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実験室の扉の向こうで、重い足音がピタリと止まった。
ガチャリ、と鍵穴に何かが差し込まれる音。
「来るぞ」
俺は声を潜め、ウォーハンマーを両手で強く握り直す。
リーナが素早く扉の死角へ移動し、音もなく短剣を構えた。
レイカも片手を前へ構え、いつでも氷魔法を放てる体勢に入る。
「ルナ、絶対に三人から離れるな」
「はい!」
ルナは巨大な装置の影に隠れるように身を屈めた。
足音の重さと、金属が擦れる音。明らかに先ほどの研究員たちではない。武装した見張り、あるいはラプラス商会の私兵か。
ここで大騒ぎになれば、研究所中に俺たちの存在がバレる。何より、寝台に拘束されて身動きも取れない三人を戦闘に巻き込むわけにはいかない。
一瞬で、確実に無力化する。
「リーナ」
「分かってるわよ」
俺たちが息を殺した、その直後。
ガチャッ!
勢いよく扉が開かれた。
「おい、見張りが消えて――」
革鎧を着た男が室内へ踏み込んできた瞬間、死角からリーナが動いた。
「ふっ!」
鋭い呼気と共に、短剣の重い柄が男の側頭部へ正確に叩き込まれる。
「ぐっ!?」
男が声にならない呻きを上げて崩れ落ちる。
「なっ! 貴様ら――」
後ろに続いていた別の兵士が異変に気づき、剣を抜こうとした。
「させるか!」
俺はクリップボードからデータを呼び出し、男の足元へ瓦礫をペーストする。
突然床から現れた石片に足を取られ、兵士の体勢が大きく崩れた。
「そこ!」
レイカが右手を振り抜く。
床から薄く鋭い氷が一気に広がり、男の両足を床に縫い止めた。
「くそっ! 侵入者――」
叫ばれる前に、同行していた衛兵二人が背後から男に飛びかかり、腕を極めながら口を塞ぐ。そのまま首筋へ強烈な一撃。
男は白目を剥き、崩れ落ちた。
さらに廊下の奥から駆け込んできた別の兵士も、リーナが投げた短剣を肩口に受け、怯んだところを衛兵たちが素早く取り押さえて気絶させた。
「……終わった?」
レイカが緊張した面持ちで廊下を覗き込む。
「今のところはね」
リーナが短剣についた血を払い、鞘に納めた。
俺も耳を澄ませる。
警報らしき魔導具の音はない。慌てて誰かが走ってくる気配も、今のところはなかった。
「助かった」
「こっちは任せて。見回りルートなら、すぐに次が来ることはないはずよ」
リーナが気絶した兵士たちを素早く廊下の死角へ引きずりながら言う。
「あんたはルナと、その装置をどうにかして、早く三人を助けなさい」
「ああ、頼む」
俺は三人の寝台へ急いで戻った。
男子生徒の顔色は依然として土気色で、呼吸は浅い。残りの女子二人も意識はないものの、胸は僅かに上下している。生きてはいる。だが、一刻の猶予もない状態だ。
「ルナ、どうだ?」
「まだ外さないでください!」
ルナは装置の前にしゃがみ込み、無数に這う配管や明滅する魔石を忙しなく見比べていた。
「寝台の方へ流れている魔力と、巨大装置の奥へ向かっている魔力が複雑に入り組んでます。どこまでが彼らの体を維持するためのものなのか、どこからが別の機構なのか、見た目だけじゃ……」
「なら、俺のスキルを使う」
「え?」
「中がどういう構造になってるか、情報として分かればいいんだろ?」
俺は巨大な装置へ手を向けた。
クリップボードの空きは、残り一つ。
今までずっと消さずに残してきた、あの廃坑の『古代機械』の情報が頭の中に並んでいる。
廃坑で手に入れた表面情報。内部の構造。制御システム。そして動力伝達機構の断片。
いつか何かの役に立つかもしれないと、直感で残してきたデータだ。
「コピー」
意識を装置の根幹へ集中する。
《[研究装置の構造情報(一部)]をコピーしました》
《クリップボード:10/10》
頭の中へ、膨大な情報が濁流のように流れ込んでくる。
「ぐっ……!」
「ソウマさん!?」
「大丈夫だ……ちょっと情報量が多くて、頭が痛いだけだ」
目を閉じ、頭痛を堪えながらクリップボードに残されたデータを順に思い浮かべ、照らし合わせる。
目の前の研究装置の構造。
廃坑にあった古代機械の構造。
外見の形はまるで違う。
用途も、おそらく違うだろう。
それでも―――。
「……似てる」
「え?」
俺は装置の側面へ近づいた。
「ここだ」
黒い外装の隙間を指差す。その奥に細い金属管が血管のように何本も束ねられている。
「廃坑の機械にも、これと似た配置の動力伝達部があった。こっちは新しい管を無理やり増やして、さらに複雑にしてるみたいだけど……ベースになってる部分は同じだ」
ルナが食い入るように覗き込む。
「本当だ……!」
別の箇所も照らし合わせる。
魔力を装置全体へ循環させる流れ。制御部分へ繋がる細い回路。
そして、寝台の方へ伸びる系統。それだけは元の古代機械のデータには存在しない、異質なものだった。




