10話 魔王シルブレア
魔物の発生には種類がある。
魔素の塊から自然発生する場合と、生物が異常なまでの量の魔素を浴びたときに変質して発生する場合だ。
一般的に、自然発生の魔物よりも、変質した魔物の方が強いとされる。
魔王は、自然発生でない限りは魔王になる前から人間界に影響を起こしている場合が多い。
魔王シルブレアは、そうした予兆もなく突然現れた魔王だったため、人々は、自然発生した強い魔物なのだと考えた。
だが、それはシルブレア本人によって否定された。新しく台頭した魔王は、生物が変質して発生した魔物だった。
『職業:魔王』は、一定以上の実力差があるものを殺すと得られる──と、知られているが、実際にはそうではない。
本来の条件は『質の高い魂を持つものを、一定数殺す』こと。
質の高い魂とは、つまり、長く生きている魂のことだ。百年やそこらでは足りない。
今日も、魔王シルブレアはホワシー魔王国を統治する。
◇◆◆◆◇
「あ? モンデリアがレセニアに宣戦布告した? 冗談はその辺にしておきなよ」
数少ない自分の時間を邪魔されて、不機嫌な顔をする。ちょうど、印刷された活字書を読もうとしていた。
「魔王様、事実を疑いたい気持ちはよくわかりますが、私がシノ様から直接伺いましたので、間違いはありません」
「そうか。モンデリアってそんな強い国だった?」
「決して大国とは、言えません。何か要因があるのでしょう」
「解っているなら言ってみてよ」
もったいぶる外交官を揺さぶる。
「……異界人あるいは、悪魔召喚かと」
「そうだね。その線が濃厚だ」
「レセニアにも、異界人召喚をさせますか?」
「それがいいだろう。事態が深刻化すれば、こちらでも援軍を出すかもしれないから、軍の方にも伝えておいてくれ」
「承りました。それでは」
そういったやり取りをして、外交官は王室から出ていく。
シルブレアは思案する。
(また、僕の魔法が悪さをしているな……。)
異界人を召喚する魔法を作ったのは、紛れもなくシルブレアだ。
数日が過ぎた
ホワシーの首都、ワーカーでは情報屋が稼ぎをあげていた。
見出しは、「レセニア王国で召喚された異界人について」。
報告を受けたとき、シルブレアは今の現状を憂鬱に思った。
異界人が戦闘職ではなく、『農民』だと言うので、レセニアが滅びないために、援軍を出す必要も出てきた。
他にも、シルブレアの頭を悩ませる報告が来た。
それは、トライソートも宣戦布告を受けたと言う報告。
つまり、モンデリアが知らず知らずの間に大国を相手取るほどに強くなってしまっている可能性があるのだ。
異界人が『勇者』だったとしても、そこまで強いわけではないので、何か、強力なスキルを持った異界人を召喚させたのだろう。
ホワシーには余裕があるし、援軍を出す分には大丈夫なのだが、それではレセニアは後ろ楯である魔王に頼っている国家だと思われてしまう。
戦勝しても、レセニアが世界で認められるかはわからない。
……手出しはされなくなるだろうが。
(仕方ないから、やばくなったら最大限動員させようかな)
最初は少ない人員で。負けそうになったら、多くを戦場に送るつもりだ。
(僕も、異界人を"診"に行かなきゃ)
そうして、レセニアに手紙を書く
(一応、対応させている農学生にも会っておこう)
追記。
手紙の裏に書いた。
(どんな人物か、楽しみだ……)
◇◆◆◆◇
ワーカーからシロキへは、さほど時間はかからない。
と言っても、シルブレアとセリナは移動魔法を使って訪れている。
今日はホワシー・レセニア交流会。
シルブレアはこの世界に呼ばれた異界人を、
“診”る為にやってきた。
聞けば、召喚された異界人は農民だったと言う。
嘘をついている可能性もあるため、シルブレアのスキル──『診察』を用いて真偽を確かめる。
それが目的だ。
王城は、以前シルブレアが来た時と変わっていない。
木製の門は、少し開きにくい。
階段のチェック模様は、ところどころ剥げてしまっている。
会議室の扉は、開ける時にキィィィと音が鳴ってしまう。
中に入った途端、シルブレアは気配を消すように、自身から発する魔素や空気の流れを無くした。
席に座り、軽い挨拶をする。セリナは立ったままだ。
「どうも、勇者さん。僕は、『魔王』シルブレア・エンドだ」
ミカは不気味さ故、強張っているが、シルブレアの態度は変わらず、軽いままだ。
ミカも挨拶をする。
「はじめまして。魔王様、私は、ミカ・タチバナです。よろしくおねがいします」
人の常識では『魔王』と『勇者』は対等な存在である。だから、敬語で会話するなどもっての外で、ミカの立場に合っていない。
「僕は、魔王と勇者の関係は対等だと思っているよ。故に、敬語はいらない」
魔王が何を言っているんだ。という気持ちになったので、強気で応じる。
「そう。じゃあ始めてよ。『質問』を」
強気なミカをそう、いなす。
「そう焦らなくていい。簡単な質問さ。ミカ、君は『日本』から来たんだよな?」
前提を確認する。異界人は日本出身の割合が恐ろし程に高い。
ミカは少しの困惑を顔に浮かべた後、答える。
「そうだよ」
見透かされて、少し不機嫌そうな顔でもある。
「なら、あっちの記憶はあるわけだ。年齢は?」
女性に年齢を聞くのは失礼、などとは微塵も思っていない発言。シルブレアはミカを診ているのだ。
「17」
即座に。
「あっちにいた頃の身長は?」
今のミカは小学生のような身長になっている。
「165cm……、65インチ」
