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【特別版】 吹奏万華鏡 青春(アオハル)の茂華楽章  作者: 幻創奏創造団
古叢井瑠璃世代
17/23

♪16楽章 夏祭りの朝 プチパニック

 そんな秀麟の恋愛は誰にも気づかれぬまま、夏祭りの時期へと突入した。夏休みといえど、全国大会を目指す茂華中学校は、休みが一切ない。


 …だというのに、誰も音楽室にはいなかった。人の気配もしない。

「…おはようございます…誰もいない?」

彼がそう言った時、後ろから声が掛かる。

「末次、おはよう」

「ひえっ!?」

秀麟は驚いて振り向いた。

「…驚きすぎだ」

「や、矢野部長!おはようございます!」

その人物は部長の矢野雄成だった。彼はトランペットと、音を軽減させる器具を抱えていた。

「今日は早いな。珍しい」

すると秀麟は頬を赤らめる。

「い、いえ…、夏祭りが楽しみすぎて…早く起きてしまいました…」

「夏祭り。あー、祇園祭りね」

雄成はそう言いながら、口元に笑みを浮かべた。


「…誰かと行くの?」

雄成の問いに、秀麟は「友達とです」と答える。

「友達か。俺も友達と行けたらいいんだが…」

「矢野部長は夏祭りに行くんですか?」

「行くよ。トランペットパートの子たちと」

「パ、パートごと…なんですね」

秀麟はそれが羨ましくも感じた。


「ああ、そうか。瑠璃は夏祭りデートらしいもんね。通りで指原と行けないわけだ」

すると雄成はそう言った。

「えっ?」

「指原とふたりで夏祭りは気まずいだろ」

「ま、まぁ…はい…」

(否定してまうた!!)

秀麟は自分の不本意を恨んだ。本当は希良凛の隣にいたいのに。声に出せない本音は、夏のじんわりとした空気の中に消えた。


「…年上の彼氏とね」

その時、飄々とした声が、秀麟の身体を震わせた。

「あ、河野。おはよう」

「ぶっちょー!おはよ」

続いて入ってきたのは、サックスの3年生の河野(かわの)芽吹(めぶき)だ。

「…河野も早いな」

「だって、夏祭りが楽しみすぎて!はやく起きたから、早く学校行きたくてな」

「ふっ、そっちもか」

芽吹の言葉に、雄成が呆れたように肩をすくめた。

「どういう事?」

芽吹が首を傾けるも、雄成は「別にな」とはぐらかす。


「…てか、末は?お囃子じゃないの?」

すると芽吹がこう訊いてきた。

「え…、今年から断りました…けど」

「悲しいな」

「え、てか!何で知ってるんですか?」

「俺が知らないとでも思ったぁ?」

芽吹はなぜか何でも知っている。それは最早恐怖心を抱かせるほどに。

「…確かに、末次はお囃子やってるって、小学生の時から聞いてたな」

「ま、まぁ…そうですけど…」

そんな話しをしていると、次々と部員がやってきた。



 部員の数が全体の半分に達した時、芽吹が秀麟を廊下に呼び出した。

「末、いっこ聞きたいことがあるんだけどな」

「え、はい?」

「指ちゃん、好き?」 

指。希良凛の苗字は、先輩から捩られて、指と略名されている。

「えっ?希良凛…先輩…ですか?」

その時、彼の心臓がどくんどくんと大きく跳ねた。体の奥まで謎の熱さに襲われる。

「そお。未だ確信が持てないから…気になって…」

「い、いえ。希良凛先輩は…ひとりの先輩としか、見ていません!」

ブラスバンドネット。そう呼ばれている彼は、噂を何でも知っている。希良凛への片思いを言うだけリスクでしかない。

「…そう?」

しかし芽吹は、秀麟の瞳の奥を見て手を振る。

「ありがと」

そう言って、彼は音楽室へと戻った。

(さすが…ブラスバンドネット……)

