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18―ダンジョンの先客


 町を出て西方の森へ向かうため、俺たち三人はギルドを後にした。

 西門に向かいながらダンジョンまでの移動手段はどうするのかとライドに話をすると、歩いてだと言葉が返ってきた。

 そうだろうなと予想はしていたが歩いて向かうとなるとダンジョンの在る西の森に着く頃には早くても日暮れ頃になってしまうようだ。


「こうやをあるいてきたからね、わたしもカジャミもあるくのはとくいだよ」


 二人の間に俺を挟むようにしてロロアはそう言いながらも、前だけを見つめてちょこちょこと短い歩幅を精一杯に動かしていた。


「荷馬車でも借りれれば道中のんびりできるんだがな」


 フード姿のロロアを見下ろしながら俺がそんなことを言っていると、


「帰る頃には馬肉になってるだろうよ」


 馬を借りたいところだが、ライドが言うにはダンジョンに潜っている間に森の魔物に馬が襲われてしまうため得策ではないらしい。

 ダンジョンに潜る間、魔物を討伐できる見張り番が居てくれれば馬を借りてもよかったんだが、こればっかりは仕方ない。

 なにせこの世界の移動手段は馬車が主流だということ自体、今さっきライドの話で知ったのだから。


「乗り合い馬車は出てないのか?」

「ダンジョン行きなんて誰も乗らないだろうよ」


 それもそうだなと相槌を打ったところで大通りが交差する十字路まできていた。

 南門通りから西門通りに出て、露天などで賑わう買い物客の喧騒の中をさらに西門に向かって足を伸ばした。

 近寄って見ると南門同様に相変わらず大きな両開きの門が町の内側に向かって開かれており、まるで時代劇に出てくる戦乱の城門を思い出させた。

 閂が取り外され開かれている門の外の景色は、町に入ろうとする人々でごった返していた。

 門の外に伸びる人の列を一人ひとり捌いていくように、門前では常駐している門兵が身分証の確認をしている様子が見えた。

 荷馬車の男はマドレーが持っていたスクロールみたいな羊皮紙を門兵に見せたあと町入許可が出たようで、いくらかの町入税を門の脇にある小窓の先の兵士に支払ったあと、馬の蹄に装着された蹄鉄が石畳の西門通りをパカパカと小気味良い音を響かせながら、俺たちの隣を通り過ぎて行った。


「カジャミ?」


 クイクイッと俺の服の裾を引っ張りながら、目で門兵の姿を訴えかけてきた。

 俺も内心は門兵の姿にドキリとしたが、今の俺は昨日の俺と違い、ギルドカードを手に入れている。そうなるとロロアのことが気がかりだが、最悪ライドを置いて走るか。


「大丈夫だ。いざとなれば抱いて走ってやる」

「そんなことしなくても大丈夫だって」


 俺たちの会話で内容を悟ったライドは俺の肩に軽く叩きながらそう口にした。

 どうやら町を出る際は身分証の確認は不要らしい、商人の場合は積荷を所持している場合につき、町の出入りに対しその都度通行税を支払わなければならないらしいが、


「手荷物程度なら税金を獲られることもないから止められもしないさ」

「ほんと?」


 心配そうなロロアにライドがそう声を飛ばし、


「ほんとほんと。俺の顔を見るだけで通してくれるさ」


 よし。顔パス宣言も頂いたことだし、マジで何かあったら置いて行ってやる。

 内心そんな事を思いながら門に近づいていくが、門兵は俺たちをチラリと一目見ただけで、声をかけてくる素振りも見せなかった。

 俺たちはそのまま何事もなく門を抜けると、町に入ろうとすれ違った村人だろう三人組は、背負子で薪を背負いながら木簡を門兵に見せているところだった。

 俺がギルドカードを身分証にしたように、商人や村人、冒険者と色々な身分証が現存してあるようだ。横目に見えた光景にそんなことを思いながら、町を出た俺たちは西の森に向かって荒野を進み始めた。


 だんだん町から遠ざかっていくと、辺りに人影はなくなっていった。

 土埃が舞う荒野では、次第にこの世界には俺たち三人しかいないような沈んだ気分になってしまう。

 そんな俺とは違い、横目に移ったフードを深くを被るロロアからは(みなぎ)る闘志が伝わってくるかのようだった。

 ボクシングの漫画でフードを被りながらランニング、立ち止まってシャドーボクシングと、自主トレをするボクサーのそんなシーンよくあるよなと思い、今のロロアはそんなボクサーのようだ。

