塀の中ののろいごと
「青児はどうなの? まさか初音を狙ってここに来てるの?」
俺が問うと、青児は涼しい顔で首を振った。
「正直、御影さん達が事実婚に切り替えた時は喜びましたよ。でもね、今、僕がこのお屋敷の周りをうろついている理由はそうではないです」
(ほんとかぁ……? まぁ、疑わしければ俺の力で直接調べればいいか)
俺は心の中で毒づきつつ、先を促した。
「この屋敷の内情を使用人さん達から聞いているうちに、ものすごく興味をもってしまって。今日も情報収集をしようとしたら、惟光さんが壁の中から、古そうな紙を取り出していたので……」
「え? それ知らない。何それ? ちょっと詳しく聞かせて? ……青児、アイスコーヒーおかわりどう?」
俺は間髪入れずに身を乗り出した。
「おかわり下さい。それで……惟光さん、僕が見ている事に気づいたら、その紙をさっと隠したんです。だから僕が逃がすまいと、壁際に追い詰めて問い詰めようとしていた時に、ちょうど御影さんたちが来たんですよ」
(なるほど、あの壁ドンの真相はそれだったのか)
「壁に隠されていた紙か……あ〜それ、呪術の可能性あるわ。惟光をあとで問い詰めてみるよ」
「まさか彼が呪術を……?」
「いや、惟光は呪術の類は専門じゃない。だから、壁の中からたまたま見つけただけかもしれないし……」
青児は二杯目のアイスコーヒーを受け取ると、芸術家らしい知的な好奇心を隠さずに言った。
「ここの家は本当に興味深いですねぇ」
*****
青児が帰った後、俺はすぐに惟光のいる執務室へと向かった。
「惟光、俺に何か隠し事してない?」
「あ、あなた様に隠し事など……できるハズもなく」
平静を装ってはいるが、惟光の様子は明らかに焦っており、目が泳いでいる。
「ふぅん? そうか?」
俺は無言で執務室の壁に手を当て、そこから残留した情報を読み取った。
……視えた。惟光の机の引き出しの中に、どす黒い靄がかかった紙がしまってある。
俺はずかずかと机に歩み寄り、有無を言わさず引き出しを開けて、その古びた紙を取り出した。
「あっ! 御影様、それは……!」
紙を一目見て、俺は驚愕した。
背筋にぞわりと冷たいものが走る。それは紛れもなく――俺自身を呪った『呪物』だった。
古びた紙を両手のひらで挟み込むと、途端に皮膚を突き刺すような鋭い痛みと、蝕まれるようなゾワゾワとしたおぞましい悪意が伝わってくる。
そして同時に、この呪言を書いた人物の顔がはっきりと脳裏に浮かび上がった……!
「あいつか……。よっぽど俺の事を恨んでいたんだな。……なぁ、惟光。どうしてこれを見つけた時、すぐに俺へ知らせなかった?」
俺が問いただすと、惟光は居住まいを正し、真剣な面持ちで答えた。
「お言葉ですが……呪物が最大限に効果を発揮する条件は、『呪われた本人自身が、それを知った時』なのです。ですから、不用意にお伝えすることは避けたかったのです」
「ああ、その理屈なら身をもって知っているぞ! 以前、俺とハザマのカップリング呪術をお前に仕掛けられていたと知った時、俺の精神は最大限の特大ダメージを受けたからな!!」
俺が過去のトラウマを掘り返して責めると、惟光は目を伏せた。
「あの件については、本当に申し訳ありませんでした。……でも、推しのカップリングは、みんなが幸せになれる愛と平和に満ちた世界ではありませんか……」
「惟光、お前その答え方……自ら火にガソリンを注いでいるぞ?」
俺は深くため息をついた。なんだか怒る気も失せてくる。
「まあ、お前の性癖は今は置いといてだ。要するに、これを知れば俺が精神的なダメージを負うと考えて、俺には内緒でハザマに相談しようとしていたんだな?」
俺が声を和らげて尋ねると、惟光はホッとしたように、しかし深く頭を下げた。
「……さようにございます」




