19―第二王女
食事を始めた俺たちの前に、さきほどの騎士の男と、その騎士団に所属しているだろう鎧を纏った別の騎士の男、それにダンジョンから騎士団を率いて姿を現した女騎士の三人がテーブルの隣へと足を運んできたのだ。
森を抜けてすぐに俺たちを立ち去らせようとした騎士は、俺より一回りは大きい。俺が細マッチョならこいつはゴリマッチョだな。頭は剃りこんでいるのか、スキンヘッドでイカツイおじさんという言葉がしっくりくる。
もう一人の騎士は俺よりも若く見えた。
日本ではまだ未成年だと思うが、こちらではすでに成人なのだろうか。ブラウンの髪が耳を隠す程度の長さ、整った顔に長身でモテそうな男だ。
そして騎士二人を引き連れてきたこの女騎士はやはり騎士団長か、それに準ずる地位の者なのだろうか?
明らかに十六、七歳ぐらいに見えるが、となりの二人は父と兄ですとも言われれば納得してしまいそうだな。
だが二人の騎士が女騎士の背後に一歩引いて直立している姿を見ると、野営で挨拶を交わしにきた気さくな奴らではないだろう事は重々承知だ。
どうやら後ろの騎士二人に、この女騎士だけ銀色の鎧に紅いマントを羽織っているところを見ると、やはりこの若女は野営している騎士団の中で実権者だと理解できた。
風に靡く長い髪は金色に輝き、腰に携えている剣には他の騎士の持つ剣とは違い、鎧に彫られている紋章と同じ、五角形の縁の中に紅い天馬の模様が柄の部分に刻印されている。
相手の武具にそれぞれの立ち位置を把握したところで、俺は胡乱な眼で女騎士に視線を向けた。まさか男連れで夜這いにきたとでも言う話でもないだろう。
俺の視線を受け取った女騎士は、値踏みは済んだか? と言いたげな目つきをして、
「我々はディメール王国騎士団であり、私はこの騎士団の騎士団長、レイミア・パメル・ディメールである」
丸太椅子に腰を下ろしていた俺たちを睥睨したあと、ようやくそう名乗りを上げた女騎士はライドの方へと視線を落ち着かせたようで、そのまま眼球を動かすことなく、
「後ろに居る二人、大柄な男はバレッド、こちらの若い騎士はアルフォンスだ。双方には騎士団の副官を担ってもらっている」
なるほど、団長と副官のツートップでお出ましとは、立ち去れと忠告してきた騎士バレッド同様、すでにこの女騎士も引き下がる気はないと言うことだろう。
羽虫が飛んでいるとでも思ってくれていいから放って措いてもらいたいものだ。
俺がそんな事を思案しながら女騎士に視線を向けられているライドを見ると、何がどうしたのか食事をする手を止めてテーブルをガン見していた。
女騎士の背後で直立不動な騎士が居るのなら、こっちは下傾不動だな。まあそんな言葉は無いだろうがと、一向に頭を上げる素振りすら見せないライドに代わって、
「俺はカザミだ」
そう言ってフォークに捲いていたパスタを口に運びながら、ギルドでそんな国名を聞いたなとルーグの言葉を思い返し「ここディメール国は上から白金貨、金貨、銀貨、銅貨、それに最小単位に銀粒が使用されています」なんて口にしていたはずだ。
そうなると、この女騎士は騎士でありながらもラストネームに国名と同じ<ディメール>を名乗る者……王族に連なる者の中の一人なのかもしれないな。
まあ俺には王族や皇族と言ったようなお偉い方々の事はよくわからないが、知っていることと言えば異世界転移前の世界では皇族の方々に一人当たり数百万~三千万ほど、国税で年一回支給されていると聞いたことがあるぐらいだ。
長いローン地獄を選択する覚悟のある猛者共が人生を懸けて手に入れるマイホームをすんなり買えちゃうんだなとか、せこせこ働いても待っているのは微々足る年金暮らしってなんなんだろうなとか色々考えたこともあったっけな。
やはり庶民な俺には王族など考えたところでピンとこないなとパスタをくるりと巻いて口に運んでいると、
「レイミア様の前で食事をしながらとは無礼にもほどがあるぞ!」
若い騎士のアルフォンスは冷静を取り繕ってはいるが、強く口にした語尾と怒りを灯した眼光から怒気が感じられた。
こちらとしては食事中だと理解した上で話かけてくるお前たちの方が無礼だと言ってやろうか迷っていると「よい、控えていろ」と女騎士レイミアが騎士アルフォンスに掌を翳し黙らせると、そのまま話を進めようとしているのがわかった。
