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「三人は、生きている。なら――追うだけだ」
倉庫の外へ出ると、夜明け前の冷たい空気が頬を刺した。
港にはまだ衛兵たちが行き交い、捕らえられたラプラス商会の人間が次々と連行されている。
俺たちが突入した倉庫の中では、証拠品の確認が続いていた。
だが、そんなものを待っている暇はない。
三人を乗せた船は、もう半日以上前に港を出ている。
「ソウマさん!」
エマさんが倉庫から駆け出してきた。
「バルトたちへの聞き取りと、押収した帳簿の確認が進みました!」
「何か分かったんですか?」
「はい。拉致された三人を乗せた船は、川を下っています。表向きはラプラス商会の貨物船ですが、途中で荷を降ろす予定になっていたみたいです」
「途中で?」
エマさんが一枚の紙を広げる。
河川沿いの簡単な地図だった。
「目的地までは書かれていません。ただ、この辺りに商会が使っている古い荷揚げ場があるようです」
リーナが地図を覗き込む。
「ここからなら、船で追えばまだ間に合う?」
「貨物船は大きいので速度はそれほど出ません。ただ、すでにかなり先行されています」
「だったら今すぐ出る」
迷う理由はなかった。
「待ってください」
エマさんが慌てて俺を止める。
「追跡するなら、最低限の準備はしてください。相馬さん、まだ傷も治りきっていないでしょう?」
「でも――」
「三人を見つける前に倒れたら意味がありません」
言い返せなかった。
左肩には、まだ鈍い痛みが残っている。
嘆きの牙から戻って神殿で治療を受けたとはいえ、完全に元通りになったわけじゃない。
MPも同じだ。
アミュレットのおかげで回復は早くなったが、さっきの戦闘でかなり使っている。
「ソウマ」
リーナが俺の肩を軽く叩いた。
「焦ってるのは分かる。でも、エマの言う通りよ」
「……分かった」
「珍しく素直ね」
「今それ言うか?」
「いつも無茶ばっかりするからでしょ」
リーナが呆れたように息を吐く。
その時、後ろから足音が聞こえた。
「相馬!」
振り返ると、レイカがこちらへ駆けてきていた。
「私も行くわ」
「レイカ?」
「何よ、その顔」
「いや、お前は王都に残ると思ってた」
「クラスメイトが攫われてるのよ。私だけ安全な場所で待っていられるわけないでしょう」
レイカは言い切ると、わずかに視線を逸らした。
「それに……あんたたちだけじゃ、どうせまた無茶するに決まってるし」
「それ、主に俺のこと言ってない?」
「自覚あるじゃない」
横でリーナが小さく笑った。
「人数が増えるのは助かるわ。氷魔法があれば、船の上でも色々できそうだし」
「もちろん、そのつもりよ」
「決まりだな」
「まだです!」
今度は別の方向から声が飛んできた。
大きな荷物を抱えたルナが、コピまるを引き連れてこちらへ走ってくる。
「ルナ!?」
「私も行きます!」
「いや、お前まで来るのか?」
「当然です!」
ルナは肩で息をしながら、それでも真剣な表情で俺を見る。
「古代技術が関わっている可能性があるんですよね?」
「ああ。倉庫にあった装置も、普通の魔道具とは違ってた」
「なら、現場で見た方が早いです。それに、コピまるの修理も終わってます!」
「ピッ!」
足元でコピまるが元気よく鳴いた。
以前壊れた脚部はすっかり修復され、動きも安定している。
「でも、危険だぞ」
「ソウマさん」
ルナが頬を膨らませる。
「私だって、役に立てます」
「……分かった」
「なんですか、その間!」
「いや、絶対に危なくなったら下がれよ」
「それはソウマさんにもそのまま返します!」
リーナとレイカが顔を見合わせる。
「言われてるわよ」
「相馬って、本当に信用ないのね」
「お前らまで乗っかるなよ……」
こんな状況なのに、一瞬だけ空気が緩んだ。
だが、エマさんが地図を畳むと、すぐに全員の表情が戻る。
「追跡用の小型船を一隻、用意できます。操船できる人間と衛兵も付けます」
「ありがとうございます」
「ただし、無茶はしないでください」
エマさんの視線が俺に向く。
「特に相馬さん」
「……はい」
準備に使える時間はほとんどなかった。
不足していた回復薬と食料を受け取り、装備を確認する。
ウォーハンマー。
革の胸当て。
MP回復を助けるアミュレット。
通信用の魔道具。
ルナから渡されていた、小型の魔力探知機。
コピまるもいる。
クリップボードの中身も確認する。
石ころ。
瓦礫。
ピッケル。
ウォーハンマー。
古代機械の表面情報。
古代機械の構造情報。
シャドウウルフの影特性。
古代機械の制御システム情報。
動力伝達機構の設計断片。
空きは一つ。
今のところ、問題はない。
港へ向かう途中、リーナが一度だけ立ち止まった。
「どうした?」
「……ちょっとね」
彼女は通りの向こうを見ていた。
まだ夜明け前だというのに、パン屋の前では店主が仕込みを始めている。民家の窓にも、ぽつぽつと灯りがついていた。
「弟と妹のことか?」
「まあね」
リーナは苦笑する。
「あたしが何日か戻らなくても大丈夫なように、世話を頼んでる人には連絡してきた。でも、こういう時くらい、ちゃんと姉らしく心配した方がいいのかなって」
「十分してるだろ」
「そう?」
「ああ」
俺がそう言うと、リーナは少しだけ黙った。
やがて、いつもの調子で鼻を鳴らす。
「だったら、さっさと終わらせて帰るわよ」
「そうだな」
「変なところで死んだら承知しないから」
「お前もな」
「誰に言ってるのよ」
港の端には、すでに小型船が用意されていた。
船員と数人の衛兵が待機している。
俺たちが乗り込むと、すぐに係留索が外された。
水面を切り裂きながら、船がゆっくりと港を離れていく。
空はまだ暗い。
遠くの東の空だけが、僅かに白み始めていた。
「貨物船はこのまま下流へ?」
レイカが船員へ尋ねる。
「今のところは。その先でどこへ向かったかは分かりません」
「追いつけるか?」
「この船の方が速い。相手が本流を進み続けていれば、いずれ追いつけるはずだ」
本流を進み続けていれば。
その言葉が引っかかった。
ラプラス商会が、わざわざ追跡されやすい大きな貨物船で研究所まで向かうだろうか。
「ルナ」
「はい?」
「倉庫にあった装置のこと、何か分かったか?」
「まだ断定はできません。ただ、普通の魔道具とは構造が違いました」
ルナが顎に指を当てる。
「廃坑で見つけた古代機械と直接同じものではありません。でも、どこか似ている部分がある気がするんです」
「似てる?」
「はい。もっとちゃんと見ないと分かりませんけど」
何かが繋がっている。
だが、今はまだ分からない。
船は速度を上げ、王都を背後へ遠ざけていく。
やがて、川面に薄い霧が漂い始めた。
「霧……?」
レイカが前方を見る。
進むほど、白い靄は濃くなっていく。
対岸の景色も少しずつ見えなくなった。
「嫌な感じね」
リーナが短剣の柄へ手を添える。
「奇襲には最悪の視界よ」
「警戒して進もう」
俺は船の前方を睨んだ。
半日先を行く貨物船。
そのどこかに、三人へ続く痕跡が残っているはずだ。
絶対に見失わい。
霧の中へ、小型船は速度を落とさず進んでいった。