 突然ロロアがデン○シーロールを披露したとしても、今の俺は驚かない自信あるわ。


 そんなバカなことを考えていると、ライドが足を止めた。俺たちもそれに呼応するようにして立ち止まり、


「どうかしたのか?」

「そろそろ昼時かなと」


 時計も持っていないのによくわかるなとライドを見てみると、空を見上げ太陽の位置を確認していた。

 頭上に昇った太陽に、もうそんな時間かと意識すると、俺も腹が減ってきた気がした。ロロアが○ンプシーロールを晒している変な妄想をしていたら、あっという間に時間が経っていたようだ。


「カジャミおみずちょうだい」


 ロロアがグビグビと水袋を咥えているあいだに、固いパンをナイフで横に切ってバーガーのバンズのように上下を分離させ、一口ずつ噛み切れるようにと切れ目を入れていく。

 まさかパンに下処理を施す日がくるとはな。食べやすく加工したパンに干し肉と生野菜を挟みながら、


「こうやってパンを切ると、上のパンは王冠(クラウン)、下のパンはかかと(ヒール)って呼ぶらしいな」


 プハーッと一息ついたロロアに出来上がったバーガーもどきを手渡してやると、ライドは持参した干し肉にしゃぶりつきながら、


「へー。たしかにそうやって切れ目を入れれば固いパンでもスープなしで食べれるな」

「これからは固いパンと折り合いをつけていかなきゃいけないだろうからな……」


 俺はいったい何を言っているんだ? パンと折り合いをつけるとか……ふわふわのパンが食べたい。

 ロロアに作ってやったのと同じもので簡単な食事を済ませたあと、俺たちはさらに先へと進んだ。


 雑草だろうが荒れた大地から少しずつ緑が顔をだした足元、視界の先に見える木々がようやく森に着いたのだと知らせてくれる。


「日暮れまでにはつきそうだな」

「ロロアちゃんが頑張ってくれたからな」


 もう足がパンパンだよと弱音を漏らしていたが、それでもこの数日荒野を歩き続けた甲斐もあってか、遅れることもなく俺の傍を歩いていた。

 このまま進めば日も暮れないうちから野営を準備することも十分できるだろう。まさに進捗状況は申し分ないの一言だ。


「夕飯はまともなものを食べたいからな。先を急ごう」


 ライドを急かしてそのまま西の森へと入り、獣道を掻き分けながら森の中腹に出現したとされるダンジョンの入り口を目指していると、徐々に開けていく獣道は馬車が一台通れるだろう横幅のある道へと繋がっていた。


「他にも森の入り口があったんじゃないか?」

「できるだけ魔物のいない道を選んでいたつもりだ」


 そうかと納得したところで、草木が生えていない林道に足を踏み入れて気づいたことがあった。乗り合い馬車はダンジョンには向かわないと言っていたが、俺の足元には馬車の車輪跡だろう真新しい轍が森の奥へ向かって伸びていた。

 商人が林道を通って町や村々を往来しているのだろうかとも考えたが、それにしては隊商(キャラバン)が通ったのかと思えるほど轍の跡が多い。

 地竜討伐依頼を受注可能なA、Sランクの冒険者か……上位の冒険者なら人員も、馬車を借り出すぐらいの金銭的余裕もあれば、戦かえる御者が仲間に居ても不思議ではない。

 だが、個人の冒険者が大金を捻出し戦力を集中させるだろうか? 時間を措けば地竜討伐のためギルドが冒険者を集めて大規模討伐作戦を実施するとのことだったから、正常な判断を下せる者なら無理をせずそれに参加するはずだ。

