第四章 ~『ロイドの贈り物』~
数日後、グランヴィル辺境伯領では収穫祭の準備が始まっていた。
収穫祭は、一年の実りを神に感謝する大切な祭である。
神殿へ供物を捧げ、領民たちは広場に集まり、無事に収穫を迎えられたことを祝う。また、恋人同士にとっては、相手の幸せを願ってプレゼントを贈りあう特別な日でもあった。
そんな折、ベルナール商会からグランヴィル家へ手紙が届いた。
内容は、収穫祭当日の出店や荷運び、護衛体制についての連絡だったが、その中にミレーユからヴィオラ宛ての私信も添えられていた。
ヴィオラが封を開くと、収穫祭の日にロイドへ贈る品について相談したいと書かれていた。
恋人同士で贈り物を交わす習わしがある以上、ミレーユも何か用意したいのだろう。ただ、ロイドがどのようなものを喜ぶのか分からず、ヴィオラに助言を求めていた。
(ロイド様の欲しいものですか……)
ヴィオラは便箋を畳み直し、封筒へ戻した。
ロイドの好みを知らなければ、ミレーユへ適切な助言もできない。ちょうど収穫祭当日の護衛体制について騎士団へ確認する必要があったため、ヴィオラは訓練場へと向かう。
訓練場へ近づくにつれ、木剣を打ち合う音がはっきりと聞こえてくる。辿り着くと、若い騎士たちが二人一組で打ち込みを行い、その中央でロイドが腕を組んだまま鋭い声を飛ばしている。
「踏み込みが浅い。相手に届かぬ剣を振るな」
「はい!」
「それと受けるだけで終わるな。防いだあと、どう動くかまで考えろ」
返事と同時に木剣がぶつかり、乾いた音が重なる。
ロイドはヴィオラに気づくと、すぐに片手を上げて訓練を区切らせた。騎士たちが一斉に動きを止める中、彼は姿勢を正し、ヴィオラの前で礼をする。
「ヴィオラ様。訓練場へお越しとは、何かございましたか」
「収穫祭について、いくつか確認したいことがありまして。訓練中に申し訳ありません」
「問題ありません。収穫祭の警備は騎士団の担当でもありますから」
ロイドが部下たちへ自主訓練を命じると、若い騎士たちはすぐに散っていく。声を潜めてこちらを気にする者もいたが、ロイドが一瞥すると、慌てて木剣を構え直す。
「ベルナール商会から、当日の荷運びと出店について連絡がありました。荷馬車は朝のうちに広場へ入る予定だそうです」
「北門から広場へ向かう道は、朝でも人が集まりやすいです。荷馬車を通すなら、護衛だけでなく、通行を整理する者も置いた方がよいでしょうね」
ロイドの回答に迷いはない。
祭りの人の流れ、荷馬車の通る道、来賓の警護、広場で揉め事が起きた場合の対応。ヴィオラが確認を重ねるたび、ロイドは疑問を一つずつ埋めていった。
「ありがとうございます。とても分かりやすかったです」
「警備のことでしたら、いつでもご相談ください」
ロイドはそう言って礼をしたが、そのまま訓練へ戻ろうとはしなかった。
普段なら、必要な話が終わった時点で迷わず騎士たちのもとへ戻るはずだ。だが、今日のロイドは背筋を伸ばしたまま、言葉を選ぶように一度唇を引き結んだ。
「ヴィオラ様……私からも、一つご相談してよろしいでしょうか」
「もちろんです」
「実は、収穫祭の日にミレーユ嬢へ贈り物をしたいと考えております」
「まあ」
ヴィオラはミレーユからの私信の内容を思い出す。偶然ではあるが、二人は同じことを考えていたらしい。
「恋人同士で贈り物を交わす習わしですから。私も何か用意すべきだと思うのですが……何を選べばよいのか、判断に迷っております」
「ロイド様が贈り物で悩まれるのは、少し意外でした」
「任務に必要なものなら選べます。ですが、婚約者へ贈る品となると……」
ロイドはそこで言葉を詰まらせ、視線を訓練場の隅へ向けた。若い騎士が木剣を振るっている音が、二人に届く。
「宝石や髪飾りも考えました。ですが、ミレーユ嬢が本当に喜ばれるのか、自信がありません……特に私は、女心を理解するのが、どうにも苦手ですから……」
「でしたら、ミレーユ様の仕事を支える贈り物を選んではいかがでしょうか」
「……ですが、それは、女性への贈り物として、失礼になりませんか?」
「相手によっては、無礼だと受け取るかもしれません。ですが相手はミレーユ様です。仕事が生き甲斐の彼女なら、きっと喜んでくれるはずです」
「では、その方向で考えてみます。ご助言ありがとうございます、ヴィオラ様」
「お役に立てたなら何よりです」
そこでヴィオラは、ミレーユからの私信を思い出した。
ロイドから相談を受けるだけなら、これで終わらせてもいい。だが、ミレーユのためにも、ロイドが何を喜ぶのかを知る必要がある。今なら話の流れとしても不自然ではない。
「ちなみにロイド様ご自身は、どのようなものをいただくと嬉しいですか?」
「……私ですか?」
「はい、贈り物を考えるなら、自分が何を嬉しいと感じるのかも参考になりますから」
「そういうものですか」
「そういうものです」
ヴィオラがはっきり答えると、ロイドは腕を組み、真面目に考え込んだ。戦術を問われた時のような表情で悩む彼に、ヴィオラは思わず口元を緩めそうになる。
「それなら……一度でいいから、ミレーユ嬢の作った料理を食べてみたいです」
「手料理ですか……」
「はい、もちろん、彼女が忙しいことは承知しています。商会の仕事もありますし、収穫祭の準備もありますから。無理をしてほしいわけではありません。ですが、高価な品より、私は手料理を頂けると……とても嬉しいですね」
「用意してくれるといいですね」
「はい、今から収穫祭が楽しみです」
短い返事だったが、ロイドの声には期待が滲んでいた。その反応にヴィオラが微笑んでいると、訓練場の端からエレーナの声が聞こえてきた。
ヴィオラがそちらに目を向けると、少し離れた場所で、エレーナが若い騎士と話している姿があった。
相手の騎士は、エレーナの言葉に何度か頷きながら、時折、自分からも言葉を返している。
遠いため、会話の内容までは聞き取れない。だが、エレーナの表情は普段よりもやわらかく、若い騎士も萎縮している様子はなかった。
「ロイド様、あちらの方は?」
「新人騎士のリュカです。剣の腕は未熟ですが、指示をよく守ります。備品の扱いも丁寧で、同じ失敗を繰り返さない。地味ですが、信頼できる男です」
ロイドの評価は淡々としていたが、決して低くはなかった。
「……ロイド様」
「はい」
「リュカ様について、もう少し教えていただけますか」
「構いません。何か気になることでも?」
「ええ。少しだけ」
ヴィオラはそう答え、エレーナと言葉を交わすリュカへと、もう一度視線を向ける。二人の和やかな雰囲気に、ヴィオラも思わず微笑むのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
もし本作が「面白かった」と思ってくださったら、
ブックマークや
ページ下にある★★★★★
で応援頂けると今後の励みになります!!




