40
「グルルルルルル……」
黒い狼の群れが、ゆっくりと俺を取り囲んでいく。
数は二十を超えている。
全部倒す?
無理だ。
MPは、首元のアミュレットのおかげで少しだけ戻っている。
だが、何度もスキルを使えるほどではない。
左肩にも深い傷がある。
必要なのは勝つことじゃない。
(リーナたちが修理を終えるまで……ここを通さなければいい)
一体の狼が、低く姿勢を落とした。
次の瞬間。
「キシャアアア!」
正面から飛びかかってくる!
「くっ!」
ウォーハンマーを振るい、横から殴りつける。
狼は地面へ叩きつけられた。
だが、それを合図にするように、左右から二匹が襲いかかってきた!
「最初の一匹は囮か!」
何とか後ろへ飛び退く。
爪が胸元を掠めた。
(連携してる……)
以前のシャドウウルフより明らかに統率されている。
また正面の一匹が腰を落とした。
左右の個体が少し距離を取る。
(……コピー!)
《[上位シャドウウルフの連携攻撃パターン(断片)]をコピーしました。クリップボード容量:10 / 10》
直後、正面の狼が飛びかかる。
だが今度は、その一匹だけを見ない。
保存された動きと、周囲の狼たちの姿勢を照らし合わせる。
左の狼の耳が伏せた。
右の一匹が外側へ回り込む。
(さっきと同じだ)
正面は囮。
本命は左右。
俺は正面の攻撃をギリギリまで引きつけ、横へ飛んだ。
その直後。
二匹の狼が、俺がいた場所で激突する!
「ギャンッ!」
「よし!」
倒す必要はない。
動きを読んで、空振りさせる。
時間さえ稼げればいい。
「グルルァァ!」
次の群れが襲ってくる。
保存したパターンと、目の前の動きを照合する。
前。
右。
左。
どこから来る。
何を囮にする。
全部分かるわけじゃない。
コピーしたのは、あくまで断片だ。
それでも、何の情報もない状態よりは遥かにマシだった。
(相手の動きをコピーして、その場で照らし合わせながら戦う……)
ウォーハンマーを短く振るい、突進してきた狼の鼻先を叩く。
(模倣戦闘ってところか)
一歩下がる。
追ってきた狼の前へ、保存していた[瓦礫]を一度だけペーストする。
突然現れた石塊に、狼が足を取られた。
また一歩下がる。
背後には大きな岩。
これなら、後ろから襲われる心配はない。
(囲まれなければ、まだやれる)
以前なら、もっと大振りにウォーハンマーを振っていた。
だが今は、一撃ごとの無駄を減らすことを意識する。
腕だけで振らない。
腰を回す。
重心を必要以上に動かさない。
頭に浮かんだのは、廃坑でコピーした[動力伝達機構の設計図(断片)]だった。
(機械と人間じゃ構造は違う)
それでも。
(力を無駄なく伝えるって考え方くらいなら、使える)
別に体へ設計図をペーストするわけじゃない。
ただ知っていることを、実際の動きで試すだけだ。
「キシャアア!」
ウォーハンマーを振り下ろす。
ゴッ!
狼の肩へ直撃。
一体が地面へ転がった。
「はぁ……はぁ……!」
息が切れる。
左肩がズキズキと痛む。
動きを読めたところで、俺自身が速くなったわけじゃない。
身体能力が上がったわけでもない。
避けきれなければ普通に傷を負う。
この戦い方にも限界はある。
(まだか……!)
後ろを見る余裕はない。
一瞬でも気を抜けば食い殺される。
「グルオオオオオオオッ!」
群れの奥から、一際大きな狼が現れた。
他の個体の倍近い。
赤い瞳が、俺だけを見ている。
「リーダーか……」
巨大な狼が地面を蹴る!
「速っ――!」
動作パターンを確認する暇もない。
ウォーハンマーで受け止める!
ガンッ!
「ぐっ!」
体ごと弾き飛ばされた。
地面を転がる。
「がっ……!」
傷ついた肩を強く打ち付けた。
視界が滲む。
リーダー格が俺へ飛びかかる。
「まず……!」
巨大な口が迫った、その瞬間。
ヒュッ!
一本の短剣が飛来し、狼の目元を掠めた!
「ギャンッ!」
「ソウマ!」
リーナの声。
「修理終わったわよ!」
「リーナ……!」
「いつまで寝てんのよ!」
その横から、氷の礫が飛んでくる。
レイカの魔法だ。
「今のうちよ!」
さらに後ろでは、高山が剣を構え、ソリへ近づこうとする狼を牽制している。
「相馬! こっちは俺たちが守る! 早く来い!」
俺は一瞬、目を見開いた。
「……分かった!」
最後の力で立ち上がる。
リーダー格の狼へウォーハンマーを叩きつけ、距離を作った。
そしてソリへ向かって走る。
「動かすわよ!」
リーナが修理した駆動部を起動する。
ガッ、ガッ、ガッ!
再び機械脚が地面を蹴始めた。
「全員、押せ!」
俺もソリの後ろへ回る。
高山たちも加わり、全員で押す。
狼たちは追ってくる。
だが、距離は少しずつ開いていった。
「はぁ……はぁ……」
もう必要ない。
《[上位シャドウウルフの連携攻撃パターン(断片)]を削除しました。クリップボード容量:9 / 10》
それからどれくらい進んだだろう。
空がすっかり明るくなった頃。
「あった……!」
街の外壁が見えた。
「着いたぞ!」
門の前では、すでにギルド職員と何台かの馬車が待っていた。
「ソウマさん!」
エマさんがこちらへ駆けてくる。
「王都へ向かう馬車を用意してあります! 怪我人をこちらへ!」
「助かります……!」
俺たちは急いで負傷者を馬車へ乗せ替えた。
呪いを受けた女子生徒も、まだ息をしている。
「王都の神殿まで、一番速い道でお願いします!」
「分かりました!」
そこへ、工房から駆けつけてきたルナの姿が見えた。
「ソウマさん!」
「ルナ……」
「皆さん、無事でよかった……!」
ルナは息を切らしながら、門の外に残された急造ソリへ駆け寄った。
その端に載せられた、動かないコピまるの本体を見る。
「コピまるは私が回収します」
「頼めるか?」
「もちろんです。王都のギルドにも使える工房があるそうなので、私も一緒に行きます。絶対に直します」
「頼んだ」
ルナとコピまるも別の馬車へ乗り込む。
やがて、馬車が走り出した。
張り詰めていたものが切れたのか、急に全身が重くなる。
「ソウマ?」
リーナの声が遠く聞こえる。
「ちょっと……ソウマ!」
俺の意識は、そこで途切れた。