胸奥での言葉は、称賛というより彼への畏怖だった。



その直後、事件が起こる――。

笠松が9時に音楽室へやってきた。既に練習の準備は済ませ、今からでも合奏できる隊形…のはずだった。

「さて…今日の部活をはじめま……」

顧問の笠松が指示しかけた時だった。

「きゃー!蜂!?ナニ!?」

彼女の声を遮り、希良凛が叫んだ。

「…ちょ!(アブ)だって!滅殺!滅殺!!」

同時に芽吹の指示で、一斉に音楽室はパニックに陥る。


「…ちょ!なんで虻!?」

「嫌だ!虫は嫌い!」

虫が嫌いな女子部員は、数少ない男子部員にすがりつく。それでも状況は対して改善しない。

「あ、あぶはあぶない…」

瑠璃も小さい時、虻に刺されたことがある。あの貫くような痛みは忘れられない。

「…瑠璃先輩!どうします!?」

「さ、さっちゃんは…下がってて…!」

「はい。あれ、秀麟くんは?」

「え、分かんないです!」

「きゃっ!こっちきた!」

蜘蛛は地獄に落ちるから殺せない。だがゴキブリなどの虫は、基本見つけ次第殺す彼女だ。

(虻は怖くて…駄目…!)


「ちょ!!矢野くん!ハエタタキ持ってきて!」

思ったよりも大きな虻で、パニックな笠松が、雄成に指示を仰ぐ。

「…まったく。澪子、ちょっといい?」

「う、うん」

雄成がハエタタキを取ろうとするも、あるはずの位置にハエタタキがない。

(だ、誰が持っていったぁぁああ!?)

雄成はハエタタキがないことに、驚愕してしまう。しかし同時、ぱん!!と鋭い音が響いた。


「…ふう」

力なく虻が横たわる。芋虫のようにのたうちまわる虻を、誰かがハエタタキで掬って、外へと投げつけた。

「これで大丈夫ですよね」


「…秀くん」 

希良凛は驚愕した。

……虻を不殺で対処したのは秀麟だった。


「す、すご!よくやったね!」

そこへ瑠璃が駆け寄る。

「…ま、まぁ、ウチ場所柄、虻が多い所に住んでるものですから」

「そ、そうなんだ…」

瑠璃の家も山奥で、虻というよりは蜂の方が多い。

「秀くん!ありがとう!」

その時、希良凛が嬉しそうにやってきた。

「い、いえ。それ程でも……」

希良凛に褒められたことが、何より1番嬉しかった。



――そんな騒動から始まった練習も終わり、いよいよ夏祭りが始まろうとしていた。


指原家もそれは一緒だった。

「…そういえば、莉翔って誰と行くの?」

「え?僕は秀麟といくよ」

「ふぅん。秀くんと…」

「姉ちゃんが一緒に行ってあげないから…」

莉翔が呆れたように言う。希良凛は髪型を整えていた。茶色混じりの横髪がうねる。

「…だって、ふたりきりは…気まずいでしょう」


「ふぅーん。じゃ、その浴衣は飾りか?」

すると莉翔が口角を上げて煽る。

「なに!?その言い方!?」

希良凛が振り向いて怒ろうとする。

「…ふふ、来年は彼氏ができればいいね?浴衣デートとか」 

「それは莉翔もでしょ?」

希良凛はそう言って、莉翔の可愛らしい色をした浴衣を見る。莉翔は小さい時から、可愛い色が大好きだった。

「…ふん!希良凛姉ちゃんよりは先にできるもん」

莉翔はそう言って着替えた浴衣を身に纏い、外へと出て行った。


(…好きな人…か)

まだ…希良凛は好きを知らなかった。

ずっと莉翔を超えることで、必死だったのだから。




ご覧いただきありがとうございます!

是非、感想や評価、ブックマークやリアクション等を宜しくお願い致します!

次回の公開をお楽しみに♪

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