 その真新しい轍を目に可能な限りで推測しているところ、


「なぁカザミ、魔物の姿を見たか?」

「見ていないが、そんな頻繁に出くわすものなのか?」

「荒野なら遭遇しない場合もあるが、森では入った途端に襲われることもあるぐらいだ」


 そういうものなのか。轍の跡も気になることだし、一応探知察知で周囲に何かいるのか確認だけしておくか。

 ――けっこういるな、まぁ小動物程度でも認識されるから魔物とは限らないか。なら危険察知も併用してみるか。

 なるほど。そこそこ距離はあるが赤い光点がチラホラと表示されているな。

 前方にもいるみたいだが、俺たちの方に向かってくる様子はない。偶然だろうが森の魔物は俺たちから離れるように周囲に散らばって距離をとっているみたいだ。


「襲われる心配はなさそうだ」

「魔物の位置がわかるのか?」

「あぁ、一応な」


 俺たちの会話で魔物が気になったのか、辺りをキョロキョロと見回していたロロアだったが魔物に襲われる心配が無いとわかると「カジャミはまほうつかいなんだよー」とライドに声をかけた。


 水石スイセキで水浴びをしたときの事を言っているのだろう。


「そうなのかー。カザミは魔法使いかー」


 ライドもロロアにあわせて語尾を延ばしてきたが、すぐにも真剣な表情へと戻ったライドはその場で立ち止まり、軽い登り傾斜となっている林道の先を差しながら口にした。


「ここを上がるとすぐだ」

「なにやら物音がするな。それに人の声もする」

「ほんとだ。カンッ、カンッって、おとがしてる」


 物音に気づいた俺たちは互いに何の音だ? とお互いの顔を見合った。


「この先は木々もない開けた場所になっていてダンジョンの穴が開いているだけなんだが、先客の冒険者でもいるみたいだな」


 ライドが、どうせ冒険者だろうと確認もしていないなか、知ったふうに口にして姿を出そうとしたので、俺は首元の鎧を掴み、茂みの中へと引きずり込んだ。

 明らかに何台かの馬車が通った轍が残されていたため、俺は注意を怠らずに様子を窺うことにした。

 服の裾が引っ張られる感覚にロロアもちゃんと付いてきているのを把握しながら、


「店があったのだから林道が通っていても不思議ではない。ではないが轍の形跡が多く真新しすぎる。明らかにギルドが実施すると言っていた大規模討伐作戦でもない」

「わたしたちでもギルドでもない、だれかがいっぱいきてるってこと?」


 何の考え無しに先に進もうとしたライドよりもロロアのほうが余程賢明だ。


「た、確かにロロアちゃんの言う事には納得だな」


 コクコクと頷きながらライドはそう言葉にしたあと、


「どうせダンジョンには行くんだよな? ならどっちにしろこの先に用があるんだ。行くしかないと思うが?」


 当たり前だ。ダンジョン探索は決定事項だから踵を返して立ち去るという選択肢はない。だが、


「無防備な状態で出向くなと言う事だ。戦闘になる心づもりでいろ」


 ライドにはそう言って、ロロアには俺の背後から離れるなと忠告を飛ばしたところで、俺たちはダンジョンに繋がる穴が空いている開けた森の一部と木々が生い茂る森との境界から藪を掻き分けて姿を現した。

 いつでも刀を抜けるよう片手は常に鞘を握り締め、ライドも背中に担いでいた盾を持ち替えて周囲の警戒をしていた。


「野営の準備中のようだな」

「あれだな。カザミは慎重派なんだな」


 冒険者が他の者と街の外でかち合うなんてよくあることさと付け加えながら「なーロロアちゃん」と同意を求めていたが、ロロアは困ったように小首を傾げてみせると「冒険者になればわかるさ」と自分を励ますように肯定していた。


 そんな二人よりもまずは状況を確認しておこう。

 森の中に一部開けた場所とは聞いていたが、眼前に広がるのは芝生の広場だった。

 その広場の一角にはロロアが荒野で寝泊りをしていたトンガリ屋根の同じ白い三角天幕が無数に張られており、三角天幕より数は極端に少ないが、いくつか見える真っ白い戦場の司令室とでも呼べそうな大型の天幕には何かの紋章だろう柄が施された旗が掲げられていることがわかる。


 あまりにも圧巻な天幕の数々に目を奪われてしまっていたが、気づくと天幕の傍で焚き火を熾して自在鉤で鍋を吊るし料理の準備をしている男や、木に縄先を縛り付け何頭もいる馬に干草をやっている御者もいた。


