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ひとりぼっちの勇者たち  作者: 長月イチカ
ベッドの下の嘘吐き
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24/53

◇1


 きみの言う通りだと思った。


 そうだよね。おかしいよね。

 どんなに他人に願ったってすがったって、ぼくを殺すのはけっきょく、ぼくでしかないんだ。

 ぼくを殺す為の言葉なんて、絶対に月子ちゃんは言わない。

 例え相手がぼくじゃなくても、誰でも、そうきっとあいつらにでさえ、そんなこと言わない。


 だけどそれは、月子ちゃんだけじゃない。きっと、“みんな”。

 だって世界中のほとんどの人は、ぼくが思っているよりずっと、ぼくに無関心だから。

 ぼくが死のうが生きていようが、きっとどうでもいいから。


 でも、不思議だ。

 ぼくを殺すのはぼくでしかないのに、ぼくを救うのは、ぼくじゃない。


 ねぇ、じゃあ、月子ちゃん。

 それってさ、ぼくはきみに生かされてるってことに、ならないのかな。

 それはやっぱりぼくの都合の良い解釈かな。勝手な思い込みかな。

 ぼくがそう、望んでいるだけなのかな。

 

 でも、それでもやっぱり、月子ちゃん。

 きみにも誰にもわからなくても、今ぼくの心臓が動いているのは、きみのおかげだ

 誰になんて言われようと、それだけは、絶対に。


 だってそれは“みんな”じゃなくて“誰か”じゃなくて、きみだったから。

 ──きみだったんだ。


◆ ◇ ◆


 朝、目覚めると世界が変わっていた。気がしただけかもしれないけれど。たぶん、きっと、ほんの少しだけ。だけどぼくにとっては大きい何か。

 窓の外は良い天気だった。

 体を起こして、小さく背伸びをする。コキ、と小さく骨が鳴る。

 体のだるさはすっかり消えていた。まるで昨日のあの苦痛が嘘みたいだ。熱もないし、寒気もない。それどころかやけにすっきりしている。ぼくにしてはとてもめずらしく、お腹も少し空いていた。

 薬が効いたのだろうか。それとも昨日あんなに泣いたからだろうか。

「…汗が気持ち悪…」

 朝食の時間までまだ少しある。シャワーを浴びてこよう。できればベッドのシーツも変えたい。

 そして今日は晃良兄さんが呼びにくる前に、待ってみよう。晃良兄さんが、いつもどんな顔してぼくを呼びにくるのかを。

 ぼくはちゃんと、知らなきゃいけない。


 ほんの小さな世界で生きるぼくにとって、少し気持ちが変わったくらいで、大きな変化があるわけじゃない。

 この部屋からはやっぱり出れないし、ましてや学校にも行けるわけじゃない。

 今桜塚からのメールがきたら、やっぱり逃げ出したい心が勝つに決まってる。きっとまた、月子ちゃんと入れ替わってしまう。だけど。

 食事の時の、あの憂鬱な気持ちは今日はなかった。

 母さんは変わらずぼくを「日向」と呼んだけれど、いつもみたいに心臓は痛くならなかった。その度に隣りで、兄さんがぼくの名前を呼んでくれていたことに、今日やっと気付いたから。

 なぜか母さんが作ったというプリンをすすめられ、どうしようと迷っていた時。晃良兄さんが一瞬の隙をついて、そのプリンを自分の口に押し込んだ。そのあまりの素早さにあっけにとられて、驚いて、思わずぼくは笑ってしまった。晃良兄さんがいつものあの無表情で、プリンを頬張っていたものだから。

