銀木犀
「いい香りね。」
「そうね。この香り好きだわ。」
「何の香りかしら?」と言う二人に渡辺が、
「銀木犀よ。秋の香りね。」
「銀木犀? 金木犀じゃなくて?」となつが聞いた。
「金木犀は、甘く濃厚な香りで有名かな。昔、歌にも歌われていたしね。
でもこれは、銀木犀。金木犀より、さわやかな感じしません?」
「なんだか、懐かしい香り。何故かしら?」
二人は、微妙な違いが判るような、判らないような。でも判りたいので鼻をピクピクさせた。
三人で村の公民館に向かって歩いている。
「ここは、昔、村長さんが住んでいたそうよ。立派な建物のでしょ。建てて何年な知らないけれど、ずいぶん村に貢献した方らしいの。
今は、公民館として村の人達がよく集まるのよ。」と渡辺の説明で二人は、建物をまじまじと見た。厳格な感じがした。
中では、村長の波那村が待っていた。
「ようこそいらっしゃいました。
なつさんでしてね。渡辺さんもありがとうございます。」
なつは、同伴者の友人を紹介する。
「こちら、愛さん。
私達は、同じ養護施設で暮らしていたんです。
愛ちゃんは、幼い頃の記憶があまりないんです。
でも今は、元気いっぱいの女性です。ここで二人で暮らしてみたいと考えています。」
二人は、丁寧に頭を下げた。
「はじめまして。木村愛です。
今、村を歩いていて何だか懐かしい気持ちになりました。のどかな感じですね。
なっちゃんとなら、一緒に暮らせると思います。
施設でもなっちゃんと過ごしていたので。」となつと目を合わせた。
「私は、親の都合で施設に預けられたんです。でも愛ちゃんは、大変な体験しているんです。」
「ずっと以前の事。
私は、家族と登山中に山の噴火にあいました。
逃げる最中、転んで気を失ったようでその前の事が思いだせないままです。
助け出され、気が付くと病室でした。
家族とお弁当を食べていた時のようで手にプラのコップを握っていて、そこに『愛』と書かれていたんです。木村と言う名字は、最初の施設の館長さんの名字を頂きました。」
「愛ちゃん、大丈夫?
今日は、お話しできる?」となつは、愛の顔をのぞき込むようにして聞いた。
ゆっくり座りながら、村長の淹れて来たお茶を飲みながら、頷いた。
「思い出せない事が苦しかったけれど、最近は、話すと私への理解が深まる気がします。」
「新しい出会いで思い出せる事があるかもしれないね。」
「今日は、パンプキンパイを作ったんですよ。」
箱を開けると沢山入っていた。
「あら、沢山。」
「なっちゃんは、ジュンジ君にも連絡したんですって。」と渡辺が説明した。
「あら、彼は、ここに来ますか?」
なっちゃんは、首を傾げた。
なつが、数日前にLINEを送った。既読には、なっていたが、ジュンジからの返信は、ないままだった。
「私、片思いなの。」
「ジュンジさん、そんなはずないと思うけれどね。時々、冷やかされていたわ。『なっちゃんのスイートポテト美味しかった?』って。
言われるとすぐ下向いてしまうのよね。」
「やっぱりそうでしたか、ジュンジ君に私から電話入れてみますね。」と渡辺がスマホを出し、かけてみた。なつは、引っ越して間もない渡辺が、村の人達と親しくしているのを羨ましく見ていた。
「もしもし、渡辺です。
ジュンジ君、これからパンプキンパイ食べるの。いらっしゃれるでしょ。
なっちゃん達が作って来てくれたのよ。
そうそう。連絡いっているでしょ。
えっ、栗林さんもご一緒にどうぞ。沢山あるわ。
移住相談に見えているのよ。」
渡辺は、パンプキンパイの数を確認しながら、すらすらと誘った。
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