隣では俺の陰に隠れてこっそりとパスタを食べていたロロアだったが、騎士アルフォンスの言葉にビクリと背筋を震わせると、食事をする手を止めて、手にしていた二又フォークを膝の上でギュッと握っていた。
おいしいねと笑顔で食事をしていた子供を恐がらせて何がしたいのか、さすがに俺も苛々してきたな。
そう思いながらライドは何をしているのか見てみると、未だ微動だにしない様子で俯きながらも、眼球だけはキョロキョロと動かして視線は俺や騎士たちを行ったり来たりと様子を覗っていた。
騎士様の登場に萎縮してしまったのかと、はあー、と溜め息がこぼれ、
「俺たちは見ての通り食事中だ。話があるなら簡潔に頼む」
ライドの姿に苛々がどこかに吹っ飛んでしまい、ライドにも相手の態度にも呆れてそう口にしたところ、苛立ちの表情を浮かべた背後の騎士二人からは鋭い眼光が放たれてきた。女騎士がいなければ今にも斬りかかってきそうなほどだ。
「端的に言おう。私たちは国の意向でこのダンジョンの調査を任された。他者がいれば調査の弊害になるのでダンジョンからは退いてもらいたい」
国の意向とは国民がダンジョンの調査を依頼したのか? それとも王様が調査してこいと言ったものを国の意向として捉えているのかしらないが、その堂々たる立ち居振る舞いでそう口にした女騎士レイミア。
奴隷がまかり通っている荒野の町を見るかぎり、民主主義など存在していないだろうことは明白だ。この国は強いて言えば王家の独裁制か、あるいは王族貴族といった権力者などの専制が主だろうな。
俺は丸太椅子に腰を下ろしたまま思案した内容は頭の片隅に置いて、女騎士のその言葉に応えた。
「断る。俺たちもダンジョンに観光しにきたわけじゃないんだ。あんたの後ろにいるおっさんにも言ったが、お前達の邪魔をするつもりはないからこちらの事は気にしないでくれ」
「貴様! この方を誰と――」
もう我慢ならんとばかりに騎士アルフォンスは鞘に収められた剣の柄を握り、俺に斬りかかろうとしたが女騎士が片腕を伸ばしまたも騎士アルフォンスを制止していた。
すでに俺は騎士アルフォンスが柄を握り締めたときには、丸太椅子に座したまま抜刀し、その切っ先を女騎士の背後に居た騎士アルフォンスに向けていた。
「部下が失礼した。剣を収めてもらいたい」
「俺も少し先走ってしまったようだ」
女騎士レイミアの顔横を突き刺すように、刀の切っ先を後ろに立つアルフォンスに向けていたが、アルフォンスを制止した女騎士レイミアの姿に俺は刀を鞘に収めた。
まさか女騎士が振り向きもしないまま騎士アルフォンスが抜刀しようとしたことに気づいたのかはわからないが、もしそうならこの女騎士は相当な手練だろう。
このまま、帰れ帰らないと言った問答になり話は平行線になると思ったが、俺の思いとは裏腹にすぐに話は済む事となった。
「では調査の邪魔だけはしないでくれ。食事中にすまなかった」
騎士アルフォンスに向けて伸ばしていた腕を引っ込めると、女騎士はそう口にしたのだった。
「そうか、理解してもらえてよかったよ」
何か裏があるのでは勘ぐりながら言葉を口にした俺とは違い、女騎士は黙って振り返った。
不満そうな表情を浮かべていた騎士アルフォンスは女騎士が振り返るとすぐさま身体を逸らして道をあけた。騎士バレッドは黙ったまま騎士アルフォンスと同じく道を譲ると、踵を返した女騎士が歩き出すと同じく、それに追従して二人の騎士も野営地に戻っていった。
女騎士に追従する彼らの背中を見ながら、後ろに控えていた二人の騎士には注意しないといけないだろうなと確信した。
あの様子だと闇夜に乗じて背後からブスリと刺されそうだ。
「残りも食べてしまおう」
騎士二人の背中が遠ざかったところで視線をテーブルの上に向けると、ロロアはトマトソースで真っ赤になった唇で「もうたべていい?」と聞いてきた。
俺はコクリと頷いて、
「あの図太さは見習わないといけないかもな」
微動だにしなかったはずのライドは、何事も無かったかのようにズルズルとパスタ麺を啜っていて、俺とロロアは切り替えの早いその姿におもわず視線を向けた。