 すでにこの広場の一角は野営地として機能していることが理解でき、この野営地の背後にある森の傍には銀色の鎧を身に纏った何人かの騎士風の姿も覗えた。

 互いの位置から間隔をあけていることから、護衛も兼ねて野営地付近に魔物が寄ってきていないか見張り番でもしているんだろう。


 視認できるだけでも野営地には十人近くの人間がいるようだが、張られた天幕の中は人の気配はせず、中で寛いでいるとも思えない。

 天幕の数と今居る人の数では、どう考えても天幕の数が多過ぎる。どうやらかなりの数、二、三十名はダンジョンに潜っているだろう事が窺い知れた。


「なんだ貴様等は!」


 こちらに気づいた騎士風の男一人、大声を上げて歩み寄ってきた。

 纏っている銀色の鎧には、なにやら紅い紋章が肩に彫られている。野営地の大型天幕に紋章の柄を施した旗を掲げたものがあったが、それと同じ紋章だと一目で分かった。

 五角形の縁が深い青色で、縁の中の馬は前足を上げた棹立ちの格好をしており、その背には翼を羽ばたかせている。

 この絵柄は俺の知るかぎりだと、たぶん神話に出てくる天馬と呼ばれる神獣。騎士風の男が纏っている鎧は、そんな真紅の彫り物が印象的だった。


「この国の騎士だ。あまり関わらない方がよさそうだぞ」


 目の前に立った男はどうやら本物の騎士だったらしく、ライドはその騎士には聞こえないように俺の耳元で小さく囁いた。

 俺が鎧に彫られている紋章に気をとられていると、


「応えぬか!」


 その騎士は俺に向かって声を張り上げてきた。大声にびっくりしたのか、背後に居たがロロアがビクリと身を震わせたのが掴んでいる裾から伝わってきた。

 せっかちな騎士だ。ライドのいうとおり、あまり関わり合いにはなりたくないな。


「俺たちはダンジョン攻略を目指すただの冒険者だ」

「やはり冒険者風情か」


 この口調――あの貴族の男もこいつの様な横暴な態度だったな。

 身分の階級で優劣が決まるのか。なんとも時代錯誤だ……日本でも階級社会は実在したが、時代と共に廃止され名残すら残ってはいない。

 ヨーロッパ諸国、たしかフランスあたりは廃止されたとはいえ未だ根強い階級思想が残っていてセレブの中には庶民は階段を使えなどと口にする人も居ると聞いたことがある。

 異世界だからだとか関係なく、人間だから一度手にした階級には拘ってしまうのだろうか。エレベーターぐらい、いいじゃないかと騎士とは全く関係のないことを考えながら、


「お前達の邪魔をする気はない。俺たちの事は気にしないでくれ」

「ならば即刻この場より立ち去るがよい」


 人の話は聞かずに自分たちの都合を押し付けてくる。まるで会話にならない。


「お前たちには関係ないだろ、邪魔はしないと言っているんだ。少しはそちらも配慮すればどうだ」


 こういうやりとりは本当に面倒だ。

 そうこうしている内に日も暮れてしまい、薄暗くなってきだした時、ダンジョンの穴から松明の明かりが漏れてきた。

 その直後、地響きが鳴りゴゴゴッと響く轟音から地形が変わったのだと察することができた。どうやら土属性の魔法で穴の底から地上へと繋がる階段を作り出したようだな。

 俺たちに突っ掛かってきた騎士とは折り合いがつかないまま、騎士はフンッと鼻息を荒くし、松明の明かりが漏れ出る穴の方へと去っていった。


 騎士が去っていく姿を見届けたライドは急にハリキリながら、


「俺たちも野営の準備をするか」

「あぁ。そうだな」


 ライドの言葉に相槌を返しながら、そう言って騎士の野営地とは穴を挟んだ反対側へ移動を始めたライドの後ろ姿を見て、ふと思った。

 荷袋一つしか持っていないが天幕を張る気はもうとう無かったんだろうか。それでは野営というよりはただの野宿だ。


「いっぱいいるね」

「あれだけ天幕が設置されているんだ。居て当然だな」


 穴からは続々と地上に姿を現す騎士団が見えると、ロロアはライドの方へ向かって歩きながらも視線は騎士団に釘付けだった。

