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336 その瞳が語る

 ――会う予定のない癒し手、ミランダに接触する口実を用意したのに、ディートリッヒの一行が到着した晩の遅く、策は簡単に崩れた。

 報告は街に移住していた側近からもたらされ、アクセルはクロードを叩き起こして引きずり、エルーシアが就寝している部屋に駆け込んだ。カティと寝泊まりする立入禁止の部屋だ。


「四号からの報告だ、七号が襲撃された!」

「それ誰と誰!」「何が起こったの?」


 突然の安眠妨害に頬を膨らませてベッドから睨むカティとは異なり、エルーシアは寝衣の上からショールを巻いて情報を求めた。


「四号は盗み聞きしただけで簡単な状況報告しかないが、急いで対処が必要だ、よく聞け。寝込めと俺様からの伝言を受けた七号が体調不良を訴えたら、護衛が勝手な真似を始めたらしい」


 ディートリッヒが横暴な王から受けた密命は神子の引き込みだけだったが、王が寄越した護衛の多くは別の直命も受けていたのだ――引き込みに失敗したら、エルーシアを誘拐しろと。

 面会の延期を指示した王子のことを尻込みしたと判断した護衛たちは、次なる密命の遂行に移った。


「陶器の割れる音や争う音がしたが、すぐに静かになり、昼まで起きないとか誘拐の準備を整えろとか、護衛たちの声がしたそうだ」


 多勢に無勢でディートリッヒと腹心の数人は、武力か薬で昏倒させられた。ミランダの情報はないが、企む者たちの落ち着いた様子から重傷者はいないと読み、四号は潜んでいた床下から情報を届けるために駆けた。

 誘拐の詳しい計画内容は不明だが、エルーシアは公爵家別館にこもっているので、襲撃が予想される。


「その企みに乗って囮になるの?」

「反対ですよ」


 改革のためならとエルーシアが示す熱意を、クロードは即座に切り落とす。危険でしかない――だが、企みを迎えるのが一番危険の少ない案でもある、襲撃者全員を魔力酔いで捕縛できるのだ。

 しかしアクセルも、その一番だと考えられる案を否定する。


「この館にだって騎士や警備がいるんだ、制圧に問題はないが、襲撃が静かに行われるなんてない。騒ぎが大きければ隠し通すのは無理で、その場合、七号は知らなかったとはいえ捕縛者たちを連れてきた責任を問われ、神子と癒し手を会わせる機会が消える」


 アクセルがディートリッヒと懇意にしていると公なら不自然さはないが、玉座を奪うまで横暴な王に見抜かれてはいけない。

 誘拐で狙われたエルーシアが宿へ見舞いに行くのは違和感があり、捕縛者に同行した者を館に招くのも同じ。


「女中服を準備させている、それに着替えてカティも連れて近くにある治療院に行け。女の足でも二十分で着く。制圧後に癒し手を向かわせる」


 状況をみてからになるが、疲弊か怪我を理由に、癒し手だけなら来院を許可しても自然な流れに装える。自らの治療はできないのだ。

 それで女中になりすましたエルーシアとカティは、ショールで髪も隠し、一命を取りとめたが日の大半を治療で眠り続けるノイエを抱き、庭師の格好をしたジェイと二号を護衛にして闇夜に紛れた。


 ならず者に化けた護衛たちが十五人、いつも夜明け直前に食材を届ける農園の荷馬車を奪って侵入したが、警戒を張り巡らせていたので、あっさり捕縛できた。

 クロードが用意した痺れる劇薬を、水魔法の扱いが上手い者に渡していたのだ。水球に加えて投げれば、遠くからでも数人まとめて対処できる。


「刻んだニラの新芽を浸した水ですよ。浸すだけでこれほどの効果、素晴らしいですね」


 水球を受けた者も跳ねた水が口に入った者も、痺れて話せない状態で倒れている。意識はあるが、計画を吐かせるには効果が切れるのを待つしかなく、アクセルは効きすぎだと怒鳴った。

 ならず者に扮しているから、身元を知っていても情報源やディートリッヒとの関わりを隠すなら、調査に手間取る。


 それでお忍び姿の神子が突然訪問して右往左往する責任者のいる治療院に待ち人が現れたのは、昇った日が落ちたあとだった。

 女性物だが地味なマントを羽織り、目深にしたフードで顔を隠したミランダは、クロードが付き添ってやってきた。


 カティやジェイたちを退室させた三人だけの応接室で、ミランダはマントを取って淑女の礼(カーテシー)をしようとしたが、エルーシアは制止してソファを勧め、怪我の具合はどうかと尋ねた。