俺たちの視線に気づいたライドは、パスタを頬張りながら口をもごもごと何か言っているが聞き取れなかったが、ゴクリと頬張ったものを飲み込み、
「だから、あの騎士様はただの騎士じゃなく王族だ。お姫様が騎士団長をしているとは驚いたが、名前を聞く限りだとさっきのお人は第二王女様だよ」
などと口にしてコンソメスープをズズズッと飲み干していたが、かしこまって不動を決め込んでいたくせに、去ったとなれば食欲旺盛なお前に驚きだ。
あっそ、と少し冷たい相槌をうったところでライドは、カザミの王族を敬わない態度に肝を冷やしたが、抜刀したときは終わったと思った。剣を向けるなんて確実に不敬罪で首チョンパされてもおかしくないからな……などと言葉にしていた。
不敬罪に相当すると言う事は、やはり貴族や騎士の態度からしてわかるとおり、このディメール国やは絶対君主制が基盤になっているようだ。
異世界全土がそうなのかもしれないが、今の俺には知りようがないな。
冷めてしまった食事を済ませると、ロロアがバケツの水で木皿の粗汚れ落としてから水袋の水で綺麗に洗い終えると、疲れているのか「もうねるね。おやすみー」と口にして早々に天幕の中へと入っていった。
「騎士様が大勢いるんだ。不寝番は必要ないだろうさ」
ライドもそう言うと腰を上げて貸してやった天幕の中へ向かおうとしたので、俺は手をヒラヒラとさせて見送った。
一人テーブルの上に片肘をつきながら、先ほどの二人の騎士がちょっかいをかけてこないかと少し様子を見てから、俺もロロアが眠る天幕の中へと入り眠りについた。
◇◇◇
「なぜ止めるのですか! レイミア様に対し、あのような態度の男は粛清すべきです!」
騎士団野営地にある大型天幕内で明日に備えてダンジョンの階層地図に目を通しているところに、この騎士団で副官を務める若くも聡明な騎士アルフォンスが天幕内に訪れると開口一番に私に向かってそう言ってきたのだ。
アルフォンスは先ほどの男が抜刀した際に私が制止したことへの抗議にでもしに来たらしく、私は地図から視線を上げてアルフォンスを凝視した。
この男、アルフォンスは私の事となると激情してしまう難点があるのだが、裏を返せば信の擱ける人物であることは間違いないのだ。
「あの男とは、先ほどの剣士のことか?」
奴以外に誰が居るのですか! と少々声を荒げて天幕の入り口から中央に置かれている簡易の執務机に歩み寄り、私の向かいに立ったところで、
「落ち着かぬかアルフォンス。レイミア様があの男を許すと申しているのだ」
野営地に戻ったあとアルフォンスに野営地周辺の様子はどうか、魔物や野盗など危険分子は居るのか把握しておくようにと告げた私は、もう一人の副官である騎士バレッドを連れて大型天幕に入った。
バレッドも今回の件は少々寛大過ぎるのでは? と普段から私に忠心で余程のことが無いかぎりは私の決定した事項に意見を挟まない男だが、私が座して地図を広げたところで執務机の左側に立っていたバレッドは珍しく意見を述べてきたのだ。
王族や貴族に剣を抜いた時点で殺されても文句は言えないが、すでにバレッドには私の考えを告げていたので、バレッドはそれ以上この件に関して口を開くことはなかった。
野営地周辺を見張っていた騎士らから異常なしとの報告を受けて戻ったアルフォンスは、先のバレッドとの話を知らないままこの天幕に姿を現したのだ。
「あなたもあの男を許すと仰るのですか?」
バレッドとアルフォンスは同じ副官として私に仕えている身ではあるが、二人の力関係は家柄によりバレッドの方がアルフォンスよりも爵位階級が上だ。
子爵家の家長でもあるバレッドと、男爵家の長子にして現状では準男爵位のアルフォンス。
アルフォンスが子爵家当主バレッドに強く出れないのは家の爵位が一つ下であることと、自身の有する爵位もバレッドより二爵位下だと自覚しているからである。
騎士団内でも爵位制は絶対ではあるが、私自身それを好しとはおもわない。であるから武に秀でたバレッドと、智略に長けたアルフォンスを異例ではあるが二人の副官として両立させているのだ。
「俺が許す、許さぬの問題ではない。レイミア様が事を荒立てなくて良いと仰る以上、俺もアルフォンスもそれに倣うが当然であろう」
