◆13
◇ ◆ ◇
自分の家が貧乏だってこと、小学生の頃にまわりにの同級生からはやしたてられるまで、あまり意識したことはなかった。確か給食費の滞納を、男子にからかわれたんだ。
でも仕方ないと、うちは大家族だからと、子どもながらに理解してるつもりだった。長女だったっていうのもあったのかもしれない。
だけどあまり物欲のない子供だったせいか、服が欲しいとかオモチャが欲しいとか、ほとんど思わなかった。
いつも真新しい綺麗な服を着て、流行のオモチャを持って誇らしげな顔をしている周りの子たちとは、根本的に馴染めなくなって…いつしかひとり、孤立していった。
でもそんなのなんともなかった。哀しくも、悔しくもなかった。だって家に帰れば家族が居た。それだけで良かったから。
お父さんの影響で、本は好きだった。家にも本はたくさんあったけど、どれもボロボロだった。だけど図書館にいけば本はいくらでもあったし、借りてくれば家でも読めた。
読むのはいつも、お父さんおススメの本。お父さんはいつも夏目漱石や宮沢賢治をすすめてくる。確かに 本は、おもしろかった。だけどひとりでも図書館に行くようになってからは、医学書ばかり、読み始めた。
“医者”という職業を意識し出したとき…もっと勉強しなきゃと思った。
だけど図書館に参考書は置いてなくて。うちにはパソコンなんてものもない。それに勉強以外のやることが、たくさんあった。
時間が足りない。勉強をする、環境も。
少しずつ少しずつ。募っていく得体の知れない醜い感情に気付かないふりをして、必死に押し隠した。
家事の手伝いを、弟達の世話を、参考書すら買えない現状を。勉強する時間より弟をあやしている時間の方が長いこの実情を。次第にわずらわしく思う、自分がいる。込み上げるやるせなさに、拳を握る自分がいる。
そんな自分に一番驚いたのは自分だった。
信じられなかった。あんなに、大切に思っていたのに。
お父さんもお母さんもあたし達を育てる為に必死に働いてくれている。もう十分、理解しているつもりだった。
あたしは、この家の長女なんだから。お姉ちゃんなんだから。
そう必死に言い聞かせて、自分も周りも誤魔化して。
でもそうやって取り繕ったって、いつしか何かがいっぱいになって。
醜いあたしの本性はあの日にとうとう露呈した。
『あたしの将来をあたしが決めちゃいけないの…?! うちが…! 貧乏だから…?!』
『月子…!』
お父さんもお母さんも哀しそうな顔をしていた。お母さんのお腹の中には、もう瑠名が居た。ずっと欲しかった、妹だ。だけどこの時はもう、何も考えられなくて。
そんなこと言うつもりは微塵もなかった。勝手に口が動いていた。涙も勝手に溢れていた。すべてがあたしの制御を外れていた。
ダメ、と思った時にはそれは既に、口から吐き出されていた。
『…生き方すら選べないなら…自由に生きられないなら…! 生んでくれない方が…よかった…こんな家…生まれてきたく、なかった…!』
浅はかで、幼稚で、感情の抑えられない愚かな子供だった。
だけどそれはその時のあたしの紛れもない本心だった。
『月子…! ……ッ、…!』
叫んだお母さんが、お腹をかかえてその場に蹲った。お父さんが蒼い顔のお母さんを抱えながら何度も呼ぶ。お母さんの足元には血が流れ出していた。
『…お、おかあ、さ…』
その光景に、まるで顔面を殴られたみたいな衝撃を受けて、あたしはまともに立っていられず座り込む。
あたし達の叫ぶ声に、すぐに朔夜たちが駆けつけて、救急車を呼んでくれた。
お父さんがお母さんを抱いて救急車に乗り込む。
サイレンが、遠ざかる。
だけど耳の奥でずっと、警告音は鳴っていた。
夢ならいいのにと思った。そう、ぜんぶ、なかったことにできたなら。
きっとあたしの声が、お腹の中の赤ちゃんにも聞こえていたんだ。
あたしなんかの妹に生まれてきたくなかったんだ。
だって一番言っちゃいけないことを、あたしが言ったんだから。
お母さんは流産しかけていた。だけどお腹の赤ちゃんもお母さんも大事には至らず、数週間の入院の後、お母さんは家に帰ってきた。
お母さんは『大丈夫よ』って笑ってあたしの頭を撫でたけれど、だけど知っている。気付いている。
あたしのせいだ。あたしが、瑠名を。あたしの言葉が、瑠名を。
瑠名を殺そうとしたんだ。
それでも瑠名は、生まれてきてくれた。こんなあたしの妹に。
嬉しかった。そして同時に、哀しかった。瑠名に申し訳なくて仕方なかった。
だけどあたしにはもう泣く資格もないと思った。




