第三十三話:馬鹿と天才は紙一重
──《カウントドラゴン・セイン=レギア》との戦いが始まって、すでに十数分が経過していた。
視界を覆うほどの冷気の霧、定期的に発生する【氷華の波動】が戦場を覆っていた。
そのたびに、足が、腕が、鈍る。
プレイヤーたちは、まるで氷の海を泳いでいるかのように、もがきながら動いていた。
「やべっ、動きが……っ」
「避けられねぇ! 来るぞ、主砲ッ!」
閃光が走った。
次の瞬間、セインの口元から奔流のような雷光が放たれる──【雷哭の吐息】。
「ぎゃあああああっ!?!?」
「いまの、貫通したぞ!? ガードしたのにっ!」
雷撃は前衛ラインを薙ぎ、金属製の装備に触れた者から順に、凄まじいスパークを走らせた。
HPゲージが一斉に真っ赤に染まり、回復班が悲鳴のようにアイテムを連打する。
「回復っ……っ! こっち間に合ってない!」
「バリア展開間に合わないってばー!」
回復アイテムの山は、目に見えて減っていた。
このままでは、とどめの一撃どころか、全滅が先に来る。
リカもダイのHPバーに目をやりながら、焦りを隠せない。
楽しい参加型レイドというよりも災害だ。
──そのとき。
『メテオ、いっくよ~~☆彡 ……みんな避けて!』
拡声器に乗せられたみるちんの天真爛漫な声が、フィールド全体を駆け抜けた。
直後、彼女の詠唱が完了し、巨大な火球が空から落ちてくる。
「──!? 味方の……そばに……!?」
「やば、位置ズレ? いや、違う。……わざとだ!」
爆発が響く。
氷の地面が砕け、舞い上がった水蒸気が一帯を包み込む。
一瞬、誰もが混乱した。
だが、その“変化”は次の【雷哭の吐息】のときに現れた。
「あれ、これ……絶縁してないか!?」
金属装備に、うっすらと白い氷の膜が形成されている。
メテオで生み出した水蒸気が、セインの冷気で即座に凍りつき──
装備に、薄氷のコーティングを施したのだ。
雷撃のダメージが、明らかに減っていた。
『そーゆーことっ☆彡 不純物のない氷は電気を通さないのだ! えっへん!』
《な……お前、あの瞬間でそこまで考えたのか!?》
弾道計算くんが絶句する。
《もしかして……いつもはおバカのフリ……?》
みるちんは、それに返すように満面の笑顔で──
『えっ? なに言ってんの、計算くん^^☆ 私は元から天才だよっ!』
それは演技か、真実か。誰にもわからない。
だが、事実だけがひとつ。
この戦場に、風向きを変える風が吹いた。
『さあ、防衛ラインにメテオ散布ぅ~☆ 氷コーティングして雷バリヤー作戦、スタートぉっ!!』
みるちんの意図を理解したメテオ勢は、敵ではなく、味方の周囲にメテオを放つ。
それは決して暴走ではなかった。
みるちんの戦術が、今、氷の戦場を焼き、雷を防ぐ《盾》を作り出していた──!
※※ ※
セインは、雷が効かないと見るや、戦術を切り替えてきた。
その太くしなやかな尾が、うねるようにして前衛を薙ぐ。
金属のきしむ音、吹き飛ばされるタンクたち──
だが、その一撃にもはや絶望はなかった。
「まだいける……この程度なら!」
「前よりマシだ! 生きてるぞ、まだ!」
雷撃が沈黙したことで、戦場の流れは大きく変わっていた。
回復が間に合い、バフが回り、前衛が耐えられる。
そして──
かつて“ホブゴブリンにも苦戦した”ダイは、もはや面影もなかった。
リカが振り続けたラックは、700を超え。
もはや偶然とは呼べない確率で、攻撃を受け流していた。
《パリィ》──成功。
《パリィ》──成功。
《パリィ》──成功。
「また!? 今のも弾いたの!?」
「え、何? ありえないんだけど……」
ダイがいるエリアに、物理攻撃はまともに通らない。
戦場の中心で、ひとり、運命を操る者のように立ち塞がる。
セインのHPバーは、じりじりと減っていった。
リカは画面を注視する。
1%あたり、およそ2分のペースだ。
──このまま行けば、勝てる。
現実が、じわじわと彼女の胸を熱くしていた。
11%……10%……9%……
(いける……いける……!)
手に持ったアイテムを見つめる。
《信号弾》──この戦闘の終盤で使用する、希望を乗せた合図だ。
打ち上げたのち、上空で静止したそれに魔力を流すことで、閃光が放たれる。
それを合図に、全員がラストの一撃を準備する。
それは勝利への道標であり、イチかバチかの賭けでもあった。
8%……7%……6%……
全員の動きは安定している。バリアも支援魔法も回っている。
ダイも健在、メテオ勢も健在。
3%……2%……そして──1%!
「今だ!!」
リカは信号弾を、天に向けて放った。
打ちあがる軌跡が、夜空を切り裂く。
上空でひときわ明るく輝き──
──そこで、止まった。
「……ん?」
リカは眉をひそめる。
本来なら、すぐに閃光が走るはずだった。
だが、信号弾は、空中で静止したまま、何も起こさない。
慌ててもう一度魔力を込める。
しかし、魔力は氷の膜に吸われて消えていくようだった。
「……っ、反応してよ。早く……!」
カチカチカチカチカチ。リカはマウスを連打する。
反応しない信号弾の周囲を、何かが包み込んでいた。
──氷。
空中に漂っていた水蒸気が、セインの冷気で凍りつき、薄い氷膜となって弾を覆っていたのだ。
雷撃から味方を守るために張られた“守りの氷”──その恩恵が、この一瞬だけ、皮肉にも合図の行く手を封じていた。
──その時。
誰の目にも映らぬほど、小さな影がひとつ、天を目指して舞い上がった。
まるで、運命そのものに抗うかのように。