あの男はそもそもよそ者だろう、レイミア様の名を聞いても平然としていた。と付け加えたバレッドは、執務机に座したまま二人の問答を見ていた私に視線を向けた。
レイミア様の意を伝えてやってくださいと言いたげな表情をしていたので、
「二人共もうよい。あのまま斬りかかればアルフォンスは確実に斬られていた。バレッドよ、あの男が剣を抜く瞬間を見たか?」
「いえ、俺はアルフォンスに気をとられていて見てはいません」
あの男の私を軽んじる態度に、アルフォンスが剣を抜くのではないかと注視していたらしい。
バレッドも私も、あの男を少々見縊っていたのは間違いない。
「そうか、ならばアルフォンスよ。刃を向けられた己自身はどうだ?」
アルフォンスは苦虫を噛み砕いた様な表情を浮かべた。
私を含めたこの天幕に居る三人、騎士団を預かる者たちが不覚にも遅れを取ってしまったのだ。
「気を落とすなアルフォンス。私も腰の剣に手を伸ばすところまでは見えていたが、次の瞬間には剣は抜かれていた」
以前に兄上から聞いたことがある。この国に三人しかいない最上位の冒険者は、聖騎士の強さに匹敵する程の腕前だと。あの男は、その一人なのやもしれぬ。
己が不甲斐無さを感じたのだろう。アルフォンスは苦い顔色を浮かべたまま、一礼して天幕から出て行った。
私がお前に求めているのは武力ではなく智略だ。作戦を練り常に最善手を打つことにある。
平時ならその智略をいかんなく発揮してくれるというのに……
浅い溜め息をこぼしていると、
「レイミア様、貴方の剣術はすでに聖騎士に匹敵、いや、それ以上だとも言われております。だからこそ、王も今回の未知なるダンジョンへの遠征を貴方に託したのです。その貴方でもあの男の……」
出過ぎた真似を失礼しましたと、バレッドは自身が何を口にしようとしているのか自覚し、最後まで言葉を紡ぐ事はしなかったのだ。
アルフォンスに気を取られあの男の剣を見ていなかったのでは仕方ないが、冒険者なんぞの剣が見えなかったのですか? とでも言いたかったのだろう。
私はあの男のことよりも、今回の遠征の件は父上、国王陛下が決めたことではないのだと私は睨んでいる。
バレッドも他の騎士たちも皆が誤解しているが、この遠征はどこか腑に落ちぬ。
陛下が王都周辺の危険度の高い魔物討伐に私を向かわせる事はたまにあることだが、それでも一度は隊を組んだ兵士や他の騎士を差し向け、最後の切り札として私を送り出す。
今回は事前情報が乏しく、明確な地図すら存在していない。掴めている情報は王都にあるギルドから伝えられた地竜なる魔物の存在だけだ。
誰かが……考えたくはないが私の存在を疎む兄上か妹に組する貴族派閥が何かしらの謀を企てている気がしてならぬ。
今はそんな事を考えていても仕方が無いかと地図を丸めて、
「今日のダンジョンはただの様子見だ。明日から下層を目指す、ゆっくり休むがよいバレッド」
「はっ。俺も失礼させていただきます」
丸められた地図には地下二階層までしか書き足されてはおれず、深層へと進むにつれて日暮れまでに野営地に引き返すことは不可能となる。
明日からはダンジョン内で過ごす事になるだろうから、必要な糧食と研ぎ石などの鍛冶道具、それに魔法使いが居るにしても、治癒薬はなるべく持っていくほうがよいだろうの。
◇◇◇
目が覚めると翌朝だった。
隣で眠っていたはずのロロアの姿がなく、寝ぼけながら昨晩の騎士アルフォンスの所業が思い出されると、俺の意識はすぐさま覚醒して天幕を飛び出した。
「おはよう!」
俺の寝ている内に何かあったのではと心配になって天幕を飛び出したところ、燦々と降り注ぐ朝陽を全身に浴びながら朝の体操をしているロロアが、俺の姿に気づき元気よく声をかけてきた。
「やっと起きたか」
ライドはそんなロロアを眺めていたらしく、木に背中を預けながら腰を下ろしていた。
闇夜に紛れて魔物が襲ってくる可能性を考えなかった訳ではないが、騎士たちの野営地が近くだったので襲撃でもあれば警笛を鳴らすだろうと安易にそう思っていた。
それがどうだろう、騎士団が天幕を設けていた野営地からは人の気配がほとんど無くなっており、騎士団が出立の準備をしている物音にすら気がつかなかった。
