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   16.


「諸君!」壇上から叫ぶフィオのよく通る声にどこか冷めた気持ちでイースは耳を傾ける。「いよいよ、と言ってもいい。二週間後、この王都モンタミで建国祭が行われる。民草が着飾り、そこかしこに市が立ち、そして晴れやかな王の行進が行われる。当然、ヒサナ11世もご登場されるだろう。そこでだ!」フィオが振り上げた拳を素早く下ろす。「我々青年革命団は王様に、直々に上申しなければならない。『ロンダリによる平和』が過ちであることを!」

 そうだそうだ、と賛同の声。

「『ロンダリによる平和』は間違っている!」フィオが叫ぶ。少し間を開けて、「ロンダリが他国を征服すれば平和が訪れる? ロンダリがより繁栄し他国民も高い生活水準を獲得する? ……それはあり得ないことだ。あり得ないことだ! ロンダリが他国を侵略すれば当然憎悪を買う。暴力に訴えた我々を他国民が許すか? 許さない! 地上には従順が溢れるかもしれないが地下には抵抗が根を張る!」

 ちょうど私たちのようにね、とイースは思う。

「他国の征服による平和など、幻想だ! 甘い飴玉とおんなじだ! しかしそれに気づいている者は数少ないが……」

 俺たちは気づいてるぞ! という合いの手がいくつか入る。

「『ロンダリによる平和』がもたらすものは何か。憎悪と焦土と、他国民の奴隷だ」

 死体も出るぞ!と声が飛び、フィオは満足そうに頷く。演説は上手なんだよな、とイースは思う。自分の中にも妙な高ぶりを感じている。

 フィオが語る。「我々は、数は少ないが国王のインチキに気づいた人間だ。別に賢い人間だとは言わない、が、正しい人間である。そうだ、我々は正しい人間だ。では正しい人間のやるべきことは何か。正すことだ」

 イースがちらり横に目を遣るとミツリとタイエが吊り込まれるように前傾姿勢になっている。

 フィオが言う。「我々は国王に直訴しなければならない。ヒサナ11世の過ちを正さなければならない。では、具体的に、どうやって?」少しの間を開け、「……騒ぎを起こすしかない」と言い切る。「我々はこれまで様々の方法で過ちを正そうと活動してきた。しかし意見を受け入れられるどころか迫害されるばかりだった、追いやられるばかりだった、だから今もこんなかび臭い集会所で会合をしている。同志と呼ぶべきゴレド氏も命の危険からスヴェミに亡命した、せざるを得なかった。この理不尽な状況で我々の切実な願いを届けるには、国王が街に現れる建国祭以上の機会はない。そこで警備をかく乱し、『ロンダリによる平和』への反対を、国王に直接見える形で表明しなければならない。そのためには……」息を継ぐ。「我々は騒ぎを起こさなければならない。我々が騒ぎを起こすことにより一時的に市民と護衛が混乱する、その一瞬の隙をついて有志が、国王の乗るであろう車へとなだれ込む。そして直接手紙を渡す。あるいは、処刑覚悟で車を奪取、国王を誘拐し我々の思想を噛んで含める。そんなことをすれば護衛に射殺されるかもしれないが、諸君、諸君の内に処刑を恐れる者はあるか!」

 ない、ない、ない、とそこかしこで叫び声がする。

「国の過ちを正すのに命を張れない者がいるか!」

 いない、いない、いない、とまた声が響く。

「そうだ諸君、我々は正しい人として命を賭して行動せねばならない。必ずや王に間違いを認めさせなければならない、改めさせねばならない。『ロンダリによる平和』に否定を。そして真なる平和に歓迎の挨拶を!」

 フィオが拳を振り上げると全員が拳を振り上げて「真なる平和を!」と雄たけびを上げる。イースも手を上げ「真なる平和を!」と叫んだ。

 壇上のフィオとルマリが舞台袖にはけ、会合は終わりとなる。加熱した人々が出口へと進み、出入り口で少し押し合いへし合いする形となって呼吸の苦しいところを脱すると背後から「イース、待って!」とミツリの声がした。まるで悲鳴なのはやはり押し合いへし合いで圧迫されているからだろう。

「イース!」と呼びながらもがき、人垣を脱して駆けてくるミツリを待つ。いっやあ、などと、呆れたような感心したような声を出しながらミツリがイースの横に並ぶ。二人で歩く。

「いよいよですね」とミツリが声を弾ませる。

「まだ二週間あるわ」とイースは敢えてそっけなく応じる。

「団長の演説、ふるってましたね」

「ふるってもらわなきゃ困るわ。団長だもの」

 イースの愛想のなさにミツリは首を傾げ、しかし喋り止まない。「直訴すれば、きっと僕らの思いも届きますよ、きっと」

 直訴。我々青年革命団による超法規的措置とでも言えばよいのか、擾乱のことを参謀のルマリは言い換えた。これでいくら『直訴』を口にしても計画を悟られないし、騒乱・擾乱といった悪い印象を離れることができる。心地よい名辞を案出することは実に重要である。と考えつつ狭い路地に入る。ミツリもついてくる。路地に人の気配はなかった。