 先頭で団を率いているのは女騎士のようで、その騎士団の中には白いローブ姿の魔法使いも窺えた。

 騎士の姿が多く、鎧姿や軽装の騎士見習いのような者たちが二十人いないかと言うほどと、魔法使いが七、八人ほどの混合騎士団のようだ。

 それに地上に居た先ほど声を荒げていた騎士や野営地の者たちを含めると、三十数人というところだろうか。


「まさか騎士団がダンジョンにきているとはな」

「わたしがきてるぐらいもん。あのひとたちもきっとようじがあったんだよ」


 騎士団がダンジョン遠征にくるとは予想もしていなかったが、向こうからしたら子供がダンジョンにくるなんて思ってもなかっただろうな。


「用事か。そうだな、何か用がないとダンジョンなんてこないよな」


 ……だからか。

 ギルドが地竜の依頼ランクを上げてダンジョンに冒険者が赴かないようにしたのは。

 どうやらギルドは騎士団がダンジョン遠征に来ている事を知っていたようだが、それを公表せずに冒険者の足をダンジョンから遠ざけたようだな。

 きっとギルドからすれば冒険者が邪魔をして騎士団の遠征が失敗したなんて文句を言われたくなかっただけだろう。


 ライドが盾や荷袋を芝の上に下ろし、鎧を脱ぎ始めていた。

 俺はとりあえず鞄から薪を出し、シャベル代わりに近くに置いてあったライドの盾で芝を取り除き浅い穴を掘った。

 地面をザクリと削り、盾に積もった土をシャッと小気味良い音を鳴らしながら周囲に撒いていると、それに気づいたライドは困惑しながら、


「ちょっ、え!? えっ!?」

「かじになったらあぶないからね」


 そんな困惑したライドの腰あたりをポンッポンッとたたきながら、ロロアは俺の行動に説明を加えていた。

 ある程度芝を取り除いたあと、出していた薪を集めていつもどおりの火石を放り込む。ボッと火が燈り、その明かりが届く範囲を野営地にすることにした。


 天幕を取り出して寝床を確保しようと鞄を開けていると、中が真っ黒い何かになっていることに気がついたライドは、鞄をまじまじと見つめながら中を覗き込んできた。


「なんだその鞄は?」

「これか? 魔法の鞄といったところだ」

「このかばん、かじゃみしかつかえないんだよ」


 鞄から天幕やテーブル、鍋に自在鉤にと色々と取り出していると、


「おー。確かに魔法の鞄だな」

「この鞄より大きい物でも収納できるんだ」

「便利な鞄だな」

「お前用のテントも出してやるよ」

「悪いな、見ての通りこれしか持ってきてないんだ」


 荷袋を見せてきたが、どうせ食料しか持ってきていないのだろう。ダンジョンに潜る事だし、かさばる荷物を持ってきても邪魔になるだけか。

 天幕を二つ張り終え、次は食事の準備を始めようとテーブルの側に移動した。


「なにか食べたい物はあるか?」


 天幕の中に虫が入らないよう入念にチェックしながら入り口を閉めたロロアに声を投げかけると、隣に建てた天幕の中を覗き込んでいたライドが返事をした。


「食べたいもの? 俺もいいのか?」


 どうして俺がお前にリクエストを聞くんだよ。あつかましいヤツだな、ロロアに聞いてるんだ。

 天幕からこちらに振り返ったロロアが、


「きらきらのスープがいいー」


 キラキラのスープ? あぁ、あれか。


「コンソメスープだな」

「おてつだいするの」


 今朝買い足しておいたじゃがいもニンジンなどの根菜をテーブルに置くと、ロロアはいつも焚き火の側に置いているバケツの水でバシャバシャと手を洗ったあと、慣れた様子で丸太の上に立ち、皮むき具を使いじゃがいもの皮を剥きはじめた。

 町までの道中、何度も野営をしていたためロロアは手馴れた様子で野菜の皮を剥いていく。

 ロロアが、じゃがいも、人参、玉葱の皮を剥いていき、俺は剥き終わった食材を向かい側に立ち包丁でカットし鍋に放り込んでいく。


 野営と言えば吊るし鍋が便利だよな。一人のときはバーベキューコンロで肉を焼いて食ってればそれでよかったが、ロロアと二人になってからは鍋で二人分の料理を作るのが当たり前になっていた。

