腐男子惟光にブーメラン
次の日。ふらりと俺の部屋にやって来たハザマが、開口一番にこんなことを言った。
「御影、青児に手玉にとられたな」
「まぁ、そう言われるのも致し方ないが、悪い事ばかりでも無かったな。アイツには色々と教えてもらったし。……それにしても、超常的な能力が無くても、あれほどまでに人の心を読んだり操ったりして情報を引き出せるなんて、人間の可能性を感じたぞ」
俺が素直に雨宮の交渉術に感心していると、ハザマがふいっと顔を背けて呟いた。
「ああいう、人を操る系の人間は苦手だ」
「どの口が言うのかな? 光を使ってドクダミやミントを大増殖させていた癖に」
俺が軽蔑しつつツッコミを入れると、ハザマは悪びれもせずにいう。
「……それは良い風に還元されるだろう。みんなの健康の為にな」
「月島の血筋は本当に口が上手いな……」
俺が呆れて言い放ったその時、スマホの『LIME』通知が鳴った。画面を見ると、執事の惟光からの悲痛なSOSだった。
「惟光が青児に捕まったらしい……どうする? 助けに行くか?」
ハザマは、実の弟のターゲットを問わない守備範囲の広さに呆れたようにため息をついた。
「ゆっくり行くか……」
俺たちはわざと足音を殺して現場へ向かい、屋敷の壁の端からこっそり覗くと————自慢の白壁を背に、惟光が雨宮青児に見事な壁ドンをされている。
惟光は頬を赤く染め、物陰にいる俺たちの方を向いて助けを求めてきた。
「み、御影様っ、ハザマ様! 観てないで早く助けて下さい……!」
しかし、俺たちに彼を助ける義理など微塵もない。
「惟光、お前は私と御影をカップリングさせようと暗躍していただろう? いい気味だ」と、ハザマが冷酷に言った。
「青児くん、遠慮なくその男、ものにしてもいいよ」
と、俺も推奨してやった。
すると雨宮は、スッと壁から手を離して冷めた声で言った。
「……人に勧められると、途端に食指が動きません。やめておきます」
俺とハザマを勝手にカップリングしようとしていた腐男子が、逆に美男子に壁ドンされて震え上がるという最高の因果応報を見せられ、俺はすっかり溜飲が下がった。
「青児くん、コーヒー飲んでく?」
気分の良くなった俺は、笑顔で彼を屋敷に招き入れたのだった。
*****
俺は青児を部屋に招きいれ、アイスコーヒーを出しながら報告した。
「初音の件、すべて青児の言う通りだったよ。事実婚にしても、彼女は俺に『形式に縛られず、変わらない自分でいられるから』と良い面しか見せてくれなかった。だが、ゆくゆくは光の本当の母親に、自分の立場を譲りやすいように動いていたようだ」
「なるほど。事実婚の方が家に縛られず、絵の道にも行きやすいですしね」
青児はストローでグラスの氷をカラカラと鳴らしながら頷いた。
俺は腕を組み、純粋な疑問を口にする。
「初音は別に有名になりたいとか、絵で食べていきたいとか、そういうのではないと思うんだが。……絵って、何がそんなに魅力なの?」
「僕が描く理由と、彼女が描きたい理由が一緒かはわからないんですが……描いている時の充実感はありますね。御影さんも、仕事とかで上手く行ったら楽しいでしょう?」
「んー……」
俺は少し考えてから首を振った。
「仕事はあくまで『金を得る手段』ってのが大きいかな。家族と一緒に団欒するために渋々やってる感じ。むしろ、気まぐれで無償でする事の方が充実感があったりするから不思議だな」
「へえ、御影さんらしいですね」
青児は少し面白そうに微笑むと、ふと視線を落として語り始めた。
「創作活動ってね、一種の排泄行為だと思うんですよ。鬱屈したエネルギーや、恋愛から得たエネルギーなんかをどこかで放出したい……といった。内に有り余ったものを外へ放出する行為。……『昇華』と言い換えても良いかもしれません」
「ふぅん。そういや、青児の親父さんは恋多き人だったとか?」
俺が探るように聞くと、青児の瞳の奥にスッと冷たい色が混じった。
「恋多き、というより……愛人を作って恋をしなければエネルギーが得られず、絵が描けなかったようで。周りは凄く迷惑しましたよ。月島の家も、僕の母親もね」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中でピリッと警鐘が鳴った。俺は、目の前で涼しい顔をしている青児の目を見ながら問うた。
「青児はどうなの?まさか初音を狙ってここに来てるの?」




