21―餌場
初の異世界魔物と戦闘を交わしたが、どうやら今の俺での十分過ぎる戦いができるみたいで少し安心した。
スキルも実戦で役に立つし、戦闘経験も積めて得る物は大いにあっただろう。
満足気に先へ進むにつれ、四方が岩壁で囲われた洞窟内通路は徐々に広がり始めていく。巨大蜘蛛が飛びまわれるほどの広さがあったが、今は先に見えた空間の入り口に少し戸惑いを隠せなかった。
「ここで少し待っていてくれ」
二人を入り口で待たせ、開けた空間の中へと足を進めると、
「なんだこれは……」
探知察知に反応していた赤い光点は、先ほどの巨大蜘蛛の粘糸で作られただろう卵型をした白い繭だった。
開けた空間となっているその広間の隅に積み上げられた白い繭。それとは別に天井に張られた蜘蛛の巣からは糸で吊るされている繭がいくつか確認できた。
探知察知を確認したところ、積まれている繭はまだ生きているようだが、吊るされている繭からはなんの反応も示さなかった。
それもそのはず。吊るされている繭は抉じ開けられたというには、溶かされたような穴が開いており、その中に居ればもちろん中の物体も無事では済まないだろうと容易に想像できるほどだった。
「こっちにきてくれ」
広間の中は巨大蜘蛛の巣だったらしく、今は巣の主も俺が討伐したので当然帰ることはない。
それにまだ敵意を抱いた魔物がいるとはいえ、繭の中では身動きひとつ取ることができないのは明白だった。
「見ての通りだ」
「これ、なあに?」
ロロアも眼前の光景に理解しきれていないようだ。ライドの言っていた一角ラビットはすでに捕食対象として確保され、ここは言うなれば奴の餌場とも呼べる場所だ。
それを確信させるように、繭からは黄色い一角ラビットの角だろうものが飛び出している繭がいくつかあった。
「な、なんだこれは」
ガシャリと地面に盾を立てて力を抜いたライドも、その光景に状況を把握しようと一杯だった。
「おそらく、巨大蜘蛛の餌場だ」
それじゃあこれ全部、一角ラビットなのか? 積まれた繭に視線を向けながらも、
「この階層には蛇型の然程大きくはない蛇型の魔物もいたんだがな」
唖然と口にするライドの言葉を聞いて、どうやらその蛇の魔物も居ないという事は、あの蜘蛛がこの階層の魔物を全部喰ってしまったという事だろう。
周囲に視線を向けていたロロアも、
「あれは?」
天井の蜘蛛の巣から吊るされ、一部溶け出た繭に指を差しながら、俺の顔と繭を見返していた。
「蜘蛛の毒は捕食用に使われていたのだろう」
ああやって食べる分だけ天井から吊るし、溶解作用のある毒液で中身を溶かし喰っていたようだと説明してやると「そっか」と一言漏らしただけだった。
食べる分だけ汁をかける。戦国大名、北条氏政が茶碗に残った米粒を食うために汁をかけ、一度目のかけた汁の量では米粒を平らげることができなく、二度目の汁を椀に注いだとき、その父、氏康が「一度で必要な量がわからんとは……」とその思慮の浅さに嘆き悲しんだと言う話は有名だ。
まるで白い繭が米粒の様に見え、何度も毒液をかけ喰らっていた巨大蜘蛛、この餌場の果てを見ているロロアの姿に、俺はそんな逸話を思い出していた。
「あっちのは全て生きているから近寄るなよ」
探知察知の赤い光点は敵意があり、まだ生存しているという事だ。
二人に注意を促すと、
「なら角だけでも回収していくか?」
繭から突き出した角を見て今なら採り放題だと口にしたあと、
「これを捕獲した蜘蛛を倒したのはカザミだ。これも言うなれば蜘蛛が残した戦利品ってやつだ」
そう言われればそうなのかもしれないが、
「角一本はどのくらいの値がつくんだ?」
「それほど高くないな。一角ラビットの角は一本銅貨一枚だ」
採り放題だとは言っても、十数個の繭だから単価千円だとして一万いくらの値しかつかない。
確かに時給万円はとても魅力的だが、まだ小さなロロアも居ることだし、もしも角を落としている最中に繭が破れ襲ってでもきてみろ、危険極まりない。
思考する俺の姿をよそに、ラビットの肉は美味いからな、などと本音が駄々漏れだ。
