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土剥き出しの道を歩いていると時折起こる砂塵に巻かれ、頬を打つ礫を感じる。小さな礫が人間様に意見しているように思え、でも、風なしには礫は飛べない、人間を攻撃することだってできないのだ。そう考えると、見えない何かを蹴っ飛ばしたくなり、カナルは思わず「あぁぁ」と呻く。呻いて、少しだけすっきりする。頭の中では大風が吹いて宙を舞う自分を想像している。当然、そんな大風など吹かないのだけれど。
黙って横を歩く恋人たるポポンが、やはり黙してカナルの横を歩く。苦役、背中に石でも背負っているように渋面で歩を運ぶ様を見るにポポンは本意ではないのかな、と思い、尋ねる。
「ねえ」
「何?」
「ほんとにいいの?」
「……いいよ、別に」
ポポンは実直な、鼻筋の通ったきりりとした顔つきの優等生で、病気でもなければ学校を休んだことのない模範的高校生だったのだけれど、それがどういう風の吹き回しなのか、昼休みに学校を抜け出そうと言う。初めは冗談を言っているのだろうと思い笑って応じていたのだがいやいやわたしは本気ですよと繰り返すのを聞きどうやら本気らしいぞと知ったカナルは彼女ほどの優等生ではなかったけれど、あるいは彼女ほどの優等生ではなかったから、誘いに応じて昼休み、二人で弁当を食べる態でこっそり学校を抜け出した。
校舎を出て門を出て、いつも行き帰りに通う歩きなれた道をしばらく歩き、やがて横道に流れてから出た先は大通り、東にクスル、西に王都ベロンの分かれ道でポポンは西に向かい始めた。どこへ行くの、と訊くと、どこかへ行くの、と答えた。なんで、と訊くと、何も答えなかった。だから引き返すべきではと推奨しているのだがポポンは首を縦に振らない。なんでもいいから遠くに行くのだ、と言ってきかない。
遠く。そう言って初めに思い浮かぶのがベロンで、王都たるベロンであればこんな野原に一本裸の道を通しました、みたいな荒涼たるボンバとは違う、煌く何か、があるに違いないと、漠然と考える。この緩やかに死に向かっていくボンバと違い、活力なるものがあるような気がしている。でも、それは幻想じゃないのか。ないものねだりではないのだろうか。
「ポポンはさ」と声をかける。ポポンは苦渋の顔のままだ。「せっかく築き上げた優等生の地位が、こんな確たる目的のない旅で、旅っつっても、はっきり言うけどガキのわがままで、おじゃんになってもいいの?」
ポポンは答えない。
「オレらなんてさ、結局は礫だよ、礫」と謎かけのような言葉を用いてもポポンは答えない。仕方なく話を続ける。「風でも吹かなきゃどこにも行けない、人間様と時と牛に踏まれるだけの存在だよ。オレらだけじゃ飛べない。どこにもたどり着かないよ、この旅」
ポポンが答える代わりに舌打ちした。きりりとした顔ゆえの迫力ある、よく通る舌打ちだった。
仕方なく道の端、しな垂れかかっているイネ科植物の穂でも眺める。風にゆらゆら揺れて、いかにも気持ちよさそうだがどうせこいつらだって風なしには受粉できないのだ。風なしには繁栄できないのだ。みんな風を必要としている。オレだって、飛べるものなら飛びたい、けど。
「ユフィムがさ」
出し抜けにポポンが口を開いた。「行ったんだって。マルホ」
「は?」
「マルホ行ったんだって、彼氏のエルコと。一緒に」
「は? だから?」
「マルホで、キスしてきたって」
話が見えない。「キスしてきたって、マルホで? だから何?」
「ついでにヤったって」
臆面もなく言い切るポポンに、カナルは思わず小声になってしまう。「ヤったって、いや、え、マジなの? 冗談とかじゃなくて?」
「マジ」とポポンははっきりと言い、ぶつっと道端のイネ科の穂を抜き取り、どうするかと思えば地面に投げ捨てた。
