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ひとりぼっちの勇者たち  作者: 長月イチカ
教室の隅のブレイバー
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50/53

◆7


 何かが激しくぶつかる音が、教室全体を大きく揺らした。

 鍵のかかった教室の扉を、誰かが開けようとしているのだろう。ぶつかる音に合わせて壁や窓が揺れる。

「な…ッ なに…?!」

「せ、先生、とか?」

「まさか、俺が居ること知ってるのに」

 スカーフを解いていた桜塚の手が止まる。あたしもゆるりと視線を向けたその瞬間。

 教室の扉が激しい音と共に、内側に倒れこんできた。

 扉の前にあった机や椅子が散乱する。女の子の悲鳴がいくつも響いた。

 埃の舞うその向こうに人影が揺れ、教室内の視線が一集する。

 なんだか前にもこんなこと、あった気がする。わりと最近。

 倒れた扉の上から、散乱する机や椅子を押し退けながら教室内にその人影が降り立つ。咳き込むその顔がこちらに気付き、視線が合った。

 金色の髪がきらきらしていた。やっぱり綺麗だなと思った。

「……ッ、月子ちゃん……!」

「…よ、……た」

 彼は笑っていた。

「陽太……!」

 ――来て、くれた。


「…は! ダレかと思ったら…お前かよ」

「もうひとりの主役登場じゃーん、ちと登場が派手過ぎじゃね?」

 ゲラゲラと教室内に笑いが響いた。ひかれるように教室内がざわつく。

 ほとんどのクラスメイトは、彼の顔を知らない。初対面だ。

 だけど桜塚たちのその様子に、陽太がもうひとりの“いじめられる役”だと気付いたのだろう。息を呑む気配がこちらにまで聞こえた。

 陽太がゆっくりと、こちらに近づいてくる。あたりの様子を伺いながら。

 次第にその顔から笑みは消え、哀しさが滲むのがわかった。

 状況を、理解したのだろう。

 まっすぐこちらに歩み寄る陽太にあたしはふるふると首を振った。来ちゃダメだということはお互いに、わかっていたはずだ。来たら、どうなるのかも。

 自分で呼んだのに、求めたのに。


 本当に来てくれると思わなかった。だけどこんな状況で陽太がここに現れても、この状況を打開できるようには思えなかった。

 ならせめて。彼だけでも逃げてくれれば良かったのに。あたしのことなんか、見捨ててくれれば良かったのに。

 ――でも。

 そんなこと、ぜったいに陽太はしないって。あたしはもう、知っている。知っていたんだ。


「…メール…見たよ」

「…ああ…だから来たってわけね、わざわざこんなタイミングで」

 陽太が、まっすぐ桜塚と対峙する。

 桜塚のとりまき達が彼を囲ってにやにやと笑っていた。桜塚も至極愉しそうに。

「月子ちゃんを、離して…」

「…ダメだね。こいつは俺たちに逆らった」

「やったのはぼくだ」

「…ああ…?」

「あの放送、やらせたのはぼくだよ。だから月子ちゃんは関係ない。メールで言っただろ、ぼくか月子ちゃん、どっちかだって。…ぼくが受ける。月子ちゃんの分も、ぜんぶ」

「…へぇ…?」

「だから月子ちゃんは…離して…お願い…」

 陽太の言葉に、教室内がざわつく。

「なに、やっぱりお前らってそういう関係なの? ただのひきこもりだと思ってたのに、やるじゃん陽太くーん」

「いいじゃん健太、その女の前でコイツ、ぶちのめしてやれば。自慢のキレーな顔も、今日で見納めってことで」

 事態が上手く呑み込めない。何を、言っているのだろう。なんで、陽太がぶちのめされなきゃいけないの?