危機感が少し足らなかったらしく、ライドが朝早くから周囲の警戒をしてくれていたようだ。
「あぁ、おはよう」
二人とも陽が昇り始めるころに目を覚ましたらしく、決して俺が寝坊したということではない。
俺は顔を洗い、皆で昨晩の残りのスープと生野菜を挟んだパンで簡単な朝食を済ませた。
「騎士団はダンジョンか?」
「おきたときにはもういなかったよ」
ロロアがそう応えてくれたところ、詳しいことをライド教えてくれた。
「日が昇ると同じくしてダンジョンに潜っていった」
ライドは騎士団の動向を見ていたらしく、まだ薄暗いうちから荷を纏めて日の出と共に御者や馬番、それを護衛する騎士数人を置いてダンジョンへ潜っていったらしい。
競うつもりはないが、俺たちも野営地を片付けて早々にダンジョンに潜る準備を始めた。
「ロロア、ポンチョを脱いでこれを羽織ってくれ」
「わかった」
俺が差し出した黒衣を受け取ると、近くにあった丸太椅子に黒衣を一度置いてから被っていたポンチョのフードを脱ぎ、そのまま胸元の紐も解いて上着を替え始める。
そんなロロアの頭にチョンッとくっついている小さな黒い羊の片角を、珍しそうにまじまじとライドは見つめていた。
そんなライドの視線に気づき、ロロアは角を隠すように着替え終わった黒衣のフードを被り、見慣れた魔女スタイルへと姿をかえた。
「ライドは変態か?」
「違うわ。ちょっと気になっただけだ」
獣耳やしっぽは見慣れているようだが、やはり角となると珍しいようだな。
「きがえたよ」
「ロロアは魔法を使えるか?」
「どうかな?」
「魔族はヒューマンよりも、生まれつき高い魔力を持っているから使えるはずさ」
小首を傾げるロロアに、ライドは丁寧に説明してくれた。
俺も魔族といえば魔法に対しての驚異的な資質を持ち合わせているといった勝手な判断をしているのだが、
「その黒衣に魔力を注いでみてくれ」
俺の言葉にロロアは、んーっと両手を握り締めて顔を赤らめながら着ている黒衣に魔力を注いでいる気になっているらしい。
全く魔力を使えているようには見えないので、次の手段を用意しておいて正解だったようだ。
「ならこれを首にかけておくんだ」
俺は黒曜石のペンダントの黒曜石を外して、かわりに六芒星が刻印されている魔石を嵌めたペンダントをロロアの首にかけてやった。
「このペンダントの魔石には俺の魔力とスキルが付与されている。【魔力装填】と唱えてみてくれ」
「りろーどまじっく?」
ロロアが俺に続いてリロードマジックと復唱すると、魔石に込められた魔力の一部が強制的に黒衣に流れ、付与されている魔法を三つとも発動した。
「おいおい……魔石に魔法が付与された衣かよ」
淡い光を纏った黒衣とペンダントを見ながら、ライドは驚いた様子で口にしていた。
少しして黒衣に付与されている自然治癒以外は、黒衣に注がれた魔力が切れて発動が解除されたみたいだった。
発動された自然治癒は、ロロア自身が持つ魔力を少しずつ吸い上げながら発動を続けているのだと推測できたが、この魔法はそれほど魔力を消費しなかったはずだ。
自然治癒だけが発動し続けるというのは、たぶんだがロロアの持つ魔力量が少なく、自然治癒を発動させているだけで今は精一杯なのだろう。
鞄の中にひとつ、宿屋で俺の魔力を注いでおいた魔石を思い出してペンダントにして首からぶら下げておけば失くさないだろうと、寝る前に天幕の中で急ごしらえで用意したものだったがあってよかったサブタンク。
「念のため準備しておいたんだ」
「魔石も付与が可能な武具類も貴重で高価な物なのに、いったいカザミは何者なんだ?」
「俺のことは気にするな」
「なんだか、からだがポカポカするの」
「自然治癒がロロアの魔力を使って発動されているからだろう」
「わたしにも、まりょくあったの?」
在るにはあるのだが、本当に微々たるものなのか今の段階では判断に困るなと思い、俺は言葉を濁して、
「使い方がわかっていないだけで、ちゃんとロロアの中にもあるようだな」
ロロアは「むふぅー」と嬉しそうに鼻息を荒くして、
「ふたりのやくにたつの!」
両手を上げて、俺たちの力になれることを素直に喜んでいるが、まだ自分で魔力を操れてはいない事にも気づいていない。
