8話 敬語の撤回
昨日は、稲作のために昼過ぎまで、鍬を降っていたから、とても腰が痛い。
……なんてことはない。昼過ぎまで鍬を降っていたのは本当だけど、全然、どこも痛くない。
勇者の能力だろうか。聞いていること以外にも様々な効果があるみたいだね。
流石に食事は必要みたいだけど……。
「おはようございます、ミカさん、トマト、明日には収穫できそうです」
居間に出ると、ルリさんが座っていた。
トマトは、花を咲かせていた。黄色くて綺麗だ。
「水やり、済ましましょうか」
井戸から水を汲み、畝に注ぐ。
「今日は、魔王様が来る日ですね。気を引き締めていきましょう」
そんな厄介事もあったっけ。魔王が何の用なんだ。
「そうですね、時間には遅れないようにしなくては」
◇◆◆◆◇
ご飯を食べて、ちょっとしてから、私達は家を出た。
「あの、勝手に家に来てもらって、すみません」
「いいですよ。異界人にそのくらいの待遇はあっても良いものです」
……ならいいのだが。
「何か、言いたいことがあれば、遠慮なく、話してください」
「そんな、大丈夫ですよ。……一つ言うとするならですね」
「何でしょう」
私が迷惑をかけている以上、できることはしてあげたい。本来ならばルリさんは、今も農業の授業を受けているはずだし。
「敬語、やめてくれませんか?」
「えっ!?」
そんなことを言われるとは思いもしなかった。
「なんだか、私と距離を置いているように感じてしまって。…身勝手ですよね。すみません」
あ……。
「……なんだ、そんなことなら、もっと早くに言ってくれればよかったのに」
自分で言っておきながら、無理難題を押し付けられるかもしれないと身構えていたほどなのに。
――私と、もっと関わりたいと思ってくれた。
「!?!?!?!?」
「ありがとう、実は、敬語苦手だから困ってたんだよね」
「ありがとうございます! そっちのほうが可愛いですよ」
「褒められると、照れるなぁ。ルリも、敬語で喋らなくて、いいんだよ?」
「いえいえ、とんでもない。今、敬意を持って接さなければならない人だと再認識しましたから」
「ほんとー? まぁどっちでもいいけど」
「ミカさんじゃなかったら、私、不敬罪で訴えられていたかもしれませんよ」
「そんなになんだ…」
「ミカさん、今後ともよろしくお願いします!」
「ええ、こちらこそ!」
◇◆◆◆◇
王城に着いた。門番に手紙を見せると、中に入れてくれた。
「早かったのね。まだ、時間はあるわよ」
シノさんだ。今日は前と違って、凛々しい服装だ。
「時計がないから、早めに来たほうがいいと思ったんですよ」
「そう。では、先に広間に入っていて?私の秘書がいるわ」
「わかりました」
「私が案内します」
「ありがと」
「鐘が鳴る前には戻ってくると思うから」
「はい。それでは」
「こっちです」
ルリが案内してくれたのは、王城に入ってすぐの階段を登った右側の部屋だ。正面に階段があって、左右に行けるようになっている。ウォークインクローゼットは1階の階段の下だった。
「ここは…」
私が召喚された部屋? 円状に机が並んでいる。
「見覚えがあるんですか?」
転生直後は、ここが城かもわかっていなかったし、シノさんに釣られるがままだったのでよく覚えていない。
階段は降りた気はするが……。この手の城なら、似たような部屋はあるかもしれないし。
「気のせいかな……。ん、あの人かな?シノさんが言っていた秘書って」
相手もこちらに気づいたのか、近づいてくる。
「はじめまして、ミカ。私はシノ様の直属の秘書、エリカだ。よろしく」
ショートヘアで、スカートを履いた女の子。
「はじめまして。異界人のミカと申します」
「私と君とでは対等な立場だと思っているので、敬語はやめてくれないか?」
「ですが…」
「それに君のほうが異世界での経験は豊富だろう?私は君よりこの世界での経験が豊富だから対等ではないか」
どういうことだ?
「えっと…」
「だから敬語は無しだ、わかったら普通の口調にしたまえ」
「じゃ、じゃあ、よろしくね?エリカ」
「それでいい。また、時間があるときに、そちらの世界について教えてくれ」
ただ話を聞きたい人だったのか。
「お前、農業学校で成績1位だったな。どうしてここにいるんだ?」
「そりゃあ勿論。ミカさんの護衛ですよ」
その認識であっているのかはさておき、付き添いできてくれているのは確かだ。
「……もしかしてミカ、農業系のスキル持ちなのか?」
「そうだよ。職業も農民だし」
「シノ様は仰っていなかったが」
何で伝えていないの?
「伝えてないからじゃ?」
「……。」
そのとき、キィィィと音を立てて扉が開いた。
黒い衣装を身にまとった少年が入ってきた。
「エリカ、もう来てたんだ」
「私には、異界人を迎えるという仕事があってね」
「誰?」
「ミカ様、僕はエリカの双子の弟で、エル様の秘書をさせていただいている、シレンです」
「あっ、こんにちは。はじめまして。ミカです」
「シレンに敬語は不要だ」
「そうですね」
「シレンもよろしくね」
「よろしくお願いします」
◇◆◆◆◇
「もう少しで来ると思うわ。ちょっと待っていてね」
「はい」
「あなたは魔王様に質問をされると思うわ。その一つ一つに、嘘偽りなく答えてほしいの。いい?」
「わかりました」
魔王を招待してまですることか? スキルが関係しているのかもしれないけど。
魔王は、私に興味があるのと同じ様に、私も、魔王には興味がある。
「ルリは、魔王シルブレアには会ったことある?」
私の横に座っているルリに尋ねる。私達の席は、入口の扉から一番近い位置で、扉に背を向けるようにして座っている。
一番奥の席は。まだ、空いている。あそこに、魔王が座るみたい。
「会ったことはないですが、ちょくちょく、来ているみたいですよ」
この国に恩でもあるのか? イメージの中の魔王が人間の国に、頻繁に来るとは思えない。
「皆様、魔王シルブレア様がお出でになりました」
シレンがそう、告げる。
扉が開く音がした。でも、1人しか、入ってきていない?
護衛とか連れてきていないのかなと、思った。
──違った。銀髪で背の高い男と、Tシャツとショーパンっぽい服の、女が入ってきていた。
男は、一番奥の席に座った。
「どうも、勇者さん。僕は、『魔王』シルブレア・エンドだ」