ただ食いたいだけだろと思いながらも、
「この数を一本ずつ剥いでいくのは時間の無駄だ」
繭を横目に先へ進もうとすると「……ごめんね」とロロアが無数にある繭の一つに手を添えながら、ぽつりと呟いていた。
「危険だから離れるんだ」
「でも……」
助けてあげたいと口にし、その繭から離れ難そうにしている姿に、
「いいのか?」
ライドはそんなロロアの姿を見て、俺にしか聞こえないよう耳元で口にした。
先ほどまで食べる気満々だった奴がよく言うと、フルフェイスの兜を掌で押し下がらせた。
確かに放っておけば他の魔物の餌食となるか、このまま身動き一つできずに餓死するだろう。
ロロアのあんな姿を見せられ、このままダンジョンを攻略しても、きっとロロアはこの繭の一角ラビットたちが心残りになってしまうかもしれない。
見放される一角ラビットに、どこかで自分もそうなってしまっていたのではと、自身を重ねてしまったのかもな。
「ロロアを頼むぞライド」
「そうこなくちゃな! ロロアちゃんこっちだ」
ライドの声に一度は振り向いたロロアだったが、繭から離れようとはせず、視線はその繭に戻ってしまった。
それでも手招きをしているライドは言葉を続け、そんなところに居たらカザミの邪魔になるよ、
「助けたいんだろ?」
その言葉にニコリと笑ったロロアは嬉しそうに頷き返し、手招きされるライドの元に駆け寄った。
二人が離れた事を確認した俺は黒刀を抜いた。
魔力量を調整し、一角ラビットを包んでいる繭だけを焼き払うイメージで、スキル【火柱】を放った。
掬い上げた刀と連動して現れた炎が渦を捲いて地面から天井に向かって舞い昇る。勢いよく火柱の昇る光景に反して、それほど洞穴内の気温は上昇していない。
舞い上がった火柱が低くなるにつれて、薄れていく炎の中からは横たわる真っ白い毛で覆われた一角ラビットの群れが姿を現し始めた。
「少し尻尾を焦がしたか」
自由になった一角ラビットたちは耳をピクピクと動かし一匹、二匹と起き上がっていくが、やはり探知察知では赤い光点のままだ。
太った大きなウサギに額から小さな角を一本生やしただけの容姿だが、
「魔物は魔物ということか」
それでも起き上がった全ての一角ラビットは襲い掛かってくる様子はなさそうだった。どうやら助けられた自覚はあるらしく、襲いはしないにしろ警戒はしているだけのようだ。
俺は襲ってはこないだろうと、一角ラビットに背を向けて先へと続く空洞へと歩き出した。
「だめえー!」
空洞近くで待機していた二人の目の前までくると同時に、ロロアの声が広場に響いた。
突然大声を上げたロロアの声に背後を警戒し振り返った直後、視界の端に俺を横切るロロアの姿が見えた。
なぜロロアが……俺は直後、走り抜けるロロアの姿に、なにをやっていたんだとライドの方へと視線を飛ばすと、ライドは俺には目もくれずにロロアの背中を追うように手を伸ばした格好のまま、行き場の失った腕を固まらせていた。
俺自身も、なぜ走り抜けるロロアから視線を逸らしたのかと後悔させる鈍い音がドンっと聞こえた。
またも前へ後ろへと忙しく振り返った俺の目に映ったのは、他の一角ラビットよりも一回り程大きな固体を両手を広げたロロアが全身で受け止める姿だった。
「くっ!」
魔物に手心を加えたのは間違いだったか。
声のならない声が出て、思わず下唇を噛み締める。
すぐさまロロアの背後へ駆け寄りながら抜刀し、切っ先を地面に向けて両手で持った刀を群れのリーダーだろうその一回りほど大きな一角ラビットの頭上に突き下ろそうとすると、
「よかったねー」
顔を真っ白いモフモフの毛にうずめながら、両手で一角ラビットを抱きしめるロロアの背中が眼前にあり、ロロアの顔横から顔を覗かせる一角ラビットはうるうるとさせた赤いつぶらな瞳で俺を見やった。
「どういう事だ?」
おもわず突き下ろそうとした格好のまま、状況がつかめずポツリと言葉が漏れた。
ロロアに抱きしめられている一角ラビットもおとなしく、害意はないと言いたげにロロアと戯れている。