この世界ではインチは知られていないし、そもそもcmがどれくらいかわかる人物も少ない。
「ご配慮どうも。cmで大丈夫だよ」
勿論、シルブレアにはどれくらいかもわかる。──今の彼女の身長が、前よりも下がっていることも。
「ありがとう。では、本題に移ろう」
重要なことを、話し始める。
「君は、戦闘職ではないね? だから、レセニア王国は、切り札である異界人を召喚したのにもかかわらず、戦力を得られなかったわけだ」
無論、ミカに対して言っている。
「あっ、すみません」
申し訳ないと感じたミカは、少し頭を下げた。
「いいや、君は悪くないさ。過去にも戦闘職以外の異界人は召喚されてきたからね」
そのような異界人は、大抵、強力なスキルを所持している。だから、ミカが戦闘職でなくても問題ないと、シルブレアは考えている。
ここで、シルブレアは自身のスキルである、『診察』を発動させた。
( ミカ・タチバナ
種族:人間
職業:『農民』『勇者』
所持スキル:『栽培』『収納』 )
以上が、『診察』によってシルブレアが得た情報だ。
そのまま、何事もなかったように、会議を続ける。
「君も、モンデリア王国が、戦争を引き起こそうとしていることは知っているね?」
そう。引き起こそうとしているのだ。まだ実際に起きると決まったわけではない。
「うん…」
腑に落ちないような返事をするミカ。
「魔王様、その認識は正しくはありません。既にモンデリア王国は、本国に宣戦布告の手紙を寄越しているのはご存じですよね?」
「ああ、知っているよ。奴らは、トライにも手紙を出しているんだ。戦争しないかってね」
会議に緊張が走る。が、これは事前に情報を伝えていないシルブレアが悪い。
「そうなのですね……。我々の思っている以上に、事態は深刻化しているということですか」
その事実が示すのは、モンデリアが予想以上に大きな敵であるということだ。今まで、あまり国際情勢に関与していなかっただけに、隣国としてモンデリアを知るものは驚きを隠せないでいる。シルブレアだって、最初に報告を受けた際には冗談だと疑ったのだから。
「ああ。まさか二国同時に相手取るとは思わなかったよ」
「説明不足だったね。連邦王国トライソート。人間の国の中ではそれなりの大国だよ」
それなりの大国と言うが、とても強大な国だ。経済規模、戦力、人口、技術、どれをとってもモンデリアやレセニアに劣るものはなく、それどころか大きな差があり、西側では最大の国と言える。
もっとも、ホワシー魔王国は、それよりも規模の大きい国である。魔王の国なので、人間社会には認められていないが。
「レセニア王国の北西に隣接する国で、物の加工産業が盛んな国ですよね」
ルリが情報を追加する。
「ああ。無論、戦力はレセニアより何倍も大きい」
「モンデリアは、トライを倒せるほどの大きな戦力を有した、ということですか」
つまりは、そういうことだ。レセニアだけで対処できる問題ではない。
「まだ断定はできないけどね。虚勢張ってるだけかもしれないし」
その可能性は低いだろう。半端な国ではトライソートに勝てない。
「自体が悪化していることには違いはないと思うから、こっちで援軍を出すよ」
モンデリアがトライソートに宣戦布告をしていなくとも、シルブレアはレセニアに援軍を出すつもりだった。
「ありがとうございます。トライソートとはどういたしましょうか」
二国が同時に侵攻されるとなると、協力を求めておいたほうが被害も少なくなるし、勝利できる可能性は高まるだろう。
「うーん、あそこの偉いさん、頭固いからね。レセニアみたいな小国と、共同戦線を結んだりはしないんじゃないかな」
シルブレアの脳裏には、ヒゲの生えた老人が浮かぶ。トライソートの国王である。
実際、トライソートがレセニアと協力するメリットは薄い。国力のない相手と協力しても、そちらに人員を割いてしまうと自国の守りも薄くなってしまうし、足を引っ張られてしまう場合も考えられる。
「そうですか。一応、協力を要請しておきます」
「うん。協力してくれたらラッキーだね」
「トライソートが負けたら、実質負けなの?」
ミカの疑念だ。やはり、トライソートが負けるとなると勝ち目はほとんどゼロになってしまうだろう。
実際には、シルブレアやシノが目指すのは勝利ではなく、敗北を回避することなのだ。別に勝てなくてもよいのである。
「そうだね。負けてもらっちゃ困るから、頑張ってね」
途端に、シルブレアが立ち上がる。
「もう帰るの?」
困惑した表情で問う、ミカ。
「こっちも忙しいんだ。あっ、農民だったら、これは役に立つんじゃないか?」
『収納』を使って、シルブレアは箱を机の上に出す。
ミカは、手を前に突き出して、『収納』を使った。
「入るか心配だったけど、杞憂だったね」
小馬鹿に、そう、言う。
「『勇者』は優秀だから」
自慢げに。小馬鹿にしたのは気づいていない。
扉に手をかけるシルブレア。振り返って、
「君も、勇者と仲良くね」
ルリに話しかける。農民だということしか、シルブレアは知らない。
「はい。ミカさんは私がお守りいたします」
「へぇ、頑張って」
深い興味はなさそうだ。
「シルブレア様、私が王城の外までお見送りいたしましょう」
エリカが提案する。シレンが、はっとした表情になる。
「不要だ。ありがとう」
断られた。どうせ移動魔法を使って帰るので、いらないと思ったのだ。
「そうですか。……」
残念そうな表情をする。
シルブレアは、もう一度『診察』を使う。
(こいつ……もしかして……)