今度、魔力操作のコツでも教えてやるか……俺が内心では多少の罪悪感を感じているところ、
「それにはどんな魔法が付与されているのか聞いてもいいか?」
黒衣に興味を持ったらしく、ロロアの着ている黒衣に指を差しながら聞いてきたので、
「俺たちもパーティーとしてダンジョンに挑むんだ。お互いに使える魔法などを知っておいた方がいいだろう」
そう口にして、改めて自分たちの扱える魔法について簡単に説明を交わしていった。
まずはロロアの黒衣、
「これには魔力拡散と物理無効、それに見ての通り自然治癒は常時発動能力みたいだ」
「物理無効に魔力拡散? そんな魔法聞いたこともないぞ。それになんだよ無効って、ロロアちゃん最強じゃないのか?」
自分でも魔法が使えるのだと知ったロロアはライドに最強と言われ、まんざらでもない様子で「どんとまかせて」と胸を張っていた。
一応どんな魔法なのかロロアも理解していなさそうだったので、
「物理攻撃を魔力で相殺するだけで、全ての物理攻撃が無効になるものではない。魔力が切れるか、魔石の魔力量で補えないほどの一撃を受ければ自身も傷を負う」
そう説明したところでライドは納得した様子で、
「そうなのか。聖職者の使う強化魔法の上位魔法と考えればわかりやすいな。防御強化魔法なら一定以上の攻撃を受ければ強化魔法が解けてしまうから、そんな感じか」
などと理解したようだったが、ロロアは青白く血の気の引いた顔色を浮かべていた。
顔面蒼白って初めて見たなと思いながらも、ロロアの精神はダイレクトな衝撃を受けたようだ。
万能ではないので魔物に注意して行動してくれればそれでいいと、少し脅かし過ぎたようで「どんとまかせる……」と小さく口にして他力本願を願い出たのだった。
「まぁそんなところだ。魔力拡散も魔法結界を身に纏うようなものだと思っていてくれればいい」
「黒衣については理解した。俺の事だが魔法は使えないんだ、かわりに【失われし城】というスキルが使える」
「どんなスキルなんだ?」
「オーガの一撃程度なら吹き飛ばされずに防ぎきれるスキルだ。多用はできないがな」
一定以上の攻撃を受ければ吹き飛ばされるということか、まさに戦場からロストするんだな。
あまりライドに期待しない方がいいな。
「俺の職業は侍だが、黒衣に付与したような魔法をいくつか使える。基本は斬撃スキル重視の戦闘向けだがな」
「聞いたことのない職業だな」
「異国の剣士と思ってくれればいい」
取得しているスキルや魔法の説明をしだすとキリがないからな。それに魔力結界や|魔法付与も詳しくは分からないが俺の場合は魔法ではなくスキルに分類されている気がする。
まあどちらにしろ同じ効果のものが魔法で使えようがスキルで使えようが発動するものは同じということだ。
差し詰め、侍というよりは魔法剣士だな。
ライドも鎧を装着し、
「ぼちぼちダンジョンに潜るか」
お互いの事を大体知った俺たちは、野営地の片付けも話しながら鞄に放り込んでいったので、ダンジョンに潜るため入り口がわりの穴に近づいていった。
すると穴の縁から身を屈めて穴底を覗き始めたライドは、
「騎士団、縄梯子を落としていきやがった」
ロロアもライドの隣で膝をついて穴底を覗き込み、
「ほんとだー」
そう言って後ろに立っていた俺に向かって、どうしよ? と口にしながら視線を向けてきた。
「仕方ない。少し下がってくれ」
俺は二人をダンジョンの穴から下がらせ、刀を地面に向かって振り抜いた。
大地を斬り裂き、地響きが響き渡らせながら、足元から先の地面が蟻地獄のように穴の中へと吸い込まれていく。
崩れた地面は穴に向かって坂のような地形を造り出した。
「まじか……」
「少し大地を斬り裂いただけだ」
驚きで目が点になっているライドをよそに、ロロアは拳を握り締め、トトを探す決意をより一層固めたようだ。
「それかして」
穴底への道が開けると、ロロアはライドから盾を借りてちょこんと座り込み、そのまま颯爽と滑り降りた。
「シャベルの次はソリですか!?」
シャーと崩れた大地を滑り降りていくロロアの背中に声を投げかけるライドだったが、先陣を切ったロロアに続くように俺たちも崩れた地面を滑るようにして穴の底へと下りていった。