 急ぐ旅からの襲撃で体調も気になるが、手に包帯があり、紫を帯びた長い銀髪の隙間から見える目はベラトリに多い赤色だが、左目は眼帯に覆われている。


「割れたポットで怪我をしましたが、外傷回復薬を塗ってもらいましたから大事には至ってません。神子様にご心配をおかけしたようで、申し訳ございません」


 襲撃時にディートリッヒに駆け寄ろうとして転び、ポットの破片で切ったらしい。その後の拘束で、治療を行う手であるから止血されたとのこと。

 その雑な処置に、エルーシアは眉をひそめた。内情を知ってしまった者にデルミーラが禁止したので、ミランダは自身の立場をまだ知らないが、神子になるのに。


「治療が雑では、魔力の通りが乱れて定着することもあります。用意させますので、適切な治療を受けてください。その目も襲撃での怪我ですか?」


 ミランダは小さく首を横に振ると、幼いときの怪我で治療の術はなく、傷痕があるから眼帯は外さないと答え――エルーシアは涙がこぼれそうな目に力を込め、真っすぐ見据えた。

 これから、癒し手でしかないミランダに、嫌なことを押しつけ、重い責任を乗せる。


「デルミーラが世界樹から受けたお告げに、車椅子に乗る者が逃げてきたという内容のものがあります。その者の瞳は、赤と琥珀です。ミランダ、どうか、私のことはエルーシアと呼び捨てにしてください」


 十四歳のとき、アクセルと留学の終わりが見えてきたディートリッヒを前にして、このお告げの意味を深く知らないままに、うっかり漏らしたことがある。

 そのとき二人は、次にベラトリで神子に選ばれるのが誰なのかを悟った。ミランダも同じく理解したのだろう、目を大きく見開いた。眼帯に隠す琥珀色の瞳も――


 ※ ※ ※ ※


 雲虫(くもむし)を発見し、図鑑に情報の少ない生き物だから喜ぶとエルーシアはロズを呼び、声かけで娯楽室にいた数人もテラスに出た。

 ロズや雲虫を知らなかったソニアは借りた双眼鏡で観察し、レイと妹は秋によく目撃すると教え、バーニーはベナットに肩車されて空に手を伸ばしてはしゃぎ、気づけばテラスで宴会が始まったので、参加していいのならとクロードもデルミーラお気に入りの酒で乾杯した。


 その後グラスを飲み干したエルーシアはルークに部屋まで送ってもらい、就寝の挨拶で唇を重ね、恋のうつつで胸を満たして眠り――甘美な気持ちのまま朝を迎えた。

 開いた瞳に映るヘッドボードには、ルークから贈られた悪夢よけのお守り(ドリームキャッチャー)がある。博物館で工作した記念品だ。


「冊子に悪夢を消すって面白い説明が載ってたんだ、エルにぴったりの品だろ?」


 輪に張った網には珊瑚(さんご)の欠片が散らばり、ぶら下がる五枚の羽根には桃色の魔石が一つと貝殻があり、部屋飾りとしても素敵な品で、大切だと込めた想いと一緒に受け取った。

 守りたい意思が嬉しくて、朝日に輝く魔石に触れ――密談で魔力が増えた報告をしてないことに気づく。


「腕輪を増やさなきゃいけないのよね」


 抑制の腕輪は教会が管理する魔道具で、販売してない。手錠も騎士団の管理品で、恐ろしい生き物だとクロードにからかわれそうだが、報告は必須。

 嫌なことはさっさと済ませたほうがいいから、ベッドから降りて朝の支度に取りかかる。


 ※ ※ ※ ※


 朝食前にクロードを捕まえたエルーシアは、魔力の報告をして、予想どおりの言葉とともに、からかいではなく恐れを含んだ目を向けられた。


「ルークの治療で魔力の酷使を繰り返したからですかね……アクセルが第三騎士団の支部隊長と朝食の予定なので、彼に手配を頼んでおきます」


 ということは、追加の腕輪は手錠の分解で用意されるようだ。

 そして手配を頼まれたアクセルは、厩舎でルークとロズを捕まえ、恐ろしい生き物に輪がかかったと情報を共有し、二人に用事を押しつけて馬車で出かけた。


 相棒を運動場に放してからルークとロズが食堂に向かうと、エルーシアはカティやレイ兄妹と朝食中だった。

 運動場に餌が用意され、馬を放すだけで事足りるよう準備されていたので、使用人が行えない相棒の移動だけで朝の務めが終わったから、一緒に食べられる時間に間に合ったようだ――隊に熟知したアクセルが跡取りだからだろう。


