉られた地面に血溜まりを作る光景を前に、食欲が勝ったか……


 ロロアの精神(メンタル)が意外と丈夫(タフ)なのだと気づいてはいたが、真っ二つのアンダーベアを前に熊鍋を妄想して目を輝かせているとは。


「熊鍋はトトたちをみつけてからだからな」


 俺は仕方なく、しゃがみ込んでアンダーベアの腕を掴み鞄の中に熊手を入れてみると、まるで時空を吸い込むかのように大きな巨体の上半身を収納してしまった。

 これには益々生きたものを収納しないよう注意した方が良さそうだと、小さく溜め息をついた。

 便利すぎるのも考えものだ。


「いまのすごかったね!」

「これは驚いたな。ここまですごい鞄だったとは」


 鞄に収納される瞬間の光景に二人は胸躍らせ楽しんでいた。

 もう半身も同じように熊手を鞄に入れると、呆気なく吸い込んで収納してしまった。


 これ、あれだな。規格外(チート)ってやつだな。


 言語理解に続いて二つ目のチートだ。俺の能力ってよりは完全に収納鞄の力だが、収納の規格(スケール)が現実だと便利で済ませられる範疇を超えている。

 俺が一人チート能力に考え更けていると、


「カザミならポーター(荷運び屋)でも十分食っていけるだろうさ」

「かじゃみはぼうけんしゃになったんだよ」

「冒険者はどうしても危険が付きまとう。一生もんの仕事でもないしな」


 自分に合っている仕事は多い方がこの先役に立つだろ? とロロアを納得させていたが、ならば次の危険をお前に任せるか、それとも初めての荷物(人体実験)になってみるかとでも言ってやろうか。


「ポーターかあ。それならわたしもやくにたてるかな?」

「ロロアちゃんが応援してくれているだけで力が漲ってくるさ」


 十分役にたってるよ、と付け足していたが、この俺の眼に映る今の絵をどう表現すればいいのか。

 鎧の上から手の平をライドの太ももあたりに置くと、それはダメダメな子供を諭す母親から感じる悲しい哀愁だった。


「ライドもやればできるはず」


 俺には諭されるライドの姿を前に、何も言えなかった。


「たっ、盾とってくるわ」

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