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12.
駅を出てバベスの街並みを見渡してサタナが一番に感じたことは、さして平生と変わらないな、ということだった。人々は道に往来して外出を避けている様子もなく、車は走るし馬車だって走る、建物は無駄に装飾されず静謐だ。唯一の違いはちらほらと小さな国旗がはためいていることぐらいだが、それも建国祭が近くなって掲げているだけかもしれない。
ロンダリ王国西端の町としてガリバス王国侵攻の足掛かりとなったバベスに、戦争の気配はない。あるのは日常ばかりで市民はありふれた笑顔を浮かべている。それとも、戦場に近ければしかめ面になるという考えが間違っているのか。と考えていると、禿頭に眼鏡の男が確信的な足取りでやって来る。向き直る。
「どうも」と男は握手を求めてくる。「サタナ大佐でいらっしゃいますか?」
「はい」と短く答えると男は福福しく笑み、いやいやどうも、と言いながら禿頭を掻く。「私、タエボと申します」
どうも、と目で合図して握手を交わす。タエボは体を開き、あちらへと促す、その先には車が止まっている。
「市長から町を案内するよう言われています。どうぞあちらの車へ」
言われるままに車の、後部座席に座ろうとすると奥に女が一人座っていて、少し怯む。女は「初めまして、メイヤです。どうぞこちらへ」と横の席にサタナを誘う。タエボに振り返ると頷くのでお誘い通り席に座る。助手席にタエボが座り、車が発進する。
「どうですか、バベスの町は。初めてですか?」助手席から振り返りながらタエボが話しかけてくる。
「いえ、三年前に一度旅行で来ました。その頃と変わらないと言いますか……」
「そうですか? 昔はもっと鄙びて、走っている車はもっと少なかったし、どちらかと言えば馬車のほうが……と、そういう、変化を見せるためのご案内ですからな」
うほんと咳払いしてタエボは前を向き、必要に応じて街並みの説明を始める。これを最後まで聞くのは苦痛だな、と表情に表れない程度に眉根を寄せ、しかしこれから滞在、あるいは駐留する町なのだから、と気を取り直すも些か気怠く、何気なく見た鏡越しに運転手と目が合ってしまい、さっと避けてタエボの話に意識を向ける。
「この先には小さな劇場がありましてね、それも大きなものに建て替えられることに決まりました。戦場帰りの兵士たちを慰藉するためにですね、国家から予算が下りたんですよ。私は大賛成でしてね、スリヨエ帰りの兵士などもいるでしょう? それにこれから戦場に立つ予定の方々もいらっしゃる」タエボがどこかおもねるような目でサタナを見た。「そういう方々をもてなすのは、もう、立派な国民の義務ですよ」
「スリヨエは」と言うとタエボが口を止める。「一か月経って、どんな様子でしょうね」
「それは」タエボは少し考え、「バベスの人間には分かりかねますな!」と鷹揚に笑った。
少しの沈黙が訪れ、街並みを眺めていると再びタエボが話しかけてくる。「どうですかね、ガリバスの奴らは押し返しそうですか?」
戦況のことを訊いているのだろう、「当然、押し返すでしょう」と答える。
タエボは憎々しげに舌打ちする。「早く降伏して併合されればいいのに。国王陛下の高潔のご意志が分からんのでしょうね、下等民族には」
高潔のご意志。とは、おそらく「ロンダリによる平和」のことを言っているのだろう。下等民族か、と思う。
「ガリバス人を滅ぼしてしまえ、と、『ロンダリによる平和』をそう捉えているのですか?」そう言うとタエボも運転手も一瞬だが驚きに目を見開いた。
「……滅ぼせ、とまでは言いませんがね」助手席から身を捩じってタエボがこちらを振り返る。「ロンダリ王国に下ったほうが、むしろ彼らにとっても幸福だと、そう思いますよ。なんせ、時代遅れの魔法なんてものに頼ってるんでしょう? 今は鉄の時代ですよ、車だって汽車だって、工場を下支えする機械だってある。彼らは我々に支配されてよりよい生活をすべきだ」
「ガリバス人は下等であるからロンダリ人に支配され、その指導の下新しい生活を送るべきである。他の民族もまた同様である。そう信じているのですか?」
「ええ」タエボは何を当然のことを、と言いたげに眉をひそめ、それから今まで通りの笑顔を作るがどこか嘘くさい。「それこそが『ロンダリによる平和』でしょう。違うのですか?」
「私は……」私見を披露すべきか迷う、が、「他国の人間を滅ぼし尽くすまでは真の平和は訪れないと思いますよ」と正直に答えるとタエボは意味が分からないといった様子で首を傾げる。サタナは続ける。「未開の民を啓く、とも喧伝されていますが、最終的な結果としては他民族を滅ぼす以外に収拾は付けられないでしょう。征服した上での他民族との共存だなんて、献身的な忘却抜きにあり得ませんよ」
うーん、と唸り顎に手を添えタエボは、やがて口を開く。「まあ、現場の人間にしか分からないこともあるでしょう。……ただ、そこのメイヤですが」メイヤがサタナに微笑む。「メイヤはボンダミ人ですが、美人で、さとくもあるから高級娼婦として我々の生活を満たしてくれます。そういう、いや、メイヤは極端な例かもしれませんが、他国民がロンダリ人の使用人として働く、いや、もっと突っ込んで奴隷としてでもいい、ロンダリ王国に入る。そうすれば我々の生活水準も向上し、自国民の奴隷なんてものもなくなるし、ガリバス人なんかも明日の飯に困る必要はなくなる。いいこと尽くめです。だからこそ、国王陛下による『ロンダリによる平和』を、私も含めた多くの国民が支持するんだと思いますよ」
「そう、ですね」実際、メイヤが今腹の底で何を考えているのか、あなたに分かりますか。とは言わない。寝首をかかれないことを祈るまでだ。もっとも、祈ってやるほどの義理もないが。
タエボも少し気まずく感じたのだろう、しばらくは顔を前に向け車窓を流れ行く景色を見送っていたが、やがて本来の任務を思い出したのだろう、この通りはですねと解説を始める。サタナは適度に相槌を入れながら窓外を眺めた。静かな町がそこにはある。視線を移してメイヤを見た。メイヤはまるでサタナが目を向けることを分かっていたかのようにサタナに向かって微笑んでいた。




