◇14
「…もう…いいよ…!」
繋いだ手が、もう片方の握った拳が、震える。
そんなこと、言わなくていい。
これ以上もう、なにも言わなくていい。
だけどそれはきっと、もう月子ちゃんの心には抑え切れなかったのかもしれない。抱え切れなかったのかもしれない。
ぼくが何度もこの右手に、吐き出してきたように。
「自分を責める気持ちは、わかるよ…だってぼくも、そうだもん…ぼくが居なければって、ぼくが居なくなればって…! だけど、ぼくは月子ちゃんに出会って…ぼくにもできること、知ったよ…できないことの方が多いけど…ッ できることもあるんだって、気付いたんだ…!」
繋いでいた手を力強く握る。ぼたぼたと涙がふとんに垂れて染み込んだ。月子ちゃんは何も、返さない。
「ぼくは…ぼくはもう、逃げたくない…見ないフリも誰かのフリも、あの部屋にひきこもるのも…! もう…やめたい…!」
ぎゅう、と目を瞑る。涙はいつの間にか止まっていた。
なぜだろう、頭が熱い。興奮しているせいだろうか。頭だけじゃない、体もやけに。
「やり直したい…新しい人生じゃなくて、“ぼく”の人生を、もう一度…!」
頬が熱い。呼吸が震える。
だけど言葉は溢れてきた。
「が…っ、ガンバるよ…! 上手くいかなくても、今までしてこなかった分、これからたくさん、がんばる…! がんばることくらいなら…っ、結果がダメでもなにも変わらなくても、ガンバることならぼくにも、できる、はずだから…だから、月子ちゃんも…! もう、ひとりになろうと、しないで…痛くないフリして、平気な顔して、自分を押し殺してしまわないで…償いたいなら、ちゃんと向き合って…! ひ、ひとりじゃ、ムリなら…ぼ、ぼくが、居るよ、傍に居る…月子ちゃんが、呼んでくれたら…“誰か”じゃなくて“ぼく”を…っ、呼んでくれたら…! 今度はぼくが絶対に、きみを救いにいくから…!」
愛の告白をしたかったわけじゃない。
さっき月子ちゃんのお母さんからプロポーズの話を聞かされたのには…ちょっと影響されているのかもしれない。だけど勢いだけの簡単な気持ちで言ったつもりはなかった。
心からの、本心だった。
「……」
部屋の中が静まり返る。心臓だけがうるさくて、聞こえてしまうんじゃないかとひやひやした。
「……あたしは…」
ベッドの中から聞こえてきた声にびくりと体が大きく反応する。繋いだ手から電流が流れた気がした。
「…もう…がんばれない…」
とても、か細くか弱い声だった。
小さく零れたそれは、すぐに暗闇に消えてしまった。
「月子ちゃ…」
その瞬間、視界が暗転する。
長い瞬きをしていたような錯覚の中、ドサリと何かが倒れる音がした。
瞼を開くと暗闇に浮かぶ天井。もう何度も経験してきたこの違和感。
ガバリと体を起こすと、急に動いたからか眩暈がして思わず頭を押さえた。
ふと視界に映ったのは、右手に巻かれた包帯。だけど自分の右手じゃない。これは、これは月子ちゃんの…
「……月子ちゃん…?」
呟いた声は、自分のものじゃない。
ギシリとベッドが鳴る。
見回した視界に映った光景に、先ほどの音の正体を知る。ベッドのすぐ脇に、自分が倒れていた。そう、ぼくが、“鈴木陽太”が。
ぼくは、月子ちゃんになっている。ということは、そこで倒れているぼくの体には、月子ちゃんが居るはずだ。
どうして、このタイミングで? 今までみたいに、逃げたいと思ったわけじゃない。
もう月子ちゃんを巻き込まない為に、ちゃんと自分の手で月子ちゃんの力になりたくて、守りたくて…もう逃げないって、思ったんだ。
「月子、ちゃ…月子ちゃん…?」
まだ尚重たい体をひきずりながら、ぼくの体を揺さぶって月子ちゃんを呼ぶ。
どうしたんだろう、ぼく眠たかったっけ? むしろ逆に未だかつてないくらいに興奮していた気がするんだけど。
「…っ、月子ちゃん…?!」
イヤな予感がした。
ぼくは半ばムリヤリに、揺すったり叩いたり耳元で叫んだりした。
だけどぼくの体は、子ちゃんは…目を覚まさなかった。