「きゃっ、くすぐったいよ」
一角ラビットはロロアを押し倒して顔をぺろぺろと舐めだし、先ほどまで赤色だった探知察知の光点は青に切り替わっていた。
地面に転がったロロアは、
「このこが、たすけてくれてありがとーって」
もふもふの毛を存分に堪能しながらそう口にした。
「魔物の言葉がわかるのか?」
「なんとなく? そんなきがしたの」
VRの職業、調教師なら契約した魔物と言葉は交わせなくとも、その感情を理解できると聞いた事がある。
似たような事をロロアもできるのだろうか……でもそれはあくまでもゲームの話だ。まだこの世界をよくわかっていない俺が思考を巡らせたところで答えはでなさそうにないな。
とりあえずも、俺はロロアの上に跨るロロアほどの大きな一角ラビットを持ち上げ、ロロアの隣にそっと下ろした。
あまり遊んではいられないよね。もふもふの白い毛並みに満足したのか、満足げに一角ラビットの頭をなでながら、
「げんきでねー」
別れを惜しむ一角ラビットをその場に残し、ロロアは手を振ってライドの居る空洞の方へと歩き出した。
俺も後に続くと、
「すまなかった」
ロロアを制止できずに危険に晒してしまった事への謝罪だろう。
申し訳なさそうに小さく口にしたので、
「お前は悪くない。見えていたが今のは仕方のないことだ」
それからロロア、さっきの一角ラビットが襲ってきていたらどうするんだ。
「ダンジョンは危険な場所なんだ。俺やライドの傍から勝手に離れるな」
わかったか? と少し強めの口調でロロアを叱ると、
「ごめんなさい。かじゃみがあぶないとおもったら、はしってたの」
俺の為だとしても、危険に自ら飛び込むのは関心しない。
突然の事で、それでも俺を助けようと必死だった事はわかっているつもりだ。
俺は何があっても大丈夫だ。だから、
「ロロアは自分の身を守る事だけを考えていろ」
「うん……ごめんなさい」
しょんぼりと俯くロロアに、もう怒っていないから何度も謝らなくていいと、片膝ををついて目深く被っていたフードを捲り、
「それと何かあったらすぐに魔力装填と唱えるように」
いいな? 俺の言葉に「うん」と首肯してみせたロロアは、光球に照らされて銀色のパーマがかった髪を銀白くキラキラと輝かせた。
左側の角がないほうの頭を右掌で優しく撫でながら、
「ロロアには、やらなくちゃいけない事があるんだろう」
「トトのとこにいく、ぜったいにみつけてあげるの」
そう力強く言葉を口にし、視線をダンジョンの先へと続く空洞を見やった。
まだ幼いロロアにはこのダンジョンで何が危険なのかハッキリとは把握できていないだろうが、怪我したらいけなくなるし、怪我したロロアの姿を見たらトトが悲しむのは当然のことだろう。
「ロロアはトトの元に行く事だけを考えているんだ、あとの事は俺たちを信じて任せてくれ」
「うん。ありがとう、かじゃみ」
うるうると瞳に涙を浮かべながら抱きついてきたロロアの背中にそっと手を回した。
ロロアはそのまま深く深呼吸して俺の腕の中から出て行くと、気持ちが先走ったのかひとり空洞の先を目指して進み始めた。
ちょっと待ちなさいと、捲ってあったフードに手を伸ばし引きとめようとしたのだが、
「ぅげっ!」
おもいのほか勢いよく飛び出し首が絞まってしまったようで、不意をつかれた素っとん狂な声をあげさせてしまった。
わるい、と口にしながらも、
「で、ロロアのすべきことは?」
あ、そうだ。と思い出したように魔力装填と唱えてみせたが、俺から身を守ってどうするよ……
一番に自分の身を守る事を忘れるな。そう言って、先頭は俺が進むから安全が確認できるまでは無暗に先に行かない、と注意しておく。
すると俺の方へ振り返ったロロアは、俺の背後に指を差しながら、
「みて! かじゃみ」
差された指の先を見ようと背後に振り返ったところ、先ほどまでロロアにじゃれついていた一角ラビットを中心に置き、左右に扇状に伸び並んだもふもふたちが、俺たちを見送るべく整列していた。
「みんながありがとーっていってるみたいだね」