 騒ぐ取り巻きの笑う声に、桜塚もゆっくりと、笑った。

「…いいぜ、その代わり…」

 桜塚があたしの上から退き、陽太の前にまっすぐ立つ。それからぐしゃりと、陽太の前髪を握りつぶした。

「今日は手加減、ナシだ。…死ぬなよ…? ここではなぁ」

 長い腕が一瞬で空を切る。あたしはすぐその足元で、その様子を見上げていた。

 次の瞬間には、鈍い音と共に陽太の体が机の山へと吹き飛ぶ。まるで夢をみているみたいに一瞬で。

 あたしの頬や制服や床に、血が飛び散った。

 教室内に悲鳴がこだまする。泣き出す女生徒も居た。見てられなくて、顔を背ける人も。

 だけど殴る音と笑い声がやまない。

 ダレも止めようとはしない。

 それがこの教室での、目に見えないルールだから。

「やめ、て…やめてよ…!」

 よろけながら立ち上がり止めようとしたあたしの体を、堀越恭子たちが羽交い絞めにする。それから彼女たちは笑って、あたしに言った。

「いーから見ときなって。せっかくあんなに、楽しそうなんだからさぁ。安心しなよ、あんたも後で混ぜてあげる。あたしは絶対に…ゆるさないから」

 それはきっと永遠に。

 終わらないのだろう。

 変わらないのだろう。

「……あたしも…」

 だからきっとあたし達は。

 戦い続けなきゃいけないんだ。

「あたしも、ゆるさない」


 ありったけの力を振り絞り、彼女たちの腕を振りほどく。

「きゃ…!?」

「ちょっとアミ、なにしてんのよ…っ」

「だってアイツ普段抵抗なんかしないのに…あ、ちょっと!」

 解放された体で、陽太のもとに走る。だけど途中で捕まってしまい、床に蹴飛ばされた。すかさず堀越恭子があたしに馬乗りになり、力いっぱい頬を打たれた。

「いい気になんなって言ってんでしょう…!?」

「……っ」

 口の中に血の味が広がる。だけどそんなのどうでもよかった。

 もがくけど彼女はどいてくれない。冷たい視線は突き刺さるだけ。

 視界の端で陽太と目が合う。

「月子ちゃん…っ」

 血だらけだ。このままじゃ本当に、死んでしまう。

 …どうして?

「……て」

 誰も、助けてくれなかった。叫んでも泣いても、誰も。あたしのこと、助けてくれなかった。

「たす、け…て…」

 でも、もういいの。それでもいい。あたしのことは助けてくれなくても。

 ――だから

「陽太を…助けて……!」


 お父さんが死ぬ間際。あたしは神様に必死に祈った。願った。

 お願いします、助けてって。何度も何度もすがった。代わりにあたしがいくらでも、罰を受けるから。命も未来も全部、差出だって構わないからって。

 だけど神様は絶対に、かなえてくれない。助けてくれない。

 この学校に入学した時。外部入学生だけでの入学説明会の後、渡り廊下であたしは初めて堀越恭子に会った。誰かにぶつかって荷物をぶちまけたとか喚き散らしていたので、注意した。それが、はじまり。

 本当にそれだけの理由かはよくわからなかったけど、あたしの何かが彼女の気をさかなでたらしい。その日からあたしは、会う度に彼女に、彼女たちに殴られる日々が始まった。

 …一番最初は。

 やめてって何度も言った。素通りする人たちに、先生に。助けてって何度も叫んだ。

 だけど結局誰も助けてはくれなかったし、こんな世界がふいに変わるなんてこともありえなかった。

 だからもうみっともなく誰かに助けを求めるのはやめよう。ムダなことは、やめよう。

 そう決めていた。

 …だけど。


 だけど今は、ちがう。あの時とは違う。

 みっともなくてもいい。悪あがきでもいい。やっぱりそれで、世界は何も変わらなくても、もう何もしないで諦めるのはイヤだから。

「助けて…! お願い、誰か…陽太を助けて…!!」

「…うっさいなぁ…」

 今度は拳が振り上げられる。それでもあたしはやめなかった。

 教室の隅に固まる、クラスメイト達。遠巻きにただ見ているだけの、傍観者。

 顔を背けて、耳を塞いで。確かにそれが正解かもしれない。

 でも、あたしがやめなければ、諦めなければ――誰かに、届くかもしれない。

 世界が変わるかもしれない。

「黙れって言ってんじゃん…!!」

 振り下ろされる拳。

 迫る痛みに目を閉じても、あたしは叫び続けた。

「――もう…やめてよぉ…!」

 女の子の、声だった。

 聞き覚えのある声。この教室内にそんな人、居るわけないのに。

 教室内の音が止む。時が止まったかのように静まりかえる。

 あたしの上に何かが覆いかぶさっていた。温もりを感じた。それから心臓の、鼓動を。

「なに、あんた…」

 堀越恭子の声が、わずかに遠い。覚悟していた痛みはあたしに届かなかった。

「どけよ…それともあんたも殴られたいわけ?」

 堀越恭子があたしの上に覆いかぶさっていた女の子の胸倉を掴み、顔を寄せる。彼女は…確か、星野さんだ。いつだったかこの教室で、あたしに話しかけてきたひと。

 涙を流しながら星野さんは、ふるふると首を振った。だけどその目はまっすぐ、堀越恭子を見据えていた。

 そして次の瞬間。

 携帯の着信音が一斉に教室内に響きわたった。



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