14
14.
華美なイヤリングをぶら下げた若い娘を捕まえる。「ちょっと!」そう声をかけた時の相手の反応は、驚きにひきつった顔か、ちょうど今のように驚きからすぐに攻撃へと転じる顔だ。
「何?」と短く応じ可能であればすぐにでも制止を振り切って去ろうとする小娘に、オーモは決然と言う。
「あなた、そんなイヤリング着けて、聞いてないの?」
「はあ?」と威圧的な声を出す娘に怯むことはない。
「あなた、ロンダリ人でしょう? 今ロンダリはガリバスと戦争中なのよ。ガリバスの奴らは気持ちの悪い奇術を使うの。それに対抗するには我が軍は銃や大砲で応じるしかない。だから、金属があるだけ必要なの。分かる?」
「だから何なの? もう行っていいかな?」
「待ちなさい」ハルラが落ち着いた声で会話に割り込んでくる。「さっきこの人が説明した通り、この国は戦争のために金属を必要としているの。たとえどんなに少量でも」
「何? イヤリングも出せって言うの?」娘が露骨に顔をしかめる。
高圧的な小娘を挫きたくてより高圧的に出たいオーモだがハルラが場を引き受けた様子なので喋らずに待つ。と、ハルラがやはり平静冷静な口調で娘に言って聞かせる。「強制的にむしり取る、ということはやらないけれど、あなたには自主的に、私たちにそのイヤリングを預けて欲しいの。私たちは、あそこに立ってるポアエさんから軍に繋がってて、集めた金属を軍に送るつてがあるの」もちろん無料の奉仕活動よと付け加える、と、小娘は言いたいことを先回りされたのか、何か言いかけてぐっと黙る。ハルラが続ける。「つまり、私たちに金属製品を預けてくれたら、私たちがそれを軍にお届けして、銃弾や砲弾に代えてもらうことができるの。そうやって一市民がロンダリ国を助けることができるの。ご協力、いただけませんか」
娘は非常に気まずそうな、行きたくもないレストランに誘われた人の顔つきとなるが、しばしむむむと考えて後「そういうことなら、分かりました」と言ってイヤリングを取り外す。オーモは収集用の麻袋を開き待ちかまえ、しかし娘はまだためらう様子であり、そこにハルラがご協力ありがとうございますととどめの文句を述べると諦めがついたのか麻袋へイヤリングを落とし、オーモに一瞥もくれずに、何事も起きなかったように足早に去っていった。
その背が十分に遠ざかったところでオーモは毒を吐く。「まったく、近頃の若いもんは、色恋沙汰に浮かれちゃって、ありゃ恋人にでも会いに行くんだろう、きらびやかに着飾っちゃって、まったく、うちらは戦争やってるんだよっていう緊迫感の欠片もない。嘆かわしい限りだわ」
ハルラに同意を求めると、ハルラは賛同しているのかしていないのか曖昧な表情で頷きも何もせず、少し経って腕組みをした。「結局、やるとなったら挙国一致、社会の構成員の団結力が強いほど国も強くなるんだから、あの子がイヤリングを供出するのも正解だし、あの子が拒みたいと思う気持ちも不正解ではないわ。ただ、どんな思いがあるにせよ、私たちは一つの方角へ向けて団結しなければならない。それが正解。突き詰めれば単純な話ね」
伏し目がちに語る彼女は冷静も平静の、近所では冷血動物と揶揄されている人で、こんな集団活動に、路上で金属供出に協力するよう呼びかける活動に参加するとは思えない非協力的な人間と見做されていたが誘ってみると案外真面目に仕事をする。下手したらこの愛国婦人会オミ支部の会長たるオーモより仕事をしているとも言える。やはりタイピストとして手に職を持っている人間は主婦より人として格が上なのだろうか。いやそんなことはない、とオーモは首を振る。たとえ学力や能力に差があろうと、主婦こそが、家に仕えるという点で家制度に対し最も直截的である主婦こそが最も価値のある仕事をしている者なのだ、と考え直す。自分は何も引け目を感じることはない。堂々としていればいい。そう思って、妙なプライド意識に蓋をしてハルラに話しかける。「それにしても、華美なイヤリングだったわね」
「あ、さっきの子、何か出したんですか」無邪気を紙から切り出したようなエグァが話しかけてくる。
「イヤリング。こんなに華美なやつ」と言いながらオーモは麻袋をごそごそやって例のイヤリングを取り出す。
「あ、そうなんですか」とエグァはたいして面白くもないといった反応で、少しムッとする。
「これだって立派な金属よ」
「まあ、そうですけど、これだと百個集めても銃弾一つにもならなさそうですね」とエグァはオーモの手にあるイヤリングを矯めつ眇めつ眺める。「ははあ、でも綺麗なイヤリング」
「欲しいとか言うんじゃないでしょうね?」訊くとエグァは
「あ、欲しいかも」と笑う。ほんとにこの子は、と思い口を開こうとした矢先にエグァが「冗談ですよ、冗談」と言うので半開きとなった口の行方を探しているうちに「どんなに小さくとも成果は成果ですから、この調子で集めていきましょう」とハルラがそっと言い添える。「はい」とエグァは邪気なく頷き再び路上観察に戻り、何となしに満たされたような心持ちでオーモはイヤリングを再度麻袋にしまい、再び仕事に戻ろうとしたところに遅れて反応したエオカが話しかけてくる。
「なんだって? 何が取れたって?」
「イヤリングだよ。イ・ヤ・リ・ン・グ」
齢65歳、耳の遠くなり始めたエオカに大声で、一文字ずつ区切って発声すると、彼女は得心がいったようにああーと頷き、「イヤリング。そう」と、ぼんやり応える姿がどんくさくてオーモはどうしても彼女を好きになれない。愛国婦人会に参加する旨伝えてきた際も嘘でやりこめ遠ざけようと思ったぐらいに彼女とは合わない。人間、波長が合わないと齟齬が生じるからストレスのたまるもので、しかし厄介なことに合わないことに気づくのが片方だけということもあり、現実オーモがエオカとどうにか適度の距離を保とうと遠ざかるのにエオカは好意剥き出しで近寄ってくる。合わない波長が重なると場が乱れる。今もそうだった。
「このイヤリングでガリバス兵の馬鹿を撃ち抜いてやるのかい?」エオカが言い始める。「へへ、あたしも撃ち殺してみたいもんだね、銃を手にして、バン、って。ガリバスをやっつけろ、行けー、突撃ぃ、神の軍勢が来たぞ、ってなもんよ」節までつけて饒舌だ。「陛下に仇為す者は虱みたいにみんな踏み潰してやる。ロンダリの剣を受けてみよ。えいや。ってなもんだ、あははは」
上機嫌なエオカに誰も何も言わないのはやはり他の人もエオカに良い印象を持っていないからだろう。エオカの空疎な喋りが高い空へと吸い込まれ、立ち仕事の辛さ、足の気怠さをひしひしと感じ始めるが座りこむのも格好がつかないし、こういう活動はやる気が大事なのに金属供出を訴える側が座りこんでいるなんて何事か、それこそ兵士たちのように士気高く活動しなければならない。弛緩した空気などもってのほかだ。
道を行く、これまたチャラついた娘がいる。オーモは彼女に照準を合わせ道の、端のほうへとすり寄っていく。愛するロンダリのために、あの娘にも我慢をしてもらわなければならない。すべては家、国、制度のために、道に立つ。その道は東に向かえば王都モンタミへ、西に向かえばバベスなどを経由して戦地スリヨエへと繋がっているのだ。オーモはまた一歩、また一歩と進んだ。




