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【特別版】 吹奏万華鏡 青春(アオハル)の茂華楽章  作者: 幻創奏創造団
古叢井瑠璃世代
22/23

♪21楽章 引退式 〜ドッチボール〜

 文化祭が終わって、数日後の休日。吹奏楽部の3年生は体育館へと集められた。

「…3年生だけ集めて…どういうつもり?」

凪咲は不遜な声で、召集した主を見る。

「…矢野」


集めた人物は、元部長の矢野(やの)雄成(ゆうせい)だった。

「集めたのは…ドッチボール大会をしたかったから。このメンバーで集まることは2度とないと思ってただろう?」

「そりゃあね。でも、またこのメンバーで集まれるとは…」

凪咲はそう言って、集まった3年生を見回した。

「…笠松先生からは?許可もらったの?」

不遜そうに聞いた理由。



 それは…

『こーーーら!?何、体育館で遊んでるのよ!?』

『ひぃいい!?』

『家に帰って勉強しなさぁあい!!』

『はぃぃい!』

顔を真っ赤にして怒る笠松が、容易に想像できたからだ。本当にそれだけは笑えない。



 しかし、その懸念を晴らしたのは……瑠璃だった。

「…私が許可取ったから、大丈夫」

それと同時、中北が「早いね」と苦笑交じりに、体育館へと入って来る。

「…な、中北先生」

美心乃も驚きの声を出した。


 この引退式を考案したのは、雄成と瑠璃と澪子だった。忙しくて、特に思い出を作れていないからと、休日を使って体育館でドッチボールをしよう、と画策していたのだ。


「…それで…かぁ」

芽吹が楽しそうに目を輝かせる。

「…あと、後輩も誘ったんだった」

そこで雄成がそう言った。

「…こ、後輩!?」

凪咲が驚いたように目を丸める。

「ああ。本当は3年生だけで…なんて思ってたんだけど、瑠璃が『どうしても』ってな」

瑠璃はえへへ…とばつが悪そうに笑っていた。

「瑠璃らしい…」

その言葉は、心の底からの本音だった。



 結局、後輩は全員が来た…という訳ではなかった。皆、予定が入っていたからだ。

「瑠璃せんぱーい!」

「瑠璃お姉さん」

 打楽器パートからは、希良凛と秀麟が来ている。付き合い始めて、ふたりはすぐだというのに、こうして任意の引退式に参加してくれるとは。

「…ふたりとも!ありがとう」

「いえいえー!暇なんで!」

「本当はカフェ行く予定だったけど、定休日だしね」

どうやら、ふたりの関係はうまく行っているようだ。


 一方でトランペットパートからは、浅野英寿が来ていた。彼も優秀なトランペット奏者だ。

「浅野!」

「こんにちは!」

「英寿くん、来てくれたんだ…!」

「俺が誘ったんだ」

浅野に視線を向ける雄成。その瞳は、半年前のことが嘘みたいだった。


「あとは、ユーフォも誘ったんだ」

「運動したいでーす!」

そう言った少女に、希良凛は心底驚いたような顔をする。

「あ、海咲、珍しい!」

大槻(おおつき)海咲(かいさ)。希良凛と同い年のユーフォ奏者だ。普段はあまりにも静かで、1年生の時はよく話していたが、クラスが変わってからは、あまり話していない。

「えへへー。希良凛ちゃんも来たんだ」

「そういえば、霞江は?」

「あの人…?あの人は…デートでしょ。菫玲ちゃんと!」

海咲が羨ましそうに言う。その羨望混じりの声に、雄成が強く反応した。


(…あっ)

雄成は澪子の方を見つめる。

(…澪子)

澪子は、笠松とルールについて話している。母性溢れる彼女。何度救われたか。

(もう…潮時かもな)