「――私も好きだけど知らなかったわ。そんなにあるのね」

「だから隣町で働いて貯金するつもりだったんだけど、お兄ちゃんが援助してくれるって言うから、卒業したらすぐに出発しようかなって」

「その代わり、信頼できる同行者はちゃんと探せよ」

「へぇ、雑務員って給料いいけど短期だから散財しない人ばっかりなのに、レイって太っ腹だね」


 カティが感心する太っ腹になれる理由は、給金以外にも援助金など転生者の収入があるからだ。

 しかし家族にも秘密であり、気づいてもエルーシアは追及せず、食べ終わったレイ兄妹はルークたちに席を譲った。


「何が好きだって話してたんだ?」

「チーズよ。これまでも色んな種類を食べたけど、まだまだ知らないチーズがあるみたいなの」


 愛しい者の趣味趣向なら確認しておきたいルークの問いに、新しい交流ができて嬉しいエルーシアは笑顔で応えた。花びらをまぶしたとか、ワイン入りとか、ドングリを食べさせた山羊のチーズがあるとか教えてもらったのだ。

 レイの妹もチーズ好きで、各地方で食べ歩きして村に工房を開くのが夢だと語った。


「珍しいチーズを見つけたら送るから、兄をよろしくって頼まれたわ。本当に仲のいい兄妹ね」


 持ってきた皿に、チーズソースのかかったフライがあるからルークは一口食べさせ、羨ましいかと質問を重ね――咀嚼するエルーシアは首を傾げた。


「……何が羨ましそうに見えたの、食べ歩き旅行?」

「いや、仲のいい兄妹だ」


 ルークの気遣いの先を理解したエルーシアは、自らの皿からもフライを取って、ルークに食べさせて口を強制的に閉じさせる。


「私に兄はいない。それと理想の兄みたいな人がいるから寂しくないわ……さらに、いつも私を想ってくれる素敵な婚約者もいるの。誰かを羨ましくなんて感じない」


 微笑む瞳に陰りはなく、そうかと呟いたルークは、エルーシアの皿にオムレツを追加した。

 暫くは多めの食事を約束している、だから断れない瞳を向け、食べながら今日の予定を確認し合う。


 ※ ※ ※ ※


 博物館で頼んだ品が届いているので、クロードが書類仕事をする応接室で、エルーシアはカティと魔道具の試作に取りかかった。

 エルーシアは頭の中で仕上げていた魔法文字を紙に書き、カティは使用するインクを調合する。どちらも集中する作業で会話はない。


 変哲もない万年筆から、魔力を持つ生き物である羽毛蜥蜴(うもうとかげ)の尾の羽根ペンに持ち替えたエルーシアは、小さな半円の赤茶色のガラスをひっくり返すと、平面に細かな魔法文字を綴った。

 静かに淡々と過ぎていく応接室の午前とは異なる場所、学校の騎士科を訪ねたルークは、学生たちが見学で囲む訓練場で、派手にジェイと打ち合った。


 模擬刀を大きく振りまわし、大胆に立ち回り、火花が散るほど力強くも素早い剣さばきを披露し、これぞ最強の護衛と次の武の副隊長だと見せつけるのだ。

 別に勝敗を決める打ち合いではない。だから、いい頃合いかと判断したロズが水球を放って終了を教える――と、背後から飛んでくる水球すらもルークはよけた。


「「「おお!」」」


 訓練場に入れなかった学生たちも校舎の窓から身を乗り出して観戦しているので、ルークたちは四方八方からの歓声に包まれ、ロズは静まるよう拡声機の杖を振ってから起動ボタンを押した。


「彼は身体強化魔法を操る半獣人ですが、最初に告げたように、魔法抑制の腕輪を装着してます。それでもこの腕前です。皆さんも訓練を続ければ、このような強者に近づけます、立派な騎士を目指して頑張ってください。以上です」


