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ガーン。と重たい音が虚空に吸い込まれ、一瞬の後そんなことはなかったかのようにさらさらと優しい葉擦れの音がする。りんごの木が風に揺らいでいる。
「へったくそだな」隣のバベッジが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「うるせえな、銃の質が悪いんだよ」サクラは言い返す。
「俺の調達物に文句つけんのか?」葉巻を吸って大きく吐いたウユルの息は白い。
「はは、マフィア様に文句なんて、怖くて付けられねえよ」サクラの言葉にバベッジが哄笑し、ウユルは舌打ちしつつもどこか自尊心を満たされた顔だ。
行くか、とサクラが言うと胡坐をかいて座っていたバベッジは不満げだったが頃合いだろと腰を上げたウユルには逆らえない様子で、ちぇっ、と舌打ちしながら立ち上がる姿は子供の頃の、中学を卒業した頃からの威圧感の強さで、それが友人だと思うと自分の気まで大きくなってくる。そこにマフィアのウユルが加わったオレたちを、止められる奴なんていないだろ? なんて、よく考える。
歩きながら緑の葉の下のまだ青いりんごを、銃床で殴りつけると鈍い音と共に未熟なりんごが地面に転がる。割れた中身は陶磁器のように鮮烈な白だ。
貸せよ、と言うバベッジに銃を手渡すと彼も収穫前のりんごを銃床で殴りつけ、破壊する。ベタベタになるからやめろよ、と言うウユルに、「撃ち落とすより、こっちのが簡単だな!」とまた一つ、りんごを叩き割る。
「撃ち落とせなきゃなあ」とサクラは頭の後ろで手を組む。そうだ、銃床で殴りつけるのも一つの方法ではあるが、やはり「狙って撃ち落とせなきゃ、殺せないからな」
またバベッジが哄笑するが、笑い事ではないと思う。「撃ち殺せなきゃこっちが殺されるんだぜ。そんなの真っ平ごめんだよ。それに」握り拳を掌にぶつけ、「撃ち殺せなきゃ美味しいところが味わえない」
ひゅぅ、と横でウユルが口笛を吹く。「お前だって、売り飛ばそうとしたボンダミ人が逃げようとしたり、歯向かったなら銃で撃ち殺してんだろ?」と問うとウユルは、ふん、と鼻息を吐き、
「俺はお前と違って、楽しみで人殺すわけじゃねえからな」と目を細める。
「んだよ、オレだって、ただの快楽殺人主義者じゃねえっつの」と応じてもウユルは興味なさげだ。
「オレの殺人には明確な思想があるんだよ」話を接ぐ。「戦争、っつったら人を殺すもんだ。人を殺せば、平時であれば逮捕されて何かしらの刑罰を与えられる。だが、どうだ? 戦争はどうだ? 殺せば殺すほど喜ばれる。人を殺した数がその人間の価値になる。殺しまくれば英雄にだってなれる。人を殺した数がステータスになるなんて、最高だろ?」
「だからそれが快楽殺人者の発想だって言ってんだよ」バベッジの笑い声がりんご畑に妙に反響して、ひどく馬鹿にされたような気になりサクラは苛立つ。
「だから違うんだって。オレは殺した数が評価されるっていう、常時じゃ考えられない評価基準が楽しいんであって、ある種の革命だから、それが楽しいんであって殺すことそのものを愛しているわけじゃない。殺しそのものを楽しんでるわけじゃないんだよ」
力説するのにバベッジには違いが分からないらしく、けらけらとまだ軽やかに笑っている。分かるよな、と視線を向けた先のウユルは「言いたいことは分かるような気がするが、結局、行為としては快楽殺人者と同じだろ」とつれない。「人身売買で殺しもやる奴が、何達観してんだよ」と食い下がるが肩を竦めるだけで受け流されてしまう。
歩いた先、りんご畑の端にはピリポがいて、サクラらを認めると乗っている農作業用の、天井を取り払った開放的な車にエンジンをかける。車はブロロンと吠え、それからは唸り続ける犬のようなくぐもった排気音を間断なく吐き続ける。「よ」「あい」と挨拶を交わしながら乗車し、ピリポの運転で彼の家へと向かう。
「なんだ、しけた面してんなぁ、サクラ?」ピリポが恰幅の良い腹を揺らしながらハンドルを微かに傾ける。「人様の農園荒らしておいて、なんだそのつまらなそうな顔は?」
