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神様は気紛れだと思う。気紛れで人を助け、気紛れで人を挫き、気紛れで何もしないまま過ぎ行く。施しを受ける側は神の関心を買うのに一喜一憂し、時には謗り、時にはお祭りを行って喜んでもらおうとしたりする。人間が必死なのは強欲だからか。違う、とレントは思う。生きるのに必死なだけなのだ。
フィーガという、鳥の形態をした神様がいる。フィーガは全国を飛び回っていて、行く先々で人々に幸福をもたらす。だから人々はフィーガの滞在を少しでも長くしようと考えた。結果考案されたのが止まり木を立てることで、人々は協力し合い巨木を天へと真っ直ぐ立て、フィーガを止まらせようと目論む。しかしそれは通常の労役でできることでなく、だからこそお祭りとして地域の人々が集まり、互いに助け合い、フィーガの止まる儀式的な装飾を施した巨木を天高く立ち上げるのだ。
止まり木を装飾する、青々とした葉で光を打ち返しているサムリの木の枝をよじって編み込んで出来上がった縄のような物に、また一つ、新たにサムリの木の枝を付け足す。枝と枝の隙間に差し込んで縄によじるように巻き付けると、傷んだ枝からは仄かに青臭さが立ち上る。その香りが不快なようでついつい嗅いでしまう不思議な作用を持つ香りで、快楽の序の口に立った心地で手を動かしていると「アレみたいな臭いだな」と近くで作業していたウオマが、声を潜めて囁く。
「アレって?」問い返すとウオマは、アレだよアレ、と顔に皺を寄せ、それでもレントが理解できないという顔で見返していると自分の股間を指さす。股絡みの話か、こいつら好きだよな、と思う。学校でウオマらが下ネタで盛り上がっているのが、レントにはどうしてもなじめない。露悪趣味の一環なのか、性の話を大ぴらにするのが勇気ある中学生、みたいな思考があるらしく、同級生たちは大いに沸くのだけれどレントには肝試し程度の無害で無意味な、刹那的饗宴でしかないように思え、だからそういうネタふりには敢えて何も返さないことにしている。するとウオマ含めたいていの男子学生は、自分が勝ったかのような、レントが一段低い人間であるかのように妙な笑いを笑う。だから下ネタには不快なイメージしかない。実際不潔にも感じる。
「いいから手動かせよ」と言って視線を元に下ろすと、「だって疲れたんだもん」と拗ねたような声をウオマが出し、「それに臭えし」と冗談めかして言い一人で笑っている。「知らねえよ」と返し手元に集中する。サムリの枝と枝との間に、新しい枝を通す。落葉寸前の赤く変色した葉は取り除く。
「なあ、おい」とまたウオマが話しかけてきて、「なんだよ」と、作業をやめずに訊き返すも返事がなく、もう一度「何?」と尋ねながら顔を上げるとウオマが思いの外近くに立っていて少し仰け反る。サムリの木を手にしている。
「なあ」とウオマが言ったそばから
「代わりにはやんねえぞ」と答える。
ウオマはええーーと不服の極北みたいな声を出し、
「いいじゃん、レント代わりにやってよ。オレ手先が不器用なの知ってるだろ」と言う顔は怒ってさえいるようで、少し怯むがここは毅然と、「知らねえよ、お前の仕事だろ」と言い返す。
少しの沈黙があり、それからウオマは「マジかー」と、あまり真の迫らない声で呻き、しかし手を動かしはせずにレントの横に座った。青草の上に置かれた枝は常緑の、生命力を絵に表したような鮮やかさだった。
「オレは柱立てる時頑張っからさあ。だめ?」とウオマが未練がましく訊く。
だめだろ、と作業の手を止めないことで示すが座っていたウオマは万歳する形で大の字に寝てしまう。「ああーー」なんて弛緩した声を出している。寝るなよ、と言うと、寝ねーよ、と言い、しかし倒れたまま起き上がる気配なく空を眺めている。そんなことをされるとこちらも作業しているのが阿呆らしいような、自分だけ頑張って損をしているような気になってしまい、だんだんと手の動きも鈍り必然的にウオマと喋ることになる。
