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◇ ◆ ◇
「マジ最悪…!」
ふと気がつくと、堀越恭子の叫ぶような声が聞こえた。
「けっきょくあの人、失敗してんじゃん…! しかもアッサリと逃がすからこんなことに…! だからケースケ達がさっさとヤっちゃえば良かったのに…!」
「マジカンベンだって、恭子だってなんだかんだ人にやらせてっから、こーなんだろ。 まぁもう別にいいけど」
冷たい床の感触と、痛む左頬に顔を歪める。床にうつ伏せになるように倒れこんでいた。
…そうか、あたし。気を失ってしまったんだ。
結局あの後あたしは逃げ切れず、放送室に乗り込んできた堀越恭子とその他のやつらに捕まってここまで連れてこられたんだ。
その時盛大に左頬を叩かれたせいで、一瞬意識が飛んでいた。
なんだかやたらと体が弱ってるみたいだった。自ら放棄しようとした罰だろうか。
「おっと、お目覚めだね。アンタいー度胸だねぇ…おそれいるよ」
目を覚ましたあたしに、近くに居た男子生徒が声をかける。よく堀越恭子や桜塚達というとりまきだ。確かこの人も同じクラス。
「んで、どうする? 恭子、健太」
その視線を追うとほぼ真正面に、“いじめっこ”のボスがお揃いで居た。
つい先ほど校内放送で“あたし”の口から名前の挙がった、いじめの首謀者。
堀越恭子と桜塚健太。
このふたりの名前しか出てこなかったのは、きっと“彼”が他の周りにいる連中の名前を単純に知らなかったからだろう。本当、案外抜けてるというか、なんというか。そんなことを思ったら少し笑えた。
「…なに笑ってんのよ…」
あたしの態度が気に喰わないのか、堀越恭子がかつてないくらいに歪んだ顔であたしを見下ろしている。握った拳は怒りでぶるぶると震えていた。
「ふざけやがって…!」
「落ち着けって、恭子」
“あたし”からの反撃は、堀越恭子にとってよほど予想外だったのだろう。その足をあたしに振り下ろそうとしていたけれど、近くに居た男子がそれを制する。
「お前、状況理解できてる?」
呆れたように言われ、ゆるりと視線を上げてあたりを見回す。体を起こそうと床についた手に、上手く力が入らない。
「…教室…?」
そこは、教室だった。
2年B組、あたし達の。
「別にあんなアナウンスされたところで、こっちは痛くもかゆくもねーよ。学園内のことなら、大抵揉み消せる」
今まで黙っていた桜塚健太が、ゆっくりと口を開いた。
「ただ…俺たちに逆らうとどうなるかは…きっちり教えてやらねぇとなぁ…?」
教室のドアは締め切られていた。机や椅子は無造作に端に寄せられている。あたしはそのほぼ中央に、転がされていた。
あたしの周りには、堀越恭子たちといつもお馴染みの取り巻き達。今度こそ逃がさないとばかりに囲っている。
教室の隅にはストーブが音をたてていた。
そして、その反対側の隅には。
「お前にも、こいつらにも」
クラスの生徒たちが、怯えるように固まっていた。おそらくほぼ全員居るだろう。
みんながあたし達を見ていた。
「お前のせいで晴れてウチのクラスは“いじめのあるクラス”になっちまった。せっかくだからお望み通り、全員参加してもらおうと思ってな」
「そんなこと…ッ 望んでな…」
「だってそうだろう…? お前はこのクラス公認の、“いじめられる役”なんだから。こいつらも全員同罪だ。だから教えてやるんだよ、いかにお前に居てもらわないと困るか。誰もお前を助ける気なんてない。お前が居なくなると、次は誰に回るかわかんないからな…その“役目”が。みんな必要としてるんだよ、お前を、“いじめられる役”を」
…そんなの、はじめからわかってた。
教室内で、あたしが居なくなればいいのにと疎む気持ちの一方で…あたしで良かったと、自分じゃなくて良かったと、みんな思っているってこと。
あたしの痛みの上に、ほかの人たちは安堵と平和を得ていること。
そんなの、解っていた。
「…なに、する気…」
起き上がろうとしたその背中を、踏みつけられる。抵抗する両腕を押さえられ、羽交い絞めにされた。
「抵抗すんなって、いつもしてねーだろ? 利口になれって、痛いだけだぜ」
笑いながらあたしの体を押さえつける。気持ち悪いと思った。心の底から、怖いと。
だけど彼らはやっぱり、笑っていた。誰も止める人はいない。
――触らないで…!
そう心の内で叫ぶけれど、だけど声にはならない。
それからムリヤリに体を起こされ、今度は仰向けに押さえつけられる。
「飼い犬のしつけっつーか…まぁ悪いコにはおしおきが…必要だろ?」
その手が、胸元に伸びてくる。あたしを見下ろす歪んだ顔と、カメラのレンズ。背筋が凍る。何をされるかなんて、イヤでも想像がついた。
「……ッ」
恐怖で声が出ない。
あの日の光景が、甦る。あの日の赤い夕暮れが。燃えるように赤かった。
誰も助けてくれなかった。
「高く売ってやるからせいぜいイイ顔しろよ」
受け入れられないことが、多すぎた。自分という存在を含め、たくさん。
未来に希望は持てなかった。だけど死ぬという選択はあたしにはなくて。
だから別の方法を選んだんだ。
自分で自分を、この痛みを傷を感覚を、ころしてしまおう。
そうすれば、たとえ一時でも嘘だとしても、傷つかない自分で居られる。強い自分で居られる。
でも、あたしは――…
「……い、や…」
強いひとに、なりたかったんだっけ…?
「…イヤ…!!」
彼の顔が頭に浮かんだ。弱くて臆病で泣き虫なひと。
だけどその所為で自分をずっと、傷つけ続けてきたひと。
痛みをきちんと受け止めて、涙していたひと。
「………た…」
あたしみたいに嘘で塗り固めて見ないフリなんてしない。誰かを傷つける度に、同じだけの傷を、刃を、自分に付き立てて。
バカなひとだ。不毛だと思う。だけど。
「……よ、…う、た…!」
なんて、愚かで…やさしいひと。
「……陽太…!」
彼みたいなやさしいひとに、あたしはなりたかった。