 晃良兄さんはぼくが卵アレルギーだってこと、覚えてくれていた。たとえ母さんは覚えていなくても。それが、嬉しかった。

 あの場所で、ふたりの前で、自然と笑ったのなんて本当に久しぶりだった。

 それからいつもの学校に行くフリに、いつもと違う胸が痛んだ。

 晃良兄さんはきっと全部知っている気がした。ぼくの誤魔化しも、隠し事も、ヘタな嘘も。きっと、ぜんぶ。


 部屋に戻ると、なぜか気まぐれに部屋の空気を入れ替えたくなった。

 ベッド際にある窓を開ける。ついでにいつもひきっぱなしのカーテンも。

 朝の冷たい澄んだ風が流れ込んで、あっという間に小さな部屋いっぱいに満ちる。

 それからベッドに腰掛けて、ハンガーにかかったままの制服を見つめる。

 開け放した窓の外から、登校途中の小学生や近所のお母さん達の声が聞こえてきた。自転車のベルの音や、散歩中なのだろう犬の鳴き声も。

 きっと当たり前の、朝の風景なんだろうなと思う。ぼくには縁遠い。そこにぼくの居場所はない。

 いつからぼくは、“普通”じゃなくなったんだろう。いつまでぼくは、“こう”なんだろう。それは だれが、決めるのだろう。けっきょくぼくは、ここから出れないのに。

 だれも守れないし、なんにもできない。

 だけどできないと思っていることは決してできないし、やろうとしなければできることなんかひとつもない。

 じゃあ、ぼくは何が、したいのだろう。この部屋で。ひとりで。

 答えを見つけられないまま、いつもと変わらない1日が、始まってゆく。

 ぼくを置いて。


 握り締めていた携帯が振動し、思わずぎくりとする。もはや条件反応だ。体に染み付いてしまった。

 そろりと携帯を覗き込む。着信だった。

「…だれ、だろ…?」

 ディスプレイに映し出されているのは、携帯の番号。だけど知らない番号だ。

 知り合いの番号はとりあえず一通り登録してある。誰であっても、とりあえず。

 身に覚えのない番号は一度スルーする。その後もう一度かかってきた場合は、出るようにしていた。

 着信は一度途切れ、すぐにまたかかってきた。やっぱりぼくに用があるらしい。ぼくは息を吐き、携帯の通話ボタンを押した。

『…もしもし…?』

「……もしもし…」

 相手は男だ。同じ年頃の少年だろう声音。だけどぱっと思い浮かぶ相手はいない。

『…鈴木、さん?』

「…はい、そうですけど…」

 あまり良い予感はしない。というよりぼくにかかってくる電話で良い話だったことなんて、一度もない。じわりと汗が滲む。

「あの、どちらさまで…」

『…山田月子の弟の、朔夜です』

 山田月子さんの弟さんの朔夜く…

「え、朔夜くん…?!」

『…朝早くからすいません。先日はどうも』

 びっくりして思わず電話口で思い切り叫んでしまった。あまりにも予想外の相手すぎて。

 そういえば月子ちゃんの持っている携帯は家族共用のだけど、朔夜くんは自分のを持っているんだ。

「あれ、でもどうしてぼくの番号知って…」

『共用の携帯に残ってた番号を、一応メモってたんです。多分あんたのだろうと思って』

 正解です。さすが、しっかりしているというか、抜け目ないというか。

 携帯越しだからか、若干の敬語にくすぐったさを覚える。それとなく棘はあるけど、敵意もわずかばかり薄れた気がするし。

「でも、ぼくに何の用…」

『……まだ、家ですか…?』

「え、う、うん…」

 そうか、朔夜くんはぼくがひきこもりで学校に行ってないってこと、知らないんだ。まだと言われたけれど、ずっと家だ。言えないけれど。

『実は月子、昨日帰ってきてすぐ倒れて、寝込んでたんです。珍しく風邪、ひいたみたいで…なのに朝になって熱下がってないくせに、学校行くって譲らなくて…あいつ、頑なだし…母さんも居ないから、俺ら兄弟が止めてもきかなくて。あいつもう、家出ちゃったんです。それで、ものすごく不本意ではあるんですけど、確かあんた、月子と同じクラスなんですよね? 今日1日、月子がムリしないよう、見ててやってくれませんか?』



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