「なあレント」気怠そうにウオマが言う。
「なんだよ」と応じる。
「やっぱ、ロンダリってオレらんとこ攻めに来んのかな」
唐突な質問に、驚いたでもなく青ざめたでもなく、単純に、対応できずに言葉を失う。冷涼な風が首元をさらい、亀のように首を竦める。
「どうして?」やっと言葉が出た。混乱、というより、理解が追い付かない感じだ。
「だってさあ」のんびりした声音でウオマが言う。「ニカスって、スリヨエに隣接してんじゃん? で、ロンダリはロンダリによる平和だとかなんとか言って、過激なんでしょ? よく分かんないけど。ってことはさ、次に攻め込むとしたらニカスなんじゃね?」
「……どうなんだろ」鼻をすすりながら指でごしょごしょ鼻の下をこすると例の青臭い臭いがする。「攻め込むっつっても、なあ」
「なあって何」
「何って……だいたい、誰がロンダリが攻めて来るっつったの?」
「……うちの親」ウオマの唇が少しだけ尖ったような気がする。不服なような、怒ったような。
「お父さん?」
「お父さんもお母さんも、両方」
うーむ、と声には出さないが似たような鼻息を立てて考え込んでしまう。ニカスがロンダリに攻め込まれる。スリヨエの次はニカスが蹂躙される。それは俄かにまことしやかに近隣で繰り返されている噂話で、しかし噂話と切って捨てるには真に迫った話であり、レントも正直なところ不安を感じる面はあったが考えないようにしていた。両親にもそのあたりの話は振らないようにしていた。意識的に避けたのはちょっと怖い父がその話を聞くと本当に怖い顔をするからで、それを見ると噂が真実のように思えるし、あるいはいい加減な話を吹聴するレントを戒めているようでもあったが本当のところはなぜだか訊くことができなかった。訊いても、そんなのロンダリ次第じゃん、という達観もあったが、一番は不安の素をなかったことにしたいという思考が働いてのことだった。
「クスピーノだって、スリヨエに隣接してんじゃん」
無理やりに反駁したようなこの返答に、しかしウオマは何も言わない。レントは無意識にサムリの青臭さを嗅ぎ、そこに安心を見出す。この快とも不快ともつかない香りが、ざわつく心を奇妙に鎮静する。冷たい風にも首を竦めることはなかった。
あああぁぁぁぁ!
叫んで、ばね仕掛けの人形のようにウオマが身体を起こすからまたも軽く仰け反ってしまい、お前、びっくりするだろ、と声をかけようにもうまく発声できないでいるとウオマがこちらに振り向いて、笑顔で言った。
「ま、いざ攻めてきたら攻めてきたで、オレの魔法でぶっ殺してやるから。皆殺しにすっから」
皆殺しという不穏な言葉とウオマの晴れやかな表情を見るになんだか阿呆らしいというか楽しくさえなって「ほんとかよ」と突っ込みを入れる。
「秒殺すっから。任せて。オレが魔法得意なの知ってんでしょ?」
「うん、まあ、けっこう無茶苦茶できるのは知ってる」
「ってかフィーガ来るんでしょ? だったらオレたち幸福になるはずだし、ってかまあロンダリ兵が攻めてきたら吹っ飛ばすから、一瞬で」
「頼むよマジで。オレ魔法下手くそだし」と謙遜も含めて言うと「下手くそだよな」とウオマが明け透けに言うので微かに不快感を感じつつも「だよな」と笑う。ウオマも悪意なく笑い、それから小狡い笑いに変化して、「だから、ロンダリ来たら守ってやるから、この枝、オレの代わりにやってよ」と青草の上のサムリの枝を引っ掴みレントに突き出す。「やんねーから」と押し返すと、死にかかっても知らねえからな、助けてやんねえからな、と快活に笑ってウオマは縄のようによじれた枝々に向かい、新たな枝を差し込もうと悪戦苦闘する姿はやはり不器用でついつい手を貸したくなるが調子に乗るといけないので手伝わない。
レントも再び作業に取り掛かる。縄が完成したならそれを巨木に巻きつけなければならない。直に父と、ウェリおじさんとタマルおばさんら大人が縄を取りに来る。それまでには完成させておかなければならない。急ごう、とレントは思い、青臭い枝をまた一つ、縄のようによじった枝の集合体に差し込んだ。




