第三十二話:賽は投げられた
カウントダウンイベント開始まで──あと数時間
空は澄み、雪はやみ、レギオンの広場には静かな熱気が満ちていた。
今日は、12月31日。年末最大級の共闘レイドイベントが開催される日。
通称──《カウントダウン神殺し》。
誰もが、どこか呼吸を潜めるような空気の中で、それぞれの準備を進めていた。
「……売れたっ……! この辺の低レア装備、ラックで拾いすぎてたけど、こんな値段になるなんて、誰が予想したよ……!?」
イベント直前、市場は一時的な品薄に見舞われ、
低レア品でさえクラフト勢にとっては垂涎の素材と化していた。
運に全振りされた彼女のラックが生み出す副産物──
それは、膨大な資金という名の火力へと変わる。
みるちんも、弾道計算くんも、私財を惜しみなく投じてくれた。
そうして集めた資金で買いあさった回復アイテムの山が、
今、広場の一角に神殿のように積み上がっている。
赤、青、金、虹色──色とりどりの瓶が、イルミネーションの光を反射して宝石のように輝く。
「えっ、ほんとにこれ……もらっていいの?」
「こんなに大量に……太っ腹すぎない……?」
「エリクサーまである……!」
通りかかったプレイヤーたちは戸惑いながらも、目を輝かせて次々と手を伸ばしていく。
(少しでも火力が上がるなら……安いもんだよ)
それは、リカの偽らざる本心だった。
前回のドッペルゲンガー戦の反省を活かし、今回は支援ジョブの拡充にも成功した。
少数ながら、蘇生役やMP回復役も加わり、チーム全体がしっかりと機能する形に整えられている。
名実ともに、「ぶっちぎり極大火力ちーむ」は──完成形に近づいていた。
やれることは、すべてやった。
あとは、迎え撃つだけだ。
リカはゆっくりとマウスを動かし、
装備欄から一つの道具を選び、ダイの手に握らせる。
《Signal Flare:Type#FFFFFF》──白の信号弾。
この閃光に、全てを託す。
──運命の火蓋だ。
※※ ※
《カウントダウンイベント開始──0:00》
その瞬間、空気が変わった。
広場を包んでいた喧噪が、まるで潮が引くように凪ぎ──
全てのプレイヤーが特設レイドフィールドに転送される。
空を見上げる者、剣を握り締める者、緊張で黙り込む者。
そして。
「──きたッ!!」
誰かの叫びと同時に、空を貫くような稲妻がフィールドを照らした。
それは演出ではない。
全プレイヤーの視界が一瞬、ホワイトアウトするほどの閃光。
雷鳴の余韻が残る中、
フィールドの中央に、それは降り立った。
──《カウントドラゴン・セイン=レギア》。
体長50メートルを超える氷竜。
白銀の鱗はわずかに青を帯び、空気を震わせるほどの冷気を纏っている。
その巨体が、わずかに身を震わせると──
ゴウン……ッ!
地鳴りにも似た音と共に、レイドフィールド全体に白い霧が広がった。
それは冷気ではなかった。
魔力だった。
空間を満たすほどの、圧倒的な魔力。
パキ…パキ…足元から音が広がる。
霧が地を這い──数秒もしないうちに、フィールド全体が薄氷に覆われていく。
まるで一瞬にして氷河が生まれたかのような光景。
「っ、こっちの動きまで鈍ってる……!?」
「フィールドデバフ!?」
「うそでしょ……初手でこれって……」
仲間たちがざわつく中、リカは画面に映るその姿から、目を離せなかった。
(やばい……こいつ、今までのボスと格が違う)
まさに、神殺しの名にふさわしい存在。
近づくことすら躊躇わせる、異質なまでの"強さ"。
だが。
「……やるしか、ないんだよ」
リカは呟き、キーボードに手をかける。
『いっくよー!カウントドラゴン狩りっ☆彡』
みるちんの拡声器が壊れんばかりに──その咆哮が、氷の大地すら割りそうな勢いでフィールドの空気を震わせた!
タンクたちは盾を握りしめる。
その上空に、地上に、プレイヤーたちの魔法陣が瞬く。
支援バフ、回復支援、詠唱開始。
呼応するかのように、セイン=レギアの瞳が、ゆっくりと光を灯す。
それはまるで、「試練の開始」を告げるように──
激戦の幕が──切って落とされた。




