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白い霧が、川の上を覆い尽くしていた。
小型船は速度を少し落としながら、下流へ進んでいく。
周囲から聞こえるのは、水を切る音と、時折岸辺から響く鳥の鳴き声だけだ。
「全然見えないわね」
レイカが船べりの外を覗き込み、眉をひそめる。
「少し先すら分からないじゃない」
「貨物船にぶつからないだけマシだな」
「そんな事故、起こしたら笑えないわよ」
「ソウマ、左肩は?」
リーナが横から聞いてきた。
「さっきよりはマシだ」
出発前にもらった回復薬を飲んだおかげで、疼くような痛みは多少引いている。
消耗していたMPも、アミュレットのおかげで少しずつ戻っていた。
万全とは言えない。
それでも動けないほどではない。
「無理しないでよね」
「分かってる」
「その台詞、もう信用してないけど」
「ひどくない?」
「今までの自分に聞きなさい」
何も言い返せなかった。
「ソウマさん!」
船首近くにいたルナが声を上げた。
その手には、エマさんから渡された河川沿いの略図がある。
「少し気になることがあります」
「何だ?」
「この貨物船、本当に最後まで本流を進むんでしょうか」
ルナが地図の一部を指差す。
そこには、途中で本流から分かれる細い支流が描かれていた。
「ここの少し手前に、昔使われていた荷揚げ場があるみたいです」
「昨日聞いた場所?」
「はい。でも、商会の帳簿を見る限り、大きな船が直接入れるような場所じゃありません」
リーナが地図を覗き込む。
「じゃあ関係ないんじゃない?」
「逆です」
ルナが首を振った。
「大きな貨物船から、小さな船に荷物を積み替えている可能性があります」
俺も地図を見る。
細い支流。
その先は、山間部へ続いている。
「もし三人もそこで別の船に移されたら……」
「本流の貨物船だけ追いかけても、見失います」
ルナの言葉に、船上が静かになった。
「寄ろう」
俺はすぐに答えた。
「でも、違ったら時間を失うわよ?」
レイカが言う。
「分かってる。でも積み替えられていたら、貨物船に追いついても意味がない」
リーナも頷いた。
「賛成。ここまで用意してる連中が、目的地まで堂々と同じ船で行くとも思えないしね」
船員へ頼み、進路を僅かに変える。
しばらくすると、霧の中から崩れかけた石造りの桟橋が姿を現した。
「ここか」
川岸には雑草が生い茂り、遠目には何年も使われていないように見える。
だが。
「ソウマ」
リーナが先に気づいた。
桟橋の端。
濡れた泥の上に、真新しい靴跡が残っている。
「使われてるわ」
「しかも最近だな」
船を寄せる。
衛兵たちが先に周囲を確認してから、俺たちも岸へ降りた。
「こっち!」
レイカの声。
少し離れた草むらの陰に、小さな平底船が隠されていた。
大きな荷物を運ぶための船らしい。
中には何も残っていない。
だが、船底にはまだ濡れた泥と、何か重い物を引きずったような跡がある。
「積み替えに使った可能性は高そうね」
リーナがしゃがみ込んで船底を確認する。
「この泥、そんなに古くないわ」
「三人もここを通ったのか……?」
俺は周囲を見回す。
手がかりはないか。
何でもいい。
「ソウマさん、これ」
ルナが平底船の隅を指差した。
木板の隙間に、小さな金属板が挟まっている。
俺が引き抜こうとしたが、泥で滑ってうまく取れない。
「取れた」
金属板を持ち上げる。
手のひらより少し大きい程度の薄い板だった。
表面には、幾何学的な紋様が刻まれている。
「何これ?」
レイカが覗き込む。
「装飾……じゃなさそうね」
俺も見覚えがあった。
完全に同じ形ではない。
でも。
「ルナ」
「はい?」
「これ、見てくれ」
船に残っていたルナのところへ金属板を持ち帰る。
受け取ったルナの表情が変わった。
「……これ」
「知ってるのか?」
「知ってるというより……似てます」
ルナが指先で紋様を追う。
「廃坑にあった古代機械の表面に刻まれていた紋様と」
やっぱりか。
俺もクリップボードの中に残っている古代機械の表面情報を思い浮かべる。
線の重なり方。
円と直線の配置。
細部は違うが、確かに似ている。
「同じ物なのか?」
「そこまでは分かりません。ただ、偶然似ただけとも思いにくいです」
ルナが金属板を裏返す。
その裏側には、泥に隠れるように小さな文字が刻まれていた。
「何て書いてある?」
「ちょっと待ってください」
布で泥を拭う。
ルナが目を細めた。
「『旧河川砦……第三搬入口』」
「河川砦?」
衛兵の一人が反応した。
「この下流に、昔使われていた砦があったはずだ。今は廃棄されているが」
「場所は?」
「確か、本流から外れた狭い水路の奥だ」
地図を広げる。
今いる荷揚げ場のすぐ下流。
そこから細い線が、本流の外へ伸びていた。
「ここね」
リーナが指を置く。
「平底船なら入れる」
「大きな貨物船じゃ無理だな」
つまり。
本流を下ってきた貨物船から、この荷揚げ場で積荷を小型船へ移す。
そこから狭い水路へ入り、旧河川砦へ運ぶ。
三人が同じように移送されていたとしても、不思議じゃない。
「行きましょう」
レイカが即座に言った。
「迷ってる時間はないわ」
「ああ」
俺たちは再び小型船へ乗り込んだ。
本流を少し下ったところで、霧に隠れるように細い水路の入口が現れた。
両側を高い岩壁に挟まれ、遠目にはただの亀裂にしか見えない。
水路の奥は暗い。
川の流れすら、その先で吸い込まれて消えていくようだった。
「行こう」
俺たちの小型船は本流を離れた。
まるで巨大な獣の口のように待ち構える、暗く冷たい水路の奥へ――俺たちは、静かに滑り込んでいった。