「だってこいつら、オレの言ってること全然理解してくれないんだもん。何度説明しても分かってくれないってのは、孤独とまでは言わないけど、なんだかやるせない気分になるもんですよ」
「あれか、あの、人殺しの美学の話か」とピリポがこちらに顔を向ける。
前向いてくださいよ、とピリポを正し、もういいですから、その話は、と付け加える。
「よくも何もねえだろ」とピリポは乱暴に言い、愉快そうに笑う。「サクラはこのルリアを、りんご農家やる以外に稼ぎのねえこの土地を出て、ははっ、物好きにもほどがあらあ、わざわざ命を危険にさらすガリバス軍に、志願兵として入隊するんだろ? 糞つまんねえ、りんごを栽培して売る以外能のないオレからしたら、飛躍も飛躍だけど、羨ましくもあるんだよ。なんせ、故郷を捨てるんだからな。安定した生活を、自ら捨てっちまうんだから」
「そんで人殺しの道だろ?」とバベッジが下品に笑う。
「だから、オレが志向してんのは殺人が評価される生き方で、殺しが好きなわけじゃないんだ。何度言えば伝わるんだよ」サクラは大袈裟かもしれないがちょっとした絶望さえ感じる。
「もういいだろその話は」と、サクラの機嫌が悪くなるのを知っているウユルが話を締めくくる。バベッジは愉快そうに遠ざかるりんご畑に視線を遣り、ピリポがアクセルを踏んで車が少し速くなる。サクラは舌打ちし、りんご畑を無視しながら、しかしそこから湧き立つ独特の香りを鼻に感じていた。
りんご農家を継がないと告げた時の父の顔が脳内をよぎる。出し抜けに眼前で一発拍手されたかのような、どこか恐怖に似た驚きの表情だった。父は何故と問うた。サクラが理由を話すと、さらに混乱したような顔で、外国の部隊に志願するだなんて、訳が分からん、と零した。その深々とした眉間の皺に向かってバベッジらにした説明と同じ内容の話をすると、ただ沈黙があるばかりだった。父は何も言わなかった。もう、何も言う気がないのだった。それは父がサクラに時折見せてきた、見放しの印だった。
けど、別に愛がなかったから戦争に行くわけじゃない、とサクラは確信している。ただその革命の匂いと、価値観の転倒が素直に面白いから、実入りのある祭りに参加しに行くような感覚なのだ。そこには興味も不安も均等にあって、そして明確な思想がある。ガキの若さでもなく快楽主義でもなく、老人の悲観主義でもなく、ただ地に足の着いた思いがあるばかりだ。力の行使。周囲の環境を己の力によって変化させたいという、人間本来の欲求に素直に従った結果が戦場なのだ。
「もう一回、銃を貸してくれ」
言うとウユルは横目でサクラを一瞥し、何も言わずに弾丸と銃を手渡した。サクラは発射までに必要な手順を一つ一つ丁寧に、確認するように、同時に手早く正確に、まるで神事のような厳かな気分で行う。引き金を引けば撃てる状態まで整備し、的を探す。いい的が見当たらない、周りはりんご畑を離れ草原とピリポの家しかない。家の窓辺には洗濯物が翻っている。
銃を構え、洗濯紐に吊るされているピリポの服に照準を合わせようとする。「おい」とピリポが呼びかけるのに返事は返さない、銃を可能な限りぶれないよう強く握りこむ。やはり走行中の車上からだと手元がぶれてとてもじゃないが狙いが定まらない、銃が振動で縦に揺れる、それでもサクラは意志的にピリポの家、はためく彼のシャツに銃口を向ける。「おい! やめろ!」とハンドルから手を伸ばしてきたピリポの、その手が銃を掴む前に引き金を引いた。
ガーン。
音がした。シャツは変わらず風に揺れていた。
「馬鹿野郎!」ピリポの声は本気で怒っている。また外した! とバベッジは軽薄に笑う。手に銃撃の反動を生々しく感じながら、サクラはウユルに銃を返す。その熱い鉄がウユルの手に渡ると、ウユルが低い声で言った。
「サクラの殺人主義、あるいは革命主義、みたいのにはついていけないけど、俺はサクラと、生きてまた会いたいと思うよ。戦争行った後も、また会えたらなって、思うよ」
その横顔はひどく真面目くさって、人身売買を生業とする者とは到底思えないような、実直さに溢れていた。