「直訴。国にばれてないと、本気で思ってる?」

 イースの質問にミツリが飴と思った物が実は金属だった時のような、意想外という顔をする。「直訴がばれるって、え?」

 昼時だからか、どこからか焼いたパンのいい匂いが漂ってくる。

「言葉通り。もっと直截的に言うと、私たちの計画が――」

「わわわ!」ミツリが大声で塗り重ねようとする。「な、そんな、直訴でしょ、イース、言葉を間違えないでくださいよ」

 言おうか言うまいかで少し悩み、だが結局は言ってしまう。「所詮、ヒサナ大学の現役とOBで編成された組織よ? もっと本格的な地下組織に教えを乞うならまだしも、学生と卒業生が組んだ組織なんて、その情報なんて、筒抜けでしょうね」

「そんな、まさか……」初め怒りに声を荒らげたミツリもまさかと言う時には不安に声が萎んでいる。それはそうだろう、国家反逆罪が適用されれば流刑どころか死刑だってあり得なくはないのだから。

 しばらく歩き、パンの匂いが消えてから消沈のミツリに話を振る。「なんで、フィオとルマリがデキてるなんてデマが吹聴されてるんだと思う?」

 え? と首を傾げ、「ほんとのことだから?」とよく考えもせずミツリは答える。

「私なら」とイースは言う。「一定程度以上に肥大した組織を弱体化させるには、頭を狙う。頭領を狙う。彼らに悪印象、それはどんなにつまらないネタでもいいのだけれど、悪い印象を与えるような話がいい。そういう流言を流して求心力を低下させる。人間なんて尻軽だから、なんとなくかっこつかないから、って理由だけで離れていったりするものよ」

「つまり……」ミツリは襟足を手で捻りながら、「僕らの活動を感知した警察か何かが、潰しに来てるってこと?」と言う。

「その可能性も零じゃないってこと」

「えっと……」

「あるいは、私たちが暴発するまで待って、言い訳しようのない状況に追い込んでから一網打尽にする、逮捕、なんてのもあり得るわ。害を為すネズミは一匹残らず処分する、っていう」

 言うとミツリが青ざめるので「あくまで可能性の一つとしてよ」と付け加える。こんな少しの言葉で顔を白黒させるミツリを可愛らしく思う、が、心配にもなる。頼りないというより、危うい、と思う。この子は向いていない、活動に参加すべきではなかった。

 別段、自分が勧誘したわけではないけれど誤魔化しがたい罪悪感を感じていると、ミツリが再び口を開く。「でも」という接続詞が幼い。「やらなきゃいけないことって、あるような気がして」

「気がして?」そんな弱気な時点でだめだと思い、つい強迫的な質問になってしまう。

「その……」ミツリは後頭部を掻く。「ロンダリ王国が、他国を支配する一つの広大な国家を形成し、後進的たる他国民を教え導くことで人類の幸福を、世界平和を達成する。先進国として、世界平和を希求する国として、そうする義務がある。責務がある。でもそれって、思い上がりというか、大きなお世話というか……」

 ミツリが立ち止まるのでイースも立ち止まる。

「昔、ボンダミ人の友達がいて。親が出稼ぎに来てたらしいんです。その関係で引っ越してきた子がいたんですけど、その子の話を聞く限り、ボンダミ王国は不幸でも遅れているわけでもなく、彼らは彼らなりの、性根や気候風土に合った幸福を探求していて、だからロンダリのやり方をすべてに押し付けるのが正しいとは思えなかったというか、そりゃ、ガリバス人には文句の一つも言いたくなるけど、でもきっと、お互いがお互いを尊重し合えば、喧嘩にもならないだろうし、スリヨエを返還さえすれば元の関係に戻れると思う、というか……」

「ま、及第点ね」

 言いながら、少し驚いている自分がいる。ミツリが口にするのはすべてゴレドやフィオ、ルマリの受け売りだったから。この子もちゃんと自分で考えているのだ。

「最後のほうはしどろもどろだったけど、そうね、ガリバスとのいがみ合い、緊張関係はたとえスリヨエを返還したとしても続くでしょうね。それこそ、どっちかの国がどっちかをせん滅しない限り争いは続くように思える。でも、そうならないために人間は知恵を働かせなければならない。動物だってなわばりの外まで相手を追いかけたりしないわ。それはきっと肉体がもたないからだろうけど。そうね、理念でなく実際的な面からしても、世界を一国が占領し尽くすなんて、できっこない、体がもたない、内から瓦解してしまうでしょうね。巨大化した昆虫が自重に耐えられないのと同じように」

 細い路地を出ると住宅街の端っこに出て、その石畳の道を行くとやがて大きな公園に行き当たる。公園にはせせらぎとして小さな水路が流れている。ちゃらちゃら水音がしている。

「この水路のように血が流れるのを阻止する方法は結局、頭を正すしかない」

 イースが言うとミツリも頷く。ざぶざぶと子供が水路に入って遊んでいる。

「きっと、血に慣れた人はこの水路が血に赤くとも、あそこの子供たちみたいに大した疑問なく遊べてしまう。慣れってそういうものだから。でも、私はそれを良しとしない。だから……直訴するの」

 秋の風は頬に冷たい。もう二週間すると冬が顔を出しているかもしれない。私はその空気を吸うことができるだろうか。自由に動き回れるだろうか。……生きているだろうか。いずれにせよ。

 風は冬を連れてくる。


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