29 先生の訪問の波乱
おやじたちも帰っていった。大勢いたのに急に静かになって、なんだか人恋しくなったのか、町に出る機会が多くなった。
そんなある日、末っ子に会った。一人だったので、奢らせられた。丁度、俺も何か飲みたかったし、誰かと話したかったので、恩を売っといた。
「勘太さん。先生がね。」
「先生って、昔話の先生か?」
「うん。私と勘太さんの関係とか、いろいろ聞くの。先生にちょっかい出してないよね。」
「お前なあ、あん時が初対面だし、あれから会ってねえぞ。」
「そうだよね。先生が勘太さんに一目ぼれした?」
「ハア。」
「それは無いか。ネエ、ケンタ。」
「ワン。」
「ケンタも、無いって。」
たわいもない話をした。軽い会話もたまにはいいな。たまたま持っていたみかんをお土産に渡したら、重いだろうにカバンに詰めるだけ詰めて帰って行った。
そういえば、もうすぐ卒業らしい。
末っ子と会った数日後、突然先生が山を尋ねてきた。何か思いつめた顔をしている。
「突然、申し訳ございません。」
末っ子の話を聞いていたので、もしかして………。ちょっと、期待した。
「あの~、お山を見せていただけますか。」
「ハア、良いですよ。」
見せて欲しいと言ったのに、母屋の玄関から動こうとしない。どうしたんだろう?
「大丈夫ですか?」
先生は、顔が真っ青でさらに汗をかいている。今は、汗をかく季節ではない。
「はい。大丈夫です。やっぱり、話を先に聞いていただけますか。」
俺は、先生を家に案内した。そしたら、
「仏さまにご焼香をさせてください。」
仏壇に案内したら、驚いていた。廊下の押入にあって、外の庭や山が良く見えるからね。先生は、仏壇を見て、外を見て、
「やっぱり、ここよね。」
先生の話は、信じられないものだった。
先生の曽祖父はここの家の出身だ。名前は伊勢 佳。伊勢家の6代目伊勢海人の兄になる。佳は古いしきたりのある伊勢家が嫌で、自由を求めて、家出をしてしまった。それも、後を継ぎたくないため、父の葬儀の後すぐにだ。父が亡くなったのは、佳が23歳の時だそうだ。海人さんは20歳だった。
先生はそれを証明する書類も持ってきていた。おやじの書類にあった名前が載っている。信じるしかなさそうだ。
話は、続く。
伊勢家には、長男だけに口頭で伝える伝承のようなものが存在する。佳は父から伝えられていたが、海人さんは、教えられていなかった。その話も、佳がここを嫌悪する一因らしい。佳は、伊勢家を継ぐのを回避するため、何も知らない弟に押し付けた。『相続は、放棄する』これだけを書いて、出奔した。伊勢家は海人さんが受け継いだ。
「佳は、弟に全てを押し付けたことは後悔していたようです。ただ、家を出たことの後悔はなかったようです。」
「そんなに嫌だったんですか。」
「そのようです。私は、曾祖父の死亡した後のひ孫ですので、祖父からのまた聞きです。後、後悔の一つにこれを持ち出してしまったことがあるようです。」
コトリと置いたのは、一つの鍵だ。
「これは?」
「曾祖父がこの家から持ち出した鍵です。」
「ケンタの鍵と似ています。」
「はい。この前、ワンちゃんの首に鍵があるのを見て驚きました。そして、確信したのです。この鍵が、本来、あるべき場所は、こちらだと。」
「だから、いとこに………。」
「はい。少し、しつこかったようですね。今も警戒されています。」
「この鍵の意味は、ご存知ですか。」
「そこまでは聞いておりません。ただ、時が来たらドアは開く。らしいです。佳はそれを阻害してしまったのでは、と恐れれていたようです。」
「それなら、もっと早く返せたはずですよね。伊勢家は10年前まであったのですから。」
「返そうとしたらしいのです。その度、都合が悪くなりこちらに来られなかったらしいのです。本当かどうかはわかりませんが、郵便でも試みたようです。ですが、宛先不明とかで戻ってきてしまったようです。」
「過去のことをとやかく言っても仕方のないことです。この鍵は伊勢家の物で、お返しいただくと言うことでよろしいですか。」
「はい。それと、佳が教え込まれた口頭での物語をお渡しいたします。」
「お願いします。ケンタと心してお聞きします。」
「ワン。」
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