♪15楽章 恋は暗殺
部活動見学の数日後。新たに打楽器パートに入った新入部員、それは末次秀麟という小学校からの経験者の男の子だった。
「…早速のコンクール練習、キツかったですね」
「そうだよね」
瑠璃と希良凛はそう話しながら、秀麟へと目を向ける。
「…秀麟くんは疲れてない?」
瑠璃が問うと、秀麟はニコリと笑って「いえ」と返した。彼は礼儀正しくて、穏やかな性格をしているので、後輩として扱いやすかった。
「…まぁ、強いて言えば、矢野部長の視線が怖いですが……」
「あ、あぁ〜、私も思った!瑠璃先輩も思いません?」
希良凛は同意を求めるように、瑠璃を見つめてくる。そんな彼女の期待を裏切らないよう、瑠璃は「だね」と言って頷いた。
部長、矢野雄成。どんな事情があったかは知らないが、なぜか血眼になって全国大会を目指している。
「矢野先輩、何かあったんでしょうかね?」
希良凛の悩むような素振りに、秀麟は同意するように頷いた。
それからあっという間に6月へと入った。
「…ふぅ、なんでプリントの答えを見せてくれないんだろう?」
しかし秀麟の気分は最悪だった。クラスメートへ、テスト勉強用のプリントを見せてくれるよう頼んだのに、焦らすように断られてしまった。
「最悪……」
性格の悪い生徒がいることなど、最初から知っていた。だが、自身にその火の粉が振りかかるとは。
そんな複雑な気持ちを抱えたまま、部活が始まった。いつも通りトムトムを叩いていると、希良凛が優しく話しかけて来た。
「学校は慣れた?」
しかしその問いに、彼は表情を渋くする。
「…うーん、何か小学校と違って、性格悪い人が多いんですよね」
「あー…」
すると希良凜は肩をすくめた。
「人間そんなものだよ。その性格の悪さが、もしかしたらその人の愛情表現…なのかもしれないね」
「…先輩」
相手に配慮した寛容な発言。優しいな、と思う。
「…でも、プリント見せてくれないんですよ。少しは見せてもらっても良いのに…」
それだから、秀麟は不満を吐き出す。
「…大丈夫。世の中、優しい人もいるから。秀くんみたいに」
それでも、希良凜はそう言った。可愛らしい双眸が細められる。
「…先輩、ありがとうございます。何だか、他の人と仲良くなれそうな気がします」
こう言った彼の頭を、希良凛は軽く撫でた。
希良凛は先輩面できたことに満足したのか、軽い足取りで楽器室に向かう。
でも、瑠璃の大声が響く。
「さっちゃん、譜面台!」
かちゃんっ!!!!
「わぁあ!!ごめんなさいっ!!」
合奏前に譜面台を、落としてしまうドジをかました。
「…えっ?どうしました!?」
すると秀麟が音を聞きつけ、楽器室へ飛び込んできた。
「…うっ、秀くん」
マズ!と希良凛は声を上げた。先ほど、先輩っぽいことを言ったのに。声にできない本音を頭の中で反芻しながら、彼女は落とした譜面台を拾う。
「希良凛先輩、手伝います!」
「…あ、ありがとう」
せっかく先輩面したのに…。
「打楽器、準備が遅い」
その時、低く辛辣な声が身体を凍らせる。
「…は、はい」
「す、すみませーん…」
その人物は、矢野雄成だった。彼は冷徹な瞳を震わせ、音楽室へと入った。
「…ごめんね」
「早くして」
瑠璃が謝るも、雄成は鼻を鳴らして合奏の準備を始めた。
「…2人とも大丈夫?」
瑠璃がふたりに問う。
しかし……
(…なに?この感覚?)