 宿でもそうだったが、こちらではコンロのかわりに暖炉の火を使い鍋で料理をするのが一般的なようだ。まだまだこの異世界は発展途上のようだ。

 こんなタイミングでなんだが、こっちの世界で家を買うことがあれば魔道具屋に置いてあったコンロを買おうと心に決めた。


 鞄から薪と自在鉤(じざいかぎ)<鍋等を吊るす道具>をもうワンセット取り出して、俺たちの様子をボーっと眺め突っ立っていたライドに火の準備をさせる。


「ぜんぶむきおわったよ」

「それじゃ先に、こっちを頼む」


 俺はロロアにトマトを敷き詰めた鍋を渡しライドの様子を見てみると、盾を使って俺のように浅い穴を掘りながら、盾は穴を掘る道具じゃないんだとぶつくさと愚痴をもらしていた。


「ぱすた、ぱすた、トマトのぱすた」


 以前にもミートパスタを作ってやったが、ロロアの大好きな料理ランキングに上がっているらしい。

 鍋に敷き詰めたトマトを見るだけで、次はなにをすればいいのか理解しているようだ。ロロアは水袋の水で手に付いた野菜くずを洗い流してから鍋のトマトを両手で潰していった。

 俺は野菜のカットが済んだので、(ボア)の肉を一口サイズにカットしたものを鍋に入った野菜の上にのせた。


「ライド、これを火にかけてくれ」


 スープ用の野菜と肉が盛られた鍋をライドに渡して、残りの肉を包丁で叩いて挽き肉にし、鍋を熱して挽き肉に塩、胡椒をふりかけ焼いていく。

 挽き肉に火が通ったところでロロアの潰したトマトを鍋に投入し、グツグツと水気がなくなるまで煮込んでいくと、鍋から沸き立つ香りが俺たちの食欲をそそる。


「わるいライド、もうひとつ焚き火の準備を頼む」

「お、おうよ。任された」


 また盾を使うのかあ。と声が聞こえたところで、


「いっかいですましてあげなきゃ」


 ライドの心情を察してか、ロロアがそんな言葉を口にしながら今度はバケツの水でトマトを潰してベチャベチャになった両手を洗っていた。


 トマトの入っていた鍋を簡単に水洗いしてから水袋の水を注ぎ込み、さらにもう一つ自在鉤を取り出しライドが準備した焚き火に鍋を吊るして水の中に塩を入れて火にかける。

 水が沸騰してから鞄に入っていた最後の乾燥パスタを放り込んだあと、コンソメスープ用の鍋の灰汁を取り除き、こちらも最後のコンソメの素を入れてから塩、胡椒で味を整えて、ひと煮立ちさせればスープは完成だ。

 水気を飛ばしたトマトソースの鍋に肉や野菜の出汁が利いたコンソメスープを注いでさらに煮込んでトマトソースに馴染ませる。

 できれば肉を焼く前にオリーブオイルにニンニクで香り付けをして、トマトソース自体をケチャップやソースで味を調えたいが無い物は仕方ない。

 これでも素材の味だけの料理を食べさせられるよりは十分うまいだろうし、先日のミートパスタよりもコンソメスープを足した事により一段上の味になっているはずだ。

 素材の味はやさしい味と言うのはただの方便だと宿屋で実感させられたからな。


「よし、完成だ」

「おいしそうだねー」

「カザミが料理できるとは驚いたぜ」


 テーブルにはコンソメスープとミートパスタが並べられ、水の注がれたコップと削りチーズが置かれている。温かいうちに頂くとしよう。


「「いただきます」」


 俺たちが二又の木製フォークを片手にそう口にすると、えっ? 食べてよかったんだよな? とライドが口に放り込んだパスタをもぐもぐとさせながら困惑していた。


「これはただの習慣だ。気にするな」

「まねしてるだけ」


 クスリと笑いながらロロアがそう口にしてパスタをクルクルと巻いてカプッ口の中に。


「まえのよりおいしくなってるー」

「ロロアちゃんが羨ましいな。俺も毎日これを食べたいよ」

「ライドもつくれるようになればいいんだよ」


 会話を楽しみながの食事だと思っていたが、ダンジョンの入り口()を挟んだ向こう側からランタンを片手にこちらに近寄ってくる者たちを俺は見逃さなかった。


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