第三十一話:サイレント・ナイト
《カウントダウンイベントまで──あと7日》
レギオン内の空間が、銀と金のイルミネーションに包まれていた。
街の広場には巨大なツリーが出現し、まばゆい光の粒が絶え間なく舞い落ちる。
ログイン中のプレイヤーたちは、夜空からランダムに降ってくる「限定装飾アイテム」を拾おうと走り回り、笑い声とチャットが溢れていた。
《レギオン・ウィンター・フェスティバル》
年に一度のクリスマスイベントが、ついに幕を開けたのだ。
──その中央に、彼女はいた。
純白のドレスに身を包み、星型のワンドを片手に微笑む少女。
猫耳をぴこぴこと動かしながら、ひとりずつ丁寧に、プレゼントを手渡していく。
【メリークリスマス☆ プレゼントを、どうぞ♡】
──シャル。
あのシャルが、今、そこにいる。
だが。
「……あっ……」
リカは、反射的に話しかけようとした。
だが、その目の前で、シャルは営業スマイルを浮かべたまま、淡々と告げた。
【メリークリスマス 《ダイ》さん。プレゼントを、どうぞ♡】
その声に、感情はなかった。
目も笑っていなかった。
……それだけだった。
「シャル……」
言葉が喉元で凍りつく。
伝えたいことは、山のようにあった。
聞きたいことも、叫びたいことも、そばに来た理由も。
なのに──届かない。
彼女は、まるでプログラムに従うだけの存在のように、きっかり2.5秒後には次のプレイヤーへと歩を進めていた。
その隣を、無言で歩く“もう一人の存在”がいた。
セイン。
無機質な双眸。どこか透明感すらあるアバター。
こちらも同様に、プレゼントを配り続けている。
ふたりの間に、言葉はない。
意思のやりとりもない。
ただ、完璧な同期動作で動いていた。
──今のシャルは、"ただの管理AI"に戻っている。
本来の任務に沿った処理だけを行い、感情も記憶も抑制されているかのような状態。
検知されないように抑えているだけなのか、すでに初期化されてしまっているのか。
一抹の不安がよぎる。
プレゼント配布が終わったあとも、夜の広場には小さな雪の粒が舞い続けていた。
イルミネーションの下、プレイヤーたちはツリーのまわりに集まり、記念撮影やお祭り騒ぎを楽しんでいる。
その輪から少し離れた場所に、真紅のマントを揺らしながら、ひとりの騎士が佇んでいた。
その肩には、小さな黒い影……八咫烏のやっちゃんが止まっている。
──ダイ。
あの日以来、彼もやっちゃんも何も語っていない。
完全な“NPC”のように沈黙を貫いていた。
無機質な静寂。
「カウントダウンレイドが来たら……あんたの願い、2の31乗、越えてやるから」
手元のマウスを、強く握りしめた。
画面の中のダイは、何も言わない。
ただ雪の降る広場の中、沈黙のまま立ち尽くしていた。
──まるで、Silent Knightのように。
けれどリカは、知っている。
その騎士が、ただの操作用キャラクターなんかじゃないことを。
たとえ今は、何も返ってこなくても。
その声が再び日が戻ることを──信じている。
年末の足音が、すぐそこに迫っていた。
聖なる夜に、運命の秒針は静かに時を刻んでいた。