心の中で、声にならない誓いを、静かに漏らした。



「…こんにちは!」

試合を始めようとすると、ふたりの少女が入ってきた。その人物に、音織と凪咲の表情が変わった。

「…みるく」

「世永ちゃん」

それは、フルートの中畑みるくと、バスクラリネットの御鈴(みすず)世永(せな)だった。

「世永もドッチやりたーい!」

「世永!誰から聞いたの?」

「河野先輩です!」

凪咲は、芽吹の方を見る。彼はしたり顔でこちらを見ていた。その反応が少しムカついた。


 こうして、ドッチボール大会が始まった。グットッパーで決めたチームで、先攻後攻を決める。

「…よし!いくぞ」

「当てられるならやれば良い」

やたら音織は挑戦的だ。

「…よっと!」

雄成が投げたボール。それは剛速球だ。ボールはうなりをあげ、音織へと向かう。

「ふむ。扇動が過ぎたか?」

冷や汗混じりな言葉。しかし彼女はボールを取ってみせた。ぱん!!と鋭い音を立てて。

「ふふっ、この鈴衛に喧嘩を売るには、3万年の修行あるのみ」

音織はそう言って、味方の外野へとボールを投げた。


「…うわぁ」

「永遠の中二だなぁ。ありゃ…」

瑠璃と凪咲は驚きつつも、呆れの方が勝った。

「…えーい!」

外野の希良凛はボールを投げる。しかし威力が足りず、ボールは敵地へと転がった。

「ありゃりゃりゃあー…」

希良凛は頭を抱える。


ちなみに敵地にボールが渡れば、それは地獄だ。世永がボールを勢いよく投げる。

「…世永ちゃんショットー!!」

「…ださ」

誰かがそう呟いた時には、瑠璃のチームで1人が脱落していた。

「いったぁー!」

美心乃にボールが当たったのだ。彼女は、逃げるように外野へと飛び出す。しかも、世永のボールは勢いが止まらず、雄成の手元で止まった。


「う、うわぁあ…」

瑠璃は想定外の光景に驚いた。世永は球技が得意、芽吹から聞いてはいたが、まさかここまでとは。しかも、まさかボールの威力を侮っていたせいで、雄成の至近だった。

「瑠璃。逃さないよ」

雄成は冷たい表情で、ボールを構える姿勢に入る。その動きに一切の淀みはない。

「ああ…っ」

しかし、投げられる直前。


「…瑠璃せんぱーい!」

希良凛が叫んだ。その叫びに、瑠璃は反射的に反応する。そして、彼の手からボールが離れる瞬間…。

「やぁあーっ!!」

瑠璃は、身体を捻って横へ飛ぶ。猫が飛び出すような勢いは、ギリギリでボールを躱すことに成功した。

「…な!?」

雄成のボールは、瑠璃を狙い過ぎていた…。


「ふっ!」

ワンバウンドしたタイミングで、凪咲がボールをキャッチした。

「うぉらぁー!!」

凪咲が力いっぱいボールを投げる。

「…今までの恨みぃぃい〜!!!!」

渾身の恨みが籠ったであろう一球。それは芽吹の肩を殴るように貫いた。

「ぐへぇぇっ!?」

(うっ…、威力がゴリラ……)


「うっほー!当たったぁ…!」

凪咲の声が昂ぶる。それは、いつもの凪咲とは、大きくかけ離れていた。

「…凪咲先輩、ゴリラみたい」

海咲が思わず口に出す。

「おい!誰だ!?今、ゴリラって言ったヤツ!?」

彼女は聞き漏らしていなかった。


しかし、それは大きな隙だった。

「えーい!」 

「うぐっ!?」

澪子が凪咲を当てたのだ。結果、凪咲と芽吹、両者が外野へと弾き出された。


「凪咲!仇は取るから!」

「瑠璃ー!アドレナリン出してけー!」


しかし芽吹は、それぞれの特徴を理解していた。

(…今、もう戦力は4人。末次くんと大槻さん、3年は古叢井と鈴衛!!)