「あ? 何? ちょっと話見えないんだけど?」
「ヤるヤらないしかやることなさそうな顔してるでしょ、二人とも」怒ったような顔でポポンは歩速を速める。カナルも歩幅を広げて横に並び歩む。
「お前、けっこう無茶苦茶言うな。まあ、言わんとしてることは理解できるけど。二人には悪いけど」
「でもそんなの嘘っぱちよ」ポポンはカナルの言葉など聞く気もないかのようにやや早口で、パンを噛み切る時のように力をこめて喋る。「あいつらは所詮、飼いならされた牧羊犬みたいなもんで、度胸もないのに嘘を吹聴するのだけは得意な、何者でもない奴。でもわたしは」目をしばたたく。「どこかへ行ける。どこかにたどり着ける力を持ってる。力があるなら行使したい。さっき言ってた風がどうとか、そんな、他力な風なんて待ってたって一生吹かないかもしれない。たぶん一生吹かない。吹かなければこの町で、何者にもなれないまま朽ちていくの? わたしは嫌だ。だったら行動する」
興奮のため彼女の頬は朱に染まり、瞳は少し潤んでいる。その、虚勢を張っているような危うさは好きだな、と思う。
「でもさ」と問う。
「何?」と早口で、まるで子供を叱りつける鬼教師のような形相で訊き返してくる。
「でも」怯まず言う。「どこに行くかは、分かんないんでしょ?」
「でも!」痛いところを突かれたからか彼女はいきり立つ。「どこかには行ける! どこかにはたどり着く!」
「それがどこかかは、分からないけど?」
苦虫を噛み潰したような、顔に皺を寄せて唇を真一文字に引き結び、ポポンは再び押し黙る。日差しは熱いが吹く風は爽やかで植物を揺らす。そのざわめきは書物で読む海の波音のようだ。
「……なあ」
「……」
「帰ろう、学校に。今から帰れば授業間に合うし」
ポポンは返事せずにまた歩速を速める。カナルは振り幅の大きくなった彼女の腕の、手首をがっちりとつかむ。ポポンが身を翻してカナルの手を振り払い、振り払われてしまう自分が絵にならないなあと心で苦笑しつつこちらに正対したポポンに言う。
「今度、海行こうよ」
意想外の質問だったのだろう、ポポンが怒りの形相のまま微かに首を傾げ、さらりと彼女の髪が流れる。何も言わないのは驚きのためもあるだろう。
「今度さ、日にち取って、ベロン行ってマアレ行って、そのまま山越えてミール王国に出て、それで、どこかの海岸から海、眺めようよ」
「海……」ポポンが顔をしかめ、思弁するように手を顎に添える。
「内陸のボンダミじゃ、海、見れないだろ? だったら見に行ってやろうじゃん」ほら、これで目的地ができた、と言うとポポンは納得したような、でも簡単に丸め込まれるのは癪である、というような複雑な面持ちとなる。頑固だな、と言うと口を尖らせ明後日の方向を向いてしまった。
もう一度彼女の手を掴み、来た道へと引っ張ると抵抗なく彼女は引っ張られる。「なあ」と声をかけながら歩く。「知ってる? 海ってさ、陸との気温差で絶えず風が吹いてるんだってさ。午前中は海に吹き寄せて、午後、陽が落ちて海側が暖かくなると陸地方面に、だったっけなあ? 実はよく憶えてないんだけど」
「日中は海から陸、夜は陸から海」ぶっきらぼうに彼女が答える。
「そうそう、それ。だから、風を……」
「風なんていらない」小さく叫ぶ彼女はどこか子供じみている。
「風、吹かせたいんじゃないの?」
「……だから風なんていらないっての」
俯いた彼女の表情はうかがい知れず、ただ繋いだ手と手首ばかりが異様な熱を持ち、人肌の温かさをカナルは知る。と同時に、ああいう話が頭の中に思い浮かび、かっと頬が照るのを感じて恥ずかしさからこちらも俯いてしまう。でも、好奇心というか、助兵衛心に負けて、できるだけ軽佻浮薄にならぬよう、いやらしさの滲まないよう、可能な限りの平板な声で訊いた。
「で、その、そん時は……オレたち、ヤるのか?」