希良凛の身体は硬直したままだった。それは近くまで、刃を隠した誰かが向かってくる。そんな形での感覚だった。
「先輩、どうぞ」
しかし目前には、優しい顔をした秀麟しかいない。
「……ありがと」
希良凛は、何とも言えぬ気持ちになりながら、合奏の準備を向かった。
今日の合奏も厳しかった。課題曲はもちろん、自由曲の指導も当然、容赦なく振りかかる。
「…はぁあ。先輩、私先に帰ります」
「あ、バスだもんね。またね」
「はーい。失礼します」
「希良凛先輩、さようなら」
「秀くん、ばーい」
希良凛はそう言って、誰よりも早く帰った。
「…希良凛先輩、絶対に疲れてますね」
「うん。合奏でも集中砲火されてたしね」
瑠璃はそう言いながら、打楽器を綺麗に片付けている。最後にシンバル類に毛布をかけてあげる。
「…秀くんは帰らないの?」
「えっ、帰っていいんですか?」
「どうして?」
「茂華小学校だと、片付け終わるまで、全員帰っちゃいけないんですよ」
秀麟から放たれた真実に、瑠璃は目を丸める。
「へ、へぇ…。た、大変だね」
「いえいえ。それがルールだったんで」
秀麟はルールを清く正しく守るタイプらしい。
その頃。
(…何だろう?あの感じ…。蛇みたいだった)
希良凛は、ある意味での気味悪さを感じていた。
(秀くん、ただ者じゃないよね)
静かに首筋へ何かを刺そうとするような謎の感覚。それは何からのか分からなかった。
その日の帰り。秀麟はひとり帰りながら、希良凛を想起する。
あの優しい希良凛が好き。そう思った瞬間、彼女への接し方を変えた。
好きな人にだって…友達にだって悟られないよう…彼女へアプローチをかける。その気持ちの変化こそが、希良凛の思う謎の感覚の正体だった。
ちなみに希良凛との連絡先は、まだ繋げられていない。休日練習にでも連絡先を交換する、と彼は考えていた。誰にも誰ひとりにだって、希良凛のことが好き…だなんて言えない。
「…はぁあ。連絡先を繋ぐことからだな」
秀麟の恋活は、音を立てずに希良凛へと迫っていた。
――そこで追い風が吹きつけた。
「みなさん、お願いします!!」
「…雄成のお願いを聞いてほしいの」
雄成と瑠璃の言葉を切っ掛けに、全国大会を目指すことになったのだ。
その練習の過程で、彼と希良凛の関係が少しずつ進展していく。しかし無論、恋愛の目線を直に彼女へ向けることはなかった。
彼の中で『恋は暗殺』。誰にもバレず、確実に気持ちを仕留めることだと思っているのだ。
ある日の土曜日、秀麟と希良凛がたまたま最後まで、校舎に残ることがあった。
「…あれ?どこいっちゃったかな?」
希良凛は昇降口でバッグをひっくり返していた。何かを無くしたらしい。
そこで一度、目が合ったことで、彼の想いに火を付けたのだ。秀麟は速攻で希良凛へ駆け寄る。
「き、希良凛先輩!大丈夫ですか?」
「あ、うん?」
すると希良凛は、光の速さでひっくり返した物々をバッグへと戻していく。
彼女は一体、何がしたかったのだろう?
しかし彼女は、スマホをバッグの中に、こっそりと隠しているのを見てしまった。
千載一遇の好機!!
心臓が暴れると、ここまで気持ち悪くなれるのか?まるで未知の病に襲われるような感覚に陥る。
――今なら、希良凛と連絡先を繋げられるかも知れない。
――そうすれば、少しでも進展が望める。
秀麟は敢えて、平静を装う。ここで取り乱せば今後、誰かにバレかねない。それは本人にも然りだ。
「…れ、連絡先交換しませんか?」
言えた!!
(い、言えた〜〜〜っ!!)
すると希良凛は肩をすくめた。嫌だ、そう言わない雰囲気であることは、秀麟でも分かる。今、自分は最も感覚が、鋭敏に研ぎ澄まされている。それは分かっている。
「いいよ〜」
案の定、希良凛は爽やかな顔をして、隠していたスマホを取り出した。
「秀くんはスマホ持ってる?」
「は、はいー!」
「んじゃあ、お願いね」
希良凛と秀麟のスマホが重なる。これにて、連絡先を繋ぐことは…成功した。
「ありがとうございます!」
「いえいえー。じゃあねー」
「はい!また!」
秀麟は嬉しそうに、校舎を去った。
この連絡先を繋いだという出来事が、きっと今後大きな力になる。
また一歩、彼女へ近づけた、この時の秀麟はそう信じて止まなかった。
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