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きみの言う通りだと思った。
そうだよね。おかしいよね。
どんなに他人に願ったってすがったって、ぼくを殺すのはけっきょく、ぼくでしかないんだ。
ぼくを殺す為の言葉なんて、絶対に月子ちゃんは言わない。
例え相手がぼくじゃなくても、誰でも、そうきっとあいつらにでさえ、そんなこと言わない。
だけどそれは、月子ちゃんだけじゃない。きっと、“みんな”。
だって世界中のほとんどの人は、ぼくが思っているよりずっと、ぼくに無関心だから。
ぼくが死のうが生きていようが、きっとどうでもいいから。
でも、不思議だ。
ぼくを殺すのはぼくでしかないのに、ぼくを救うのは、ぼくじゃない。
ねぇ、じゃあ、月子ちゃん。
それってさ、ぼくはきみに生かされてるってことに、ならないのかな。
それはやっぱりぼくの都合の良い解釈かな。勝手な思い込みかな。
ぼくがそう、望んでいるだけなのかな。
でも、それでもやっぱり、月子ちゃん。
きみにも誰にもわからなくても、今ぼくの心臓が動いているのは、きみのおかげだ
誰になんて言われようと、それだけは、絶対に。
だってそれは“みんな”じゃなくて“誰か”じゃなくて、きみだったから。
──きみだったんだ。
◆ ◇ ◆
朝、目覚めると世界が変わっていた。気がしただけかもしれないけれど。たぶん、きっと、ほんの少しだけ。だけどぼくにとっては大きい何か。
窓の外は良い天気だった。
体を起こして、小さく背伸びをする。コキ、と小さく骨が鳴る。
体のだるさはすっかり消えていた。まるで昨日のあの苦痛が嘘みたいだ。熱もないし、寒気もない。それどころかやけにすっきりしている。ぼくにしてはとてもめずらしく、お腹も少し空いていた。
薬が効いたのだろうか。それとも昨日あんなに泣いたからだろうか。
「…汗が気持ち悪…」
朝食の時間までまだ少しある。シャワーを浴びてこよう。できればベッドのシーツも変えたい。
そして今日は晃良兄さんが呼びにくる前に、待ってみよう。晃良兄さんが、いつもどんな顔してぼくを呼びにくるのかを。
ぼくはちゃんと、知らなきゃいけない。
ほんの小さな世界で生きるぼくにとって、少し気持ちが変わったくらいで、大きな変化があるわけじゃない。
この部屋からはやっぱり出れないし、ましてや学校にも行けるわけじゃない。
今桜塚からのメールがきたら、やっぱり逃げ出したい心が勝つに決まってる。きっとまた、月子ちゃんと入れ替わってしまう。だけど。
食事の時の、あの憂鬱な気持ちは今日はなかった。
母さんは変わらずぼくを「日向」と呼んだけれど、いつもみたいに心臓は痛くならなかった。その度に隣りで、兄さんがぼくの名前を呼んでくれていたことに、今日やっと気付いたから。
なぜか母さんが作ったというプリンをすすめられ、どうしようと迷っていた時。晃良兄さんが一瞬の隙をついて、そのプリンを自分の口に押し込んだ。そのあまりの素早さにあっけにとられて、驚いて、思わずぼくは笑ってしまった。晃良兄さんがいつものあの無表情で、プリンを頬張っていたものだから。
晃良兄さんはぼくが卵アレルギーだってこと、覚えてくれていた。たとえ母さんは覚えていなくても。それが、嬉しかった。
あの場所で、ふたりの前で、自然と笑ったのなんて本当に久しぶりだった。
それからいつもの学校に行くフリに、いつもと違う胸が痛んだ。
晃良兄さんはきっと全部知っている気がした。ぼくの誤魔化しも、隠し事も、ヘタな嘘も。きっと、ぜんぶ。
部屋に戻ると、なぜか気まぐれに部屋の空気を入れ替えたくなった。
ベッド際にある窓を開ける。ついでにいつもひきっぱなしのカーテンも。
朝の冷たい澄んだ風が流れ込んで、あっという間に小さな部屋いっぱいに満ちる。
それからベッドに腰掛けて、ハンガーにかかったままの制服を見つめる。
開け放した窓の外から、登校途中の小学生や近所のお母さん達の声が聞こえてきた。自転車のベルの音や、散歩中なのだろう犬の鳴き声も。
きっと当たり前の、朝の風景なんだろうなと思う。ぼくには縁遠い。そこにぼくの居場所はない。
いつからぼくは、“普通”じゃなくなったんだろう。いつまでぼくは、“こう”なんだろう。それは だれが、決めるのだろう。けっきょくぼくは、ここから出れないのに。
だれも守れないし、なんにもできない。
だけどできないと思っていることは決してできないし、やろうとしなければできることなんかひとつもない。
じゃあ、ぼくは何が、したいのだろう。この部屋で。ひとりで。
答えを見つけられないまま、いつもと変わらない1日が、始まってゆく。
ぼくを置いて。
握り締めていた携帯が振動し、思わずぎくりとする。もはや条件反応だ。体に染み付いてしまった。
そろりと携帯を覗き込む。着信だった。
「…だれ、だろ…?」
ディスプレイに映し出されているのは、携帯の番号。だけど知らない番号だ。
知り合いの番号はとりあえず一通り登録してある。誰であっても、とりあえず。
身に覚えのない番号は一度スルーする。その後もう一度かかってきた場合は、出るようにしていた。
着信は一度途切れ、すぐにまたかかってきた。やっぱりぼくに用があるらしい。ぼくは息を吐き、携帯の通話ボタンを押した。
『…もしもし…?』
「……もしもし…」
相手は男だ。同じ年頃の少年だろう声音。だけどぱっと思い浮かぶ相手はいない。
『…鈴木、さん?』
「…はい、そうですけど…」
あまり良い予感はしない。というよりぼくにかかってくる電話で良い話だったことなんて、一度もない。じわりと汗が滲む。
「あの、どちらさまで…」
『…山田月子の弟の、朔夜です』
山田月子さんの弟さんの朔夜く…
「え、朔夜くん…?!」
『…朝早くからすいません。先日はどうも』
びっくりして思わず電話口で思い切り叫んでしまった。あまりにも予想外の相手すぎて。
そういえば月子ちゃんの持っている携帯は家族共用のだけど、朔夜くんは自分のを持っているんだ。
「あれ、でもどうしてぼくの番号知って…」
『共用の携帯に残ってた番号を、一応メモってたんです。多分あんたのだろうと思って』
正解です。さすが、しっかりしているというか、抜け目ないというか。
携帯越しだからか、若干の敬語にくすぐったさを覚える。それとなく棘はあるけど、敵意もわずかばかり薄れた気がするし。
「でも、ぼくに何の用…」
『……まだ、家ですか…?』
「え、う、うん…」
そうか、朔夜くんはぼくがひきこもりで学校に行ってないってこと、知らないんだ。まだと言われたけれど、ずっと家だ。言えないけれど。
『実は月子、昨日帰ってきてすぐ倒れて、寝込んでたんです。珍しく風邪、ひいたみたいで…なのに朝になって熱下がってないくせに、学校行くって譲らなくて…あいつ、頑なだし…母さんも居ないから、俺ら兄弟が止めてもきかなくて。あいつもう、家出ちゃったんです。それで、ものすごく不本意ではあるんですけど、確かあんた、月子と同じクラスなんですよね? 今日1日、月子がムリしないよう、見ててやってくれませんか?』