4人…。あと4人倒せば終わりだ。

(末次は狙いが性格、大槻はたぶん味方に回す、古叢井はアドレナリンの力で、勢いに乗られたら厄介、鈴衛は調子に乗っていても視野が広い!)

芽吹は、それぞれボールが受け渡った時、懸念すべき点を整理する。

(…鈴衛も厄介だが、古叢井もメンドイ)




そして…ついに勝負は決する。

「凪咲の仇ぃ!!ぎゅっとして!どーん!!」

「はや…!ひぃっ!」

瑠璃は思い切りボールをぶん投げる。それは避けた澪子の位置も読んでいた。

「…いててっ」

「やったぁ!!」

(瑠璃ちゃんは、やっぱり…知能が高い!)

澪子は瑠璃を認めつつ、外野へと出る。残りは世永とみるくと浅野だ。


「…これで向こうの3年生は全滅!」

「勝利は鼻先よ」

音織と瑠璃の気合いが更に入った。

「…音織!あとちょっと!」

「まず!世永からやるぞ!」

「うん!」

世永をやれば、敵方の壊滅は目前だ。

「……私、狙われてるのか」

すると世永は、ボールの動きに過剰に反応する。


「あーっ!じれったいこと、この上ない!」

音織がどれだけ狙おうと当たらない。

「…ふぅう!」

「…あと3分!!」

しかし最悪が起きる。


「…よっと!」

みるくの投げたボールが、海咲へと当たった。それは海咲が回避に対応できなかったからだ。

「うっ、悔しいぃっ!」

そう言いながら、海咲は負けを認めた。


そして悲劇は続く。

「えい!」

世永が不意打ちのように、瑠璃へ本気の一球を投げつけたのだ。瑠璃はあまりに急で、対応すらもできはかった。

「瑠璃先輩!!」

しかし秀麟が瑠璃を庇い、世永のボールを受ける。

「ぐっ!」

(そっちも大概ゴリラじゃねーか!)

秀麟はそう思いながら、床へと倒れた。内野に疲れてしまったのだ。

「秀くん…!」

瑠璃は、ここで復讐心に火がついた。


「世永ぁー!」

床を転がるボールを、拾い上げた瑠璃は、投げの体勢へと入る。

「うっ!」

この時、世永の視野は異常に広すぎた。だからこそ、大きく回避の動きを見せた。

「えへへぁ〜。そんなの読んでるよ♡」

しかし瑠璃は投げなかった。彼女の回避後の体勢は最高に悪かった。

(…まさか…!フェイント!?)

今の動きは…瑠璃のフェイントだった。


「小学校でもよく…やってたなぁあ!!」

瑠璃は後輩をやられた怒りを、ボールに乗せてぶん投げた。それは世永の反応速度を凌駕する。

「うわっ!」

打楽器で培った手首を、存分(フル)に生かした一球。それは世永を沈めた。

「うっー!悔しい悔しい!世永ちゃん悔しい!」

異様な悔しがり様に、全員が固まるが、これにてイーブンだ。


その時、予想外のことが起こった。

「…中北先生、笠松先生、入るってー!」

澪子が突然、声を上げたのだ。

「ま、まじ!?」

瑠璃たちは、顧問の参加に驚く。どうやら澪子の粋な計らいらしい。

 