 アクセルからの頼みで、学生たちを鼓舞したロズは、顔見知りである教師に備品の杖を返し、深く頭を下げた。

 ここはロズの母校である。獣人や半獣人を差別せず、身分や職種にも振りまわされずに後輩たちが巣立つことを願う。


 ※ ※ ※ ※


 王兄はこの日の昼食に、元公爵の姪である侯爵令嬢を招いていた。辺境伯との見合いを取り持ったので、婚約祝いの言葉をかけるためだ。

 しかし王兄は不在で、アクセルが代理を引き受けたが、未婚の若い令嬢と二人で会うのを避けてカティの同伴を決め、カティが尻込みするのを知っているから食事ではなく午後の茶会に変更し、エルーシアも誘った。


 そして木陰からルークが見つめる先、本館のガゼボにジェイの案内で華美なドレスを着た女性が到着し、茶会が始まった。

 聞き耳を立てれば、挨拶のあとは北西の名産など他愛なき会話を交わしているようで、意識は騎士科を立ち去るときの出来事に埋め尽くされる。


「あの、神子様に謝りたいんです。会わせてください」


 大勢から注目される中で駆け寄った騎士科の学生は、目を輝かせて一声を放った。

 接触の可能性を想定はしていたが、行動のすべてがいただけない。ジェイは汗の滴る髪をかき上げ、威圧感を剥き出しにして見下ろした。


「人目があれば拒まれない、口先の謝罪で楽になりたい、神子に縁があると周囲に見せつけたい、どれが本音でも法を学ぶ奴の行動じゃないぜ」


 金襟に隊のピンバッチを付けた騎士からの厳しい指摘に顔を歪めたのは、学期の途中で編入したエルーシアの甥だった。


「俺は好きでここにいるわけじゃない。途中編入だから仲のいい奴もいないんだ、少し甘えるくらい許されるだろ!」

「失点です。アクセルさんの好意で無料になっている寮費は、卒業後に請求されるでしょう。必ず訓練生になってください、国境の寮は無料なので、返済に困りませんよ」


 噛みついた内容は腹立たしく、嫌なら孤児院に移れとロズも毅然と対処するが、睨む目から反省の色は窺えず、ルークは教師を呼んだ。


「まだ新聞にはなってないが、オレは神子と婚約した。縁を切ったガキがうろちょろしたら邪魔だから、厳しく教えろ」

「半獣人ごときが偉そうに俺のことを決めんな!」


 再び噛みつく内容は、自らの首を締めることに気づかないのだろうか。甥は顔を強張らせた教師に口をふさがれて退場した。

 これからの学校生活は厳しく、深く反省したとしても今日の発言が記録されたら、卒業後は誓約で接触禁止される――不安が取り除けた。


「謝罪なんてさせるか、嫌でもエルなら同情して受け入れるだろ」


 見つめる先の茶会は、いつの間にか学生時代の話で盛り上がっている。くじいた足を治してもらったから辺境伯と踊ったとか。

 聞き漏らしていたので詳しく過去の想像はできないが、嬉しそうなエルーシアに幸せを感じる。裏切られて落ち込む姿は見たくない。


 茶会が終われば皆で商店街に出る予定で、生活魔道具や旅装の店などを巡る。まだ婚約を知る者は少ないが皆無ではなく、目立つ髪色からバレて注目されるが策のうち。

 寄り添って歩いたら仲が周知されるので、恥ずかしそうにするエルーシアを間近から目に映せる。


 そして夕刻には、ランベルトが伝えた情報からアクセルが手配した猫喫茶があるらしいので、視察を理由に立ち寄る。

 猫と戯れるエルーシアの様子も隣から見れるのだ――嬉しい楽しいと見つめ合う偽りない二人は、深く想い合っているのが一目瞭然か、噂されるだろう。



設定小話

エルーシアの手であるランベルトは、アクセルにとって情報源の一人。捨て猫の保護やら動物の癒し効果などを聞き、喫茶店を誰かに指示しても不思議じゃない。

多忙が少し落ち着いたら、保育園にも手を出すと思われる。今は人任せにするにも多忙すぎて無理。


南西の街にいるアクセルの手は六号で娼館主、南東は五号で宿を継いだ料理人、北東を任される四号さんは、次話で紹介予定。


それと忘れている方のために……作中でニラは有名な毒草です(153話より)

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