 瑠璃たちのチームに、笠松。雄成たちのチームには、中北。それぞれが付いた。

「…いっけー!」

そこで更に白熱する。

「…みるくと浅野と中北先生…!」

瑠璃が戦力差に嘆こうとする。中北もそこそこ運動はできる。というか、当てたくない。


しかし音織の笑みが深まる。

「問題はない。こちらには笠松神(かさまつしん)がいる。何の心配もいらぬ」

それは誰も笠松を当てるわけがない、という深層心理を読んでの言葉だった。

「…笠松神って」

瑠璃と澪子がツッコミを入れた。


それから音織は容赦しなかった。

「うぉーらー!」

「うわあー!」

音織の本気の一投に、中北は本気で避ける。

しかし、そこには希良凛が張り付いていた。希良凛は避けた笠松へ、ボールを投げた。

「先生!さよーならー!」

希良凛も意外と容赦がない。普通に中北を脱落させた。


「…うーわ、希良凛ちゃん、容赦ない」

「同感だ」

1番ドン引きしたのは、瑠璃と音織だったが。



だが、これによって、向こうチームも本気になった。

「…もう容赦しない。澪子、芽吹。笠松先生を狙うぞ」

雄成が低い声で言う。

「…え?いいのか?」

芽吹が今後の交流を懸念して、否定をしようとする。だが、雄成は悪そうな笑みを浮かべた。

「…俺たちはもう"引退"したんだ。本気でやろうが、何の問題もない!」

「うーわー。もうヤだよ、この元部長」

雄成たちも、目には目を、歯には歯を、顧問には顧問を狙うことにした。


「…うぉー!」

雄成とみるくの強烈パス。その間にも、音織が浅野を脱落させた。

これで残りは、みるく1人だが、いかんせんボールが回らなくなった。皆、笠松を狙って本気で投げるからだ。しかし笠松は、異様な反応速度でのらりくらりと躱し続ける。


(まるで…1年前の写真撮影みたい…)

瑠璃は、あの合同演奏会練習の時の記憶と、今の笠松の動きを重ね合わせた。


「…俺の本気についていけるかなぁ!」

しかし、雄成の標的は、知らず知らずに変わっていた。彼の瞳の先は、音織へと移る。 

(鈴衛。次の一投、避けられるかな?)

そう思い、みるくからのボールを受け取る。そして彼は、音織へと照準を定めた。


しかし予想外が起こる。

「…既知」

音織は既に大きく、ボールの軌道から逸れていた。やはり反応速度が異様に高い。

だが、雄成は諦めない。

「…でも逃さない。君に当たれば終わり…だから!!」

しかし体育館シューズの靴底が突然、悲鳴を上げた。

「うお?」

彼はこの土壇場でつまづいた。  


「あっ!」

その時、ボールは勢いよく手元を離れる。そのボールは暴走したように、空を舞う。

「…うがっ!!」

しかし偶然、誰かに当たった。

それは…笠松の顔面だった。ボールが顔面にめり込む勢いで、当たってしまったのだ。

「ぐぐっ…!矢野ォ」


「あちゃちゃちゃ…」

「だから、やめとけって思ったのに」

「雄成のバカ」

雄成が慌てるのをよそに、芽吹と澪子が呆れていた。笠松に「すみません!」と大きな声で、謝ると笑い声が響いた。


「…すみません…じゃあ、ないでしょーーーう!?」

しかし謝罪は彼女に届かなかった。阿修羅の如き弾丸ボールは、みるくに直撃。

奇しくも、雄成の凡ミスで、彼らの負けが決定してしまった。


「ああー、矢野があんな…ミス…するなんて…」

すると凪咲が床へ倒れ込んだ。

「ダサぁああ!!」

そして爆笑しだした。

「い、伊崎先輩…」

希良凛が思わず、驚いたように目を丸めた。

(…確かに)

ずっと、ミスなどしてこなかった雄成。この日、奇しくもその仮面は外れてしまった。


一方、笠松は心配そうに、みるくへ駆け寄る。

「ああー、ごめん。中畑さん。大丈夫だった?」

「あっ、ギリで肩に当たらせたので…」

「…ふう、良かった」

「先生こそ、顔面…大丈夫…です…か?」

「ええ。まあ、痛むけど…」

すると、みるくも笑い出した。


「あははははっ!」

(…んもぉ、おかしい。でも、楽しかったぁ)

瑠璃も心底、そう思えた。


結局、この引退式は爆笑で終わることができた。

本当に楽しかったから。



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